ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

伽藍洞の中に

 シターナの指示に従った結果辿り着いたのは、アルドも見た事が無いような、古い洞だった。注意書きが書かれていたと思わしき看板は長年の風化により文字は霞み、それ自体もガタが来ている。視力に拘らず、この看板を読もうとする事自体が馬鹿らしいと言えるだろう。ナイツを集めている時、正確に言えばフェリーテとディナントの抱えていた問題を解決する時にも、こんな洞とは遭遇した事が無かった。ジバルの隅々を知り尽くしたつもりで居たが、早々に知らない場所を見つけ出されて、アルドは心から己を恥じた。

「ここがどうしてジバルを落とす上で重要なんだ?」

「霊脈は、勿論知っているな。この洞の先にある石はジバル大陸全体の魔力……こちらでは気と呼ばれているそれを支えている。この奥にある石を崩せば、その瞬間この大陸に蓄積された気は消え失せる」

「するとどうなるんだ」

「…………魔力の無い状態で通常通り動ける奴はお前しか居ない。または執行者くらいか。ジバルで気を扱うとは即ち妖術を扱うという事。当然それは使えなくなるし、お前の大陸もそうだろうが、魔力は直接使わずとも空気と同様に私達の生命を支えているものだ。それが無くなれば当然……死ぬ」

 不死の呪いに掛けられたアルドに死の実感はない。エヌメラに幾度となく殺され、エインに幾度となく殺され、彼に殺され、執行者に本当の意味で殺されかけて。

 死に近づき過ぎた者に対して死は脅しにならない。明確にアルドは生きているが、殺され過ぎたせいでその認識は、意識しないと曖昧になりがちだ。

「こんな所に本当に居るのか?」

「少なくともジバルを落とすと言っていた宮本武蔵之介の仲間は居るだろう。そいつを捕縛して居場所を聞き出せばいい。そうすれば一石二鳥だ」

「そんな効率的な話をしている場合じゃない。私はダルノアを助けなければ……」

「英雄の癖に、お前は小なる人間を取るのか」

「アイツを助けたいと思うのは英雄だからじゃない。アイツが他でもない私の友人だからだ。ジバルを治めているのが私ならばともかく、ここは私の手の及ばぬ場所。頼ってくれるのは構わないとしても、襲われた際の対処や方策はあちらで考えるべきだ。今は……優先順位が違う」

 彼女を殺したくないが為に、ここへ連れてきた。しかしそれのせいで、今、彼女の命が危機に瀕している。皮肉な話だ。何処へ誰を連れて行っても、自分が関わる限り死ぬ可能性を生んでしまうなんて。彼女にとって一番の死神は自分ではないか。

「……アルド。私はお前を蔑みたくて発言した事はない。それでいいんだよ、お前は。私はそういうお前の事を気に掛けると言ったんだ。だからお前も、ゆっくりでいい。自分で自分を肯定出来る様になってみて。そうなれれば、お前はきっと……強くなれる」

 無機質で冷淡。されど優しく語りかけてきたシターナに、アルドはどう返して良いものかと悩んだが、今はその答えを返している時間も無いだろうと思い直し、代わりの一言で話を切り上げた。

「中に入るぞ」

 見た目に反して洞は思った以上に深く、直ぐに暗闇が二人を包んだ。相変わらず一人で歩かないシターナは自分が抱えているので、不意打ちをされてもこちらには回避しか許されていないのが辛い所だ。やはり『蛟』の国で疲労を引き受けてもらって正解だった。あれが無ければ、今頃吐血していたかもしれない。

「…………なあ、シターナ。私は不幸なのだろうか」

「今更何を言い出したかと思えば、何か思う所でも」

「ジバルに来たのは、ナイツへの労いも兼ねているが、新たに仲間を勧誘したかったからだ。『狐』と『蛟』をな。しかし振り返ってみると、確かに勧誘自体には……少し形は違うけど成功している。後は適当にナイツ達が疲れを取ってくれさえすれば、それで良かったんだ」

「それで」

「なのに宮本武蔵之介などという人物に友人を攫われ、勝手に目を付けられ、それを助ける為に動いていただけだったのに、気が付けばジバル全体に関わる問題に首を突っ込んでいた……あまりこんな事は言いたくないが、無視しても良い筈の問題に巻き込まれ過ぎている気がするんだ。五大陸奪還とは何の関係もない問題にさ」

「…………本当に何を言い出したかと思えば、お前はどうしても私に『今更』という言葉を多用させたいようだな。それがお前の今までの生き方だったじゃないか。他人の為に動き続けて寄り添い続けて、その果てに生まれたのが英雄アルドじゃないか。話を堂々巡りにさせるのは好きじゃないが、これだけは言っておく。お前が生き方を変えない限り、一生肯定は得られないぞ」

「…………不幸なのか」

「それはお前の捉え方による。英雄という立場が出来てしまった事で何の力もないアルド・クウィンツを誰も見ていない事実のみを見れば不幸と言えるかもしれないけど、その立場があった事で多くの人間を、救う事の出来なかった者を救えたと考えれば、幸福だ。『勝利』の名を冠るきっかけとなった戦争と同じだよ。どちらも理屈が正しいと思っているから戦争が起こる。物の見方の違いだ」

 どうして彼女に答えを聞くのか。その理由は偏に彼女が智慧の魔女だからである。宗教がどうして流行るのかというと、人が救いを求めるからだ。アルドは彼女に救いを求めていた。全知無能たる彼女に、己が答えを教えて欲しかった。

 そんな思惑は彼女の前では筒抜けだろうが、それでもアルドは知りたかったのだ。自分というものが何なのか。己の価値とは。英雄とは、魔王とは。人は年齢を重ねるにつれてその答えを見つけていくが、悲しい事に十万年以上も生きていながら、アルドはまだそれを見つけられていなかった。全てが他人依存だった。

「…………少なくとも、お前は最悪ではない。私に言えるのはそれだけだ」

 智慧の魔女が自分にかけてくれた唯一の慰めの言葉。お互いに経験がないせいで、ぎこちない会話だったのは否めない。ここまで悩みを吐露した事もないし、彼女も本格的に人を慰めるのは初めての事だろう。微妙な空気が洞の空気に乗じて流れる。もしこの奥に人が居たとしても、この微妙な雰囲気の前では不意打ちも躊躇うのではないだろうか。

 そんな甘い奴なら、助かるのだが。

 相変わらず暗闇は続いたが、足音の反響から推測するに、アルド達はようやく最奥に辿り着いた。明かりの差し込む余地のない部屋は見渡すには暗すぎたが、先客を感知するには十分すぎる血の臭いだった。

「当たりだね」

 シターナが小声で言った。

「……誰だ!」

 変に彼女を下ろして攫われたら溜まったものじゃない。大声を出して注目をこちらに集めつつ、注意深く足を踏み入れる。



「その声はもしや、救国の英雄か?」



 自分の事をそういう風に呼ぶという事は、間違いない。チロチンが盗み見た『八天』なる集団の一人だろう。宮本武蔵之介と手を組んでいるという事は、その実力も同程度と考えた方がいい。両腕が塞がっていて勝てる相手では無さそうだ。アルドは宝物庫から大型の盾を取り出して最奥への入り口に突き立てる。そしてその内側に、シターナを置いた。彼女の存在を知らせない為にも、敢えて何も言わない。

「救国の英雄……私をそう呼ぶという事は、私の部下が見た『八天』とやらの一人か」

「部下……? 貴様は魔人を従えているというのか」

「何か問題があるか? 私は彼の事を信頼している。素晴らしい右腕だ。お前達にそれの是非を問われる謂れはない」

 お互いに視界が閉ざされている中で申し訳ないが、手加減をする余裕など今は無い。王剣を取り出して、何処に居るとも知れぬ敵へ構える。

 次の瞬間、洞窟全体が明転した。






「四の太刀、臥梁龍賀―――推して参る!」






 若年の剣士が有無を言わさず、こちらに斬りかかってきた。








 ジバルに限った話ではなく、五大陸にも剣術というモノが存在する。かつてフィネアと剣を交える事になった際の構えは覚えているだろうか。それに対応する為に出したアルドの構えも、あれはフルシュガイド大帝国に騎士として生きていた時代に習得した構えだ。構えとは先人が編み出した戦いのスタイルであり、騎士団長には新人騎士を教育する為の指導書が与えられる。そこにはあらゆる戦いの想定状況が詰め込まれており、例えば二歩先の敵に斜め上から斬り込まれたらどうするかといったような事が書かれている。これを読めば新人騎士は忽ちの内に戦闘技能を習得し、いずれは戦場に出ても問題ない十分な戦力となる事が出来る……

 なんて都合の良い話があれば苦労はしない。確かに教本は必要である。大昔の先人達の様にゼロから培う必要はない。ただ、教本を読み、理解したからと言って、その通りに動ける程斬り合いは甘くないのだ。仮に動けたとしても、果たしてそれは敵に通用するのかどうか、という話にもなってくる。

 例えばの話だが、斜めから斬りかかってくるのに対して、防御の構えを取ったとする。しかしそれが敵のフェイントだったら? その剣戟があまりにも重く、防御しようとすれば力で武器がへし折られるとしたら? 戦争という大きな括りにせず、斬り合いだけで見ても、教本一つで語れる程甘くはない。型など学ぶだけ無駄だ。大事なのは自分の中でどう対応するかであり、いざ斬り合いが始まった時に型を意識する者は少ない。何らかの昇段試験であればまだしも、命の奪い合いにおいてそれは己を殺す事に直結する。

 剣の才能がないアルドでも、そこは変わらなかった。いざ殺し合いが始まれば、己の内に潜む経験の全てを以て無我夢中に振り回す。才能に拘らず、それこそが基本的な殺し合いの方法だ。英雄などという存在が華麗な剣技で美しく敵を倒すと思っているのなら大間違い。むしろその逆―――少なくとも自分は、非常に泥臭く、醜く戦う。研ぎ澄まされた剣閃など知った事じゃない。相手を斬る事が出来ればそれでいい。

 五大陸でこの考え方は自分が英雄となった後に認められたが、進行形で切り結ぶこの男、ガリュウは受け入れないだろう。こんな状況でも無くとも、きっと自分達はいつかこうして斬り合っていたに違いない。

 鋼と鋼がぶつかり合う。派手な金属音を奏でて、お互いに武器の消耗など気にも留めずに打ち続ける。滅多な事では摩耗すらしない王剣はまだしも、相手が使っているのは只の刀だ。何度も今みたいに扱えば刃毀れはするし、最悪折れる。だというのにガリュウは、戦いの火蓋が切って落とされたと同時に始まったこの斬り合いにおいて、一度も刀を傷つけていなかった。八天の序列基準は分からないが、彼が単純に序列四位だとするならば、一位はどれ程の技量なのだろうか。既に彼の時点で、アルドよりかは技量が高いというのに。

―――特に上手いのは流し。

 力任せに剣を振っているとまではいかないが、アルドの剣技は幾らか己の剛腕に依存している。だというのに攻めきれないという事は、相手の流しが尋常でなく上手いからに他ならない。剣戟を上に流され、がら空きになった半身に突っ込んでくるかと思ったが、ガリュウはそれ以上の追撃はせず、後退した。

―――何かおかしいな。

 防御は完璧だ。模範的と言ってもいい。ジバルには数多くの流派があるから、もしかすると教本に則っているのかもしれない。そういう動きをされてしまうと、少なくともアルドには攻め込めなかった。

 しかし攻撃はというと、不足とか過多とかそれ以前に、何もしてこないと言っても語弊は無い。最低限の防御さえしていたら、攻め込んでこないのだ。

「シターナ!」

 彼女を守る盾は封盾『詩吹』。盾とは名ばかりであれは実質的な結界であり、内側にある物体を全方位から保護する武具だ。代わりにシターナはあの場所から一歩も動けないが、命が守られるならば安い筈だ。智慧の魔女まで奪われたら、いよいよこちらには全面戦争以外の勝ち目がない。洞窟の入り口に設置しておいた事で、武蔵之介の時の様に逃げられる事も封じている。殺し合いに勝ちさえすれば、アルドの価値は揺らがない…………筈。

「何だい?」

「分かるか?」

 相手に余計な情報を伝えたくて、自分も不明瞭な伝え方をしてしまった。それが幸いしたお蔭で相手はこちらの意図を掴めず―――さりとて傍観する気も無い様だが―――悪戯に突っ込んできた。瞬息の刺突を半身になって躱し、振り返り様の一撃を真正面に鎬を置いて防御する。

「ああ。どうやら時限式の魔術が仕掛けている様だね。後五分もすれば爆発して、そこの石は木っ端微塵だ。殺るなら早くした方がいい」

「……何ッ!」

 ガリュウはこちらと鎬で押し合いを続けつつ、封盾の方を見遣った。内側に連れが居る事に気付いたのだろうが、技量で何とかなっている自分とは違い、あれを壊すには純粋に武器の強さが必要になってくる。今の彼にはどうやっても、彼女へ手を出す事は出来まい。



 しかし、五分か。



 守りが完璧なのは飽くまで時間稼ぎをする為……成程。そういう事か。飽くまで引導を渡さんと張り切っているのは宮本武蔵之介だけであり、他の男達は飽くまでジバル陥落を主に据えて、自分は二の次とでも考えているのか。ここで自分を倒せたとしてもそこの石が崩せなければジバル陥落は難しくなって本末転倒になってしまうから、正しい判断ではあるのだが。

 しかし救国の英雄を舐めすぎではないだろうか。

「はあッ!」

 場数だけなら他のどんな剣士にも負けていない自信がある。この経験こそ、恐らく戦場で最もタメになる教本だ。足を踏みこんでガリュウを押し飛ばす。それから正中線に沿って振り下ろすと、横から滑り込む様に刀が入り、こちらの剣戟を流さんとしてくる。この状態から取れる選択肢は幾つもあるが、アルドが取るのは相手が想定していない選択肢である。剣戟が流された瞬間、アルドは王剣を手放し、ガリュウの懐へ肉迫。

「剣を……ッ」

 武器にばかり気を取られていたガリュウには想定できなかった選択肢だろう。咄嗟に後退したのは流石と言わざるを得ないが、その程度では威力は減殺出来ない。鳩尾目掛けて持ち上げる様に拳を突き放ち、僅かに男の身体を宙に浮かせる。

「ゴッ…………!」

 常人が相手ならここで止めても良いが、相手は自分よりも技量の高い剣豪。やり過ぎて駄目という事は無い。もう片方の手で顎の側面を掴むと大きく転回し、背中側の地面にその頭部を叩き付ける。因みに天森白鏡流ではない。教本に書いてあった事を思い出している場合では無かったのだ。

 言うなればこれは生存殺法。生き抜く為にアルドが勝手に編み出した戦い方である。渾身の力で叩きつけたつもりだったが、ガリュウの頭部は潰れていなかった。

「後一分」

 シターナの宣告が無情に感じる。対処方法を聞いていなかったが、殺るならば早くした方がいい、という発言から、殺してしまえばどうにかなるのだろう。彼女を疑っている暇はない。一分一秒でも早くこの男を仕留めなければ…………いや、待て。もっと良い方法があった。

 宝物庫の特性を利用して王剣を手元に引き寄せると、地面に突き立て魔法陣を展開した。

「王権発動。超越せしは我が理。聞くべき、世界の法よ。黄金郷より生まれし我らが剣が、汝に命ずる―――」

 ガリュウの身体はこの腕が抑えつけているので、抵抗されても詠唱は中断しないつもりだったが、妙に抵抗が小さい。相手は恐らく王剣の特性を知らない(これは元々皇の持っていた剣だ)ので、もしかすると勝利を確信しているのだろうか。

 ならば王権にて、その勝利を覆させてもらうとしよう。

「―――疾く失せよ!」

 王剣の固有能力は、その詠唱文によって効果を変質させる。要は詠唱が長ければ長い程協力になるという事であり、時間さえかけられるのなら世界全体を変化させる事も可能だ。しかし今、アルドは一節のみの詠唱で発動した。この場合、王剣は非常に弱い効力のみを発動させる。丁度、この洞に仕込まれた魔術が消せるくらいの、弱弱しい効力を。




 そして一分が経過したが、仕込まれていたとされる魔術は発動しなかった。アルドはそれを見抜けていなかったので、状況が『何も起こっていない』から『何も起こっていない』に変化した様にしか見えていない。




「…………何、だと?」

「残念だったな。悪いがこちらも友人を攫われている。手段は選んでいられない。お前との殺し合いにも……長々付き合っている暇は無いんだ」

「くッ…………!」

 ジバルの危機は食い止められたが、ここにダルノアは居なかった。アルドはガリュウの頭から手を離すと、彼に背を向けて洞から出て行こうとする。こんな所に用はない。最優先なのは彼女の無事だ。今回はシターナの当てとやらを頼りに来ただけ。

「……ああ、そういえば」

 アルドは歩みを止めた。

「少女を知らないか? 宮本武蔵之介が捕らえたらしいんだが」

 捕縛こそしていないが、この洞から出るには『詩吹』を突破しなければならないので、実質的な捕縛である。ガリュウはよろよろと立ち上がり、極限の殺意をアルドに向けた。そこには敗者の無念、そして剣士としての侮蔑が込められていた。動きからして脳震盪を起こしている筈なのだが、どうにもまだ、闘志は消えていない様だ。

「失望したぞ……救国の英雄よ! 貴様も剣士の端くれなら、正々堂々戦わぬか!」

「私も、友人が絡んでさえいなければそうしたかったよ。いや違うな。私にそうさせたいならまず友人を返せ。少女一人だ。安いものだろう」

 話に応じてくれるだけ、ガリュウはまだマシなのかもしれない。この状況、武蔵之介ならば有無を言わさず第二戦の火蓋を切って落としただろう。

「知らぬ、その様な者の存在など寡聞にして知らぬ。奴が勝手にしたのだろう」

「……じゃあ、武蔵之介が拠点にしている場所は分かるか?」

「我等『八天』に仲間意識などあるものか! 志こそ同じなれど、我等には我らの信念がある、流派がある! まして異端者たる宮本武蔵之介の所在など知る由もなし。仮に知っていようとも、貴様に教える義理は無い!」

 分かり切った事だが。やはり駄目だったか。気になる発言は残してくれたが、それがダルノアに繋がるとはとても思えない。王剣を構える前に逡巡したが、彼に尋ねるべき用は済んだ。やるべき事は一つしか残っていない。

「じゃあな」

 アルドは地面を蹴ってガリュウとの距離を詰めた―――と思いきや、直前で剣を投げ、それと同時に虚空からもう一本の武器を取り出した。

 それは槍だった。十文字槍と呼ばれる槍の一種で、普通の槍とは違い。様々な武器としての顔を持つ槍である。突けば槍、斬れば薙刀、引けば鎌という文句はあまりにも有名である。ガリュウは冷静に王剣を弾き飛ばし、直ぐに槍へ対応しようとした……次の瞬間。


 こちらが何かを仕掛けるまでもなく身体が硬直。十字に取り付けられた刃が彼の胸を貫き、停止。心臓を穿った手ごたえを手元に受けたアルドは、ゆっくりと槍を引き抜いた。


「最後に一つ教えてやるから、忘れておけ。魔人との全面戦争において、私は剣以外の武器も使う事になった。使わなければ生き延びる事が出来なかった。私に才能がないのは認めよう。しかし、それでも私は生き抜く術を誰よりも知っている。何をしなければならないか。出来る出来ないではなく、やるかやらないかだ……教本に則ったままじゃ、そうなるんだよ」

 教本には、相手が『突然武器を変えてきたら』という想定は無い。武器ごとの大雑把な想定はあっても、細かい想定なんてものは滅多に書かれていない。明らかに自分よりも技量が高い彼が負けたのは、時間稼ぎが目的だったからというのもあるだろうが、そういう経験が足りなかったからというのが大きな理由だろう。だからあの時、対処に困って硬直した。

 槍の間合いでは下がるだけというのは悪手なので、この余裕ある状況では回避方法が無限に思いついたとしても、あの刹那においては、何の選択肢も残されていなかった。教本に則って生きてきた剣士では、それが限界なのだ。

「行くぞ、シターナ」

 膝を突いたまま息絶えた剣士の亡骸を背に、アルドは洞を後にした。



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