ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

魔女からの餞別

 引き続き『忍』達には情報収集に徹してもらう事にした。一々クルナの下に戻るのも面倒なので、次からは直接伝えるように言って、アルドはシターナと共に銀城閣を出た。その際、『忍』の一人と連絡を取り合う為に転信石を貰った。

「そういう訳だから、よろしく頼む」

「承知」

 『忍』の魔人には名前が無い。何故なら彼等の中では名前とは個人を象徴するモノであり、世界の影である自分達には必要のないものだから。なのでアルドも『忍』については『忍』というしかなく、個人個人を見分ける事は出来るのだが、呼ぶ際は結局『忍』呼びとなるので全員を呼ぶ事になる。全く面倒な種族文化だが、理解してやらなければならない。アルドが進む道とはそういう道であり、多少のストレスで崩壊する様な事はあってはならないのだ。異文化を理解出来ないからと拒絶していてはいつまで経っても共存の道はない。アルドは再構築という名目でどれだけ話し合っても魔人を拒絶する人間を排除しようと考えているのだから、せめて自分だけでも理解してやらなければ。

「あまり無理はするなよ」

「…………お館様」

「誰がお館だ、誰が。私は名門の出でも何でもない。そんな呼び方はよせ」

「では主よ。それは約束しかねる。我等『忍』は主の手となり足となる事を誓った。主の身体が既に限界を迎えている事は知っている。それに代わる手足となると、必然無理をする事になる」

 理解とかそういう話ではないのだが、どうも『忍』という奴は真面目だから困る。自分の手足に変わってというのを文字通りに受け取る奴が一体何処に居るというのだ。この身体が背負う疲労は一つの生物が持つにしてはあまりに重すぎる。自分は半分死んでいる事もあり辛うじて耐えているが、これを生者の身体で持つのはアルド以上の苦行だ。にも拘らず、この魔人達は恩義だけでその辺りを躊躇しない。たとえ己の肉体が瓦解しようとも、全体を以て一つの『忍』であるが故に、気にしない。

 その生き方をどうにも見ていられないのは、同族嫌悪という奴なのだろうか。しかしながら説得の上手い言葉が見つからず、アルドはそのまま転信石での連絡を閉じた。その様子を隣で見ていたシターナが、普通に声を掛けてくる。

「お前に説得するのは無理だ」

 こんな時にも彼女は辛辣だが、決して悪意あって言っている事ではないので、怒る要素は無い。アルドは苦笑いでその場をごまかすと、あてもなく歩き出した。

「酷い事を言うな」

「私は知っている。お前が『狐』の説得に応じなかった事を。ならお前に説得する権利は無いし、『忍』と呼ばれる魔人にどういう風習があれ、あれは意思を持った生物だ。お前の命令には従うが、お前の命令を受けてどう思うかは奴等の自由。どう動くかも命令されない限り自由。説得したかったのなら、お前は命令しておくべきだった」

「…………ははは。いや、全くその通りだな。『忍』の文化を逆手に取れば良かった話だ」

 相変わらず彼女は歩けないので、またアルドがお姫様抱っこをして歩く形になる。お互いに羞恥は…………こちらは無い訳ではないが、シターナが興味だけで動く女性だと知っているから出来るのだ。今までの会話を通しても分かるだろうが、彼女は魔人と人間を差別しない。どちらの存在に対しても興味があるかないかで判断している。そして今の所自分以外に興味を引くものはないので(無関心な物には触られる事すら嫌がるので、こうして興味を持ってくれているのは魔力の引き出せぬ体質唯一の幸運と言える)、今更な話だがアルドの世界再構築において彼女は排除の対象とはならない。

 銀城閣でも無理やり食事させたお蔭で、また血色が良くなった。相変わらず身体は飢餓的にやせ細っているだろうが、ゆとりのあるコートを着ているので外からは見えない。アルドが有名人という事も後押しして、それに抱きかかえられている彼女にも多数の視線が集まった。


「おい、アルド様が女性を運んでいらっしゃるぞ」

「人間……か?」

「綺麗な髪の毛だよな」


 そう言えば言い忘れていた。男性である自分にはその心得が無いという事で、ボサボサの髪の毛はそのままだったのだが、同じ女性であるクルナに「旦那はん。女子をそない雑なまま外に出してええと思っとるんか?」と言われ、彼女によって強引に整えられた。シターナは嫌がっていたが、個人では非力な彼女が大化生である彼女に勝てる道理はない。無理やり抑え込まれる……のはどうしても嫌がったので、代わりにアルドが抑え込み、その隙にクルナが手を加えた。普段から身だしなみには気を遣っているとの事だけあって、やせ細って死人みたいだった魔女は、忽ちかつての美貌を取り戻したかの如く美しい髪質を手に入れた。地毛が黒髪なので、ジバルで目立つ事もない。

「済まないな、視線は嫌だろう」

「気にするな。こうでもしないと私はお前と一緒に行動できない。差し引いてもリスクとしては軽微だ」

 この智慧の魔女はあまりにも寛容すぎて、時々心配になる。興味のない事柄、人物には触られる事すら嫌がる(髪の毛もかなり嫌がっていた)が、それは裏を返せば興味のある人物には何をされても良いという事であり、アルド以外にそれが生まれた場合、そしてその人物が悪意を持っていた場合、果たしてどうなってしまうのか。

 勘違いしないで欲しいのは、彼女は善でも無ければ悪でもない。興味があるか無いかについてそれを分類する事は出来ない。なので悪意ある者に興味を持つ可能性だって十分あるのだ。彼女が女性である限り、一番考えるべきは強姦だが、やせ細っていて魅力的な肉体とは言い辛いので、杞憂なのかもしれない。

「一つ聞いても良いか」

「何だよ」

「もし私が……絶対しないぞ? しないけど……何処か人気のない場所でお前を襲ったらどうする」 考えていても仕方ない。『忍』から新たに武蔵之介の位置情報などが教えられなければ動き様がないので、時間に余裕はある。ハッキリさせる事にした。

「それは、物理的な意味か?」

「いや、性的な意味だ」

 これだけでもこちらが恥ずかしい。微かに頬を染めるアルドとは違い、シターナは目を瞬かせるばかりだった。興味を持たないものには触られる事すら嫌がり、また性行為に興味を見出していない事から処女には違いないだろうが、それでもこの反応の差は何なのだろうか。

「……お前が私を孕ませようとした時、か」

「言い方を悪意ある方向に変えるな。まるで私がそう言ったみたいじゃないか」

「そう言ったんだろ」

 そうなのだが。そう言ったのだが。

「どうすると言われても、どうもしない。好きにしたらいいと思うよ」

「抵抗しないのか?」

「この身体でお前の屈強な肉体には対抗できない。するだけ無意味だから、しない。それだけだ」

 乾いた価値観というべきだろうか。やはりシターナをこのまま放置しておくと危険な目に遭わせてしまいそうだ。智慧の魔女である彼女がその気になれば自らに訪れる災難すらも予測出来るだろうが、それすらも興味が無いと断じて、躱そうとしない未来がこちらにだって読める。

 アルドが守らなければ。この魔女はあまりにも自分を蔑ろにし過ぎている。脳内における叱咤モードにスイッチが入った気がした。

「―――お前には、自分というものが無いのか? 興味がある無しだけで判断するのは良いが、それでも自分の身くらいは案じた方が良いぞ」

「自分の身を案ずるなら、そもそもお前に何ぞついてはいかない。英雄様の周りには死が浮かび過ぎている。私は私の事を友人と言ってくれるお前を案じているんだ。自分を案じている余裕はない―――お前と同じ様にな」

 最後の言葉は、遠方より放たれた弓矢の如き速度と威力で、アルドの心臓を貫いた。

「同じ事を返してやる。お前には自分というものが無いのか? 自分は英雄だ魔王だと言って勝手に責任を感じて使命を帯びるのは良いが、それでも自分の身くらいは案じた方が良いぞ」

「それは……大切なものを守る為には致し方ない犠牲だから」

「どうやらお前は自己矛盾の塊らしい。英雄として、魔王としてのお前がそういう心持ちだから他の人はお前を心配するんだ。それなのに、皆が見ているのは英雄である私だけ、だと? それはそうだ。お前に代わって皆がお前を案じているだけだからな。それなのにお前は『私』にはなんの価値もないと断じて勝手に孤独になって自分を否定したかと思いきや、英雄でなければ救えない命があったと己の在り方を肯定した。その矛盾がお前の弱点だ。分かるか?」

「……」

「お前が幾ら強くても、その辛うじて成り立つ矛盾を壊されればお前の負けだ。あまりにも脆い、その矛盾は」

 シターナはこちらに停止を要求。それから指で路地裏に入ることを命じた。彼女を叱る予定だったのに、気付けば自分が叱られていたとは笑えない。今の所立場が下なので、逆らう事は出来なかった。

「……直ちにその矛盾を直せと言いたいところだが、それが簡単にできれば苦労はしないだろう。目を閉じてくれ」

「え?」

「いいから」

 言われるままに目を閉じる。数秒の沈黙を挟み、アルドの唇に柔らかい感触が当たった。驚いて目を開くと、あのシターナが自らアルドの首筋に捕まる様に力を込めて、こちらにキスをしていた。

「……!」

 背後に飛びのこうとしてバランスを崩す。彼女は全く動揺せず、長いキスを続けた。

 流石に恥ずかしくなってきたので強引に剥がすと、何食わぬ顔で彼女が言った。

「私が関心を持つのは『お前』であって英雄じゃない。『お前』の事は、私が案じよう」

「な、何?」

「お前が案じて欲しくない英雄面を他の者が案ずるなら、私は生来の『お前』だけを案じる。そうすれば、少しは寂しさも紛れるだろう。私が案ずる価値が『お前』にはあるのだから」

 その後の一瞬の沈黙にどれだけの事を考えただろう。出てきかけた言葉は感謝の一言だったが、それを遮って転信石が起動した。

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