ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

神話狩り達

「揃ったな。では、始めよう」

 武蔵之介がその場で膝を整えると、円を描く様に八人の男がこちらの動作に倣った。この場に揃うはジバルに潜んでいた隠れし剣豪達。実力差はあるが、最低限一国の兵を相手取る程度の実力はあり、ここに集うまでに腕試しとして何処かの小島にある小国を三つほど滅ぼしてきたのがその証拠だ。中には過剰な程の戦闘訓練を行っていた国もあったが、それでも自分達には及ばない。有り余る才能が努力を上回っているのだ。

 凡人がどれだけの努力を重ねようとも辿り着けない境地がある。それこそ達人と呼ばれる者の至る場所であり、この境地に到達出来ていない者に自分達は負けない。人知を超えた努力でさえ、自分達の前には無力だ。

「取引状況はどうだ」

「順調。銃一五〇丁に始まり、十五種の武器の輸入が完了。残すは人材のみ」

 一の太刀、澤群宗司。首筋に刻まれた大きな傷跡は、かつてのライバルと斬り合った証らしい。使う得物は紫電と呼ばれる大業物だという事は知っているが、武蔵之介とは一番付き合いが短いので、個人的には腹が見えなくて苦手な人物である。

「途中で動きに気付かれた様子は」

「海賊に一度襲撃を受け、食料は沈められた。襲撃はそれ一度のみ。ジバルに存在する三ヵ国の何れにも気づかれた様子は無し」

 この計画の一番難しい所であった、誰にも気づかれないという難行を達成してしまった時点で、既にこの作戦は成功したようなものだった。仮にここで気付いたとしてももう遅い。ジバル大陸は今日で終わる。たとえ異国の英雄が介入した所で自分達の計画を妨害すら出来まい。

「宮本の。其方は本当にこの作戦には関わらぬのだな?」

 二の太刀、赤紗一角。大型の煙管を好むこの赤髪の男は、今回の作戦『神話狩り』における参謀的な立ち位置に居る剣豪だ。飽くまで立ち位置としたのは、彼に全く力がない訳ではなく、その実力は自分にも匹敵する程のものがあるからである。参謀だからと言って、彼を真っ先に取る事は不可能とは言わずとも、瞬殺はまず出来ない。各々が剣豪を名乗る以上、死ぬ覚悟は出来ているので、一人が突破されたとしても自分達が歩みを止める事はない。今回集まってくれた剣豪達は、それ程の覚悟を持ってここに来ている。

「然り。引導を渡すと契りを結んでしまったのでな。仮に奴が介入した所でどうしようもないとは思うが、念の為だ。救国の英雄はこの俺が引き受ける。この、宮本武蔵之介が」

「それ程の相手だというのか、お前がすすんで引き受ける相手だと」

 三の太刀、秋水煉獄斎。今回『神話狩り』をするに際し、自分達が真っ先に声を掛けた人物だ。彼の通称は『神殺し』。それを証明するかの如く身の丈を遥かに超える大剣を扱うこの剣士には、数十の国に存在した神話を業で以て切り伏せたという実績がある。今回の作戦には何より向いている人材と言えるだろう。

「この場に居る我等『八天』の何れも成し遂げていない偉業を、奴は成し遂げている」

「偉業。それは」

「百万人斬りだ」

 この場に居る全員が息を呑んだ。百万人をたった一人で切り伏せる事がどれだけの難行かは想像に難くない。口で言えば簡単だが、百人斬りではなく、百万だ。それを相手にたった一人で立ち向かい切り伏せるなど、それは最早災害そのもの。剣豪というよりかは怪物の成し遂げるべき功績だ。

「貴様らはジバルでの奴しか見えていないから信じられないだろうが、俺は奴の全盛期を知っている。だからこそ俺が出張り、引導を渡すのだ」

「切り伏せるというのか。救国の英雄を」

「然り。不敗の神話を象徴する称号『勝利』。この一刀で以て、その神話を打ち崩すのだ!」

 今回、自分達が目的としている事。それはジバル大陸の滅亡及び、剣豪大国としての再生だ。この国から強者輩出の循環を作り上げ、傭兵として世界各地に派遣し、戦争の結果を意のままに支配する。それによって間接的に世界の構造を操作し、いずれは自分達を世界の中心へと据える。今回はそれの第一歩。間違っても失敗はあってはならない。

 今まで築き上げられてきた温い歴史を叩き潰し、ここから強者の歴史を始めるのだ。平和などクソ喰らえ、安寧などクソ喰らえ。世の中は一刀一殺、血みどろの世界こそがジバルにおける真理。家族も、友人も、仲間でさえも、全ては己が剣を高みへ上らせる為の土台でしかない。これを偏った価値観と捉える者は、きっと今までの世界に毒されているからだ。それを証明する為の証拠は、既に存在している。


 世界はどうやって今に至るまで発展してきたか、という話だ。


 そこには研鑽があった。己こそが一番に違いないと、己こそが世界の歯車なのだという自覚があった。すると、自分が一番重要な歯車に違いないと思った者による競争が生まれ、競争によって新たな技術が生まれ、新たな技術によって文明が生まれ、文明によって価値観が生まれ、価値観によって人が作られた。競争とは即ち闘争。昔から人々は闘争する事でこの世界を進歩させてきたのだ。それが今や何だ。

 人々は闘争心を失くし、刺激ではなく停滞を好み、混沌ではなく秩序を望むようになった。これが良くない。これが続けば直に人の世は廃れ、遂には滅びてしまう事も考えられる。だから自分達が立ちあがったのだ。

 闘争心の権化。停滞ではなく刺激を好み、秩序ではなく平和を望む自分達が。

 世界が停滞した今、世界を変える事が出来るのは自分達だけだ。この圧倒的な力によって、再び人々を秩序から渾沌へと染め変える。どんな善人も、自分達のやり方を間違っているとは責められないだろう。実際にここ数年で何かが変わったかというとそんな事は無い。そもそも自分達がこんな事を決意した時点で、世界は今の今まで惰眠を貪っていたという事だ。でなければ、立ち上がる事は無かったのだから。

「…………では、改めて作戦の詳細について確認をする。準備は良いな」

 一角が全員に視線を向けると、各々のタイミングで首肯が返ってくる。

「質問は自由だ。ではまず、我々の最終目標から振り返りたいと思う―――」 








 とんでもない事を聞いた気がする。たまたま見かけただけの悪党の取引かと思いきや、これはジバル全体の命運に関わる計画ではないか。偶然とはいえ、この会合を上から覗けている現状には感謝するしかない。計画の全貌を知る事が出来れば、アルドやクルナ達に連絡して未然に防ぐ事が出来る。自分では……見た所、眼下に集う何れの男にも勝ち目は無さそうだ。

 勘違いしないで欲しいのは、取引自体は壊滅する事が出来る。これでも彼が選んでくれたカテドラル・ナイツが一人、『烏』だ。その程度も出来ずに死んでしまっては、自分を選んでくれた彼に対しての面目が立たない。ただ、その行動を取る事になる様な事態にはなって欲しくない。恐らくそんな行動を取らざるを得ない時点で、チロチンに生きる未来はないのだから。

一人、二人ならどうにかなっても、八人が相手ではどうしようもない。『隠世の扉』さえ発動出来れば何とかと言った所だが、八人も相手取るとその隙も無さそうだ。もしも彼等の計画がリスド大陸を巻き込むものならば自滅も覚悟で取引を潰したかもしれないが、所詮は他国という事もあり、わざわざ自分が無理をする事はない。第三者である自分が好き放題覗けているだけでもありがたく思うべきだろう。彼らの内誰かが気付くまで、チロチンは可能な限り息を殺した。こちらの存在に気付いていないのか、自分達を『八天』と称する男達は淡々と作戦を振り返っていく。

―――しかし、まさか国家を乗っ取ろうとする奴が私達以外に居たとはな。

 魔人か人間かという種族的な違いがあるだけで、この八人の話している事は、実は自分達の目的とそう大差はない。いや、大差は無かったというべきか。

 我が主、アルドは魔人達の願う目的とは別に己の目的を掲げている。同じ魔人という事で勘違いされがちだが、カテドラル・ナイツが忠義を示しているのは飽くまでアルド・クウィンツ只一人。彼の目的がどうであれ、自分達は彼の為だけに動く。魔人など、本来は知った事ではない。彼に対する態度から、もう既に見限っている節まである。それを目的というのならばこの話は無かった事にしたいが、自分が言いたいのはリスド大陸の魔人が望んでいる事。即ち人類種からの五大陸奪還。支配種としての返り咲きだ。『八天』と己等を称すこの集団はジバルを計略で以て落とし、この国を自分達の都合の良い様に変えるのを目的としているらしいが、それを言い換えるならば、支配種の交代だ。返り咲くのと交代では厳密には勝手は違っているが、元々別の者が支配していたのを奪い取るという意味では似通っている。

 だが真に感心すべきは、それをたった八人で成し遂げようという気概である。

 アルド・クウィンツの百万人斬りの伝説を知らぬチロチンではない。そんな彼でさえ五大陸奪還には仲間を欲し、その結果生まれたのがカテドラル・ナイツだ。

 自分でこんな発言をするのもおかしいとは思うが、彼と本気で殺し合い、負けるまでは常勝無敗の強さを誇っていた自分達が集まって、彼はようやく奪還を開始した。無論その奪還は自分達だけではなく、時には彼個人の交流も絡めて行われている。どれ程の強者であっても、大陸一つを完璧に制圧する事は容易ではないのだ。

 執行者の様な根本から絶対的な権限を持つ異端ならばいざ知らず、この世界に生を受けたものならば、まず例外は無い。彼等でさえ単独では無理と判断し、八人で取り掛かろうとしているのがその証拠とも言えるだろう。

 だが、たった八人だ。

 八人如きで完璧に制圧出来る国でない事はクルナの実力から見ても明らかなので、単純に考えると眼下に位置する八人は馬鹿である。国盗りなんてしようと思う奴は大概馬鹿なので、決して悪口として使っている訳ではない。これを悪口にしてしまうと、チロチンは己が敬愛する主を含めて自虐する事になる。

 例外として、エヌメラや執行者の様な例外さえ来なければ、五大陸は自分達だけでどうにか出来る(フルシュガイドはアルド曰く厳しいそうだが)。今まで見てきた兵力からチロチンはそう感じていた。訳アリで自分達は参加できていなかったが、魔人という支配種からこの五大陸を奪還するに際し貢献したのは紛れもなくアルドである。他の人類種が防衛に徹する中、彼だけが唯一攻勢に踏み切り、そして百万人の魔人達を討ち取った。それが支配種交代の契機となったのは理屈をこね回さずとも明らかで、これを逆に読み取ると、アルドが居なければ人類種は五大陸を取り返せなかった事になる。弱いのは当たり前だ。

 彼が戦った頃の魔人は全盛期と呼ばれる時代で、常に闘争を求めていた魔人が多く居た頃。強いのは分かるが、彼一人に奪還の手柄を全て取られる様な五大陸が強い道理はないだろう。必然的に、五大陸は例外とさせていただく。

 だがこのジバルは違う。

 明らかな実力者が揃っている。民間人だけで戦争をさせても、きっとジバルの者達が勝利するだろう。それくらい、国として全体的な地力が違っていた。これをたった八人で攻略出来るとはとても思えない。にも拘らず、眼下の男達はそれをせんとしている。その為の会議をここでしている。これを感心せずして果たして何を感心する。遠目から見ているだけなのに『勝てない』と感じたのは彼等で四人目から十二人目だ。元々戦闘が得意ではないので武人としての嫉妬は無いが、だからこそ不自然にも思う。これ程の強者であれば自分の存在にとっくの昔に気付いている筈だが、まるで気付いた様子もなく、会議が続いている。

―――誘われている、という事か?

 端から武人としての矜持は無いので、誘われていたとしても乗るつもりはない。乗らねば男としての恥である、とはどうしても考えられない。生きて情報を持ち帰るのが自分の最低限の役目だ。勝手に罵ってくれる分にはどうでもいい。今、死んでしまえば、ただでさえ限界なアルドの精神に対して更なる罅を入れる事になる。それだけは避けたいというより避けなければならない。一人で支えるのがやっとな彼の心を同じ様に支える事が出来るのは、忠臣である自分達だけなのだから。

 その後もチロチンは作戦の内容に耳を傾けたが、頑として敵地に突っ込む事はしなかった。この幸運を僅かたりとも逃す訳にはいかない。作戦の全貌を知り、対策出来る者に伝えるのが自分の仕事だ。身の程は弁えている。誰にでも挑めば勝てるなどという考えは、相当な馬鹿でない限り捨てておいた方が賢明だ。

―――敢えて泳がされていたり、実は既に籠の中の鳥になっていたなどという危険を回避するならばならば、『星の眸』を行使して『八天』の男達全員の情報を見れば済む事だが、出来ればアルドと合流した状態でこの状況を作っておきたかった。そうすれば彼に負担が掛かっても自分が直ぐに運ぶ事が出来るから、実質的な負担を軽減する事が出来た筈だ。

 第三切り札を使えば、その代償は全てアルドに及ぶ。

 彼がその身に受ける呪いを有効活用する為に交わした契約が、こんな形で苦しめる事になるとは彼だって思いもしなかっただろう。チロチン以外にもこの契約は交わされている筈なので、イメージ的な話を出すと、彼の身体には幾つもの手枷、首枷、足枷が掛けられているに違いない。エヌメラや執行者の介入を予測しろというのが無理な話だが、これのせいで自分を含めナイツ達は易々と第三切り札を使えなくなってしまった。文字通り本当に追い込まれた時でない限りは使えない。体がそう教育されている。忠義を示した者を裏切る事が出来ないと、そう本能が言っているのだ。

「さて…………振り返りも終わった所で、そろそろ」

「ああ。そうだな。この会合を覗き見する『烏』には、ご退場願おうか」

 八人の内二人が立ち上がる―――それよりも早く、チロチンはマントを翻した。空間の外に出た自分は誰にも捕まえられないが、今の発言からこちらの存在に気付いていたのは明らかだ。


 なのに、どうして逃がしたッ?


 攻撃する機会はあった筈だ。それこそ不意打ちをする事だって可能だった筈。それすらもせず、只作戦を漏らして終わりなど釈然としない。この状況に的確な答えがあるとすればそれは一つだけ。

 計画の振り返りの中で、一人の男が『勝利』を殺すと述べていた。この二つを繫ぎ合わせると、理由は自然と見えてくる。そして思い通りにはさせまいと天邪鬼になっても何一つメリットは無いので、たった今逃走を図った事も含めて―――いや、もしかするとこの会合を見つけた時から、チロチンに選択の余地は無かった。

 彼等の思惑通り、彼等の計画している作戦を誰かに伝える他なかった。

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