ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

価値はあるが意味は無い。

 祭囃子も泡沫に消え、夢の様な時間は逃げる様に過ぎていった。このままチヒロと一緒に帰る事が出来ればそれが最善ではあったが、如何せん、アルドはキリュウとの約束を呑んでしまった。いや、呑んでしまったなどと言ってしまうと、まるで強要されたと聞こえてしまうか。アルドは自分の意思でそれを呑んだ。彼から折れてくれたというか、むしろこちらから折れていれば、もっと早く決着していたのではないかという突っ込みは無しだ。アルドはデートを中止されたくない思いで一杯だった。視野が狭いと言っても良いだろう。戦闘でさえも真の強者相手には一歩及ばないというのに、それ以外の分野では一歩処の騒ぎではないのが、自分の欠点である。

「一人で大丈夫か?」

「大丈夫ッ。これでも私、アルドの姉弟子なんだから!」

 胸を張ってチヒロが言う。相違ない事実であり、補足しておくと、彼女の方が才能はある。全ての分野とはいかないが、アルド・クウィンツには才能が無い。英雄としての価値はあるが、何かに関わる意味は無いのだ。弟子入りをした経緯については実に奇妙だが……フルシュガイドの男子とはその多くが最強を求める。あらゆる経緯を省きに省けば、強さを求めた為に弟子入りをしたのだ。その結果、アルドは猶更自分の才能が無い事を自覚してしまった。

 どうして才能が無いのか。参考までに自己分析しておこう。

 知っての通り、アルドは魔力を一切引き出せない体質だ。魔力こそ保有しているものの、それを引き出せないのでは宝の持ち腐れ。そして引き出せないとは文字通りで、体内に魔力は存在するが、循環していないのである。

 魔力とは、空気みたいなものだ。空気は無くては生きられないが(今となっては少なくともアルドには当てはまらない条件だ)、魔力も同じで、循環していなければ日常生活に支障を来す。アルドは循環していないせいで、あらゆる身体能力が他の人と比べると百分の一以下が基盤……ゼロとなっている。今は何事もなく生活しているが、これでも昔はかなり不自由をしていた。

 当たり前だが、身体が脆弱であり、体力が弱ければそれ程『身体を動かす』という分野には向かない。学問で勝負しようにも、魔力の無い人間は魔術を使えないので、必然的に学校へ入る事は出来ない。その現状を抱えたまま育ったのが自分だ。才能が無いのもある意味では当然。こうして身体を鍛えた今でも、他の人の潜在能力全てを引き出した状態と比較すれば、百分の一以下なのだから。

「そうか……」

 全ての人間に劣等感を抱いているのが自分という存在だ。それを上手く隠しているのが理性。今回も理性は上手く機能し、チヒロに対して負の感情を抱かせなかった。アルドは迷いなく城へと身を翻して、足早に彼の下へと向かい出す。デートの感想を聞いて、今後に生かしたいのは山々だが、そういう感想は後でも間に合うだろう。今はキリュウの為にも、約束を果たすのが先だ。

 祭りも終わった事で、先程の喧騒から一転、街は途端に死にきってしまった。一部の居酒屋はまだまだ騒がしいが、それは本当にごく一部。大多数に目を向ければ、静寂が支配しているのは間違いなかった。今はアルドの隣に誰も居ない。仮に自分を襲撃したいという物好きが居るのならば襲ってきても不思議ではなかったが、そこまでの災厄体質ではないようで、安心した。お蔭で何の障害も無く足を運べて、ニ十分もすれば城門前に到着出来た。

 キリュウの姿はないが、門番とは顔見知りである。業務上、一度は槍を交差してアルドの道を塞いだ門番の二人は、直ぐに『失礼しました!』と言って、通してくれた。キリュウからの連絡が行き届いているのかもしれない。だとするならば彼の仕事熱心ぶりには目を瞠るものがある。

「一応聞いておくが、徳長はまだ起きてるか?」

「は…………はい。いや―――その、どうなのでしょうか。済みませんが、私には何とも……」

「そうか。いや、気にするな。私が直接確認すればいいだけだ」

 眠っている最中等であれば日を改める事も考えていたが、これでは取り敢えず行く以外の選択肢がない。最悪なのは、彼が何者かと情事の最中であった時だ。ごくまれに見られながら致す事に興奮する者も居るが、ヒデアキがそんな性質であったとは記憶していない。

―――気まずさには、慣れないな。

 慣れないからこそ、気まずいというのかもしれないが。城門を難なく通過したアルドは、いつもの通路を歩き、彼の下へ―――そう思っていたのだが、思いもしなかった場所に、ヒデアキは居た。

「……何してるんだ? 徳長」

 彼が居たのはこの城の庭園。ジバルの趣に反さぬ見事な色合いを持った庭は、初めて見る者を圧倒させる。大自然の美しさを凝縮させた様なこの庭園に感動を抱かぬ者は居ないであろう。居たとして、それはきっとこの城の所有者だ。

「―――おお、霧代アルド! 来てくれたのか……奴はどうした?」

「諸事情で一緒には居ない。が、確かにアイツは務めを果たした。戻ってきた際には、どうか追求しないでやってくれ」

 相手が悪かったとはいえ、ヒデアキの右腕とも言える彼が一般人如きに負傷して回復中などと世間に知れ渡るのは、誰にとっても損に繋がる。それとなくヒデアキの行動を誘導しつつ、アルドは隣に座った。礼儀を知らぬ自分とて、この庭園を無駄に荒らす真似はしない。最低限の礼儀だけは心得ているつもりである。

「うむ。貴様がそう言うのならそうしておこう! フハハハハ! さて、アルドよ。余の言いたい事が分かるか?」

「『妖』でもない私にそれが出来ると? …………姫の事、とキリュウは言っていたが、違うんだろ」

「ほう? 何故にそう思う?」

「その件は私達の国におけるいざこざが終わってから考えさせてほしいと、確かお前に言った筈だ。部下になる件も合わせてな。お前の記憶力の良さは私も良く分かっている。その件で呼ぶとは思えないし、キリュウは今すぐに来いと至急性を示したが、姫の件で至急性があるのもおかしな話だ―――少なくとも、私が苦手とする話の類ではない」

「やるではないか! 流石に特定までは至らぬ様だが、良い。余は十分楽しんだ。ではそろそろ貴様に用件を伝えるとしようではないか。安心せよ、貴様の思った通り、至急性はない。が、貴様にしか出来ぬ事だ。心してかかれよ?」

「…………何でしょう」

「宮本武蔵之介という人物は知っているな? 貴様が下町で交戦した人物だ。忘れてはおるまいな?」

 ミヤモトムサシノスケ……勿論、忘れている筈がない。ダルノアを攫い、そしてアルドが取り逃がしてしまった、許しがたきあの男の事だ。彼女を返してくれるまで、アルドは彼を探し続ける。そして返すつもりがないならば、どんな手段を使ってでも返還させる。

 数少ない友人も守れないで、何が地上最強の英雄か。それくらいは守れないと、アルドはこの先何も出来ない。

「ああ。そいつがどうかしたのか?」

「……こんなものが、届いた」

 ヒデアキが取り出したのは、漆黒色の巻き物。中身を広げてみると。そこには近日中にアルドの身柄を引き渡さないと、この国に再び戦火をもたらせる旨の文章が書かれていた。巻物の最後には『宮本武蔵之介』という文字が達筆で書かれており、どれくらい達筆かというと、ジバルの民でないアルドには辛うじて読む事しか出来ないくらいだ。

「という訳だ。余としては国を守りたいのは当然だが、しかし友人である貴様を渡すのも余としては気が進まぬ。そこで余は考えた。時機も丁度良いし、今一度貴様に、この国の危機を救ってもらおうとな」

 彼の表情を見る限り、こちらが断ってくるというビジョンは見えていないらしい。いや、英雄として、その頼みを断る訳にはいかないのだが。待って欲しい。アルドは直ぐに返事は出さず、代わりに質問を返した。

「…………頼りにしてくれるのは結構だが、お前。大丈夫か?」

「ん…………それはどういう意味だ?」

「私はまだ、お前の部下になったつもりはない。ジバルに永住するつもりもない。まだやるべき事があるとお前に言った筈だ。武蔵之介の件に関しては個人的な因縁もあるから引き受けるつもりだが、そうやって私にばかり頼っていて……国が成立するのかどうか。お前が王のままで大丈夫なのかと尋ねている」

「ほう? 宣うではないか」

「この国が大好きだからこそ、言わせてもらう。今の所私は部外者だ。これ以降、無闇に私を頼るのはやめろ。この国の為にも良くない」

 あまりにも万能な解決策は、時として人を腐らせる。かつて解決策だった自分がそれを一番よく分かっている。人は、魔人は、あまりにも楽を目指すが故に、解決策に全ての負荷を掛けるのだ。それが一度でも万能でなくなった時にどうなるかは、最早言うまでもない。散々味わってきた事だし、見てきた事だ。

 ヒデアキは暫く目を瞑って考え込んだ。彼の考えに介入する気はなく、これも飽くまでこちらからの提案である。対等の立場だからこそ出来る行為だ。アルドが彼の部下ならばこれは進言という形になり、聞き入れられるかどうかは微妙に怪しい所があった。


 臣下が上の命令に従うのは当然である。


「……ふむ。一理ある。少し考えさせよ。こちらにもこちらの思惑があるのでな」

「それでいい。お前の自我を私は尊重する」

 アルドは立ち上がり、最後にもう一度だけ庭園を見た。美しい庭だ。こんな光景が世界中に広がれば、その時が本当の平和なのだろう。

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