ワルフラーン ~廃れし神話
信用を貪る蛆虫に告ぐ
―――先生。貴方が居ないのをいいことに、好き勝手する事を許してください。
カシルマ・コーストはあまりに影響されやすい人間だ。粗暴な者と付き合えば思考は単純に、口調はぞんざいになり、知的な者と付き合えばその思考は冷静沈着に、口調は淡白に。己の根本をアルドと出会った時に固定している以上、本来の性格を自分が忘れる事は無いが、それでも今は、忘れる事をどうか許してもらいたい。
「ああ……英雄様に縋っておきながらその英雄様を批難するのは、さぞ気持ちがいいんだろうな」
アルド・クウィンツは少し勘違いしている。カシルマ・コーストという人物は確かに影響されやすく、簡単に何色にも染まってしまうが、その性質は直ぐに書き換わり、二度と発言しないものだと彼は思っている。違う。その気になればいつでも、その時染まっていたものに戻る事が出来る。それを根本……元来の性格として固定しておけば、カシルマという人物の立ち位置はまるっきり変わるのだ。つまりどういう事かというと、我が最愛の師であるアルドが異国へ行ってしまったいま、この国においてあの時の自分を知る者は居ない。好き勝手してしまっても良いという事だ。
歩き出す。城下町で平和を喰らう者達の下へ。確かな殺意と敵意を纏って。
「…………俺は俺のやり方で先生の負担を軽くする。バレない様に……ああ。先生に迷惑はかけない。先生の部下にもかけない」
大通りを歩いていると、人間である事は明白なので、早速カシルマも彼と同じ様な声を浴びせられる事となった。全面戦争に負けた敗者の癖に、この種族は一体何を言っているのだろうか。アルド一人に負けたというのに、どうしてこうも、まるで長年の勝者が如き言葉を吐けるのだろうか。
けれど、怒らない。性質の変わりやすい自分が罵倒されるのは仕方のない事だと割り切っている。割り切れないのは……師に対する侮辱だけだ。
「あのアルドとかいう奴よ……女に囲まれてっからって調子に乗ってるよなッ!」
まず一人。彼の『目』の能力を使い、未来にデッドライン―――絶対の死を設定する。これにより指定された時間帯に彼はどんな奇跡が起ころうとも死亡し、権能を見抜ける者が居ない以上、それは不運な事故として片づけられる。
カシルマのやろうとしている事は、一種の選別だった。アルドの心に傷をつけかねない発言は全て狩る。それだけならば『言霊』の権能を用いて封じ込めればいいのだが、人は抑圧されればされる程不満を表す。無駄に察しの良い彼の事だから、言葉だけを封じ込めても、個人そのものが持つ不信感に傷つけられてしまうだろう。
だから殺す。物理的に、絶対に。最愛の師を守る為に命を賭した彼の意思を継いで世界中を笑顔にするという使命を忘れた訳ではない。訳ではないが、世界中、とはどういう事を指すのかという話だ。ここにもしも自分ではなく彼が居たとしても、恐らくは全力で反発してくるだろうが。
―――幸せは、なろうとする者の所に訪れる。神はそんな人間にこそ、幸福を与える。
魔人達は幸せになろうとしていないのだ。いや、正確に言うと、自分達の不幸を誤魔化す為にアルドを吐け口にしているだけなのだ。上を見ているよりかは下を見て嘲笑っている。果たしてそれが幸せになろうとしている……向上心があると言えるだろうか。否、言える筈がない。
ともかく、そんな人間に幸福を授けてやった所で利益は無い。助けを求められれば誰であれ応じる彼とは違い、カシルマは飽くまで彼のせんとしていた事を―――所謂、最終目標を継いだだけ。考え方まで継いだつもりはないのだ。そんな自分の考えとは、一般的な人間と何ら変わりない。超然としたものは何一つとして無い。自分は他の人々と同じ様に、『自分にとって居心地の良い世界を作りたい』だけだ。
そして居心地が良いとは、彼やアルド、ドロシアが笑顔を浮かべられる状態の事である。
魔人達も、本質的にはそうなのかもしれない。憎たらしい人間を消して魔人だけにする事で、魔人をこの世界の頂点捕食者とし、支配したいのかもしれない。いや、そうに違いない。本質的な面を見れば、自分も魔人も変わりはしない。
根本的に違っているとすれば、それは実行力に他ならない。カシルマは『居心地の良い世界』にする為、こうして未来へ干渉する事で気に入らない存在の運命を捻じ曲げて殺しているが、彼等は『居心地の良い世界』を作る為に、何もしていない。アルドやその部下に全てを任せて甘い蜜を吸っているだけだ。
平穏という、甘い蜜を。吸えなくなったら罵詈雑言を浴びせかけるのはお約束。
そんな奴に掛ける情けが何処にあろうか。アルドに対して何らかの嘲りを残した人物に次々と運命的な死を授けながら、カシルマは拳を固めた。自分で動かない癖に、他人の事には一々文句をつけるなんてゴミクズのする事だ。よっぽど暇か、自分の事を勝者だと思っているのか。そのどちらかだろう。
「―――親愛なる蛆虫共に告げる」
不意にカシルマが声を上げた。極限の親愛を、声に込めながら。
「お前達、人に全部任せておいて調子に乗ってんじゃねえぞ」
蛆虫と言われて気分を良くするのは蛆虫以下の存在か蛆虫そのものだけである。返される反応は当然反発を含んだ罵詈雑言。カシルマにとっては針一本の貫通力も無い、陳腐な言葉。
「魔王だか何だか知らないが、お前達は生かされているという事に気が付くべきだ。アルド・クウィンツはお前らを殺せないんじゃない、殺さないんだよ。彼の部下も同じだ。そろそろ自分達の立場を理解しろ。既にその首筋には全方位から刃を突き付けられているんだと理解しろ。俺からの最後の警告だ」
「何様なんだよお前!」
「偉くなければ発言も許されないのか? 庶民風情が随分高い目線でモノを言ってくれるな。何様、だと? お前等こそ、どんな地位があってアルド・クウィンツに口を出してるというんだ」
彼には至らない点が多くあるだろうが、それでも彼は一生懸命やっている。その姿勢を評価しろ、というつもりはないが、だからと言って罵倒ばかり浴びせるのは如何なものか。国はどちらかが欠けたら成立しない。民無き王は王ではなく、王なき国は国ではない。互いに寄り添わなければ、国の発展などあり得ない。
「期限を教えておく。アルド・クウィンツがここに帰るまでの間に考えを改めろ。そうすればお前達は救われる」
「何言ってんだアイツ?」
「禁術の実験とかで頭おかしくなったんじゃねえの?」
「ギャハハハハハ!」
「考えが改まらない様なら……お前達の人生に、虚ろな夢を授けよう」
どうやら自分は頭がおかしくなったと思われているらしいので、詩的な表現で締めくくる事で、カシルマは自ら望んでそちら側にイメージを寄せた。自分からの温情だと思って欲しい。嘘を吐いたつもりはなく、きちんと改めるのならその先に死は無い。
まあ、誰一人ちゃんと聞いてくれなくても、自分は一向に構わない。孤独だった自分を救ってくれた彼を傷つける存在は自分が許さない。たとえそれが、どんな残虐な結果を招く事になろうとも、彼に何と言われようとも構わない。
今は亡き彼の甘さや半端さがアルドをここまで苦しめたとするならば、自分はもう彼の言葉には耳を傾けない。今は全知全能たる『目』もある。出来ない事なんてそれ程ない。
弱者の味方であり続けた男が居た。
大多数の味方から拒絶された男が居た。
自分はそれとは違う道を模索する。他でもないその男に救われた恩義に報いる為に。この染まりやすさを利用して、必要であれば『悪』にもなって。
『善』が彼を救わないのならば、それも致し方あるまい。最後までカシルマは、『アルドの味方』なのだ。
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