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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

私は英雄なのか罪人なのか、それとも。

 ゲンジの介入というまさかの形で、キリュウとアルドの戦いは終幕となった。二人がされるがままだったのは、単純な実力差という可能性も無くはなかったが、彼の登場が不意打ちじみていた事や、お互いにお互いの動きだけを見ていた事もあったので、仕方がないと言えるだろう。それに平和となったジバルにおいては最早日の目を見る機会は少ないかもしれないが、ゲンジは腐っても天森白鏡流を極めし者。お互いに極限の警戒をしていたのならこんな間抜けな結果には終わらなかっただろうが、祭囃子の聞こえる中でそれは無い。こうなるのは、ゲンジが介入してきた時点で必然的だったと言えるだろう。

「アルド……桐生さんッ! 大丈夫ですか?」

「ああ…………どうにかな」

「助力、感謝する……ぐッ」

 キリュウは片腕に深い刀傷が残っている。治療された後は見受けられず、自然回復に身を任せていたのは傷口の状態からも明らかだ。そんな状態の彼があらゆる関節を捻じ曲げられて外された上で野晒しよろしく地面にひれ伏せば、傷口が悪化するのは自明の理だった。先程の喧嘩など忘れて、アルドは彼に肩を貸した。

「大丈夫か?」

「…………かたじけない」

「気にするな。私達は友人だろ。そんな畏まらずとも、肩くらいはいつでも貸してやる。それで……何だが。どうしても理由は言えないのか?」

 自分達がそもそも戦っていた理由でもある。なので、彼さえ沈黙をやめてくれれば端からこの戦いは発生しなかったのだ。相手に何かを求めればまずは自分からという言葉もあるが、それが出来なかったから、アルドは戦ったのである。和の心は我儘を押し通すという言葉を知らないのだ、こちらから押し通せる様にしなければ、彼女は自分自身の欲求に従えない。

「…………祭り」

「は?」

「この祭りは……丑三つ時の訪れる前に終わる。よく考えてみれば、来たる文書は近日中だった。この祭りが終わった後、直ちに上様の下へ……というので、どうだ」

「折衷案、という訳か」

 チヒロは突然割り込んできたゲンジを相手に完全にキレており、彼も彼で先程までの勢いは何処へやら、何度も頭を下げながら彼女に謝っていた。話の中身はというと、怪我人であるキリュウにも情け容赦なく攻撃を加えた事が最低だとか、そういう話。それを言うならばその怪我人を相手に戦闘していたアルドは最低を超えた何かだろうに、彼女の基準はどうなっているのやら。話の流れから予想すると、恐らく彼女は自分達の家にキリュウを連れて治療しようとするだろう。いや、彼女は自分とのデートがあるから、連れて行くのは全身をぐにゃぐにゃに曲げてくれたゲンジか。そうなれば彼はヒデアキの頼みを遂行出来ない。ならばせめてもの遂行として、アルドと自分の要求の中間をとった訳か。

 来たる文書、というのは良く分からないが。

「……ああ、分かった。それは呑もう。それとアイツに会った際には、お前はきちんと役目を果たした事を伝えておく」

「…………」

 立場上、アルドの発言にお礼を言う訳にもいかず、返されたのは沈黙だけ。キリュウはこちらの想定通り、ゲンジによって家に連れていかれてしまった。後には今まで通り、チヒロと自分だけが残った。

「アルドは大丈夫?」

「ん、ああ。大した事はない。この程度ならば治療の必要も無いさ」

 ただ、中途半端に疲労を負ったのは問題だ。一回殺してくれさえすればその時点で僅かな疲労に変化するので、それだけに言及するならば、彼に一度殺してもらえば良かった。実際の所、話はそう単純ではないが、体力の残り具合から祭り終了までを逆算すると、微妙に体力が足りない気がする。

 チヒロと手を繫いでから、アルドが尋ねた。

「なあ、お前の知人でも、師匠の知人でも何でもいいんだけど。誰か露店を出すとか言ってなかったか?」

「えーと、居る事は居るけど、どうして?」

「アイツとの喧嘩は想定外の出来事だ。疲労回復も兼ねて、少し休憩したい。嫌か?」

「ううん、全然。それじゃ、案内するわ!」

 彼女に手を引かれながら、アルド達は再び歩き出した。喧嘩の最中、一切の人が途絶えてしまっていたが、平穏が再び戻るにつれて徐々に人通りも回復。またいつもの雰囲気が戻ってきた。この雰囲気がいつまでも続く事は無い。ジバルにとって祭りとは一夜限りの夢みたいなものなのだ。先程の喧嘩然り、雰囲気を壊し続ける行為は推奨されない。それはたとえこの地にて英雄と呼ばれているアルドであろうと例外ではない。

―――たまには王様らしく、政策でも考えてみるか?

 『勝利』時代に五大陸を飛び回ったから言える事だが、フルシュガイド・リスド・キーテン・レギ・アジェンタのどれにも、祭りらしき祭りは無かった。厳密にはあるのだが、それは大抵宗教上の儀礼的な祭りであり、国民が楽しむ事を目的とした娯楽的な祭りではなかった。だからこそ、あの五大陸は人間や魔人に関係なく、殺伐とした人間性になってしまったのではないかと。恐ろしい偏見だが、ジバルの人間と比べると短気な人間が多いのはアルドも含めて事実だ。

 そこで考えた。マルポネロを五大陸に呼んで、娯楽の素晴らしさを広めれば良いのではないかと。権力者側が祭りの内容を決めてしまえばそれは儀礼的な行事と何ら変わりない。娯楽的な行事とは国民の間で作られるべきものだ。今の殺伐とした五大陸に彼は呼べそうもないが、いつか落ち着いたら招待したい。同じく人間という事で嫌われそうなのがネックだが、そもそも彼を呼ぶ時が来たという事は、アルドの目標が達成されているという事なので、それは無いだろう。




 理想の救済が出来る程、自分は強い訳ではない。  




 それに学校にも行っていないので、学がある訳でもない。そんな自分がお互いを忌み嫌って、一向に歩み寄ろうとしない者達をひとまとめに世界を安定させる方法など、思いつく道理が無い。どうか、恨んで欲しい。他でもない戦争の元凶である自分を、好きなだけ恨むが良い。これからアルドが滅そうとしている存在達は、それをする権利がある。

 いつの間にか自虐的な考えに浸っている事にも気づかずアルドが思案していると、向こうの方から知り合いが歩いてきた―――

 ディナントと、ウェローンである。

「あ―――ッ!」

 驚きに息が漏れる。二人には聞こえなかったのは幸運だ。アルドは即座にチヒロを抱き寄せて、壁の方を向いた。

「へ? あ、アル―――ッ!」

「静かにしろ」

 宵闇がアルドを隠す衣となってくれている事を願いつつ、チヒロの口にギリギリ触れない所まで唇を近づける。彼女の首が傾いている事もあり、傍目に見れば恋人が接吻している様にも見えるだろう。たったそれだけで欺けるのかどうか。常識的に考えれば隠蔽率などあってない様なものだが、ディナントは自分がどれだけ女性に対して奥手かを知っている。彼ならばキスしている(風に見える)男女一組の内、片割れをアルドだとは思うまい。

「お父さん、次は何処に行きましょうかッ」

 ディナントの声が細すぎて聞こえない。けれども会話は続いているので、沈黙している訳では無さそうだ。

「あ、それいいですね! そう言えばお父さん、羊羹大好きでしたねッ」

 二人の気配が徐々に遠ざかる。ディナントが気配だけでこちらを察知する可能性もあるが、彼も特段女性の扱いに慣れている訳ではない。今は娘の相手をしているだけで手一杯だろうから、念を入れる必要は無さそうだ。

 直ぐに顔を離すと、チヒロは先程アルドの背後を通った二人が、知り合いなのだと理解した。

「あの二人が、知り合いなの?」

「…………まあな」

 彼女の顔からは『事情を聞きたい』という願望が漏れており、緊急回避とも言えるような手段を講じた今となっては、誤魔化しようのない要求だ。一度溜息を吐いて―――告解にも似た呟きをした。「……あの二人、特に女性の方―――私は嫌われているんだ。首を斬り離されるくらいにはな」

 ディナント、赦してくれ。

 あの時も今までもこれからも、何だかずっと許しを乞うてきた気がする。ひょっとすると自分は、無意識の内にでも己が罪人であった事を自覚していたのかもしれない。そうでもなければここまで許しは乞うまい。そうでもなければ執行者には狙われまい。


 そうでなければ―――魔人と人間に嫌われる筈があるまい。


 牢獄に捕まっている罪人に対しての嫌悪は、それ自体への嫌悪だ。どんな罪を犯して捕まったかを知らずとも、人々はそのものを嫌悪する故に、罵倒する。アルドは未だに、この凍えてしまいそうな牢獄を、脱せていないのだった。 







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