ワルフラーン ~廃れし神話
英雄を呼び覚ます
どうしてキリュウと戦わなくてはならないのかとは思っているが、今はチヒロとのデート中である。いや、これをデートというかは怪しいが、少なくともこれはかつて果たせなかった約束の清算とも言える行為。幾らこの国の主の呼び出しと言えど、緊急を要するものでなければ応じられない。彼の娘の事ならばどうせ婚約関連の話なので、緊急を要する筈がない。少なくとも彼が何かを隠している以上、見える真実は姫の事で呼び出されるという話になるので、チヒロとのデート中である自分に応える道理はない。
国の主に逆らっている事自体を不思議に思う人間も居るかもしれないが、これはアルドがジバルの戦争を平定した英雄だからこそ出来る芸当である。普通の人間であればまず逆らう道理はない。アルドが他国の人間且つ、王という意味では同じ立場である事も含めて、更にはヒデアキ自身がアルドを気に入ってくれているから出来る無礼講。それにアルドは、あるもう一つの観点から緊急を要する件は無いと確信していた。
……そう、温いのだ。
アルドと友人である以上、ヒデアキにしてもキリュウにしても自分の性格は良く分かっている。そんな二人が、緊急を要する時に何かを隠したり、アルド自体を誘いに来る訳が無いのだ。隠すのは何か事情があるにしても、自分を無理やり連れて行きたければそれこそチヒロを無理やり呼び出して、彼女を餌に自分を釣れて来ればいいだけである。にも拘らずわざわざ自分の所まで来たという事は、呼び出す程の用はあるが、果たしてそれが国の存亡に関わる事態かというとそうではない。つまり、それ程焦るべき事ではない。
だからこうして戦っている。あちらは緊急でもないのに何としても連れて行きたいらしい(キリュウにすれば主の命令を絶対に遂行しようというのは当然である)が、アルドはどうしても彼女との約束を守りたい。下らない約束と言っては何だが、一度は果たせなかった約束の清算を、他の些細な事で再び破りたくないのだ。
抜刀と共に下から切り上げられた白刃を半身になって躱す。直ぐに手首が返されて今度は力強く振り下ろされるが、それよりも早くアルドは彼の側面を通り抜けると共に片足を払い、前傾になった事で彼は体勢を崩し、その場に倒れ込む。鎧などを着ていれば自重で中々のダメージを与えられたと思うが、今回は仕方ない。
「くッ」
片腕が負傷している事もあって、キリュウは立ち上がる事に多少難儀していた。こちらは特に殺す気も無いので、立ち上がるまで待つ事にする。殺したくもない人間を甚振るのは趣味ではない。戦うとは言ったものの、狙っているのは飽くまで気絶か撃退だ。本気の殺し合いであれば『舐め』ともされる行為だが、今回は許してもらいたい。
「やめておけ。その傷を負ったままじゃ、幾ら何でも私には勝てない」
「はあッ!」
何としても与えられた命令を遂行するその心は嫌いじゃない。が、対象になっているこちらにすれば良い迷惑だ。早々に気絶させたい所だが、半端な絞め技では逆に返される恐れがあるので、おいそれとは実行出来ない。立ち上がるや否や一文字にアルドを薙ぎ払ってきたが、鎬を上から叩き落としてやるだけで、防御は成立する。軽く顔を殴りつけると、彼の背後にあった石垣に頭が衝突。彼の後頭部から流血が起きる。
一瞬助け起こそうと思ったが、彼が直ぐに立ち上がったのを見て、それこそ真の『舐め』に他ならないと悟った。本意であれそうでなかれ、これは闘いなのだ。相手に掛ける慈悲は無し。気絶や撃退を狙うのは勝手でも、助けるというのは話が違ってくる。
アルドは拳を構えて、彼が立ち上がるのを待った。
「…………何故、来ない」
「私も言えないな」
お互いに巻き込む気が無いので、相変わらずチヒロは隅の方で戦いを観戦している。それもあって、アルドもまた理由を言う訳にはいかなかった。ここで理由を言ってしまえば、彼女は自分の願いを押し殺してまで行ってくれと願ってしまうだろうから。それくらいの良心は持ち合わせている娘である事は知っているから。
もうジバルに戻る事はないのかもしれないのだから、我儘の一つくらい聞いてやるべきだ。世界が滅ばんとしている訳でも無い限り、アルドの決意は固い。
「…………それは、意趣返しのつもりか」
「いいや。こっちにも譲れない事情があってな。どうしても私を連れて行きたかったら一太刀でも浴びせてみせろ。そうしたらお前の言葉に従う事にする」
「……二言はないなッ!」
「男として、当然の事だ」
アルドの宣言を聞いた瞬間、キリュウが負傷している腕を動かし、刀を握り込んだ。刀に限らず剣は重量によっては片手で扱うべきではなく、ジバルの刀が正にそうなのだが……正常な持ち方とはいえ、刀傷の残る腕で支えるのは厳しい筈だ。
そう思っていたからこそ、認識が僅かに遅れた。
「―――ッ!」
反射神経に身を任せて回避行動を取らなければ一撃が入っていただろう。身を任せても尚、アルドの着る浴衣に切れ目が入った。これを一太刀とは言わないが、脇腹を狙ってくれたのは僥倖か。
「貴様、腕が落ちたか。この程度の攻撃も……避けられないとは!」
振り返り様の一撃を受け流してから、キリュウの顎に掌底を叩き込むが、それを呼んでいたとばかりにキリュウの顎は鋼の様に持ち上がらなかった。
―――違う。
アルドが弱くなったのではなく、キリュウが強くなったというべきだ。彼は気付いていないようだが、アルドは既に潜在能力の全てを引き出した状態だからこれなのである。一方でキリュウ含めた殆ど全ての人間はまだその潜在能力を出し切れていない。いや、そんな時が来るとすればアルドは世界最弱の冠を受け取る事になる。
顎に受け止められた掌底をもう片方の手で肘から押し上げて、強引に吹っ飛ばす。それから彼の頭を掴み、全力の頭突きを叩き込んだ。キリュウが再び吹き飛ぶが、しかし流血していたのはアルドの方だった。
「うう……ぐ」
「アルドッ!」
「大丈夫だ……ああ、大丈夫」
頭突きに合わせて頭突きを叩き込んでくるとは恐れいった。というか、驚いたのは彼の石頭っぷりである。額が割れたとも錯覚出来る激痛がアルドの顔に残っていた。何よりも驚くべきは、こちらが手加減しているとはいえ、まるで弱る気配のないキリュウのしぶとさである。
「来い……上様がお呼びだ!」
「断るッ」
チヒロには分かるまい。というか、分かって欲しくはない。分かれば必ず彼女は我儘を押し殺す。ジバルで重んじられるのは『和』の心の為、我儘を捻じ曲げて多数との協調を取るという国民性を考えると仕方ない事だが。今回はチヒロの為に、アルドはここに居る。引けない。引く訳にはいかない。
再び彼が立ち上がってくるが、今度は今までとは比較にならない程の速度だった。足元を狙っていると気付いて直ぐに跳躍したが、実際にはアルドが飛び上がった瞬間、腹筋を貫く一撃が叩き込まれて、地面に叩き付けられる。あちらには手加減する理由がないので、叩き付けられてアルドの身体が僅かに反発した瞬間、キリュウは一気に踏み込んで決着をつけに来た。こちらは鳩尾の裏側が丁度叩き付けられた事もあり、息が詰まって行動が遅れる。彼の振り下ろした一撃に反応する事は出来ない―――
「ハアッ!」
流石に今の一撃にはこのような手段を取るしかない。アルドは剣先の着地点を経験則から見極めて、宝物庫の展開と同時に適当な武器を出して防御。宝物庫への干渉は肉体云々は関係なく、アルドの精神に呼応して展開されるので、たとえこちらが四肢を切り離されていようが関係ない。そして出したのは、王剣だ。
たとえ執行者と言えども、この剣を一撃で破壊する事は叶わない。
とはいえ膠着状態になっても好転とは言えないので、宝物庫から幾つかの武器を射出してその場を凌ぎ、キリュウが足止めを喰らっている間に体勢を立て直す。最早武器を使わないという宣言は何処へやら、完全に武器を砲丸の一種か何かとして使っているが、こうでもしないと確実に胸を貫かれて一度殺されていた。それくらいでアルドは死にはしないが……もう、分かるだろう。こんな時に余裕を持ちたいからという理由で、彼女に負担してもらった訳ではない。
「貴様……そこまでして、上様に抗うか!」
「こっちにも譲れないものがある。どうして日を改めるのは駄目なのか教えてくれ。黙する限り、私は抵抗し続ける」
これでは行く行かないの水掛け論。やはり決着をつけるしかないが、先程の緊急防御手段を見せてしまっては、流石に二度目は通用しないので、次の一撃で気絶させる必要がある。
アルドが踏み込もうとした瞬間、それはアルドの関節を瞬く間に極め、動きを止めた。
「こんな所での喧嘩で使う為に、儂はお主にこれを教えたのではないぞ」
仮にも五大陸で地上最強と呼ばれた彼の腕を取れるものなど一人しか居ない。チヒロの親族であり、他でもない彼の師匠―――
「師匠……」
「お、お父さん!」
ゲンジだった。関節を完全に封じられているせいで指一本動かせない。体さえ維持できなくなったので、アルドはその場に膝を突いた。魔術を使っているという訳でもないのだが、この不思議な感覚は、武術を極めた先にある技術だとでも言うのか。
「アルド、貴様は英雄との事だが、そんな男がする事か? この低俗な争いは」
「…………これは、譲れないものがありまして」
「馬鹿者ッ!」
道を誤った弟子に容赦はなかった。アルドは地面に膝を突いたまま関節をあらゆる方向に捻じ曲げられ、終いに首の骨を折られそうになった所で、先程まで敵対していた筈のキリュウが止めにかかる―――が。
「若造が邪魔をするな!」
彼までもが軽く捻られ、チヒロが強引に止めに掛かるまで、突然介入してきたゲンジの暴走は止まらなかった。幸い、粉々に粉砕される事は無かったので、チヒロが外れたのを戻してくれるまで、アルド達は揃って出来の悪い人形の様に転がっていた。
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