ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

新たなる戦火の兆し

 宮本武蔵之介。正体不明の剣士であり、その目的も今の所判明していない。只一つ分かっている事は、この国の英雄に何やら固執している事か。英雄……つまりは霧代アルドに。


 平和な世界となった今では、彼の名前を知らぬ者は居ないだろう。


 魔人と人間、両方にとって英雄となった男、アルド。その剛力は大地を割り、天を割り、神も仏も斬り殺し、その果てに『妖』の始祖すらも救ってしまった規格外の存在。

 どれだけ監視をつけても、どれだけ挑発してみても只の人間。彼が持ち合わせているのは魂だけ。とても人の肉体には似合いそうもない程に膨大な意志力だけだ。そのある意味で危険な意思力は、ジバルすらも戦時中でなければ受け入れがたいモノだった。彼の国の事などヒデアキは知らないが、さぞ辛い思いをしたことだろう。

 あれはもう、人の意思ではない。彼の所持する意思は、世界や自然などの超自然物的な概念が持つべきものだ。本来、世界の庇護の下に生きる存在が持つべき力ではない。

 その力を以てして、彼は全てを救ってしまった。戦争を終わらせてしまった。見返りの一切も求めず、只、救いのみを己が犠牲の対価として。その善性は非常に珍しいモノであると同時に、彼に不信感を持つ一番の要因でもあった。

 通常、見返りを求めぬ存在は居ない。見返りがあるから行動に直結するのであり、見返りもなく行動する事は、たとえ本人にしてみれば完全なる善意でも、される側にすれば後々にどんな影響を与えるか分からない。怖いのだ、単純に。それならばたとえ言葉の上では偽善だ何だと罵られようと、見返りを求めている事が分かった方が安心出来るのである。裏を返せば、その見返りを用意出来れば利益が約束されるのだから。

 物事には対価がついて回る。どんな人間でも分かる基本原則だ、

「……桐生よ。アルドは何処に居るか分かるな?」

「はい。アルドは下町にて開催されている見世物小屋にて演目をやっているものと思われます。調査班の報告によると、どうやら一戦交えた後に撤退。その後は姿が確認されない様です」

「勝敗はどうなったのだ?」

「……言うまでもないかと」

 自分の手柄でもないが、分かり切っていた勝利でも嬉しくはある。桐生につられ、自分も口元を綻ばせた。

「フハハハハ! そうか、そうか。やはり大乱を平定させた英雄は並の剣豪では膝を屈さぬか! やはり余が見込んだだけの事はある。流石霧代アルドだ!」

「やはり信じておられるのですか、あの男を」

「うむ? ……安心しろ、余の側近は其方だけだ。今も昔も、お主だけが余の隣に居てくれた。そういう意味では、桐生。お主の事を一番信頼しているぞ!」

「……有難きお言葉」

 桐生の機嫌が少し戻る。その身体には鎧を貫いて刻まれた深い刀傷があった。原因はアルドを偽ってあの男と接触させた事にある。一目で彼を英雄ではないと見抜いた武蔵之介は抜刀し抵抗。外観こそ平気ではあるが、桐生は暫く刀を握る事もままならなくなっている。アルドを除けば自分の国においての一大戦力が失われた瞬間だ。桐生以上に強い人間は、少なくとも自分の配下には居ない。

 アルドを除けば。

「しかしこれでは不味いな……一度剣を交えて実力差を理解してくれれば良いが、そういう輩でもあるまい。桐生、アイツを呼んでこれるか」

「どういったご用件で呼びましょうか」

「うむ……そうだな。余の可愛い涙姫るいひめの事で話があるとでも言え。女子に優しい奴の事だ、きっと来てくれるであろう」

 正確には、来てくれないと困る。ヒデアキは手元の文書に視線を落とし、顔をしかめた。







 徳長秀空に通達する。近日中に、霧代アルドの身柄を引き渡せ。さもなければ。貴様の国を再び戦火で染め上げて見せよう。















 無事に彼の先読みも外す事が出来たので、アルドは演目に参加し、見事チヒロを驚かせる事に成功した。演目全体の出来として見ると流石にいつもやっている者達に比べると面白さに欠けるものがあったが、演目中のアルドは飽くまで別人なので、中々の歓声を集める事が出来た。あの場において自分だと見破れたのはチヒロだけであろう。

 因みにやった事は、単に遠くの物を剣で切るだけだが、切るだけと言っても、動物達は関わっている。犬の頭に乗せた楊枝を一瞬で切ったり、刀を加えた犬と殺陣をやってみたり、アルドなりに頑張った方だ。

 無事に全ての演目が終了。アルドが他の面子と共に舞台裏へ戻ると、先程自分の演目に協力してくれた犬、灯薫がすり寄ってきた。

「おおよしよし。良い子だ、助かったよ本当に」

「やっぱりその子、君に懐いてるみたいだねっ! これはもう本格的に私の劇団に入ってもらうしかないな!」

 折れた錫杖を回しながら、壁に凭れたマルポネロが冗談めかして言った。いや、この人の場合は冗談かどうかも分からない。冗談と真意を常に織り交ぜながら喋っている様な人だ。自分を気に入ってくれるのは素直に有難いが、どうもそのテンションには乗りづらい。

「一応、入ってるんですけどね」

「正式加入をしてくれると、僕としては嬉しいんだなっ! どうだい? 事が全部終わったら僕と一緒に世界を回って見ないかいッ?」

「前向きに検討させていただきます」

 この言葉は大抵遠回しな拒絶だが、アルドの場合はあながちそうという訳ではない。五大陸が奪還し終わり、世界の再構築が終われば、最早自分には何の用もないのだ。ならば英雄は次に必要とされる場所に行くのが道理だろう。とは言ったものの、他にも予約があるので、如何ともし難いが。

「ははは! 期待して待ってるよ。そうだな、先読みをしてあげよう。君は必ず生きて帰る! そして僕と一緒に世界を回るのさ!」

「……その根拠は?」

「この劇団の皆が望んでる! 根拠なんてそれで十分だろう!」

 言われて、アルドが周囲を見渡すと、先輩達が確かな面持ちで一様に頷いていた。座長の発言に便乗しただけという可能性も無くはない―――いいや。ここは自分を信じてくれる彼等を尊重して、自分に自信を持つとしよう。今に限り、卑屈は無しだ。

「有難うございます。ではマルポネロさんに倣って、私も先読みをしたいと思います」

「ほう、一体どんな先読みかな?」

「私がここの一座に正式加入を果たしたら……こっちの世界でも英雄になるでしょう」

 大言壮語も甚だしい?

 いいや、百万人を一人で屠り、戦争を平定させ、執行者をも打ち破ったアルドに出来ない事なんてそれ程ない。ここまで自分を待ってくれる人が居るのだ。これくらい自信満々な事を言ったって罰は当たるまい。アルドの発言を聞いた者達は笑った。しかしそこに嘲りはなく、どちらかと言えばそれとは全く反対の感情が、木霊している。

 座長ことマルポネロは、転げ回りながら笑っている。

「はははははは! 成程、成程。それは素晴らしい先読みだ! 是非ウチの一座を伝説の一座にしてくれ! アルド君! やはり僕の目に狂いはなかった。君は最高の逸材だよッ」

「有難うございます。それで、何ですけど……マルポネロさんに頼みたい事が」

「ん? 何だい?」

 アルドは宮本武蔵之介なる人物によって知り合いが攫われた事を話した。ドロシアは神々の方に遣わせたからいいとして、神々が気まぐれなのは過去の歴史から分かるから、念の為にもう一つの交流網を使わせてもらう。マルポネロ率いる一座は世界各国を旅する流浪の劇団なので、情報周流能力も長けている筈である。

 座長は二つ返事で快諾してくれた。

「あいあい、お安い御用だよ。うちの可愛い団員からのお願いだ、聞いてやらない訳にはいかない! で、見つけたらどうすればいいんだい?」

「場所を教えてくれるだけで構いません。後は私が……決着をつけます」

「そうか。分かったよ。それじゃあ、今日は本当に有難う! また次の参加もお待ちしているよ」

「ええ。それでは」

 楽しい一時を後に裏口から出ると、チヒロが腰に手を当てながら、如何にもこちらを問い詰めたそうに待ち受けていた。

「アルドッ! 何で演目に参加してるのッ? 許可はッ?」

「……先の一座は私も加入している所だ。落ち度もなければ後ろめたい事もない」

「……え、そうなの?」

「ああ」

 むしろここまで露骨に後ろめたくなる様な事をわざわざする人間が何処に居るというのか。やるならばせめて合法的に。秩序社会の中で生きる基本である。

「満足してもらえたか?」

「え……う、うん。それは、まあ」

 このジバルにおいて本気で戦った事などクルナやフェリーテと戦った時以来で、その戦いを目撃している者は誰一人いなかった。自分と面識のあるチヒロと言えども、物に触れずして斬るという芸当は見た事がない筈だ。

 そのやり方だが、感覚でやっているのでよく分からない。原理的に考えると、空気中に漂う魔力を飛ばしてるとか、そういう事だと思うが、やろうと思ってやっているだけなので、教える事は出来ない。

「それじゃあ、次に行くぞ。祭りはまだ始まったばかりだ」

 出来る限りの笑顔を向けると、ようやくチヒロの笑顔が戻った。




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