ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

時廻の神と虚空の魔女 後編

 少なくとも、今の一撃によりこの幽世は完全なる荒野へと変貌した。流石に本気を出し過ぎたかもしれないと少し自重する。けれども、これであの神様も満足出来た筈だ。第二の法は個人に向けられる様なものではないが、彼が生き残ると思ったからこそあえて使用した。とは言っても、全くの無傷とはいかないようだ。爆心地と共に倒れ込んでいる彼は、全身黒こげのまま、ピクリとも動かなかった。

「…………」

 油断はしない。不意打ちをされた所で別段不都合はないのだが、避けられる攻撃をみすみす受けるというのは手加減だ何だといちゃもんをつけられかねない。一定の距離を保ったままドロシアが警戒していると、周囲の状況が変化している事に気が付いた。

 戻っているのだ。作るのに七日、壊すのに一秒。幻想的な雰囲気と共にあり続けた豊かな自然は、ドロシアの手によって無情にも乾いた砂礫や灰色の砂に変化した。しかし時間と共にその事実はなかったかのように回復し、一分程眺めていると、やがて自分達の立っている場所がかつては渓流だった事を知った。幽世を完膚なきまでに破壊してしまったから気付かなかったが、どうやら自分も奈落の底に着地していたらしい。

「今の一撃は…………少しきつかったぞ」

 ギルゾードの指がピクリと動いたかと思うと、不意に勢いよく立ち上がり、今度は正眼に構えて、こちらを向いた。焦げていた身体は、いつの間にか健全な肌色を取り戻している。そこでドロシアは、彼が一体どのような権能を用いているのかを何となく察した。

 恐らく、彼は闘いの神であると同時に豊穣の神なのだ。だから幽世がこれ程までに自然豊かに作られていた。もう一度破壊すれば確証を得られるだろうが、この神様は周囲に自然が残っている限り無限の耐久力を得る特性を持っている。こちらも疲労という概念が無いので事実上の千日手だが、まともな人間であれば存在の『格』を抜きにしても難しいだろう。アルドは一体どうやってこんな神様を倒したのか。自分とは違い、彼は剣しか使えない筈だが。

「まだやるの……ですか?」

 こちらが敬語に慣れていない事を悟ったギルゾードは、一度剣を下ろすと、少しだけ己の纏う神威を薄くしてくれた。

「慣れていないなら敬語を使わずとも良い。その方が貴様としても本調子が出るのなら、我を敬わずとも不敬とはするまいよ」

 こんな言い方はおかしいが、意外と思いやりはある神様らしい。人を敬うという事を知らない自分にしてみればとてもありがたい言葉なので、ドロシアは有難く受け取る事にした。心なしか、胸の中でつっかえていた気持ち悪さが取れた様な気がした。

「有難うっ。でもいいの? 神様って信仰力が無いと全ての権能を使えないんじゃ……」

「貴様に権能を行使した所で通用しない事ぐらい承知済みだ。しかし外法とは、中々奇怪な技を使うな。どれ、もう少し遊んでみようか―――今度は全力で行くぞ!」

 その発言に嘘はない。長刀が一度空気を嬲ると、刀身から解放された神威が渓流の水を掻きまわし、瞬間的な激流を作り出した。第六感から危機を感じ、ドロシアもすかさず長杖を構えるが、次の瞬間、杖を構えようとした片腕が切り落とされ、同時に腰から肩にかけてを十字に切り裂かれた。目の前では、既に剣を振り抜いた後のギルゾードが残心している。

―――いつの間にッ。

 一度空間から離脱して、五体が再生した所で舞い戻ると同時に頭上から奇襲をかけるが、ギルゾードは見もせずに上空に弧を描いて防御。手首の返しだけで長杖を巻き込んで、一緒に巻き込まれたドロシアを蹴っ飛ばす。

「う……ッ」

 久しく機能しなかった痛覚が強制的に起動した。空間を壁に自身の身体を受け止めるが、その瞬間に刺突を合わせられて、ドロシアは一時空間に縫い留められる。へそより少し上の部分が、長刀によって貫かれていた。本気というだけはあり、真理以外のあらゆる秩序に逆らえる自分で無ければ、このまま滅多切りにされて勝負は決着しただろう。全身を切り刻まれながらも、その間隙にドロシアは胴体から魔法陣を展開。次の一撃を転移させ、出口を彼の背中に繋げる。

「ぐう……!」

 彼の権能は強力だが、こうして利用してしまえば彼自身にも致命傷になる。自身の権能によって動きを止められたギルゾードは、自身の肩に食い込んだ長刀を外そうとするが、その瞬間に掛けられた重力によってそれも叶わず、仕方なく一度全身を再構成し、回復と共にドロシアへと肉迫。直前で真一文字に薙ぎ払ってフェイントを掛けつつ、権能によって物理法則を無視した動きで彼女の背後に回り込み、転回と共に斬り付ける。

 果たして薙ぎ払ったのは虚空だった。直前で屈んでいたドロシアは背後に向けて両足で蹴っ飛ばし、吹き飛んだ所で杖を突き立てて、ギルゾードの背後に機械仕掛けの魔法陣を展開。歯車を作動せると、陣の直前でギルゾードの身体が固定された。

「こ……これ…………は」

 歯車が一度噛み合うごとに身体が軋む。体の至る所が縄で縛り付けられた様に締め付けられ、その度に肉が削れ骨が歪み、へし折れる。

「ぐお…………ぐうううううううッ!」

 左腕が手首と肘の半ば程で折れる。まるで最初から関節が二つあったみたいに折れるも、それは自然なものではない。激痛から抵抗の力が弱まると、続いて五指がへし折れた。

「ぬうううううううううううう! ううぐうううううううッ!」

 一度や二度の事ではない。二つの関節を無視して、ギルゾードの五指は軟体的に粉砕される。未だに破壊されていない片腕が背後の魔法陣を破壊せんと刻んだ動きで伸びていくが、わざわざそれを見届ける程ドロシアは悠長ではない。相手は神様だ。全力を出すと言った手前、下手な手加減は彼に対しても失礼だし、自分を信じてくれたアルドに何よりも失礼だ。

 ギルゾードの手が魔法陣まで伸びるも、首が固定された彼には何処にどうやって伸びているのか分からない。千里眼は戦闘開始と共に展開しておいた異界秩序によって無力化されているので、今の彼の視界は、普段の人間とそう大差はない。そして今、彼の手は魔法陣を突き抜けてその向こう側まで伸びている。歯車は丁度彼の手が通り抜ける様に離されているので、彼が何処をどう動かそうと、その手が何かを握りしめる事はない。

 歯車を再び接近させて、彼の腕を固定する。こちらの意図に気付いたギルゾードが転移で逃れようと再び姿を変えようとするが、ドロシアは短杖を突き付けて、彼の権能を強引に剥ぎ取る。それと同時に歯車が強引に作動。本来噛み合う筈の歯が彼の腕によって妨害されているが、それすらも無視して連結した歯車は作動。高速で回転し、歯を妨げていた腕を木っ端微塵に切断する。瞬く間に彼の右腕が磨り潰され、魔法陣の向こう側から、彼の手首から腕が零れ落ちた。歯車の回転を塞いでいた腕が無くなった事で機械仕掛けの魔法陣は最高効率で回転。ギルゾードの全身を束縛する不可視の力が一層その力を強める―――


 間もなく、彼の全身が形も大きさもバラバラに、幾つもの肉片になって切り離された。


 これは魔術とはまた違った技術が同時に発展した世界の魔法陣であり、知識さえあればどんな人間でも強力な魔術が放てるという事だ。代わりにその世界では一切の自然が無くなっているが、今回の戦争が片付き、彼がこの世界に滞在する理由が無くなったのなら、是非とも一緒に行きたい世界でもある。

 自然が無くなっても、綺麗な景色は存在するのである。

 天を叩いて遥か上空に魔法陣を展開。引き千切れた神の五体を眺めていると、自分の背後に隕石が落下した。遅れて振り返ると、左肩を潰されたギルゾードが、床に伏していた。目の前の五体が、いつの間にか丸太に切り替わっている。

「変わり身の術……」

 そういう事だったか。他の世界でも見た事がある。周囲の物体と自分を入れ替え、即席の身代わりに攻撃を受けさせる術。自分の記憶が正しければどの世界でも『シノビ』が扱う術の筈だが、神様に使われるなんて初めての事だ―――

「ハッ!」

 上半身を縦に両断。股を境に両断された事に、理解が及んだのは全てが手遅れになった時。割られた竹の如く地面に崩れたドロシアが見たのは、全身を泥だらけに汚したギルゾードの姿。またしても忍の術か。

 これ以上同じ様に戦っても欺瞞に次ぐ欺瞞でキリがないので、少し戦い方を変える事にする。ドロシアは立ち上がり、それぞれ杖を構えた。予想外の動きに、ギルゾードの方も少々困惑気味に残心を終える。

 端から死の存在しないドロシアは、たとえ肉体が両断されて一般に生命活動の困難な状態にあろうとも、異界秩序に身体を適用させれば、ご覧の通り体を両断されたままでも動く事が出来る。どうやらその手の神ではなさそうだから封印の類は使ってこないだろうが、仮に封印されたとしても、『それがあるべき姿』と認識させればこちらは封印状態であろうとも問題なく活動出来る。

片方は長杖を、もう片方は短杖を。それぞれのドロシアは挟み込む様にギルゾードを囲み、今度は逃げられぬよう、自分自身をも覆う巨大な魔法陣を展開した。

 本気で殺したいと思っている訳ではないのは前述の通りだが、それと手加減は全く別の事。

 魔導朽震砲は破壊力が高すぎるので、彼を満足させる前に幽世そのものを完膚なきまでに破壊してしまうだろうから、使えない。彼だけが生き残っても仕方ないのだ。これは飽くまで彼を満足させる戦い。世界の存亡がかかっている訳でもなければ、圧倒的に不利な状況という訳でもない。

 そんな事を考えている内に、ギルゾードも当たり前の様に分裂。分離したままのドロシアに対し、あちらは完全な五体で以って応戦する。

 体を分断された状態から動かしているので、それぞれ片腕しか使えない。身のこなしは軽くなるが、この欺瞞を得意とする神相手にそれはメリットとなり得ない。

 膠着状態が十五分も続き、そろそろ動き出そうと思った頃、ギルゾードが構えるのをやめ、ドロシアに向けて刀を投げつけた。

「……良い」

「え?」

 交戦の意思が見えなかったので、ドロシアも肉体を融合させて杖をしまう。

「貴様の愛の強さ、しかと見させてもらった。もう良い。無償、とは行かぬが特別だ。頼みを聞いてやろう」

「あ、ありがとうございます!」

 ギルゾードは醜悪に笑い、それから指を弾いた。

「では、戻ろうか」



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