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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

冴えない主、冴え渡る部下



「女たらしなのね、アンタって」

「発言の撤回を要求する。私がいつその様な浅ましき者になったと……」

「なってるじゃない」

 舞踊室に行った事をチロチンは今更後悔した。ある意味で嬉しい悲鳴ともいえるそれは、主に全ての愛を捧げる『烏』にしてみれば、迷惑極まりない状態だった。

「チロチンさん、良いお店があるんだけど~」

「いや、今は予定が」

「私の家に来ないっ? お父さんもお母さんも喜ぶと思うんだ!」

「いや、だから予定が」

 何故こうなった。チロチンは今までの出来事を思い返してみる。舞踊室に行った自分は、軽く教えを受けた後に踊って、メグナとも一緒に踊って…………それ以降は、よく覚えていない。思い出そうとすると頭が痛む。

 ああそうだ。煽てられて調子に乗り、水瓶みたいな酒をしこたま飲まされたのだ。そのせいで途中からは記憶がなく、どれだけ思い出そうと頑張ってみても、思い出せるのはフェリーテの許可を得て銀城閣の外に外出した瞬間からだ。メグナは監視役として付いてきて、その他の女性は……何か付いてきた。かつてのファーカに対する負い目から女性を雑に扱えないのが今回の事態を招いてしまった。彼女は善意から付き合ってくれているのに、そんな彼女に呆れ混じりに見つめられると、いよいよチロチンは恥ずかしさのあまりこの場で焼死してしまいそうである。

 それでも女性を雑に扱えないというのも、考えモノであると自覚はしているが、治る事は恐らくない。これはファーカに対して自分が負わねばならない罪だ。アルドが居なければ、絶対に彼女は助けられなかったという事実の証明だ。

「メグナ! 助けてくれッ」

 カテドラル・ナイツの間に恋愛感情は殆ど存在しない(ディナントやユーヴァンは別の形で残っているが)のだが、複数人の女性に囲まれるこちらを見、メグナは不機嫌そうにそっぽを向いた。

「知らないわよ。大体、アンタが引っ張ってきた種だし。私が協力する義理は無いわ」

「そんな無慈悲な…………ああ悪かった。私が悪かった。お礼は遅くなんかない、助けてくれ」

「嫌よ。男に二言はないもの」

 何故か彼女の意志は固い。さして不機嫌にした覚えもないのだが、どうして彼女はこうも頑なに助けてくれないのか。自分を求めてくる女性の力と来たら凄まじく、チロチンの筋力ではもう保たない。心の中でアルドに謝罪をしつつ、チロチンは崖の向かいに助けを求める様な、縋りつく様な声で言った。

「お前が求める服を作る! アルド様に見せれば一発で堕とせる様な服でも何でも作ってやるから!」

 最初からこの手段を使えば良かったのだろうが、如何せんこの手法は主を売っているみたいで気分が悪かった。実際にこの事を彼に言っても、恐らくは、


『ん…………ん? そ、そうか。そんな事を……いや、別に構わない。お前が生き残る為には必要な事だったんだろう? 女性関係は……大変だものな』


 とか何とか言って、納得してしまうのだろう。だからこれは、飽くまで自分の感性だ。あまりにも献身が過ぎる主に判断基準を添えてしまうと、彼に対するあらゆる横暴が許容される事になる。

 絶対正義が執行者にあるならば、アルドのそれは破滅正義。献身が過ぎるあまりに己が意思と正義が矛盾して、やがて勝手にその身を亡ぼすどうしようもない状態。

 果たしてチロチンがそう考えたかはさておき、最早いずれのナイツもアルドに価値観を沿わせる気は無かった。彼は全てを赦し続けた事で、自分の身体が傷ついていた事に最後まで気付かなかった。そんな主を判断基準にすれば、ナイツは誰も守れない。ほかならぬ、主さえも。

「…………嘘じゃないわね」

 メグナの眼の色が変わる。背に腹は代えられない。一刻も早くこの状況を抜け出して、取り敢えず一旦落ち着きたいのだ。首肯を契りの開始として、刹那。彼女の下半身が忽ち自分の身体を巻き取り、名も知らぬ女性達から引き離された。

「目が廻るかもしれないけれど、そこは文句言わないでよ?」

 チロチンは『刻の調』を発動。自分が居なくなった事を認識する行動の先に『メグナが動く』という行動を捻じ込む事で、魔人達の認識よりも早く退避できる。『気づけば居なかった』ではなく、『気付いた時点で居なくなった後』という方が正しい。

 ナイツの中で最速の『蛇』と連携すればこのくらいは造作もない。我ながら下らない事に使ったと思うが、女性を雑に扱えないのであれば仕方ない。世の中には有難迷惑という事もあるのだ。例えば……一方通行の好意とか。

「はい、着きましたとさ。所で今の約束、絶対に忘れんじゃないわよ? 忘れたら…………」

「分かってる。ファーカに言うんだろ。それは勘弁してくれ。―――大丈夫だ、男に二言は無いとはお前の言葉。約束は必ず守らせてもらうぞ。ただ…………」

「ただ?」

「今は、控えろよ? 肉体自体はとうの昔に死んでいるとはいえ、アルド様の生命力は並の人間……いや、生物を軽く超越している。人間と魔人がまぐわっても、基本的には子供は出来にくいとされるが……それは一般の話だ」

 アルドが行方不明になっていたり、或いはデートをしていてそれ処じゃない時も、情報収集担当であるチロチンは常にあらゆる情報を集めている。統計は勿論、生物学的な分野にもある程度の知識は持っている。先程の発言はその知識に基づいた発言だが、存在そのものが異端であるアルドに、その常識は通用しない。彼は戦争を知ってほしくないから子供を作らない(一番はやはり度胸がないからだろうが)のであって、決して作れない訳じゃない。女性はより強い男の遺伝子を取り込んで子孫を繁栄させたいとは言われるが、そういう意味で言えば、こと生命力という点においてアルドを上回る存在は果たして居るのだろうか。幾らそれが呪いによるものだったとしても、結局踏み留まっているのは本人の精神であり、まともならばとっくの昔に動けなくなっている。

 そんな生命力に満ち溢れた男性の子種だ。下衆な言い方をするが、そういう意味では最高の種馬である。とても主に向けられているとは思えないくらい低俗で、悪意に満ちているが。今ばかりは友人という立場から言っていると考えて欲しい。そうでもないと、とてもではないが彼の至らぬ点について文句を言う事が出来ない。部下という立場ではどうしても、彼の言う事を全面的に肯定しなければならないのだ。

 チロチンを解放したメグナは、その場でとぐろを巻き、肘を立てた。

「分かってるわよ。でもそういうのを持ってれば、アルド様の初めては私が貰えるでしょ? 私が言いたいのはそういう事。ちゃんと作りなさいよ!」

「無茶言うな。全くお前達は……見通しが甘いぞ」

 最後の声は、恐らく聞こえなかった。敢えて聞こえない様に言ったので当然だが、それにしてもやはり、見通しが甘い。この作戦が終わってアルドが立っている可能性なんて、万が一にも存在しないのだ。彼の身体に蓄積された疲労を見ているとそう感じる。

 金の切れ目が縁の切れ目。そういう諺がある様に、この戦いの終わりが、アルドという英雄/魔王の終わり。それにずっと支えられてきた人間が、突然その支えを無くしてみろ。後は只そこに伏して、死を待つだけだ。

 決して、彼が死ぬのを待っている訳ではない。出来れば生きていて欲しいし、立っていて欲しい。喋って欲しいし、自分が見えて欲しい。けれども、情報を集める内にチロチンの思考は毒されて…………今は余程の事が無い限り、情報の方を信頼する様になっている。

 何せ情報とは、世界が始まった頃より存在する最大の武器にして最大の盾にして……最大の歴史なのだから。

「……はい。これで話は終わり! それじゃ、とっととお店見つけて注文しようかしら」

「は?」

「ん? だってそういう服って注文を受け付けてくれるんじゃないの? 言っておくけど私、かなりうるさいから」


 ……もう話は終わった物だと思っていた。


 いや、感傷に浸る事でどさくさに紛れてなかった事に出来ないものかと思っていただけだが。現実はそう上手く行かない。

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