ワルフラーン ~廃れし神話
狐の嘘と国の真
彼女はまるで自分が来る事を分かっていたみたいな体勢でアルドを待ち受けていた。いや、実際に分かっていたのだろう。彼女はフェリーテと同様『覚』を持っている。ここを訪れた時点で気付いただろうし、何ならフェリーテから自分が来る事を聞いている筈だ。特に驚く事はない。アルドはドロシアを後ろに下がらせて、彼女の目の前に座る。
「旦那はん。こうして顔を合わせるのも、随分久しぶりやなあ」
「ああ、そうだ…………え、旦那はん?」
誓って言うが、自分は契りなど交わした覚えはない。したがって、彼女の伴侶になった覚えも無ければ、旦那と呼ばれる覚えもない。アルドは独身であり…………童貞だ。
自分で口にすると数倍恥ずかしいが。
「そうやあ? わての唯一の旦那はん。その生命力をわて等の子供が受け継いでくれたら、ジバルも安泰やなあ」
「…………考えておく。それで、話があるんだが―――非常に情けない話だと思って欲しい。お前達にとってみれば、全く関係のない国にわざわざ戦争をしに行くようなものだ。本当に迷惑な話だとは思うが、それでも私は―――」
「旦那はん。わて等の間に前置きはいらへんとちゃいますか。男児なら男児らしく、スパッと用件だけ言ってくれんと困るさかい。粘っこい男児は嫌われますえ?」
それもそうだ。彼女にも『覚』がある以上、極端な話、既に用件は彼女も承知している。アルドがわざわざ言葉に出して言うのは、フェリーテにしてもクルナにしても会話を好んでいるからであり、いわばこの瞬間は、彼女達にとっては愉しみの一つだった。趣味の時間とでも言えばいいのだろうか。伝えるだけならば、とうの昔に伝わっている。
それにしても申し訳なさは消えないが、彼女からの頼みだ。アルドは大きく息を吸ってから、剣を振り下ろす様に簡潔に告げる。
「私の仲間となって、五大陸の奪還に協力してくれ!」
恥を忍んで。お願いする。クルナは分かり切っていた用件に、一度だけ頷いた。
「出来ぬ」
簡潔な答えが返ってくる。しかしそれは、何よりも強い拒否の表れだった。
「理由を聞いても良いか?」
「エイネの方から聞いちょるやろう。それやな。理由は主に」
頭が居なくなったら、誰がこの国を統治する。エイネの方はどうにかして付いてきてくれるそうだが、クルナまでもが同じ事を出来るとは限らない。それこそ、ここで彼女と三日三晩まぐわり、子供でも孕ませなければ。孕ませたとしても、子供というものはそう簡単に生まれるものではない(妖術には時間操作の類があるそうだから、その気になれば早々に産む事が出来るとはいえ)。生まれたとしても、暫くは子供の世話をしなければならないし、そうなると必然的に、その子供に無意識下の上で戦争を教える事になる。
何の為に自分が女性ナイツとの夜伽をやんわり断っているか。それは子供に戦争を教えない為であり、この戦いを、世界で最後の戦いにしたいと思っているからだ。世界の再構築という手段を選んだのも、それが一番良いと思ったから。下手に人間を改心させるより、元々魔人に対して理解のある人間のみを残して五大陸を統一した方が、戦いなど起こらないと思ったから。
ここで彼女とまぐわれば、今までのそれを全て否定する事になる。アルドとしてもする訳にはいかなかった。断じて、ヘタレている訳ではない。父親になる責任がどれだけ重いかなんて知る筈もないが、弟子の為に永遠を生きる覚悟すら決めているのだ。端から終わりなど存在しない彼女を悲しませたくなくて、それ以外の全てが終焉を迎えても隣に居ようという覚悟すら決めているのだ。実際にそうなるかどうかは置いといて、覚悟するだけならば、今更怖がる道理はない。
「……駄目か? やはり」
「エイネと違って、ここはわてじゃないと管理出来へんからな。フェリと入れ替わりという事なら、話は別やけど。そういう事ではあらへんのやろう?」
「ああ。それだと戦力の増強になるかどうか、微妙な所だしな」
それと、その判断はまるで足手まといを残すみたいで好きじゃない。自分がかつてそれをされたからかもしれないが、足手まといとは微塵も思っていないのにそれをする事は、何となく憚られた。
「わては行けへんが…………旦那はんを相手にきつくなれる程わては非道な女じゃあらへん。旦那はんさえ良ければ代替案を出すんやが、構わんか?」
「代替案?」
アルドが怪訝な表情で言うと、クルナは気怠そうに手を挙げて、何かに指示を送った。
その直後。
二人を取り囲む形で十三人の魔人が天井裏から着地。敵襲と勘違いしたドロシアが杖を持とうとしたので、素早くそれを制する。
「ドロシア、やめろ」
こんな所で零式魔術を使われたらどうなるのかは想像に難くない。あれは別世界の秩序であり、妖術で防ぐ術も無ければ魔術でも防げない。彼女が引っ張ってきた世界の魔術を使えば可能かもしれないが、零式魔術とは、彼女が別世界の秩序を彼女なりに纏めた、所謂何物にも属さない特殊な魔術だ。執行者でも無ければまともに防ぐ事も出来ない。
別に戦いたい訳でもないのに、ここで戦争の火種を生むのは避けたかった。
「あんれまあ、師匠想いの弟子やないか。瑞々しい肉体もわて好みやなあ。そない純真な女子を堕とすなんて、旦那はんも罪な男やのう」
「堕としたつもりはない。それと……代替案というのは、『忍』の魔人の事を言っているんだな」
この集団と出会ったのは初めての事ではない。初めてジバルを訪れた際、クルナと殺し合いをする前に、彼等と戦った事がある。いや、彼女達と言えばいいのか。『狐』の魔人ことクルナは少年を除き、基本的に男を嫌う傾向がある。フェリーテ救済の功績を認められたアルドは例外になっているが、数年経った今でもそれは変わっていない様だ。
「『忍』達は忠実や。以前言ったやろ、『わてやおまんたちの命令には絶対服従』。共同で使える道具と考えてくれてええ。わてはそれを暫く旦那はんに貸しちゃる。それで手を打ってくれへんか?」
彼女達は押し黙っている。沈黙は肯定とみなされるので、本人達に代わって、アルドが言った。
「……実力的には構わないが。取り消せ。『忍』達は道具じゃない」
「何を取り消す事があるねん。道具は道具や。旦那はんの優しさもよーく分かるねんけどな、わてはそれ以上に旦那はん、おまんを心配しとるんやで?」
「……私を?」
「旦那はんに何があったかは知らん。『覚』が使える言うても、わてはフェリ程練度がない。けどもな、旦那はん。あんさんが相当な無茶をしていたって事は特別視ずとも分かんねん。その身体に蓄積した『それ』……わてと出会った頃には無かったと記憶している。教えてくれへんか? 旦那はんがここを離れた後に体験した全てを」
『栄華の巫女』に聞かせる程華やかな物では無かったが、隠す理由もないので、アルドは全てを話した。
大陸奪還に始まり、初代勝利、そして魔力の根源との戦闘。更には執行者との戦いまで。
全てをクルナは聞いていた。尻尾をゆらゆらと動かしながら、何か思う所があるみたいに目を閉じて。
「…………練度が無い言うても、事情は分かっていたんやけど。理解するのと聞いてみるのとではまるで違うんやな。そんで、改めて言っちゃろうの。『忍』は道具や。それ以上でもそれ以下でもあらへん」
「……強情だな。旦那の顔を立てるのが、ジバルにおける良い女の条件とは聞いていたが」
「こればかりはなあ。わては旦那はんの事を想って言うとる訳やし、そもそもこの案は『忍』達から出たもんや」
「……お前達がッ?」
アルドは驚いて周囲を見遣る。頭を垂らす『忍』達はピクリとも動かずにただ一言。『然り』と答えた。
「旦那はん。おまんはあまりにも働き過ぎる。フェリからおまんの語らぬ部分まで聞かせてもらったから、ハッキリ言わせてもらうわ。霧代アルド、おまんに王の素質は無い。王様を語るには、お主はあまりにも優しく、献身的で、愚かや」
分かっているつもりだった。というのも、分かっていたらアルドは魔王になる事なんてなかっただろう。自分が優しいかどうかは人殺しである以上否定させてもらうが、王の素質が無い事を分からない自分ではない。矛盾した発言だが、だからこそ分かっているつもりと表現した。アルドは自分が王に適任ではないと知りながら、王様を引き受けたのだ。その愚かさったら正に道化のそれであり、他にもっとやり様はあった筈だ。
例えば、自分は敢えて存在をひた隠しにして、表向きの王様はフェリーテにしておくとか。彼女は心が読めるから、外交などにおいて失敗する事は無い。そして側近をチロチンという事にしておけば、情報戦においても敗北する事はあり得ない。更にオールワークの『極限思考』があれば、どんなに知能的な相手が居たとしても作戦で負ける事はない。執行者と初代勝利エイン・ランド、そしてエヌメラは自分が対処しなければならなかったが、だとしても他の部分は丸投げして良かった。
今更遅いって? その通りだ。今更遅い。アルドは慣れない事を全て自分で行い、そして色々と失敗した。王の素質が無いと言われても仕方がない。ナイツの対応力が飛びぬけていたから、ギリギリ何とかなっていただけである。
自分は大陸奪還ばかりしていたから実際に語れる事は少ないが、大陸奪還後の工作は、全てチロチンとフェリーテが行っていた。大陸が離れているとはいえ、五大陸は貿易上の関係を持っていたりと、何かしらの関係を持っていた。それを誤魔化せていたのは偏に彼女達の功績だ。フルシュガイドには攻略がバレているので現在は関係ないが、少なくともリスドを一度襲撃されるまでは関係が続いていた。
つまり何が言いたいのかというと、アルドは宝の持ち腐れをしていた。有能な部下を持ちながら、それを最大限に活かす事が出来なかった。素質が無いのは、この事からも分かる。
しかし一番の理由は、何をしようがすまいが魔人達に嫌われていた事だ。様々な理由があったとしても、これは見たまんま。説明不要である。一部の特殊な魔人(リーナやエルアなどの特殊な事情を抱える人物の事だ)、そして大聖堂と城に住み込みで働いていた侍女には特に嫌われていないが、それ以外の魔人からは理由もなく嫌われているし、その比率が圧倒的に多い。多くに愛されなければ王政というものは長く続かず、その状態が続いているアルドに素質がある訳が無い。
あらゆる観点から見て、素質があった場所など一つも無かった。
「せやから、わては忠実な手足を出した。旦那はんの負担を少しでも軽くする為にな? 『忍』達もそれを望んでいる。旦那はんが何と言おうが、『忍』は道具なんや」
「…………私は、何もしていないぞ。お前達三巫女はともかく、『忍』には」
「ふむ。なら覚えておくとええ。『忍』という魔人には掟があるんや。命を救われた人物には、己の全てを捧げろとな。おまんは命以上を救った。ジバルというこの国を救った。せやから『忍』達の肢体も、その意思も、全ては旦那はんの物なんや」
「―――だが」
「ええ加減にせえ!」
尚も渋る様子のアルドに、クルナは痺れを切らした様に言った。
「フェリの言う事がよう分かったわ。旦那はん、おまんには生きる気力というものが無いんか? ここに来るまでの旦那はんをわては知らんから多くは言わん。けどな、わては愛しい人をわざわざ見殺しにする程狂うてない! 旦那はんはこの国でも、そしてあっちでも英雄なんやろ? だったら、その命が旦那はんの物だけじゃない事は分かっとるやろ! カテドラル・ナイツとやらも、わても、エイネも、『忍』も、背後に隠れとる弟子も、みーんな旦那はんに居なくなって欲しくないんや! 愛とは求める心で、そしてわて等は旦那はんを求めている。いいや、全員旦那はんを救いたいんや。昔はどうだったか知らんけど、旦那はん。ここ数年で一度でも本気で笑った事があるんかい! あったとして、その回数と苦悩した回数、どっちが多いねん! 後者やろ! 勝手に人様救っといて、旦那はんだけ勝手にくたばるなんてそない勝手な話があるかいな! 勝手に荊の道に進むなや! 少数よりも多数取るん言うんなら、わてはこう言っちゃるわ。旦那はんが死ねば、このジバルに居る国民の殆ど全てが悲しみに暮れる! 旦那はんに会うた事もないモンも、この国を平和にしてくれた旦那はんには感謝してんねん。どうや、それでも旦那はんは死ぬ気か? 一国を悲しみに包む度胸が、アンタにあるんかいな! わてはそっちの英雄観に知識があらん。やけどもな、一つ言うたるわ。英雄が救われてはいけないなんて誰が決めたねん! 言うてみいや!」
クルナの言葉は止まらない。こちらが言い返すよりも先に、彼女は激情を言葉に綴る。
「せめて旦那はんには、その苦労を少しでも負担出来る存在が必要や。『忍』はその為の道具。別に旦那はんが望むんなら性欲処理にでも使うてくれたらええが、わてがわざわざ大切な部下を『道具』呼ばわりしてんのはそういう訳や。全く……アホちゃうか? ついでにもう一つ言うたるわ。そもそもおまんは英雄やない。只、それを目指しているだけの男児や。ええか? 英雄は死ねば英雄譚になる。人々の心を躍らせる物語になんねん…………おまんの、そない見苦しい生き方といい、それに対する下々の反応と言い、一体誰が心を躍らせるねん! おまんは英雄として名高い『勝利(ワルフラーン)』やない……発音、合っとるな? おまんは―――」
「刻まれぬ歴史。その上を歩むおまんは、足跡のない勇者や」
「旦那はん。こうして顔を合わせるのも、随分久しぶりやなあ」
「ああ、そうだ…………え、旦那はん?」
誓って言うが、自分は契りなど交わした覚えはない。したがって、彼女の伴侶になった覚えも無ければ、旦那と呼ばれる覚えもない。アルドは独身であり…………童貞だ。
自分で口にすると数倍恥ずかしいが。
「そうやあ? わての唯一の旦那はん。その生命力をわて等の子供が受け継いでくれたら、ジバルも安泰やなあ」
「…………考えておく。それで、話があるんだが―――非常に情けない話だと思って欲しい。お前達にとってみれば、全く関係のない国にわざわざ戦争をしに行くようなものだ。本当に迷惑な話だとは思うが、それでも私は―――」
「旦那はん。わて等の間に前置きはいらへんとちゃいますか。男児なら男児らしく、スパッと用件だけ言ってくれんと困るさかい。粘っこい男児は嫌われますえ?」
それもそうだ。彼女にも『覚』がある以上、極端な話、既に用件は彼女も承知している。アルドがわざわざ言葉に出して言うのは、フェリーテにしてもクルナにしても会話を好んでいるからであり、いわばこの瞬間は、彼女達にとっては愉しみの一つだった。趣味の時間とでも言えばいいのだろうか。伝えるだけならば、とうの昔に伝わっている。
それにしても申し訳なさは消えないが、彼女からの頼みだ。アルドは大きく息を吸ってから、剣を振り下ろす様に簡潔に告げる。
「私の仲間となって、五大陸の奪還に協力してくれ!」
恥を忍んで。お願いする。クルナは分かり切っていた用件に、一度だけ頷いた。
「出来ぬ」
簡潔な答えが返ってくる。しかしそれは、何よりも強い拒否の表れだった。
「理由を聞いても良いか?」
「エイネの方から聞いちょるやろう。それやな。理由は主に」
頭が居なくなったら、誰がこの国を統治する。エイネの方はどうにかして付いてきてくれるそうだが、クルナまでもが同じ事を出来るとは限らない。それこそ、ここで彼女と三日三晩まぐわり、子供でも孕ませなければ。孕ませたとしても、子供というものはそう簡単に生まれるものではない(妖術には時間操作の類があるそうだから、その気になれば早々に産む事が出来るとはいえ)。生まれたとしても、暫くは子供の世話をしなければならないし、そうなると必然的に、その子供に無意識下の上で戦争を教える事になる。
何の為に自分が女性ナイツとの夜伽をやんわり断っているか。それは子供に戦争を教えない為であり、この戦いを、世界で最後の戦いにしたいと思っているからだ。世界の再構築という手段を選んだのも、それが一番良いと思ったから。下手に人間を改心させるより、元々魔人に対して理解のある人間のみを残して五大陸を統一した方が、戦いなど起こらないと思ったから。
ここで彼女とまぐわれば、今までのそれを全て否定する事になる。アルドとしてもする訳にはいかなかった。断じて、ヘタレている訳ではない。父親になる責任がどれだけ重いかなんて知る筈もないが、弟子の為に永遠を生きる覚悟すら決めているのだ。端から終わりなど存在しない彼女を悲しませたくなくて、それ以外の全てが終焉を迎えても隣に居ようという覚悟すら決めているのだ。実際にそうなるかどうかは置いといて、覚悟するだけならば、今更怖がる道理はない。
「……駄目か? やはり」
「エイネと違って、ここはわてじゃないと管理出来へんからな。フェリと入れ替わりという事なら、話は別やけど。そういう事ではあらへんのやろう?」
「ああ。それだと戦力の増強になるかどうか、微妙な所だしな」
それと、その判断はまるで足手まといを残すみたいで好きじゃない。自分がかつてそれをされたからかもしれないが、足手まといとは微塵も思っていないのにそれをする事は、何となく憚られた。
「わては行けへんが…………旦那はんを相手にきつくなれる程わては非道な女じゃあらへん。旦那はんさえ良ければ代替案を出すんやが、構わんか?」
「代替案?」
アルドが怪訝な表情で言うと、クルナは気怠そうに手を挙げて、何かに指示を送った。
その直後。
二人を取り囲む形で十三人の魔人が天井裏から着地。敵襲と勘違いしたドロシアが杖を持とうとしたので、素早くそれを制する。
「ドロシア、やめろ」
こんな所で零式魔術を使われたらどうなるのかは想像に難くない。あれは別世界の秩序であり、妖術で防ぐ術も無ければ魔術でも防げない。彼女が引っ張ってきた世界の魔術を使えば可能かもしれないが、零式魔術とは、彼女が別世界の秩序を彼女なりに纏めた、所謂何物にも属さない特殊な魔術だ。執行者でも無ければまともに防ぐ事も出来ない。
別に戦いたい訳でもないのに、ここで戦争の火種を生むのは避けたかった。
「あんれまあ、師匠想いの弟子やないか。瑞々しい肉体もわて好みやなあ。そない純真な女子を堕とすなんて、旦那はんも罪な男やのう」
「堕としたつもりはない。それと……代替案というのは、『忍』の魔人の事を言っているんだな」
この集団と出会ったのは初めての事ではない。初めてジバルを訪れた際、クルナと殺し合いをする前に、彼等と戦った事がある。いや、彼女達と言えばいいのか。『狐』の魔人ことクルナは少年を除き、基本的に男を嫌う傾向がある。フェリーテ救済の功績を認められたアルドは例外になっているが、数年経った今でもそれは変わっていない様だ。
「『忍』達は忠実や。以前言ったやろ、『わてやおまんたちの命令には絶対服従』。共同で使える道具と考えてくれてええ。わてはそれを暫く旦那はんに貸しちゃる。それで手を打ってくれへんか?」
彼女達は押し黙っている。沈黙は肯定とみなされるので、本人達に代わって、アルドが言った。
「……実力的には構わないが。取り消せ。『忍』達は道具じゃない」
「何を取り消す事があるねん。道具は道具や。旦那はんの優しさもよーく分かるねんけどな、わてはそれ以上に旦那はん、おまんを心配しとるんやで?」
「……私を?」
「旦那はんに何があったかは知らん。『覚』が使える言うても、わてはフェリ程練度がない。けどもな、旦那はん。あんさんが相当な無茶をしていたって事は特別視ずとも分かんねん。その身体に蓄積した『それ』……わてと出会った頃には無かったと記憶している。教えてくれへんか? 旦那はんがここを離れた後に体験した全てを」
『栄華の巫女』に聞かせる程華やかな物では無かったが、隠す理由もないので、アルドは全てを話した。
大陸奪還に始まり、初代勝利、そして魔力の根源との戦闘。更には執行者との戦いまで。
全てをクルナは聞いていた。尻尾をゆらゆらと動かしながら、何か思う所があるみたいに目を閉じて。
「…………練度が無い言うても、事情は分かっていたんやけど。理解するのと聞いてみるのとではまるで違うんやな。そんで、改めて言っちゃろうの。『忍』は道具や。それ以上でもそれ以下でもあらへん」
「……強情だな。旦那の顔を立てるのが、ジバルにおける良い女の条件とは聞いていたが」
「こればかりはなあ。わては旦那はんの事を想って言うとる訳やし、そもそもこの案は『忍』達から出たもんや」
「……お前達がッ?」
アルドは驚いて周囲を見遣る。頭を垂らす『忍』達はピクリとも動かずにただ一言。『然り』と答えた。
「旦那はん。おまんはあまりにも働き過ぎる。フェリからおまんの語らぬ部分まで聞かせてもらったから、ハッキリ言わせてもらうわ。霧代アルド、おまんに王の素質は無い。王様を語るには、お主はあまりにも優しく、献身的で、愚かや」
分かっているつもりだった。というのも、分かっていたらアルドは魔王になる事なんてなかっただろう。自分が優しいかどうかは人殺しである以上否定させてもらうが、王の素質が無い事を分からない自分ではない。矛盾した発言だが、だからこそ分かっているつもりと表現した。アルドは自分が王に適任ではないと知りながら、王様を引き受けたのだ。その愚かさったら正に道化のそれであり、他にもっとやり様はあった筈だ。
例えば、自分は敢えて存在をひた隠しにして、表向きの王様はフェリーテにしておくとか。彼女は心が読めるから、外交などにおいて失敗する事は無い。そして側近をチロチンという事にしておけば、情報戦においても敗北する事はあり得ない。更にオールワークの『極限思考』があれば、どんなに知能的な相手が居たとしても作戦で負ける事はない。執行者と初代勝利エイン・ランド、そしてエヌメラは自分が対処しなければならなかったが、だとしても他の部分は丸投げして良かった。
今更遅いって? その通りだ。今更遅い。アルドは慣れない事を全て自分で行い、そして色々と失敗した。王の素質が無いと言われても仕方がない。ナイツの対応力が飛びぬけていたから、ギリギリ何とかなっていただけである。
自分は大陸奪還ばかりしていたから実際に語れる事は少ないが、大陸奪還後の工作は、全てチロチンとフェリーテが行っていた。大陸が離れているとはいえ、五大陸は貿易上の関係を持っていたりと、何かしらの関係を持っていた。それを誤魔化せていたのは偏に彼女達の功績だ。フルシュガイドには攻略がバレているので現在は関係ないが、少なくともリスドを一度襲撃されるまでは関係が続いていた。
つまり何が言いたいのかというと、アルドは宝の持ち腐れをしていた。有能な部下を持ちながら、それを最大限に活かす事が出来なかった。素質が無いのは、この事からも分かる。
しかし一番の理由は、何をしようがすまいが魔人達に嫌われていた事だ。様々な理由があったとしても、これは見たまんま。説明不要である。一部の特殊な魔人(リーナやエルアなどの特殊な事情を抱える人物の事だ)、そして大聖堂と城に住み込みで働いていた侍女には特に嫌われていないが、それ以外の魔人からは理由もなく嫌われているし、その比率が圧倒的に多い。多くに愛されなければ王政というものは長く続かず、その状態が続いているアルドに素質がある訳が無い。
あらゆる観点から見て、素質があった場所など一つも無かった。
「せやから、わては忠実な手足を出した。旦那はんの負担を少しでも軽くする為にな? 『忍』達もそれを望んでいる。旦那はんが何と言おうが、『忍』は道具なんや」
「…………私は、何もしていないぞ。お前達三巫女はともかく、『忍』には」
「ふむ。なら覚えておくとええ。『忍』という魔人には掟があるんや。命を救われた人物には、己の全てを捧げろとな。おまんは命以上を救った。ジバルというこの国を救った。せやから『忍』達の肢体も、その意思も、全ては旦那はんの物なんや」
「―――だが」
「ええ加減にせえ!」
尚も渋る様子のアルドに、クルナは痺れを切らした様に言った。
「フェリの言う事がよう分かったわ。旦那はん、おまんには生きる気力というものが無いんか? ここに来るまでの旦那はんをわては知らんから多くは言わん。けどな、わては愛しい人をわざわざ見殺しにする程狂うてない! 旦那はんはこの国でも、そしてあっちでも英雄なんやろ? だったら、その命が旦那はんの物だけじゃない事は分かっとるやろ! カテドラル・ナイツとやらも、わても、エイネも、『忍』も、背後に隠れとる弟子も、みーんな旦那はんに居なくなって欲しくないんや! 愛とは求める心で、そしてわて等は旦那はんを求めている。いいや、全員旦那はんを救いたいんや。昔はどうだったか知らんけど、旦那はん。ここ数年で一度でも本気で笑った事があるんかい! あったとして、その回数と苦悩した回数、どっちが多いねん! 後者やろ! 勝手に人様救っといて、旦那はんだけ勝手にくたばるなんてそない勝手な話があるかいな! 勝手に荊の道に進むなや! 少数よりも多数取るん言うんなら、わてはこう言っちゃるわ。旦那はんが死ねば、このジバルに居る国民の殆ど全てが悲しみに暮れる! 旦那はんに会うた事もないモンも、この国を平和にしてくれた旦那はんには感謝してんねん。どうや、それでも旦那はんは死ぬ気か? 一国を悲しみに包む度胸が、アンタにあるんかいな! わてはそっちの英雄観に知識があらん。やけどもな、一つ言うたるわ。英雄が救われてはいけないなんて誰が決めたねん! 言うてみいや!」
クルナの言葉は止まらない。こちらが言い返すよりも先に、彼女は激情を言葉に綴る。
「せめて旦那はんには、その苦労を少しでも負担出来る存在が必要や。『忍』はその為の道具。別に旦那はんが望むんなら性欲処理にでも使うてくれたらええが、わてがわざわざ大切な部下を『道具』呼ばわりしてんのはそういう訳や。全く……アホちゃうか? ついでにもう一つ言うたるわ。そもそもおまんは英雄やない。只、それを目指しているだけの男児や。ええか? 英雄は死ねば英雄譚になる。人々の心を躍らせる物語になんねん…………おまんの、そない見苦しい生き方といい、それに対する下々の反応と言い、一体誰が心を躍らせるねん! おまんは英雄として名高い『勝利(ワルフラーン)』やない……発音、合っとるな? おまんは―――」
「刻まれぬ歴史。その上を歩むおまんは、足跡のない勇者や」
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