ワルフラーン ~廃れし神話
沈下する火竜
ユーヴァンの第二切り札『導龍』。彼らしからぬ防御特化の切札であるが、その実態は攻防一体の切札だった。
二人を取り囲む火が揺らめく。『鬼』の一振りごとに焔が飛び散り、それでも彼は斬る事を止めなかった。曰く、『導龍』とはかつてこの世界に存在したと言われる伝説の龍であり、それが存在した当時はあらゆる反動をその龍が受け止め、流していたのだという。ユーヴァンの切札とはその龍の特性を模倣したものであり、発動中の彼はあらゆる攻撃に対して焔という形で威力を受け流す。その規模は攻撃の威力が大きければ大きい程に広がり、大陸を両断する一撃でも浴びようものなら、忽ちその大陸中が焦土になる。この防御は物理攻撃に留まらず、魔術攻撃や精神攻撃、果ては特異能力にまでも適用される為、これさえ使っていれば執行者の様に秩序を無視でもしない限り、まず自分を倒す事は出来ない。
欠点は飽くまで攻撃力……即ち、相手を害する目的のものにしか反応しないので、一切の攻撃力を持たない特異能力や魔術などは受けてしまう事。だが今の状況において、ディナントは斬りかかってくるだけだし、本気の殺し合いでもない以上は彼が切札を切ってくる事もない。使用場面だけで考えればこれ以上ない使い方だった。
……ただし。使ってから酷く後悔した。忘れていた訳ではないが、ここは人の城。それでもたかだか一つの斬撃だから小規模の焔で収まるだろうと思っていたが、自分はディナントの力量を大きく見誤っていた。
彼が一度刀を振るう度に、巨大な家屋が全焼する程度の焔が飛び散っていく。それも一度だけではない。二度、三度。腰の入った斬撃は完璧にユーヴァンの身体を捉え、その度に大量の焔を散らし、最早『竜』自身でも事態の収拾がつけられないくらい、焔が飛び散っていた。
「おおう! 待て待て待て! ディナント、これ以上の攻撃は……!」
大太刀がこちらの首を刎ねる直前で止まる。燃え盛る部屋を見回すと、ディナントは首を傾げた。
「ドう…………か……た、か?」
「どうかしたかじゃねえよ! いや、俺様も悪いけどなっ? 切札使わなかったらマジで死んでたんだもんよ!」
「…………消す?」
「珍しくちゃんとした発音ッ! てか消せるのか? 因みに俺様は無理だぞ!」
両腰に手を当てて渾身のドヤ顔を披露するユーヴァン。それを無視して、ディナントは再び『神尽』を構えた。何をするつもりなのか知らないが、こちらは渾身の自虐芸も無視されて、中々心情的に辛い気持ちになっている。これがヴァジュラとかになると、ちゃんと『自分で蒔いた種も拾えないなんて』くらいは言ってくれるのだが。その喋りにくさから基本的に寡黙なディナントには無理がある期待だったか。何か手助けが出来ないか考えてみたが、爪を振るえば直線状の物体が切り払われ、更に被害が拡大する。どれだけ深く考えても、消火に対しては欠片も貢献出来なさそうだった。尻ぬぐいまでしてもらって挙句被害まで増やしたらいよいよ自分はどうしようもない屑になり下がるので、出来るだけ下がり、彼の大太刀に当たらない様に配慮する。
「……風梧ッ!」
彼にしては流暢な言葉と共に、ディナントが大太刀を振り回した。直後、彼の薙ぎ払った軌道を中心に烈風が発生。吹き荒れる風は部屋中を包み込み、燃え盛る焔を瞬く間に鎮火させた。代わりに只でさえボロボロになってしまった部屋が、吹き荒れる風によって更にぼろくなり、一部の壁に至っては完璧にぶち抜けて、外の光景が良く見える。
二人は顔を見合わせた。
「…………」
「…………」
幸い、全焼した訳ではないので、これに関してはまだ許してもらえるだろう。だが壁をぶち抜いたのはまた別の話。ディナントが物言いもせずにこちらを見つめてくる。ユーヴァンは耳の辺りを掻きながら、苦笑いを浮かべた。
さて、どうしたものかと。あまりにも月並みな言葉だが、予想外の事態にこの言葉は自然と出て来てしまうものだ。本当に、どうしよう。フェリーテにこんな事が知れた日には、一体どんなお仕置きをされる事やら。
つい本気になって切札使ったら、人の城の一部をぶち壊したなんて。
「なあディナント! フェリーテって怒ると……やっぱ怖いか?」
「……推しテ……知る、シ」
「ああ、そうかあッ。やっぱりそうだよなあ! アイツって怒ったら怖い感じしてるもんなあ! ふんふん…………お前、これ直せるか?」
「む…………リ」
「だよなあ!」
ナイツ個人の切札は基本的に隠匿されている事もあり、この状況を打開出来るナイツが居るかをユーヴァンは知らない。ディナントについても知らないが、彼に関しては薄々無いだろうとは思っていたので、所謂ダメ元という奴だった。ヴァジュラは同郷という事もありよく知っているが、無い。他のナイツは…………再生系統の切札を持っていそうなナイツが見当たらない。オールワークでも居れば頼ったのだが、生憎とそれをする為にはもう一度五大陸へ戻らなくては。そんな事をしている内にもしアルドが到着してしまったら、彼に余計な心配を掛ける事にもなるのでそれは避けたい。
考え込んでいると、ディナントが徐に大太刀をぶち抜けた壁に突き刺した。
「…………お前もしかして、そうしてれば大丈夫とか思ってるのか?」
「…………ダ、メカ?」
「駄目に決まってんだろ! しかも全然穴塞げてねえしッ」
これがピッタリそのままという事ならば、一考の余地はあっただろうが、『神尽』を刺しても尚隙間は膨大であり、空虚であり、何かピッタリの形を見つけられる様な都合の良い形に壊れてはいなかった。強いてピッタリ嵌まるとすれば、それはかつてここに嵌まっていた壁くらいだが、ディナントが吹き飛ばしてしまったものが形を変えずに残っているとは思えない。仮に残っていたとしても、十中八九欠けているのだろう。
「うーん。どうすっかなあ!」
チロチンもファーカも、ヴァジュラもメグナも、ルセルドラグも自分もディナントも。誰も彼も相手に悪影響を与えるモノばかり持っているイメージだ。まともに回復出来そうなのはオールワークくらい。ああ、どうして彼女も連れて行く事をアルドに進言しなかったのだろうか。もしもあそこで進言していれば、今頃ここには彼女が居て、そして何事も無かった様にこの事態を収束させただろうに。
居ない人物についてあれこれ言っても仕方ない。どう足掻いてもオールワーク関連は無いとして、他の方法を考える。取り敢えず、怒られるのが嫌なので、フェリーテには気付かれたくない。逆に言えば彼女以外には気付かれても良いし、何なら『狐』に気付かれたって構わないのだが(城主ならば何とかしてくれるだろう)、現在『狐』と『妖』は同じ部屋に居るだろうから、それは厳しい。とにかく彼女には怒られたくないという想いが念頭にある以上、事態の打開というものは早々に詰んでいたも同然だった。
ユーヴァンの中の『竜』が囁いている。フェリーテに怒られた瞬間、自分はとてもひどい目に遭うという事を。その直感じみた予知の詳細は、それ故に語る事は出来ないが、それ故に正しい情報である。酷い目には遭いたくない。妖術の柔軟性は知らないが、『導龍』を使った所で容易に捻じ伏せられる未来が見えている。
「謝ったら許してくれっかなあ~。うーん、名案も思い浮かばねえし、そうすっかな―――!」
「別にそんな事しなくたって、助けてあげるわよ」
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