ワルフラーン ~廃れし神話
雀に咥えられて
    ファーカとこうして歩くのも随分久しぶりな気がしなくもない。しかし、一年前に彼女とは服を買いに行っているので、魔人にしても人間にしても、とてもではないが久しぶりという言葉を使える程の期間は空いていない。にも拘わらずそんな思いを抱いたのは、きっとあの戦いを経たからに違いない。ファーカはあの時出陣し、自分はあの時留守を任された。その違いがきっと、自分に久しいという感情を呼び起こさせている。それだけの違いかもしれないが、あの戦いにおいては出ると出ないとで大きく違っている。留守を任された自分達と違い、彼女はアルドがどんな戦いをしていたか知っているのだ。彼が文字通り死力を尽くして戦ったその瞬間を目視しているのだ。一方こちらが目視していたのはそんな魔王の雄姿ではなく、平和に感けて安全圏から好き放題に物を言う魔人達の醜悪な精神。それだけと言えばそれだけだが、それだけでも十分だった。
     果たして自分があの戦いに参加していたとして、一体何が出来ていたのだろうという思いはある。だからこそ不満も言わず留守番をしていた訳だが、あれはあれで愚かな判断だったかもしれない。自分の都合を優先するならば、後々の出来事が見えていたのなら、参加を希望していた方が良かった。どの道、リスド大陸を襲撃してきた執行者には、もう一人の執行者とフェリーテが主に対応していた。自分達では力不足だったのだ。
    「ヴァジュラ。せっかく服を買ったのに、今日は着ないんですか?」
    「う。も、持ってきてないんだけど……」
    「あら、そうなんですか?」
    「だって、これは大陸奪還の為の仕事だし、僕達が何もする必要は無くても、最初からそんな気でいるのをアルド様に見せつけるのは……失礼だと思ったから」
     それでは魔人達と何も変わらない。彼にだけ負荷を押し付けて、自分達はのうのうと生活するなんて冗談じゃない。カテドラル・ナイツは彼に助けられ、彼の力になろうと思った者達で結成された集団だ。魔人達の態度が気に食わないと言いつつ同じ事をすれば、それはアルドを知る者の怒りでも何でもなく、単なる同族嫌悪に過ぎない。見栄えが悪いから起こっているだけだろうと言われても言い返せない。
     二人は鑑賞室と呼ばれる部屋に入った。中には見た事もないような魚や植物が展示されていて、見る者の心を癒した。飽くまでジバル内で自生していない植物だと思っていたが、どうやら五大陸でも見かけない植物を数多く、というかそれしか見かけなかった。恐らくはジバルが独自に交流している国から輸入でもしてきたのだろうが、どれもこれも形からして奇妙だ。
     例えば刀剣花草という花は、武器に使われる様な鉄鋼を好む草らしい。展示されている時点では、大剣と思わしき物が既に半ばまで呑み込まれている。引き抜いてみると、先端の方が徐々にではあるが融け始めていた。驚いて手を放しそうになったが、ここで武器を取り落とす事はこの草の目の前で食べ物を取り上げる行為に等しい。落ち着いて剣を戻し、ほっと一息。
    「何してるんですか?」
    「ごめん。驚いちゃった」
     ファーカはそんな自分に、呆れとも驚きともつかぬような表情を向けてくる。
    「物珍しいのは分かりますが、それで揉め事に巻き込まれても知りませんよ?」
    「わ、分かってるよ。ねえファーカ。どうして僕を……誘ったの?」
    「理由が聞きたいんですか? 同じ女性という理由では駄目でしょうか」
    「それだったら……メグナとか居るし」
    「ああ。でもメグナはチロチンと行きたそうでしたし、それくらいだったら気を利かせますよ。仮にも共通の主を愛する女友達ですからね。それでも理由を求めるというのならば……いいえ、そんなものはありません。私は貴方を誘いたかったから誘いたかった。それだけです」
     元来、思惑というものはそれくらいに単純である。理由が無ければ信用出来ないのも分かるが、こちらも信用して欲しくて誘った訳では無い。言い方は悪いが、単に己の欲求を満たす為の行動だ。それの理由付けなんて『したかったから』で十分だろう。殺しや盗みなど、傍に見せたら一悶着起きそうな行動ならばともかく、ただ人を誘うだけの行動に大義名分は必要ない筈だ。
     たとえば朝食がサラダだった場合、それの理由を一々求める者が居るだろうか。いや、理由を求めようと思えば求める事は出来るが、頼んだ瞬間からそんなに考えている者がどれだけ居るか。考えていたとしても、それはきっと『今日がそんな気分だったから』に違いない。
     ヴァジュラはあまり納得のいっていない様子だが。
    「……どういう、事」
    「あまり深く考えないでください。私も特に考えていた訳ではないのです。今はこの時間を一緒に楽しみましょう? それとも、私では不満ですか?」
    「そ、そういうのじゃないんだけど…………何だか、嬉しくて」
    「嬉しい?」
     どうすれば彼女を納得させられるかを考えていた事もあり、彼女から予想外の返答が返された瞬間は、ファーカの思考は一時空白になった。彼女はこちらに理由を求めてきたが、一方で彼女の言葉は理由ではなく意味が分からなかった。何度も目を瞬かせて、確認する様に復唱する。
    「……嬉しい?」
    「うん。僕は、アルド様と出会うまで一人ぼっちで……『魂魄縛』や『心透冠』を使わなかったら、誰も僕に優しくしてくれなかった。誰も僕の存在を……認めてくれなかった。その癖、村を守る為だとか言って僕を贄に出して……だから、僕に対して嬉しいと言ってくれたのは、ファーカで二人目」
    「ああ、そういう。ユーヴァンは言わなかったんですか?」
    「ユーヴァンは…………言わないよ。少なくとも、この戦いが終わるまでは」
     複雑な事情があるのを見透かしたファーカは、それ以上追求しようとは思わなかった。アルドとの思い出はそのナイツの中でのみ共有されるべきだ。たとえ仲間だったとしても、土足で踏み込んでいいものじゃない。フェリーテは土足で踏み込む筆頭だが、代わりに彼女は一切の過去に言及しない。それで釣り合いを保っている。
     世にも珍しい虹色の魚を見ながら、ヴァジュラが言った。
    「ねえファーカ。僕の……友達になってくれる?」
    「はい? なんですか今更。他のナイツは友達ではないとでも?」
    「他の人……は、仲間だけど。友達じゃない、というか。語弊があるんだけど! その…………うー…………何て言ったらいいんだろう」
     言わんとしている事は何となく分かる。カテドラル・ナイツは共通の主を愛する仲間だが、裏を返せばそれだけの間柄だ。それは仮にアルドが居なくなれば、勝手に分裂してもおかしくない集団という事でもある。その辺りの違いを、彼女はどうにか言葉で表そうとしている様だが、見ていて面白いので放置しておく。
    ―――それこそ、理由なんて必要ないのに。
     ファーカは彼女の手を引きながら、鑑賞室を見て回る。その行動が彼女の頼みに対しての答えであるとは、ヴァジュラが気付く由もない。
    「……えっと、ファーカ。気づいてる?」
    「―――ええ、気づいてますよ。確かに危険ですが、あの二人の事です。自分で蒔いた種は自分で取るでしょう。気にしないで、鑑賞を続けましょう」
     あの二人が何をしているのだろうか。ここがリスド大陸ならばまだしも、ここはジバルで、更には人の城だ。焔をまき散らすその神経が自分達には理解出来ない。理解出来ない事に干渉する必要はない。武人たる彼が、自身の過ちを自らの手で償わない筈が無いだろうから。
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