ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

妖と化け狐

 『覚』という能力は、権限的に上位……言い換えるならば、存在の格が自分より高くない限りは、無制限に行使出来る。一応、自分自身で制限はつけられるし、フェリーテは契約と思い込みの二重で制限しているが、決して無力化をする事は出来ない。それがあり得るとすればエヌメラ戦の時の様に、アルドが彼女の事を忘れた上、著しく二人の距離が離れていた場合だ。その場合は二人で交わした契約に基づき、フェリーテの能力は弱体化する。それ以外に無力化はあり得ない。港町に戻ったフェリーテは、いつの間にか来ていた『狐』の従者の背中を追いながら、反対方向から合流を図らんとするアルドの思考を読み取った。

―――ふむ? 何やら心中穏やかでは無さそうじゃな。

 まだ『徳長』の国に居るのか。いや、まだとは言い方が悪いか。彼がどんな目的で自分達と別れたかはよく分かっている。それを考慮すれば、むしろこちらに時間を与えてくれていると考える事だって出来る。しかし、表面上の目的は『狐』と『蛟』をナイツに加入させる事。慰安の目的で自分達と別れたのならば、猶更アルドは素早くあの国を離脱し、『蛟』及び『狐』の国へ向かわなければならないのだが。何やら事件に巻き込まれたらしい。思考内でも動揺しすぎて言葉になっていない。読み取れるは読み取れるが、まるで『蚓』ののたくったような字を見ている気分だった。思考内ですらまともに言語が成立しないとはどんな状況だ。

 難しく考える必要はない。アルドは自分達とは別に一人の少女を連れていた。彼が慌てる様な事は、大抵近しい者が何かしらの被害を浴びた時なので、恐らくそれだ。恐らく、などと不確定な言葉を使う事なんて滅多にないが、それくらい思考がめっちゃくちゃなのだから仕方ない。無事なのは確認出来たので何よりだ。

「それにしても遅かったなあ! 『狐』の野郎は何をしてやがったんだ?」

「す、済みません。『狐』様は服選びに忙しいと言って聞かず……私共も、命令を求めたのですが」

 『死考写』で自分の魂と直結させ、アルドの情報を共有したからか、ユーヴァンの本性は影を潜め、また愉快な彼が戻ってきていた。演じているという真実を知ってはいるものの、彼がそうなってくれるだけでナイツ全体はかなり明るくなり、ルセルドラグとメグナでそれが打ち消されてゼロ。全く世界は良く出来ている。

「因みに服選びというのは何だ? 何か予定があるのではないんか」

 同じく『狐』の少年は、頭を振った。

「い、いえ。予定という予定は……近い内に霧代様が来るとの事で」

「霧代?」

「主様のジバル名じゃな。霧代アルド。それがここでの主様の名前じゃ」

「あ、聞いた事ありますそれ。アルド様とデートをした時にッ」

 あの『狐』は何をやっているのか。ジバルに来たのだから、アルドと出会う事になるなんて当たり前だろうに。しかも何日後の話をしているのか。彼は今『徳長』の国に居る。一日二日で会える事はまずあり得ない。そんな遠い……いや、自分達にしてみれば近いが、一般的に遠いとされる日数があるにも拘らず、無駄に時間を食わせてくれるとは。どの服を選べばアルドが喜んでくれるかなんて、長い付き合いでもないだろうがが分かる筈だ。基本的に彼は女性に対して免疫がない。何ならいつもの崩した着方をすれば、それだけでもアルドをからかうには十分である。

「ああそうそう。そう言えば、お主達に言っておくべき事があったの。特に女性陣は心して聞くが良い」

「何でしょう?」

「『狐』は主様の事を既に自分の所有物だと思っている所がある故、少々傲慢な所があるやもしれぬ。妾も居るから自制はするだろうが、気をつけろ? 発言を看過出来ぬ者は少々気を引き締めた方が良いかもしれんの」

「……それは、どういう、事」

「奴は只の『狐』ではない。『狐』の中でも最高峰の『狐』、九尾の狐じゃ。妾と同世代の魔人じゃが、奴は己の美しさと実力に絶対の自信を持っている。主様とは友好な関係を築けている様に見えるじゃろうが、その心根までが砕けた訳ではない。気に障る発言は当然あるじゃろうが、どうか流してくれぬか。どちらが勝つかはさておき、お互い重傷など負いたくはないじゃろう」

 そもそも、自分達が誘う必要はない。アルドの意向に沿うならば、自分達は只のんびりしていればいいのだ。にも拘らず勝手に喧嘩をおっぱじめたら迷惑処の騒ぎではない。個人の怪我で済めばまだいい方だ。考えても見て欲しい。『狐』の力が弱まればこの国は不安定になってしまう。只の喧嘩だと思っても、その喧嘩が引き起こすと思われる惨事は、あまりに規模が大きい。

 交渉は飽くまで穏便に。慰安旅行とは、安らぎ己の身体を慰める旅行の事だ。喧嘩ではそのどちらかすら満たせない。

 国の為にも、そしてアルドの為にも。これはフェリーテからのお願いだった。

「ま、それはいいけど。結局、私達はどうすればいいのよ。ムカつくかもしれないけど抑えろなんて、無茶な話だって思うんだけど」

 どんな事情があれ、嫌いな物は嫌いだし、好きなモノは好き。同様に、ムカつくものはムカつくからムカつくと言っているのであって、それを抑えろなんて解決法にすらなっていない。心が荒立つから『ムカつく』というのに、その心でどうやって抑えろと言うのか。波に波をぶつけても生まれるのは『凪』ではないのだ。

「その通りじゃな。しかしお主らは主様とデートをした記憶があるじゃろう。それでも思い出していれば大丈夫では無いのか? 妾は……まだじゃが、ディナントと一緒にという事であれば暫くある。とにかく、喧嘩だけは始めないで欲しいのう。分かってくれるか、メグナ」

「な、何で私なのよ!」

「お主が一番喧嘩っ早いじゃろう」

「それは違うわ! 一番早いのはファーカよ!」

「主様を独占したいという気持ちは理解出来ますが、あの恩知らず共に比べればまだ抑えられるでしょう」

「う、裏切り者…………!」

 彼女の言っている事も分からなくはないが、やはり良くも悪くも彼女が一番行動に移りやすい。釘を刺す対象は何も間違えていない。フェリーテが鉄扇を開いて口元を隠した時、『狐』の少年が歩みを止めた。

「お待たせしました。ここが我らが主の住まう城、銀城閣です」



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