ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

狐につままれたような



 『徳長』の国の様にゆっくりする事も無く、アルドは『蛟』の国を出発した。今に限った話じゃないが、この国に来てから彼女に降りかかる不幸が多すぎる。誰か、不幸の星でも抱えているのではないだろうか。それも居るだけで周囲に不幸をもたらす傍迷惑なの。或いは彼の様な能力者が星の権能でも使って彼女を意図的に不幸にしているのではないか。そう思わずには居られないくらい彼女は不幸だった。聞き忘れたっきりまた居なくなってしまったが、彼女は『徳長』の国でも居なくなったし、何者かの神に惚れこまれたのではないかとも思っている。現在、崇拝抜きに顕現している神は全体で十体。フェリーテを助ける都合上全員と接触し、一度殺し合う事になった関係だが、少なくともその中に神隠しを行う様な神様は居なかった。居たとしても、殺し合って民間人に手は出さない事を約束させた筈なので、神様が約束を破る様な悪神でもない限りはあり得ない。

 いや、悪神は居るのだが、その神とは『気が治まらなくなったらいつでも殺しに来て構わない』と約束を取り付け、あちらも『地上最強と呼ばれた人をいつでも襲えるってのはいいもんだ』と納得してくれたので、わざわざ隠す様な事をせずとも、勝手に殺しに来ればいい。流石に今来られるときついものがあるが、約束なので来た場合は割り切る。それからも彼女が偶然とは思えないくらいおかしな目に遭う事について考えを巡らせたが、どれもこれもアルドが以前張った予防線が機能している為、原因になるとは考えにくい。やはり、誰かが権能を使っているとしか思えなかった。

 しかし彼の遺体は悪用されない様にカシルマが埋めた筈だし、唯一取り出された片目も彼が所有している。彼の目を抉り取りでもしない限りは、この案は成立しない。今になって『死』の執行者が言っていた言葉を思い出す。生かす訳にはいかないと言っていたのも、最初は単に世界の調和を乱す特異体質だからだと思っていたが、彼も、カシルマも、ドロシアも。死ねばその身体を悪用されるのだ。ドロシアに関してのみ、死が存在せず、執行者の様な存在でない限りは殺せないから除外するとしても、彼もカシルマも、死んだ所で体は残る。そして、身体に染みついた特異はそこに残り続ける。

 考えてみて欲しい。カシルマの身体を移植すれば、その部分は魔力を一切通さなくなる。この世界における事実上の無敵である。アルドの様な欠陥特異体質でもない限りは、まずそこに傷をつける事は出来ない。

 彼の身体を移植すれば、彼の様に無限に武具を生成……となると肉体を移植しなければならないだろうが、権能を武器として具象化して行使する事は可能だ。魔力こそ使うから彼の様に圧倒的暴力とまではいかずとも、多少の権能を使えるだけでも一般にしてみれば大変な事である。それこそ、世界の権力者はこぞって彼の肉体を欲しがるかもしれない。彼の片腕が、いや指一本手に入るだけでも、十分に強者と成り得るのだから。

 余談だが、仮に自分が死んでも、残るのは魔力を引き出せない体質なので、余程弱体化したい人間が居ない限りは、持たざる者でも引き取ろうとはすまい。

 皮肉にも、アルドはあらゆる意味で彼等よりも価値が無かった。彼等は生まれた所で損失しかもたらさないから淘汰されようとしていたが、それでも価値はあった。生まれるべきではなかっただけで価値は持ち合わせていた。けれどアルドは、魔術のある世界に魔術を使えない状態で生まれてしまった。生まれるべきでも無かったし、生まれても価値なんて無いし、生まれる意味がなかった。最初から何も無かった自分が彼等を救ったと言うのは、何ともおかしな話である。

 話を戻す。彼女が可哀想で仕方がない。この世界で誰よりも不幸な人間を挙げるとしたら、今は彼女だろう。自分を信じて付いてきてくれたのに、二度も災難に晒されて。地上最強とは言うものの、実際のアルドは全くの無能だった。誰かを助ける事は出来ても、誰かを護る事は出来ない。人に尽くす事は出来ても、人を導く事は出来ない。そんな不器用な人間だった。既に吹っ切れてしまったが、こういう人間だから、多くの魔人から罵詈雑言を浴びせかけられたのだろう。自分に好意的な人は庇ってくれるが、実際、ダルノアをこうして二度も傍から離してしまった。無能と言わずして何と言う。『狐』の国に行けば必然的に何処かでナイツと出会う事になるだろうが、今の自分に向ける顔があるのかと言われると微妙だった。その顔が出来上がるとすれば、それは早々に彼女を見つけ出せた時だが、自分には彼女の居場所を知る術がない。

 傍らの弟子については、どうか勘違いしないでほしい。ドロシアは全能だが全知ではない。知らない場所には行き様がないのである。彼がまだ生きていたら話は変わっただろうが…………彼が生きていたならば、きっと自分は死んでいる。有りもしない可能性を出した所で彼の侮辱に繋がるだけだ。

 彼はこの選択を善しとして、この世界を固定した。彼が己の全霊を以てここに過去を固定する限り、たとえ執行者にもこれを変える事は出来ない。執行者としての役割を全うするならば彼を殺さなければいけないから。しかし彼を殺さなければ今度はこちらにとって最良の結果……即ち、彼も自分も生きている世界に改変される。生かす訳にはいかない存在を一人減らせたのにも拘らずそれを無かった事にするとは考えにくい。彼がそれをする限り、この世界は最悪の方向には転がらない。いや、むしろ彼が死んでいる今こそ『最悪』の世界だ。

 その証拠に、今も彼は死んだままである。

「先生。ここから『狐』の国までどのくらい掛かるの?」

「三日だな。以前まではもう少し早く到着したんだろうが…………」

 アルドはナイツを集めている頃の事を思い出し、苦笑する。まさか自分の行った行動がこんな風に返ってくるとは因果なものだ。話すべきか逡巡したが、隠した所で変な不信感を与えるだけなので、観念したように口を開く。

「以前、『狐』とは戦った事があってな。フェリーテ……私の城に居た『妖』の事なんだが、それをどういう風に助けるかの方向性で揉めた。当然私は部外者で、当時の『狐』及びその部下から猛反発を喰らってな。脆弱な人間如きに救える訳がない、それどころか足手まといだから帰れと言われてな。大人げなく私は戦闘での結果を以てどちらが彼女を助けるか決めようという話になり…………」

「どうしたの?」

「大陸を分断させる程の大騒ぎになった。結果的に私は勝ち、『狐』達には民間に被害が出ない様に裏で動いてもらう事にしたんだが……お前の千里眼で見えるかな。多分―――」





「巨大な滝が出来てると思うんだよ。『狐』の国との間に」




 川を切った所でこんな事にはならないのだが、お洒落のつもりで『狐』がやったのだそうな。事も全て終わって彼女に謝罪をしたが、『狐』は気にしておらず、それどころか人を集められるような観光名所を作ってくれて感謝するとまで言っていた。実際は、只の国と国の境界線なのだが。そのせいで『狐』の国へ徒歩で行くには、朝から夕方まで掛けられている橋を渡るくらいしか方法が無くなってしまった。元々魔人の国である関係上、通行する者は『蛟』からの魔人しか居ないが。

「全力で剣を振ってしまった結果だな。今でも後悔していなくはないが、当時の私は頭がやられていたのだと思って、何とか納得している」

「洗脳されてたの?」

「違う。これはフェリーテに限った話ではないが、一人の魔人を助けようとするあまり、熱血漢じみた状態になっていてな。今ではとても言えない様な恥ずかしい言葉を、それはもう何度も言った訳だ」

 人はこれを黒歴史という。彼らとの出会いの軌跡である以上忘れるつもりは毛頭ないが、今になってはとても言えたもんじゃない。思い出すだけでも寒気がする。何故だろう。対象の問題だろうか。発言の多くはイティスを仮定した場合何も恥ずかしくないのに、ナイツとなると途端に恥ずかしくなる。例えば、

『大丈夫だ。困ってるんだったら俺が助ける。たとえお前を誰も許さなくても、俺だけはお前を許す』

 という言葉を言ったとする。因みに言っていない。似たような事は言ったが、断じてこれは言っていない。これをイティスに仮定すると、

『大丈夫だ。困ってるんだったらお兄ちゃんが助ける。たとえお前を誰も許さなくても、お兄ちゃんだけはお前を許す。元気出せ』

 という風に、少し台詞が増えたが、何らかの失敗をした妹を励ます様に聞こえるが、これがナイツを仮定した場合……つまり改変前。どうだろう。格好良く思えるだろうか。娼婦からも性交渉を間接的に拒否される程の自分がこれを言って、果たして恰好良いのだろうか。

 彼やカシルマならば、文句なしだ。女性は落ちる。あの格好良く正義感に満ち溢れた(彼に関しては自分を受け継ぎ過ぎたが)容姿端麗の男であれば、まず間違いない。しかしこれが容姿端麗とは口が裂けても言えないアルドが言うと、一気に不味い事になる。

 そう。女性の心の弱みに付け込んで肉体関係を持とうとする不純な男にしか見えないのだ。どうせあの言葉の後には、『だからお前は俺の傍にずっと居ろ。俺だけがお前を許してやれるんだ』とか何とか言って襲うのだ。そうに決まっている。

 実際襲ったかと言われると…………アルドは童貞である。これしか言えない。どうか察して欲しい。

 少し掘り返しただけなのに、まるで間欠泉の如く湧き上がってくる記憶は、アルドの思考を黒色に塗りつぶした。ドロシアはそんな自分の記憶を見透かしたらしく、クスクスと笑っている。

「あんまり笑うな」

「ごめんなさい。でも、私はそんな先生も見てみたかったな」

「冗談がきついぞ。こんな顔の奴に言われたいのか、お前は」

 ドロシアは前方に躍り出ると、後ろ手を組んで、首を傾げた。

「顔なんて関係ない。私は、先生の事大好きだよ!」

 その屈託のない笑顔に、自虐で返すのも違うだろうと思い直す。

 返事に困って、アルドは視線を逸らすのだった。

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