ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

 少女の災難



 ここは世界の外に作られたもう一つの、彼女が作り上げた世界。神様の力を使える様な存在ではないが、紛れもなく彼女はあらゆる世界の外に天地創造をしたのだ。『あらゆる秩序が適用されていながら、あらゆる秩序の中に納まらない場所』では普通の人間と大差ないと言ったが、ここは限りなくそこに近い場所である。

 ここはドロシアの、ドロシアによる、ドロシアの為の世界。彼女にあからさまに都合の良い世界がここなので、普通の人間かと言われると創造神と相違ない立場だと言うしかないが、それ以外は基本的に彼女も普通の人間として動かなければならない。つまり、この世界では彼女を殺す事は出来ないが、壁や床をすり抜ける事や、瞬間移動、肉体透過などの好き放題は出来ない。ここで彼女が破れるものは生死の概念のみだ。確かにここはあらゆる世界の外にある絶対安全地帯だが、裏を返せばここは唯一ドロシアに対して幾つもの干渉が出来る世界という事だ。この家を想像した彼女が『人間性を失わない様に』作った家なので仕方ない話ではあるが、極端な話、ここで危険日にレイプされた場合は孕む。死なないだけで、この家の中では彼女も普通の人間なのである。

 『家』の鍵を貰ったはいいが、使う機会に恵まれたくなかった。それも死体状態の彼女を運ぶなんて。いや、蘇生するだけならばあの場でも良かったが、目の前で生き返る彼女を見せて化け物扱いされるのはそれ以上に避けたかった故に仕方ない。もしもあそこまでに鍵が紛失していたら、その時は人目につきづらい場所に行くつもりだった(あの鍵を使えるのは自分だけなので、失くしてもまた改めて貰えばいい)。それでも人目につきづらいという事はゼロではないので、こういった確実に人目につかない場所を使わないに越した事はない。

 人であれば確実に死んでいた肉塊は徐々に動き出し、斬り離された部位を本来の場所へ。暫くその経過を見据えていると、程なく全ての部位が元に戻り、ドロシアが目の前に現れた。家の都合上浴衣が元に戻る事は無かったが、外の世界で学んできたと思われる魔術を行使。髪は解けているものの、殆ど完全に元に戻った。

「先生、有難う」

「いいや、気にする必要はない。化け物扱いされたくなかったんだろ? 死にながら死んだふりなんて器用な事が出来るのはお前だけだよ、全く」

 見た当初は驚いたが、彼女の特異性を知っていたから対処出来た事だ。ダルノアにも見せてしまったのは少々都合が悪いが、彼女は人が生き返ったくらいで掌を返す様な少女ではない。大体、そういう人間であれば船で出会った時点で掌を返している筈だ。しかしいつも通り処か、宿屋で積極的に交流していたので、イメージの押し付けではないと信じたい。

「それで、どうしてああなったのか説明をくれないか? まあ大体想像はつくんだが」

 仮にも強者である彼女を滅多切りにしたのだ。素人ではまず無理だとしても、半端な強者でも不可能だ。彼女をあそこまで残酷に殺せる人間が居るとすれば、恐らく一人しか居ない。彼女の口から語られた男の名前は、果たしてこちらの予想と被ってくれないと困る。

「魔力の糸を辿ったら、二つの剣を持った人が居たの。二刀流……って言えばいいのかな? 私もやるし、先生もたまにやるよね」

「ああ。まあ一刀流の方がやりやすくはあるな。二刀流は少し扱いづらくて困る」

 因みに一刀流、二刀流という言葉は、アルドが勝手にジバルから取り入れた言葉である。個人的には一つの刀を使う、二つの刀を使うという意味で使っているが、アレは厳密には流派である。それぞれ、イットウサイという人物とムサシという人物が考案したらしく、地上最強を語った身としては是非とも一度手合わせをしたかった存在でもある。ただし、二人は一般的な人間らしく、アルドがジバルを訪れる頃には既に逝去していた。

 本当に惜しい限りである。イットウサイの生前を知るディナント曰く、『あれ程上手く刀を扱う人間は見た事が無い』らしいのに。

「で、どうしてあんな事をするのって聞いたら、英雄を探しているらしくて。闇雲に探しても埒が明かないから、問題を起こせば来るだろうって事で……それで」

「それで」

「私が殺されちゃった!」

 笑い交じりに彼女は言っているが、彼女を滅多切りにする事がどれだけ難しいのかは言うまでもあるまい。一対一でないとはいえ、世界争奪戦にて唯一の無傷だったのだ。彼女は出来るだけ話を暗くしない様に努めているが、心中穏やかではあるまい。

「本気では……戦ったのか?」

「うーん。執行者と戦った時よりは加減してたよ? 他の人達も巻き込んじゃいそうだったし。でも手加減をしたつもりは全くなかった。魔術を使わなかっただけで、武器として杖は使ってたし」

「その上で切り刻まれたと…………名前は言っていたか?」

 ドロシアが手を翳すと、その手には巻物が出現した。受け取って広げてみると、そこには達筆な異国言語で名前らしき文字が書かれていた。あまりにも達筆すぎて読めないので、解読は彼女に任せる。

「宮本武蔵之介。わざわざ巻物でくれたから、間違いないと思う。で、その人なんだけど。私を切り刻んだ後、『餌として使わせてもらう』って言ってたの。だから、私の死体も英雄探しに使われたんだと思う。周りには人が集まってたでしょ? あの中にその人、居たよ?」

「何ッ? という事は――――――」

「先生の姿、確実に見られたね」

 アルドが目を見開き、露骨に動揺したのは自分の存在が認知されたからではない。誰かに命を狙われるなんて今更だし、そもそも魔人との全面戦争だって、原因は自分が生きていた事だ。世界争奪戦も同じ。狙われていたのは自分。その頭もやれ魔力の根源だったり、やれ『死』の執行者だったりと言っては何だがまともな実力者では無かった。今更この世界の住人に狙われた所で、怯える様なアルドではない。

 自分が気にしているのは、置いてきぼりにしてしまった彼女の事だ。彼女が死んだふりをしている事は見抜いたが、それでも愛するべき弟子がバラバラにされている姿を見て気が動転してしまい、置いてきてしまった。彼女をこんな風にした人間は既に離れていると思ったからそうしたまでで。あの場に残っていたとなると話は変わってくる。

 ドロシアを置き去りに、アルドは家を飛び出した。彼女と違ってダルノアは生身の少女だ。滅多切りにされた日何かには、翌日海に投げ捨てられても文句は言えない。


















 居ない。死体が無くなった事で人々は散らばってしまったが、何も起きていないのならばその場で立ち尽くしている少女が居る筈である。その姿が見えない以上、手遅れだった事は言うまでもない。周囲に少し足を伸ばしてみたが、既に遥か遠くに連れ去られたのか何も見えない。彼女の『家』では時間の経過が存在しないので、ダルノアが連れ去られた時間は数秒程度。遠くへは行っていない筈だ。しかし、それは飽くまで徒歩の話。魔術、それも転移魔術を使えるのならば話は別だ。今更どうやったって見つかる筈もないし、それこそ宮本武蔵之介が目の前に現れない限り、彼女を見つける事は出来ない。

 また、見失った。

 あの時は彼女が勝手に戻ってきてくれたから何とかなったが、今回に限ってそんな事をしようとすれば彼女の亡骸を見る事になる。しかし場所も教えてくれないのでは助けに向かう事も出来ない。

 何故だ、強い者と戦いたいと言うのならば果たし状でも渡してくれればいいのに。英雄を探していると言っておきながら自分に会いに来ないのは。

―――まさか、まだ試そうって言うのか?

 問題を起こせばそれで来るからと、宮本武蔵之介は無辜の人々を相手にやりたい放題、挙句の果てにドロシアを切り刻んだ。それが功を奏し、彼はアルドを認識出来た筈なのにこれ以上何がやりたいのだ。これでは英雄を探しているというより、弄んでいる様ではないか。こちらは別にいいが、たまったものでないのは他の人達だ。自分の英雄具合を確かめる為に被害を被るなんて冗談じゃない。早い所奴を止めないと、また自分のせいで多くの人間が迷惑する事になる。

 チヒロとの約束を守る為にも祭りの日まではゆっくりする予定だったが、こうなった以上は仕方がない。宮本武蔵之介が短気な人物でない事を祈りながら、『狐』の国へ向かうしかないだろう。

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