ワルフラーン ~廃れし神話
穏やかに
一度ドロシアの事は放っておく……いや、本音を言えば今すぐに探したくてたまらないのだが、彼女の事を信じて……として、アルド達はこの町に起こる事件について調査をする事にした。彼女が犯人の下に向かったのならば事件は解決したかもしれないが、元々こう言った事件はアルドが解決していたモノだ。遠回しにでも彼女の補助をしていきたいと思っている。仮に関係なくても、治安維持の為だ。魔人と人間が共に生活しているのだから問題の一つや二つくらいあるだろう。仮にもこの形態での再構築を目指しているのだから、問題に目を瞑る訳にはいかない。予習という形で勉強させてもらうとしよう。
「どうかしたのか?」
一つ目の問題は、『蛙』と思わしき少女と人間の少年の言い争いだった。子供同士が起こした事だからと親同士は言ったが、問題は問題だ。目線を合わせて、可能な限り優しい表情で語り掛ける。二人の子供は、お互いの言い分も無視して主張した。
「俺が雨が降りそうだから傘を渡したら、いらないって言うんだ!」
「私が雨を浴びたいのに、無理やり笠を渡してくるの!」
ほら、この通り。魔人と人間の特性がぶつかり合って喧嘩を引き起こしてしまっている。子供同士の起こした問題だからと舐めてはいけない。子供時代に作られている友人関係は社会の縮図だ。そこで起きた問題を放置すれば、即ち社会の問題を放置する事になる。それは流石に言い過ぎかもしれないが、お互いに違う種族だからこそ起きた問題に子供も大人も無い。これは解決すべき問題だ。そしてこれからアルドも取り組む必要がある課題だ。
「で、まずお前達はどうしたいんだ?」
「傘を渡したい!」
「雨を浴びたい!」
まずは最終的な結論から明らかにしようと思ったが、どうやらこれはそんな簡単には解決する問題では無い様だ。これは、お互いの我を貫き通そうとした結果起きた喧嘩。つまり、どちらかが譲歩しなければ絶対に解決しない問題である。
アルドは顎に手を当ててから、人間の少年の方へ語り掛けた。
「少年。一つ尋ねよう。君は他の子が自分とは違うって事を理解してるかな?」
「違う! 皆同じだ! そーいうのはさべつって言うんだ!」
「いいや、差別じゃない。誰に教えてもらったか知らないけど、これを差別っていうなら誰とも仲良くなる事は出来ないよ。いいかな? これは差別じゃなくて理解だ。君と喧嘩しているあの子は魔人、そして君は人間。それを抜きにしても、女の子と男の子だ。歩み寄って理解しなきゃ、絶交になるかもしれないぞ?」
どうしてこちらの少年を選んだかは言うまでもない。同性たる彼の方が説得しやすいと思ったからだ。それと彼の方が善意の押し付けをしているから、というのもある。『蛙』が雨を浴びたいのは本人の意思というよりは種族的な本能……いや、何だろう。呼吸の問題だ。善意云々で覆して良いようなものじゃない。この少女が『蛙』として生まれた時点で、雨を浴びたいと願うのは自然な事なのである。
それと雨が降りそうとは言っているが、只の曇り空だ。傘を今すぐにでも渡さなければずぶぬれになるなんて事もない。説得すべきを少年と絞ったのはこういう事である。
「ぜっこーでいいもん!」
「それを理解が足りないという。じゃあ聞くが君、子供を産む事は出来るか?」
「出来ない!」
「そうだな。それは私を含めて君が男だからだ。男は子供を産めない、良く分かっているな。産めるのは女だけ。当たり前の事だが、その当たり前の事も理解せずに、誰かがある日君に子供を産めと言ったらどうする? 君は産むのか?」
「産めないから断る!」
「けどその人は女性だ。自分と他人が違う筈がないと思い込んでいるから、産めない筈がないって言うんだ……今の君と同じようにね」
種族毎の違いとかは、小難しくなるので語るべきではない。とにかく今語りたいのは、自分と他人が違うという事。自分が出来るからと言って、自分がいつもそうしているからと言って、それを他人にも適用すればいいという訳ではないのだ。他人には他人の秩序がある。自分には自分の秩序がある。
出産の話と傘の話は、厳密には全く違う話だが、とにかく少年には分かって欲しい。そして出来れば歩み寄って欲しい。二人がこうして喧嘩をしている所を見る限り、どうやら友達の様だから……友達ならば、歩み寄らなければ。艱難辛苦を共に出来る存在を友と言う。そしてその為には、お互いへの深い理解が必要なのである。
「あの子は雨を浴びたいんだ。理解してあげて欲しい。傘って言うのは、雨を浴びたくない人が使うものだからさ」
「………………分かった」
「うん。偉い」
少年は少女に向かって、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんね、チーちゃん」
少女はあまりにも素直に謝る彼に面食らった様だが、暫くすると、彼の手を取ってにっこりと微笑んだ。
「いいよ、気にしてない! それじゃ、また明日ね!」
「………ッ! うんっ!」
これで問題は解決した。彼等の親からのお礼を背中に受けつつ、アルドは再び町中をぶらつく。この町を理想形と据える以上、自分達の大陸でもあの様な問題が起きるのかと思うと胸が苦しくなってくる。今は他人事として解決出来るが、ここを目指すのならば、そうも言っていられなくなる。何より、アルド自身はこういった場所でも無ければ大多数に嫌われている存在だ。問題解決の近道が介入しない事とはこれ如何に。
天候如きの問題と侮るなかれ。天候を四六時中操作している訳にはいかない。ある程度は自然に任せて生活しなければならず、そうすれば先程の様な問題が起きるのは確実。子供同士の問題だから直ぐに治まったが、これがもう少し大きな集団となってくると話は血みどろの戦争にまで至る可能性がある。無視出来る問題ではない。
何とか同じ事にならぬ様にと解答策を探したが、学校にも行かず、碌に勉学に励んだ訳でもないアルドには思い当たらなかった。ドロシアが居れば何処かの世界の話を参考に出来ただろうに、彼女は独断専行中だ。
「アルドさんは子供が好きなんですか?」
「子供か? ああ好きだぞ。一応言うが、恋愛って意味じゃないからな? 本気で惚れられてたら……相手の為にもちょっとは考えるが、基本的に私は嫌われる人間らしい。長い人生の中でそういう事は一度も無かったよ」
子供を恋愛対象と言うのは憚られる。進行形で腕を組んでいる少女を対象にしかねないからだ。それにしても、自分で自分の事を嫌われる人間と評価するのは言ってて悲しくなった。何と言うか、やはり世の中は容姿でしかない。自分で言うのも何だが、この火傷だらけの醜い顔で、火傷を抜きにしても、フルシュガイドの女性に誰一人相手にされなかったこの顔で言うのも何だが。やはり好かれる様な人間は容姿が優れている。これは紛れもない事実だ。
それを抜きに好いてくれる様な者もいるには居るが、例を挙げるとなると必然的にカテドラル・ナイツだったり弟子が出て来てしまう。ジバルで好感度が全体的に高いのは、アルドが戦争を治めた張本人だからである。それを抜きに好意的な存在と言われると、軽く両手で数えられるくらいまで減る。魅力的な男性という面において、アルド・クウィンツは壊滅的だった。まあそうでないと、娼婦にすら相手にされないという異常事態が起きうる筈もないのだが。
「じゃあ、もしも。もしもですよ? アルドさんが結婚するとしたら、子供は何人くらい欲しいんですか?」
「何人でも構わん」
やけにあっさりと述べるアルドに、彼女は少々驚いたような顔を浮かべた。
「な、何人でも? 百人とかでもですか?」
「私の配偶者の身体が保つのであればな」
訳もなく曇天を見上げて、アルドは己の未来を創造する。甲斐性がない訳じゃない。騎士時代、特に使い道のなかったお金は宝物庫に入っている。百人でも千人でも面倒をみられる自信はあった。子育てくらいと舐め腐っている訳では決してない。ただ、今までも自分の身体に鞭を入れてきたのだ。少しその量が増えたくらいで音を上げる筈がない。いや、上げる訳にはいかない。
父親として、子供が生まれたのならばその存在に責任を持たなければ。自分の様な思いなんて、して欲しくもないし。
「何人居ようとも変わらないさ。子供は子供、そして父親は私になる。だから何人でも良い。特に贔屓をする事も無いだろうしな」
「どうして言い切れるんですか?」
「博愛精神は騎士の基本だ。子供一人一人に優劣をつけるのも手間だろう。だったら全員同じぐらい愛してやれば一律ですむ。只一つ悩みの為があるとすれば……」
「すれば?」
「私の性質を受け継いで、落ちこぼれになってしまう可能性だ。そうなれば普通に生活するだけでも辛くなるだろうから、それだけは気になるな」
今更な話だが、どうして自分は年端も行かぬ少女と婚姻やその後の生活について話しているのだろうか。彼女が振ってきたからと言えば話はそれまでだが、そういう事じゃない。彼女にしても振る相手を間違えているし、自分にしても話しかける相手を間違えている。これがフェリーテであれば何の問題も無かったが、今話しているのは少女だ。赤ちゃんはコウノトリが運んできてくれるというメルヘンな話を出来るセンスも無いし、明らかに相手が間違っている。彼女も彼女で、結婚適齢期とは言い難い自分にそんな話題を振ってきてどういうつもりなのか。
二つ目の問題は、少しばかり苦戦しそうだった。
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