ワルフラーン ~廃れし神話
約束違わず、誓い忘れず
服は新しい浴衣を用意してくれるとの事だったので、お言葉に甘えるとする。自分は勝負に勝ち、無事に『蛟』を仲間として加入させる事が出来た。これで何の収穫も得られなかったら連れてきた二人にも申し訳なかったが、せめて収穫する事が出来たのならば大丈夫だ。これで彼女達と合流した際、自分は笑顔を向ける事が出来る。
「こちらを見ないのか?」
「お前の裸は刺激が強すぎる。もう少し環境が整わなければ、見る気も起きない」
……そろそろ真実を語っていこうか。確かにアルドは勝負に勝った。『蛟』はジバル出発の日までに何とかして付いてくると言ったし、それだけは問題ない。問題なのは、先程の『蛟』……エイネの行動である。
温泉の底へと引きずり込まれたアルドは、片足だけを白蛇へと変えた彼女によって全身を縛り付けられ、その状態のままキスを続ける事を強いられていた。そんな状態が長く続けば息も続かなくなりやがては溺死する……という訳でもない。そもそもアルドの身体は半分が執行者故、実質的には半分死んでいるのと同じ状態だ。それ故、癖で呼吸をしてはいるが、呼吸自体はしなくとも問題なく生活出来る。だから水の中で延々とキスをする事には問題が無かった。それ自体には。
キスを続ける事一時間。感触についてそろそろ何の疑いも持たなくなってきた頃、彼女が言った。
「其方さえ良ければ、このまままぐわっても良いのだぞ?」
当然断る。だが、断ろうにも首を振る事が出来なかった。今は彼女がアルドの疲労を吸い出している最中で、それを中断してしまうのは良くない事だ。しかし基本的に沈黙は肯定の意味を持っている。良くない事だからと放っていれば、彼女に肯定を示す事になる。体で表そうにも、彼女の身体が全身を縛り付けている。
ハッキリ言って、完全に詰んでいた。その状況を更に悪化させたのは、アルドの男性としての機能だ。
「……フフ。暴れようとしても、身体は正直だな」
この温泉の効能。それは人生における快楽の全てを味わう事の出来る効能だ。入っているだけでも女性の柔らかい部位が押し付けられている様な感覚があり、まともな精神を保つ事さえままならなかったというのに、今は全身にその感触があり、実際にエイネの身体に触れているのだ。アルドがここで突如悟りを開きでもしない限り、生理的現象が起きるのは自明の理だった。
七回の死が彼女の方へ行き渡り終わった後、力の抜けきった体をどうにか起こして温泉から上がったが、未だにその時の感覚が、身体を疼かせて止まらないのだ。
非常に言い方が悪いが、何と言うかこう…………今女性の身体を見ると、襲ってしまいそうになる。だから今、アルドは頑として彼女を見ていない。
「あの程度で羞恥するとは、初心なのだな。あれは死を移行するだけの義務的な接吻。接続口を作ったようなモノだ。割り切れば良かろう」
「割り切れたら苦労はしないんだよ。全く……最後の最後にしてくれやがって。私を弄るのは構わないが、もしも理性が吹き飛んだらどうするつもりだ? 私でさえ、理性が消えた後の私は何をするか分からないぞ」
「それはそれで良い。其方の雄々しい……おっと、これ以上は言ってほしくなさそうだな」
「ご明察。出来ればさっきのは無かった事にしてくれ。私も出来る限り忘れる努力をしてみるよ」
着替え終わってから数分。彼女の方向から聞こえる衣擦れの音が止んだのを見計らって振り返ると、無事に彼女も元の巫女服に戻っていた。これでフェイントを掛けていたらどうしようもなかったが流石にそこまでの性悪では無かった様だ。
「じゃあ、またな」
「うむ。『狐』に宜しく言っておいてくれ。それと…………フェリーテにもな」
「ああ」
背中へ向けて手を振りながら、アルドは社を後にする。誰もいなくなった社に残ったのは、励ましの様にも聞こえる告白。
「三巫女は、救ってくれた恩を決して忘れぬ。あらゆる時間に生き、あらゆる時間から取り残された男児よ。お主の結末が幸福に彩られたモノである様にと願わぬ日は無いぞ」
世界の負を引き受け過ぎたのだ。今は束の間の平穏を味わっているかもしれないが、自分は知っている。たとえどんな苦難を乗り越えようとも、まだ世界は彼を許していない。彼にはこれから様々な災難が降りかかってくる。その負に満ちた人生は、決して幸せなモノではないだろうけど、せめてその結末くらいは幸せなモノであってほしい。一流の悲劇より三流の喜劇とも云う。人々が望む紙芝居が平和なものである様に。あらゆる災難に苦しめられる彼の結末もまた、平和なものであってほしい。その為にも自分は彼の隣で歩む事を決めた。せめて最後には、彼が心から笑える日々を過ごせる様に。
そんな事を考えるのも、全ては彼の歩んだ道を知っているから。かつてのジバルで共に過ごした彼の、辛そうな表情を知っているから。
昔は『蛟』の国なんて無かったから、こんな平穏を一時的にでも享受出来るとは思わなかった。五大陸が厳しすぎただけと弱音を吐くつもりではない。五大陸はまだ、混沌としているだけだ。五大陸を奪還して、二つの種族を以前言ったように共存させれば、きっと同じ平穏が味わえる筈だ。それだけを求めて、アルドはこうして歩いている。
案の定、二人は社の妖術に弾き出されてしまったので、まずは二人を探さなければ。こんな明るい時間帯にミヤモトムサシノスケが来るとは考えにくいものの、ドロシアの実力を考えると、全く来ないだろうとは言い切れない。
彼女の実力の殆どは、実は彼女自身の特異的存在によって成り立っているものであり、無敵に近い能力もそれが原因だ。なので実際的な彼女の実力は、それ程でもない。世界争奪戦においては唯一の無傷だが、それも単独で為した訳ではないので当てになる数字ではない。彼女も傷なんて負いたくなかっただろうから、ちゃんと時機を見極めて介入していただろうし。
だが、そんな事が判別出来る程ジバルは特異な場所ではない。そもそもこの世界とは全く違う別世界がある事すら、知っている人間は極少数なのに、アルドの居ない内に著名になったに過ぎないミヤモトムサシノスケという人間が知っているとは思えないので、あちらの実力測定的には、ドロシアの実力は相当な格上という事になる。
これはアルドに限った話ではないが、剣士たるもの、自分より格上の相手と戦う時にこそ魂が震え、血が滾る。真に強さを追求している者であれば老若男女を厭わない為、狙わない可能性が全くないとは言えないのだ。彼女に限って強者の雰囲気を堂々と纏うなんて事は無いだろうが、とにかく早く見つけなければ。
早足で街並みを眺めつつ二人を探していると、人が集まっている事に気が付いた。乱闘騒ぎか何かかと思って野次馬の中に紛れ込むと、その先には銃を持った鼻の長い男が立っており、男は見せつける様に銃を回すと、素早く一発。撃ち込んだ。その先には額に『物取り』と書かれた紙を張り付けた男が丸太に縛り付けられている。銃弾は男の頬を掠めた様だ。薄く切れた肌から血が滲み出し、男を涙させる。
感心しない見世物だが、『物取り』をしたのならばこんな事をされても文句は言えない。どうしてジバルに銃が存在するかについては興味があるが、見る限り男に殺意は無い様だし、脅かされて懲らしめられるくらいであれば、わざわざ手を出す事も―――
「さあさあ! 次はいよいよ額に当てますぞー! さあさあさあ―――はッ!」
縛り付けられた男の額に銃弾が撃ち込まれる瞬間、横から割り込んできた手が銃弾を掠め取った。お蔭でその手は酷く削られる事となったが、その手の持ち主はさして気にも留めぬまま、銃を所有する男に掴みかかった。
「ここでの魔術はご法度だ。お前、この国の住民じゃないな? 見世物と偽って無辜の人を甚振って、何がした―――」
会話の途中にも拘らず放たれた銃弾も指で弾くと、男は銃を捨て、同じ様にこちらへ掴みかかってきた。相違点があるとすれば、男はこちらの首を絞めている事だが、アルドには関係ない。統一言語を用いれば呼吸せずとも会話は可能であるが、抵抗の様子からして話し合いに応じるタイプではないと悟り、視界の外から顔を殴りつけると、男は木偶人形にでもなったみたいにだらしなく手足を伸ばしてそれきり動かなくなった。
暫く観察していると、男の背中が土と同化し、間もなく消え去った。
―――今のは。一体。
「こちらを見ないのか?」
「お前の裸は刺激が強すぎる。もう少し環境が整わなければ、見る気も起きない」
……そろそろ真実を語っていこうか。確かにアルドは勝負に勝った。『蛟』はジバル出発の日までに何とかして付いてくると言ったし、それだけは問題ない。問題なのは、先程の『蛟』……エイネの行動である。
温泉の底へと引きずり込まれたアルドは、片足だけを白蛇へと変えた彼女によって全身を縛り付けられ、その状態のままキスを続ける事を強いられていた。そんな状態が長く続けば息も続かなくなりやがては溺死する……という訳でもない。そもそもアルドの身体は半分が執行者故、実質的には半分死んでいるのと同じ状態だ。それ故、癖で呼吸をしてはいるが、呼吸自体はしなくとも問題なく生活出来る。だから水の中で延々とキスをする事には問題が無かった。それ自体には。
キスを続ける事一時間。感触についてそろそろ何の疑いも持たなくなってきた頃、彼女が言った。
「其方さえ良ければ、このまままぐわっても良いのだぞ?」
当然断る。だが、断ろうにも首を振る事が出来なかった。今は彼女がアルドの疲労を吸い出している最中で、それを中断してしまうのは良くない事だ。しかし基本的に沈黙は肯定の意味を持っている。良くない事だからと放っていれば、彼女に肯定を示す事になる。体で表そうにも、彼女の身体が全身を縛り付けている。
ハッキリ言って、完全に詰んでいた。その状況を更に悪化させたのは、アルドの男性としての機能だ。
「……フフ。暴れようとしても、身体は正直だな」
この温泉の効能。それは人生における快楽の全てを味わう事の出来る効能だ。入っているだけでも女性の柔らかい部位が押し付けられている様な感覚があり、まともな精神を保つ事さえままならなかったというのに、今は全身にその感触があり、実際にエイネの身体に触れているのだ。アルドがここで突如悟りを開きでもしない限り、生理的現象が起きるのは自明の理だった。
七回の死が彼女の方へ行き渡り終わった後、力の抜けきった体をどうにか起こして温泉から上がったが、未だにその時の感覚が、身体を疼かせて止まらないのだ。
非常に言い方が悪いが、何と言うかこう…………今女性の身体を見ると、襲ってしまいそうになる。だから今、アルドは頑として彼女を見ていない。
「あの程度で羞恥するとは、初心なのだな。あれは死を移行するだけの義務的な接吻。接続口を作ったようなモノだ。割り切れば良かろう」
「割り切れたら苦労はしないんだよ。全く……最後の最後にしてくれやがって。私を弄るのは構わないが、もしも理性が吹き飛んだらどうするつもりだ? 私でさえ、理性が消えた後の私は何をするか分からないぞ」
「それはそれで良い。其方の雄々しい……おっと、これ以上は言ってほしくなさそうだな」
「ご明察。出来ればさっきのは無かった事にしてくれ。私も出来る限り忘れる努力をしてみるよ」
着替え終わってから数分。彼女の方向から聞こえる衣擦れの音が止んだのを見計らって振り返ると、無事に彼女も元の巫女服に戻っていた。これでフェイントを掛けていたらどうしようもなかったが流石にそこまでの性悪では無かった様だ。
「じゃあ、またな」
「うむ。『狐』に宜しく言っておいてくれ。それと…………フェリーテにもな」
「ああ」
背中へ向けて手を振りながら、アルドは社を後にする。誰もいなくなった社に残ったのは、励ましの様にも聞こえる告白。
「三巫女は、救ってくれた恩を決して忘れぬ。あらゆる時間に生き、あらゆる時間から取り残された男児よ。お主の結末が幸福に彩られたモノである様にと願わぬ日は無いぞ」
世界の負を引き受け過ぎたのだ。今は束の間の平穏を味わっているかもしれないが、自分は知っている。たとえどんな苦難を乗り越えようとも、まだ世界は彼を許していない。彼にはこれから様々な災難が降りかかってくる。その負に満ちた人生は、決して幸せなモノではないだろうけど、せめてその結末くらいは幸せなモノであってほしい。一流の悲劇より三流の喜劇とも云う。人々が望む紙芝居が平和なものである様に。あらゆる災難に苦しめられる彼の結末もまた、平和なものであってほしい。その為にも自分は彼の隣で歩む事を決めた。せめて最後には、彼が心から笑える日々を過ごせる様に。
そんな事を考えるのも、全ては彼の歩んだ道を知っているから。かつてのジバルで共に過ごした彼の、辛そうな表情を知っているから。
昔は『蛟』の国なんて無かったから、こんな平穏を一時的にでも享受出来るとは思わなかった。五大陸が厳しすぎただけと弱音を吐くつもりではない。五大陸はまだ、混沌としているだけだ。五大陸を奪還して、二つの種族を以前言ったように共存させれば、きっと同じ平穏が味わえる筈だ。それだけを求めて、アルドはこうして歩いている。
案の定、二人は社の妖術に弾き出されてしまったので、まずは二人を探さなければ。こんな明るい時間帯にミヤモトムサシノスケが来るとは考えにくいものの、ドロシアの実力を考えると、全く来ないだろうとは言い切れない。
彼女の実力の殆どは、実は彼女自身の特異的存在によって成り立っているものであり、無敵に近い能力もそれが原因だ。なので実際的な彼女の実力は、それ程でもない。世界争奪戦においては唯一の無傷だが、それも単独で為した訳ではないので当てになる数字ではない。彼女も傷なんて負いたくなかっただろうから、ちゃんと時機を見極めて介入していただろうし。
だが、そんな事が判別出来る程ジバルは特異な場所ではない。そもそもこの世界とは全く違う別世界がある事すら、知っている人間は極少数なのに、アルドの居ない内に著名になったに過ぎないミヤモトムサシノスケという人間が知っているとは思えないので、あちらの実力測定的には、ドロシアの実力は相当な格上という事になる。
これはアルドに限った話ではないが、剣士たるもの、自分より格上の相手と戦う時にこそ魂が震え、血が滾る。真に強さを追求している者であれば老若男女を厭わない為、狙わない可能性が全くないとは言えないのだ。彼女に限って強者の雰囲気を堂々と纏うなんて事は無いだろうが、とにかく早く見つけなければ。
早足で街並みを眺めつつ二人を探していると、人が集まっている事に気が付いた。乱闘騒ぎか何かかと思って野次馬の中に紛れ込むと、その先には銃を持った鼻の長い男が立っており、男は見せつける様に銃を回すと、素早く一発。撃ち込んだ。その先には額に『物取り』と書かれた紙を張り付けた男が丸太に縛り付けられている。銃弾は男の頬を掠めた様だ。薄く切れた肌から血が滲み出し、男を涙させる。
感心しない見世物だが、『物取り』をしたのならばこんな事をされても文句は言えない。どうしてジバルに銃が存在するかについては興味があるが、見る限り男に殺意は無い様だし、脅かされて懲らしめられるくらいであれば、わざわざ手を出す事も―――
「さあさあ! 次はいよいよ額に当てますぞー! さあさあさあ―――はッ!」
縛り付けられた男の額に銃弾が撃ち込まれる瞬間、横から割り込んできた手が銃弾を掠め取った。お蔭でその手は酷く削られる事となったが、その手の持ち主はさして気にも留めぬまま、銃を所有する男に掴みかかった。
「ここでの魔術はご法度だ。お前、この国の住民じゃないな? 見世物と偽って無辜の人を甚振って、何がした―――」
会話の途中にも拘らず放たれた銃弾も指で弾くと、男は銃を捨て、同じ様にこちらへ掴みかかってきた。相違点があるとすれば、男はこちらの首を絞めている事だが、アルドには関係ない。統一言語を用いれば呼吸せずとも会話は可能であるが、抵抗の様子からして話し合いに応じるタイプではないと悟り、視界の外から顔を殴りつけると、男は木偶人形にでもなったみたいにだらしなく手足を伸ばしてそれきり動かなくなった。
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