ワルフラーン ~廃れし神話
遊びに通ずる価値は無し
誰かが消えていたり、刃傷沙汰になっていたりしている訳でも無く、残りは一四人。男性ばかり見つかる違和感を、アルド以外もそろそろ感じてきた頃合いである。感じるばかりで打開策を見つけようとしない男性はおらず、鬼達は一旦、一階に集まる事にした。指導者は最初の鬼という事でアルド。こちらにしてみれば一方的にしか面識のない男達は、それでも自分を頭として立ててくれた。
「それで、一人も見つからない女子についてだが、まずは捜索済みの場所から絞り出してみようと思う。二階はどうだ?」
「自分達の部屋は全て探したつもりだ。探してないとすれば霧代殿の部屋のみだが……」
「そこは私が探した。押入れは敢えて探していないが、この様子では恐らく居ないだろうな」
「何故に?」
「私達は今一階に居る。二階には誰も居ない。押入れなんて分かりやすい所に隠れておいて、今も見つかっていない事は不思議に思うだろう。程なく、隠れる側は敢えて見逃されている事に気付き、何としても移動せねばならぬと、私達が見ていない間に移動するだろう。だが、どれだけ感覚を広げてみても足音が聞こえない、気配も感じない。つまり、押入れには居ないという訳だ」
音を完全に殺す事は禁じていないので、ドロシアであれば可能かもしれないが、それ以外の女性には天地がひっくり返っても不可能な芸当だ。その唯一の例外についても、押入れなんて真っ先に探されそうな所に隠れるかどうか。彼女も遊ぶ際には秩序を守らなければならないと分かっているだろうから、間違っても空間の裏側に隠れたりはしていないだろう。となると、やはり押入れに居るとは考えにくい。
「他には?」
「一階は全部見てきたぞい。進入禁止の部屋以外はの」
「ふむ……鬼の中に裏切り者が居る、という可能性は無いか?」
「何の為に?」
「そうだよな…………」
どんな極限状況下か知らないが、そんな事が起こり得る程この鬼ごっこは切迫していない。負けた方が死ぬという事であればまだしも、そんな悪趣味な鬼ごっこをする程アルドは腐っていない。
「探していない場所、後あるか?」
一階も二階も全て探した。厨房なども恐らく探しただろうし、天井などの変わった場所は最初に見つけた男が調べている筈。自分も隠れる様な場所ならば発想するだろう。にも拘らず声を上げないという事は、収穫は何も無かった可能性が高い。考えられる事は、ドロシアが『家』に女性陣を匿っている可能性だが、先程も言った様に、それはつまらない。遊びとは程々に敗北の可能性を残しているからこそ面白いのであって、絶対に勝てる遊びなどつまらないだろう。それこそくだらない優越感に浸りたい子供くらいしかやらない手法であり、彼女がそれをするとは思えないし思わない。
「……一つ、宜しいんでごじゃろか」
「ん? アンタは?」
「ハンベエでごじゃる。余々の発言を聞いてもらっても宜しいでらっしゃろか」
奇妙な言葉遣いの男を招き寄せると、男は徐にある方向へ杖を向けて、ニヤリと笑った。進入禁止とは言われてないが、それでも奇妙な背徳感から誰も探さなかった場所。どうせ探せるだろうと高を括っていた事が、まさかこんな形で裏目に出るとは。
「女湯、か」
女性が一人でも見つかれば簡単に把握出来た場所だけに、すっかり忘れていたという方が正しい。危険認識が甘かったと言えばそれまでだが、かくれんぼで女性だけが見つからない可能性を考慮するのも、それはそれで馬鹿らしい。
女湯の何が恐ろしいって、候補に挙がったとはいえ、中に入る気にはなれない事だ。仮に、女性が暫く見つからない事を予測して、暫く呑気に温泉へ入っていようと誰かが提案していた場合、今、温泉へ突入すれば、ここの旅館に泊まる女性客全ての裸を見る事になる。女湯の中に入る事は男の夢とは良く言われるが、この状況下でそんな事をした場合……もれなく変態の称号と、少なくともここに泊まる女性からの好感度が大幅に低下するだろう。
いや、鬼ごっこ中に温泉へ入る女性も女性かもしれないが。ともかく女性の裸を見た時点で、こちらの有罪は確定。時代が違っていれば縛り首である。一方的に英雄として好感を抱かれている自分だったらもしかしたら……とは思うものの、ダルノアに嫌われるのは非常に傷つくというか、それ以前にこちらの精神が崩壊するというか。
また遊郭で彼女と出会った時の様に崩壊したくない。だから女湯を提案された所で、踏み込める勇気がある筈もない。
「…………参ったな」
「参ったでごじゃるなあ。どうにかして女湯に入らずして、中を調べられたらいいんじゃが」
「そんな方法がある訳ないだろうが。気配を感知する程度じゃ見つけた事にはならないし……」
「見ずに見つけろとは、また無茶な事を言うもんじゃない。わいら男子共にどうせいっちゅうんじゃ」
方法は無くもない。が、それをすると旅館自体に迷惑が掛かるから、やりたくない。女湯に入るという切り口からではどうしても思考が行き詰ってしまうので、少し発想を変えてみよう。要は、女湯に入らなければいいのだ。それでいて、裸状態を隠してしまえばいいのだ。
…………猶更複雑な気がしてきたが、恐らく気のせいだろう。
魔術が使えればこの問題は解決出来たかもしれない。というより出来た。温泉の水を服として纏わりつかせるなりすれば、少なくとも裸は見ない事になる。だが、ご存知の通りアルドは魔術を使えない。今更習得しようにも、あまりに年月は過ぎ去った。
打開策を見失ったアルド達を救ったのは、鬼の中から漏れ出た、高圧的な声だった。
「フ。貴様ら、甘過ぎるな」
男にしては珍しい、肩まで掛かる黒髪を翻して、一人の男が真っ直ぐ女湯へと歩き出した。その歩みには一切の迷いがなく、また動揺も無い。あまりにも超然とした雰囲気の男に、アルドは暫し、呆気にとられた。
「英雄霧代アルド。どれ程の男かと思えば、色に関してはてんで素人ではないか! 良いか? 難しく考える必要はないのだ。女湯に入らずに女を見つける。そんな事が不可能である事は分かっていように。故にこそ、俺はこう思う。そもそも遠慮する必要などない。むしろ俺達も服を脱ぎ、互いに裸で語り合うべきなのだと」
発言が大胆だと思っていたら、何だか雲行きが怪しくなってきた。暫く見守っていると、男は服を脱ぎ始め、そのいきり立ったモノを見せつける事にも動じず、女湯の前にたちはだかった。
「そう。これは誘いだ。女共の愛らしくもいじらしい誘いなのだ。ならば男として、俺も応えなければなるまい。アルド、貴様も共に来い。今こそ貴様の英雄らしさを見せつける時だ」
「なッ!」
「英雄、色を好むとは昔からの言葉だ。貴様も女が嫌いな訳ではなかろう。俺が色を教えてやる。貴様が真に英雄であると言うのならば、さあこちらへ!」
乗る筈がない。誰がそんなバカげた誘いに乗るか。
しかし、英雄を楯にそんな誘いをされて、一蹴出来るアルドでは無かった。あまりにも気の触れた誘いだとは分かりつつも、この足は止められなかった。流石に服までは脱がないが、男と同じように、女湯の目の前に立ちはだかった時点で、アルドは誰かに褒められるべき事をしたと感じた。実際は批難に相当する最低の行為だが。
「それでこそ英雄だ。それでは、腑抜け共は捨て去り、女の園へといざ行かん!」
「…………」
凄く、フェリーテに会いづらくなった。彼女にこれを知られた時、どうすれば彼女は許してくれるのだろうか。
「きゃあああああああああ!」
「変態!」
「変態!」
「でやああああああああああ」
結果としては想像の通りだ。興奮が先立って早足で飛び込んだ男を見送り、アルドは身を翻した。そして耳を塞ぎ、その場に蹲った。アルドが女湯に入りたがらない理由の一つとして、倫理観を抜きに、大変な目に遭うからだ。拒絶されれば物理的に、許容されれば精神的に。
女湯に詰まっているのは楽園では無く、地獄だ。女性以外が入る事はお勧めしない。
「それで、一人も見つからない女子についてだが、まずは捜索済みの場所から絞り出してみようと思う。二階はどうだ?」
「自分達の部屋は全て探したつもりだ。探してないとすれば霧代殿の部屋のみだが……」
「そこは私が探した。押入れは敢えて探していないが、この様子では恐らく居ないだろうな」
「何故に?」
「私達は今一階に居る。二階には誰も居ない。押入れなんて分かりやすい所に隠れておいて、今も見つかっていない事は不思議に思うだろう。程なく、隠れる側は敢えて見逃されている事に気付き、何としても移動せねばならぬと、私達が見ていない間に移動するだろう。だが、どれだけ感覚を広げてみても足音が聞こえない、気配も感じない。つまり、押入れには居ないという訳だ」
音を完全に殺す事は禁じていないので、ドロシアであれば可能かもしれないが、それ以外の女性には天地がひっくり返っても不可能な芸当だ。その唯一の例外についても、押入れなんて真っ先に探されそうな所に隠れるかどうか。彼女も遊ぶ際には秩序を守らなければならないと分かっているだろうから、間違っても空間の裏側に隠れたりはしていないだろう。となると、やはり押入れに居るとは考えにくい。
「他には?」
「一階は全部見てきたぞい。進入禁止の部屋以外はの」
「ふむ……鬼の中に裏切り者が居る、という可能性は無いか?」
「何の為に?」
「そうだよな…………」
どんな極限状況下か知らないが、そんな事が起こり得る程この鬼ごっこは切迫していない。負けた方が死ぬという事であればまだしも、そんな悪趣味な鬼ごっこをする程アルドは腐っていない。
「探していない場所、後あるか?」
一階も二階も全て探した。厨房なども恐らく探しただろうし、天井などの変わった場所は最初に見つけた男が調べている筈。自分も隠れる様な場所ならば発想するだろう。にも拘らず声を上げないという事は、収穫は何も無かった可能性が高い。考えられる事は、ドロシアが『家』に女性陣を匿っている可能性だが、先程も言った様に、それはつまらない。遊びとは程々に敗北の可能性を残しているからこそ面白いのであって、絶対に勝てる遊びなどつまらないだろう。それこそくだらない優越感に浸りたい子供くらいしかやらない手法であり、彼女がそれをするとは思えないし思わない。
「……一つ、宜しいんでごじゃろか」
「ん? アンタは?」
「ハンベエでごじゃる。余々の発言を聞いてもらっても宜しいでらっしゃろか」
奇妙な言葉遣いの男を招き寄せると、男は徐にある方向へ杖を向けて、ニヤリと笑った。進入禁止とは言われてないが、それでも奇妙な背徳感から誰も探さなかった場所。どうせ探せるだろうと高を括っていた事が、まさかこんな形で裏目に出るとは。
「女湯、か」
女性が一人でも見つかれば簡単に把握出来た場所だけに、すっかり忘れていたという方が正しい。危険認識が甘かったと言えばそれまでだが、かくれんぼで女性だけが見つからない可能性を考慮するのも、それはそれで馬鹿らしい。
女湯の何が恐ろしいって、候補に挙がったとはいえ、中に入る気にはなれない事だ。仮に、女性が暫く見つからない事を予測して、暫く呑気に温泉へ入っていようと誰かが提案していた場合、今、温泉へ突入すれば、ここの旅館に泊まる女性客全ての裸を見る事になる。女湯の中に入る事は男の夢とは良く言われるが、この状況下でそんな事をした場合……もれなく変態の称号と、少なくともここに泊まる女性からの好感度が大幅に低下するだろう。
いや、鬼ごっこ中に温泉へ入る女性も女性かもしれないが。ともかく女性の裸を見た時点で、こちらの有罪は確定。時代が違っていれば縛り首である。一方的に英雄として好感を抱かれている自分だったらもしかしたら……とは思うものの、ダルノアに嫌われるのは非常に傷つくというか、それ以前にこちらの精神が崩壊するというか。
また遊郭で彼女と出会った時の様に崩壊したくない。だから女湯を提案された所で、踏み込める勇気がある筈もない。
「…………参ったな」
「参ったでごじゃるなあ。どうにかして女湯に入らずして、中を調べられたらいいんじゃが」
「そんな方法がある訳ないだろうが。気配を感知する程度じゃ見つけた事にはならないし……」
「見ずに見つけろとは、また無茶な事を言うもんじゃない。わいら男子共にどうせいっちゅうんじゃ」
方法は無くもない。が、それをすると旅館自体に迷惑が掛かるから、やりたくない。女湯に入るという切り口からではどうしても思考が行き詰ってしまうので、少し発想を変えてみよう。要は、女湯に入らなければいいのだ。それでいて、裸状態を隠してしまえばいいのだ。
…………猶更複雑な気がしてきたが、恐らく気のせいだろう。
魔術が使えればこの問題は解決出来たかもしれない。というより出来た。温泉の水を服として纏わりつかせるなりすれば、少なくとも裸は見ない事になる。だが、ご存知の通りアルドは魔術を使えない。今更習得しようにも、あまりに年月は過ぎ去った。
打開策を見失ったアルド達を救ったのは、鬼の中から漏れ出た、高圧的な声だった。
「フ。貴様ら、甘過ぎるな」
男にしては珍しい、肩まで掛かる黒髪を翻して、一人の男が真っ直ぐ女湯へと歩き出した。その歩みには一切の迷いがなく、また動揺も無い。あまりにも超然とした雰囲気の男に、アルドは暫し、呆気にとられた。
「英雄霧代アルド。どれ程の男かと思えば、色に関してはてんで素人ではないか! 良いか? 難しく考える必要はないのだ。女湯に入らずに女を見つける。そんな事が不可能である事は分かっていように。故にこそ、俺はこう思う。そもそも遠慮する必要などない。むしろ俺達も服を脱ぎ、互いに裸で語り合うべきなのだと」
発言が大胆だと思っていたら、何だか雲行きが怪しくなってきた。暫く見守っていると、男は服を脱ぎ始め、そのいきり立ったモノを見せつける事にも動じず、女湯の前にたちはだかった。
「そう。これは誘いだ。女共の愛らしくもいじらしい誘いなのだ。ならば男として、俺も応えなければなるまい。アルド、貴様も共に来い。今こそ貴様の英雄らしさを見せつける時だ」
「なッ!」
「英雄、色を好むとは昔からの言葉だ。貴様も女が嫌いな訳ではなかろう。俺が色を教えてやる。貴様が真に英雄であると言うのならば、さあこちらへ!」
乗る筈がない。誰がそんなバカげた誘いに乗るか。
しかし、英雄を楯にそんな誘いをされて、一蹴出来るアルドでは無かった。あまりにも気の触れた誘いだとは分かりつつも、この足は止められなかった。流石に服までは脱がないが、男と同じように、女湯の目の前に立ちはだかった時点で、アルドは誰かに褒められるべき事をしたと感じた。実際は批難に相当する最低の行為だが。
「それでこそ英雄だ。それでは、腑抜け共は捨て去り、女の園へといざ行かん!」
「…………」
凄く、フェリーテに会いづらくなった。彼女にこれを知られた時、どうすれば彼女は許してくれるのだろうか。
「きゃあああああああああ!」
「変態!」
「変態!」
「でやああああああああああ」
結果としては想像の通りだ。興奮が先立って早足で飛び込んだ男を見送り、アルドは身を翻した。そして耳を塞ぎ、その場に蹲った。アルドが女湯に入りたがらない理由の一つとして、倫理観を抜きに、大変な目に遭うからだ。拒絶されれば物理的に、許容されれば精神的に。
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