ワルフラーン ~廃れし神話
隠れ鬼
旅館の一階に集められたのは、合計で三五人。アルド達を含めれば三八人であり、その中には先程風呂で出会った男の姿も見える。アルドとしては少し意外な事に、まさかの全員参加であった。頼んだ際は乗り気でない人物も幾らか居たが、ドロシアとダルノアの二人が参加すると知るや、そういう人物は直ぐに掌を返して、やる気になった。別に参加者の中に女性が二人のみという訳ではないが、それくらいに二人が美人であった証か。一応、二人だけが女性という訳ではない。参加者の内訳を開示するならば、男性が二一人、女性が一四人。意外と女性の割合がある中で、二人だけが全ての原因と結論付ける程、アルドは女性を贔屓目で見ていない。もしかしたら自分の知らぬ女性も参加すると……いや、それはあり得ないか。面識もない女性が参加する事を、どうやって面識もない男性に知らせると言うのか。知らせる事が出来るとすれば二人の参加くらいであり、それを聞いて立ち上がったのだから、やはり二人が……これ以上は、考えないでおこう。考えると、何だか物凄く失礼な真実に気付いてしまう気がする。
「いやあ、この年にもなってかくれんぼをする事になるとはな!」
「何だか昔を思い出しますねえ」
「どさくさに紛れて身体を触るのもありか? ありだよな、デヘヘヘヘ」
「こーら。鼻の下が伸びてるわよ」
理由はさておき、この場に居る全員が参加してくれるというのは、実に有難かった。ダルノアにはもっとこの町の魅力を知ってもらいたいし、ドロシアにはもっと他人に慣れてもらいたい。旅館を貸し切った訳ではないから、新たに来る客が完全に置き去りにされてしまうが、そこは女将の計らいで、別の部屋が用意されているとの事。言い換えれば、かくれんぼをするにあたって、進入禁止の部屋が生まれたという事だ。その部屋には新たに泊まりに来た客を待機させ、かくれんぼが終わり次第、改めて部屋を割り当てる。その妙策により、このかくれんぼの参加者は、心おきなくかくれんぼをする事が出来る様になった。
「しかし、本当に良いのか? 規模こそ大きいが、やる事は童子がする様な遊びをするだけだぞ」
「ジバルの英雄が泊まったという事実さえあれば、ウチは満足でございます。それが新たな宣伝文句となり得ます故。代わりと言っては何ですが、霧代様。何処か良い宿を知らぬかと尋ねられた際は、是非ともこの宿を」
「分かった」
上手い具合に宣伝材料として利用されている気がするが、アルドは別に気にしていない。この身体が生きている内に、思う存分使ってほしい。自分には、約束を破ったという前科があるのだから。女将のやり口にどうこう文句をつけられる権利はない。
アルドは二階と一階とを繫ぐ階段の半ばまで登ると、一階に集まる人々を見下ろし、注目を集める様に力強く叫んだ。
「それでは、そろそろかくれんぼを始めようと思う! だがその前に、まずは感謝を。今回の企画に参加してくれた事、誠に感謝している。個々人にどんな思惑があれ、お蔭で開く事が出来た。貴方達とは一方的に私が知られている仲に過ぎないが、これを機に仲良くなれたらと思う。よろしく頼む」
前置きがあまり長すぎてもつまらないだろうから、そろそろ火蓋を切って落とす必要がありそうだ。
「あんまり長ったらしいのも困るだろうから、そろそろ始めようと思っている。各自、子供の頃を思い出して、存分に楽しんでいってくれ! 一番最初の鬼は……私だ!」
鬼を買って出たのはどうしてか。それは大多数の人々が、隠れる事に何よりも楽しさを見出すからである。鬼をどう欺くか、どんな面白い場所に隠れようか。どうすれば最後まで見つからないか。それを考える事に楽しさを見出す人間は非常に多く、逆に探し出す側は不人気な場合が多い。
だからこうした。ルールに特別なモノは無いが、ドロシアにのみ『壁、及び物体の中に入り込む事』を禁止させた。こうでもしないと、この旅館をバラバラにする覚悟で彼女を探し出さなければならないので、致し方なし。
「もーういーかーい」
「まーだだよー!」
これが只のかくれんぼである以上、見つかったからと言って逃げ出す事は許されない。ただし、こちらが気付いてさえいなければ、隠れ場所を変える事は可能である。旅館の床は重みを掛けるだけで大層軋むから、そんな事をする人間が居るとは思えない、居たとしてもドロシアだろうが、それも念頭に探さなければならない、一度探したからあそこには居ないなどと、そう思ってはいけないのだ。
「もーういーかーい」
「もーういーよー!」
鬼側で重要なのは、この際の声を聴き、大体の方向を導き出す事。別にこの声で無くても構わないが、重要なのは、鬼側は僅かな手掛かりでも見逃してはいけないという事。そういう意味で言えば、隠れる側が必ず出さなければならないこの声は、逃してはならない重要な手がかりという事である。
声が多く聞こえたので、差し当たり二階へ。ふと天井を見上げると、一人の男と目が合った。
「……みっけ」
「ぐ、ぐぬう! まさか見つかるとは……!」
明らかにおかしい方向から聞こえてきたから、これぐらいは分からなければ。男は天井から降りると、アルドの前に跪いた。命令した訳ではなく、彼は自主的にそれをやったのだ。
「それでは、霧代殿。我は何処を探せば良いだろうか」
「んー。じゃあ一階を頼む」
「御意に」
男は階段が見えていないかのように一階へ下りて、意気揚々と部屋を漁りだした。言い忘れていたが、このかくれんぼは参加者全員が楽しめる様に増え鬼式でやっている。なので直ぐに見つかった彼は、晴れてアルドと同じ鬼側の仲間入りという事である。彼が跪いたのは突然謎の忠誠心に目覚めた訳ではなく、このルールに従う事を証明する為だった。
残り、三十七人。
押入れを適当に探した程度では見つからないだろう。敢えて探さないという手段は無くもない。押入れを探さないまま他を探せば、隠れる側はそれだけ移動しづらくなる。他の場所が開け放されていたら入る人間はまず居るまい。押入れを呑気に探している内に隠れ場所を変えられても困るので、今回はこの戦術を使用させていただく。
「見つけたり、見つけたりぃ!」
「ぐああああああああああ!」
下の方で何やら襲撃らしきやり取りが行われているが、もう少し普通に見付けられないモノだろうか。刃傷沙汰が絡んだかくれんぼなんて物騒極まりない。
残り、三十六人。
鬼が三人も居れば捜索は随分と捗る。それを皮切りに、どんどんと隠れていた人が見つかっていく。気が付けば三十人、気が付けば二十五人。このまま順当に行けば、普通に鬼が勝利するだろう……が。違和感を覚えた。
先程から隠れている人間を見つけているのが、発見された事で鬼となった者ばかりという事である。アルドは、天井に張り付いていた者以降、誰も見付けられていない。何かがおかしい。こんな事が偶然起き得るものだろうか、何かが意図的に働いているとしか思えないが、それでは何が働いていると言うのか。
何処を探しても見つからないのは、一体どういう理屈だと言うのか。
「…………さっぱり見当がつかないな」
独り言を漏らす程度には、訳が分からない。そもそも何らかの意図が働いていたとして、何の為にしているのか。結局一番納得のいく理屈は、絶望的に運が悪いか、絶望的にアルドに鬼の才能が無いかのどちらかである。
このままの状態だと、他の鬼たちに顔向け出来ない。せめてドロシアとダルノアの二人は見つけたいのだが、それぞれ問題がある。
ダルノアは言わずもがな、年齢の幼さ故に隠れられる選択肢が非常に多く、見つけ辛い。まともに人々を見つけられていない今、彼女を見つけるのは至難の業と言えるだろう。
ドロシアには特別ルールを課しているが、それを抜きにしても彼女は……いや、しかし待て。そう言えば、鬼の中に一人でも女性が居ただろうか。否、女性陣は現在、誰一人見つかっていない。
ちょっとした遊びのつもりで始めたというのに、何とも奇々怪々なかくれんぼである。
「いやあ、この年にもなってかくれんぼをする事になるとはな!」
「何だか昔を思い出しますねえ」
「どさくさに紛れて身体を触るのもありか? ありだよな、デヘヘヘヘ」
「こーら。鼻の下が伸びてるわよ」
理由はさておき、この場に居る全員が参加してくれるというのは、実に有難かった。ダルノアにはもっとこの町の魅力を知ってもらいたいし、ドロシアにはもっと他人に慣れてもらいたい。旅館を貸し切った訳ではないから、新たに来る客が完全に置き去りにされてしまうが、そこは女将の計らいで、別の部屋が用意されているとの事。言い換えれば、かくれんぼをするにあたって、進入禁止の部屋が生まれたという事だ。その部屋には新たに泊まりに来た客を待機させ、かくれんぼが終わり次第、改めて部屋を割り当てる。その妙策により、このかくれんぼの参加者は、心おきなくかくれんぼをする事が出来る様になった。
「しかし、本当に良いのか? 規模こそ大きいが、やる事は童子がする様な遊びをするだけだぞ」
「ジバルの英雄が泊まったという事実さえあれば、ウチは満足でございます。それが新たな宣伝文句となり得ます故。代わりと言っては何ですが、霧代様。何処か良い宿を知らぬかと尋ねられた際は、是非ともこの宿を」
「分かった」
上手い具合に宣伝材料として利用されている気がするが、アルドは別に気にしていない。この身体が生きている内に、思う存分使ってほしい。自分には、約束を破ったという前科があるのだから。女将のやり口にどうこう文句をつけられる権利はない。
アルドは二階と一階とを繫ぐ階段の半ばまで登ると、一階に集まる人々を見下ろし、注目を集める様に力強く叫んだ。
「それでは、そろそろかくれんぼを始めようと思う! だがその前に、まずは感謝を。今回の企画に参加してくれた事、誠に感謝している。個々人にどんな思惑があれ、お蔭で開く事が出来た。貴方達とは一方的に私が知られている仲に過ぎないが、これを機に仲良くなれたらと思う。よろしく頼む」
前置きがあまり長すぎてもつまらないだろうから、そろそろ火蓋を切って落とす必要がありそうだ。
「あんまり長ったらしいのも困るだろうから、そろそろ始めようと思っている。各自、子供の頃を思い出して、存分に楽しんでいってくれ! 一番最初の鬼は……私だ!」
鬼を買って出たのはどうしてか。それは大多数の人々が、隠れる事に何よりも楽しさを見出すからである。鬼をどう欺くか、どんな面白い場所に隠れようか。どうすれば最後まで見つからないか。それを考える事に楽しさを見出す人間は非常に多く、逆に探し出す側は不人気な場合が多い。
だからこうした。ルールに特別なモノは無いが、ドロシアにのみ『壁、及び物体の中に入り込む事』を禁止させた。こうでもしないと、この旅館をバラバラにする覚悟で彼女を探し出さなければならないので、致し方なし。
「もーういーかーい」
「まーだだよー!」
これが只のかくれんぼである以上、見つかったからと言って逃げ出す事は許されない。ただし、こちらが気付いてさえいなければ、隠れ場所を変える事は可能である。旅館の床は重みを掛けるだけで大層軋むから、そんな事をする人間が居るとは思えない、居たとしてもドロシアだろうが、それも念頭に探さなければならない、一度探したからあそこには居ないなどと、そう思ってはいけないのだ。
「もーういーかーい」
「もーういーよー!」
鬼側で重要なのは、この際の声を聴き、大体の方向を導き出す事。別にこの声で無くても構わないが、重要なのは、鬼側は僅かな手掛かりでも見逃してはいけないという事。そういう意味で言えば、隠れる側が必ず出さなければならないこの声は、逃してはならない重要な手がかりという事である。
声が多く聞こえたので、差し当たり二階へ。ふと天井を見上げると、一人の男と目が合った。
「……みっけ」
「ぐ、ぐぬう! まさか見つかるとは……!」
明らかにおかしい方向から聞こえてきたから、これぐらいは分からなければ。男は天井から降りると、アルドの前に跪いた。命令した訳ではなく、彼は自主的にそれをやったのだ。
「それでは、霧代殿。我は何処を探せば良いだろうか」
「んー。じゃあ一階を頼む」
「御意に」
男は階段が見えていないかのように一階へ下りて、意気揚々と部屋を漁りだした。言い忘れていたが、このかくれんぼは参加者全員が楽しめる様に増え鬼式でやっている。なので直ぐに見つかった彼は、晴れてアルドと同じ鬼側の仲間入りという事である。彼が跪いたのは突然謎の忠誠心に目覚めた訳ではなく、このルールに従う事を証明する為だった。
残り、三十七人。
押入れを適当に探した程度では見つからないだろう。敢えて探さないという手段は無くもない。押入れを探さないまま他を探せば、隠れる側はそれだけ移動しづらくなる。他の場所が開け放されていたら入る人間はまず居るまい。押入れを呑気に探している内に隠れ場所を変えられても困るので、今回はこの戦術を使用させていただく。
「見つけたり、見つけたりぃ!」
「ぐああああああああああ!」
下の方で何やら襲撃らしきやり取りが行われているが、もう少し普通に見付けられないモノだろうか。刃傷沙汰が絡んだかくれんぼなんて物騒極まりない。
残り、三十六人。
鬼が三人も居れば捜索は随分と捗る。それを皮切りに、どんどんと隠れていた人が見つかっていく。気が付けば三十人、気が付けば二十五人。このまま順当に行けば、普通に鬼が勝利するだろう……が。違和感を覚えた。
先程から隠れている人間を見つけているのが、発見された事で鬼となった者ばかりという事である。アルドは、天井に張り付いていた者以降、誰も見付けられていない。何かがおかしい。こんな事が偶然起き得るものだろうか、何かが意図的に働いているとしか思えないが、それでは何が働いていると言うのか。
何処を探しても見つからないのは、一体どういう理屈だと言うのか。
「…………さっぱり見当がつかないな」
独り言を漏らす程度には、訳が分からない。そもそも何らかの意図が働いていたとして、何の為にしているのか。結局一番納得のいく理屈は、絶望的に運が悪いか、絶望的にアルドに鬼の才能が無いかのどちらかである。
このままの状態だと、他の鬼たちに顔向け出来ない。せめてドロシアとダルノアの二人は見つけたいのだが、それぞれ問題がある。
ダルノアは言わずもがな、年齢の幼さ故に隠れられる選択肢が非常に多く、見つけ辛い。まともに人々を見つけられていない今、彼女を見つけるのは至難の業と言えるだろう。
ドロシアには特別ルールを課しているが、それを抜きにしても彼女は……いや、しかし待て。そう言えば、鬼の中に一人でも女性が居ただろうか。否、女性陣は現在、誰一人見つかっていない。
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