ワルフラーン ~廃れし神話
崩れ落ちる音
全てが限界だった。本人でも気付かぬ内に、アルドの心労は限界にまで達していたのだった。肉体的疲労であればまだ良い。それがどれ程の重さであれ、アルドの肉体が耐えられればいいだけなのだから。しかし彼の心はそうではない。どんなに強くても、心の強さまでは鍛えられないのだ。只でさえ、今までの戦いで壊れかけていた、もう壊れていたに等しかった彼の心は、ここに来て、遂に限界点を迎えた。
直接的な原因は、ダルノアの失踪と、まるで慣れていない遊郭通い。二つの事を同時に考えてはいけないと分かりつつも、どうしても考え込んでしまって、その結果が、これだった。遊郭通いが、せめて道楽の目的であればよかったのに、それすらも道楽ではないのなら、彼の精神が歪んでいくのは至極当然の事だった。
その結果がどうなのかというと、御覧の有様である。
「フハハハハハハ! 良い、良いぞアルド! 貴様も少しは女に慣れて来たらしいな? ん? どうだ、初めての遊郭通いは!」
「ああ良いな、最高だとも! ハハハ、ハハハハハハ!」
「アルドはん、肩凝ってますなあ。こないに凝ったお客はんは初めてどすえ」
彼の名誉の為にも言っておくが、アルドには考える心など無かった。言うなれば、もうどうにでもなれといった状態で、既に精神の疲弊しきった彼には、自分の性格がどうだとか、弟子がどう思うとか、一切考えていない。彼の記憶の中に、今の彼の人格は存在しない。それは本来の性格と言い換えてもいいだろう。
英雄に縛られる事のなかった場合の彼は、程々に女遊びが出来て、程々に笑う人間だったのだ。酒には酔わずとも雰囲気に酔い、共に居るだけで何だか心地よくなる人間だったのだ。しかし、英雄に縛られた彼がこの性格を持っていたのは幼少の頃のみ。それ以降は英雄に憧れ、英雄を望み、やがて英雄に縛られるようになっていった。その過程でアルドは女遊びが出来なくなり、笑う事もなくなり、何に酔う事もなく理想と現実の狭間を直視して、共に居るだけで息苦しくなるような人間になってしまった。仮初の性格だった筈のそれは、長い年月を経て本来の物として認識され、結果今のアルドが出来上がった。ドロシアでさえも、この性格のアルドは知らない。この性格のアルドを知っているのは、生まれたばかりで自我すらまともに芽生えていなかったイティスだけである。
「ふん、肩が凝っているか。そうだな、これでも長い事王をやっているんだ。それくらいはあっても不思議じゃないな」
「まあッ! アルドはん、王様やったんどすか」
「徳長とこうして付き合うくらいだ。一国の王でなければ不可能な事だろう」
「実際は浪人だがな!」
「違いない! ハハハハハハハ!」
これは一種の防衛本能でもあった。英雄として固められてきたアルドの心が完全崩壊する前に、彼の心が強制的に切り替えたのだ。即ち、何にも傷つけられていないもう一つの心の代わり。英雄たる心が壊れる要因がなくなるまで、永遠に。ヒデアキはこの豹変に気付いてはいたものの、自分ではどうしようもないと悟り、ならばせめて、その防衛本能に付き合おうと覚悟を決めた。遊郭に誘った事がまさか原因であるとは知らないまでも、彼をどうにかして癒そうと、友人心にそう思ったのだ。
「うーい、ちょっと飲み過ぎたかなあ? 静雲、お前はこいつの相手をしてやれ。余はちょっと夜風に当たろうと思う」
ヒデアキは立ち上がって、露骨な千鳥足で部屋を出ていった。それ程酔っては居なくとも、席を外さなければ静雲も困ってしまうだろう。ここはジバルであり、五大陸出身者にとっては異邦の国。その主たる自分が居てもやりにくいだけだ。
「さて、後はお二人さん、ご自由に。同じ五大陸とやらの出身同士、仲良くするのだぞ」
今までジバルの言葉を紡いでいた静雲に変化が訪れたのは、ヒデアキが部屋を立ち去ってからだった。いや、正確に言えば、静雲の膝を枕に、アルドが横たわっていた時の事だった。
「……随分、変わりましたね。アルドさん」
「ん? 私は全然何も変わっていないぞッ。私はいつもこれくらいの調子で、日々を過ごしているさ!」
「……嘘を吐かないでください。私の知るアルドさんは、もう少し落ち着いていましたよ?」
語り掛ける口調に、アルドは妙な既視感を覚えた。この様な調子の声を、何処かで聞いた事がある。けれど最近ではない。暫くぶりに聞いた声だ。アルドは上体を起こして、改めて女性と向き合う。美しい女性はそれなりに知っているが、彼女と面識があるかと言われると、無い。私の知るアルドなどと、旧友ぶられても返事に困ってしまう。後頭部を掻きながらバツが悪そうに俯くと、静雲がゆっくりとにじり寄ってきた。
「船で雑巾がけをした時の事、まだ覚えていますよ。氷魔術を使って掃除して、貴方を呆れさせてしまいましたね」
……雑巾がけ?
「貴方と戦った事も、覚えています」
…………戦った?
思いつく様な、思いつかない様な。心の何処かに引っかかりを覚えても、やはり思い出せないアルドニ、静雲は確信的な一言を言った。
「フェリーテさんに頼まれて、アルドさんと一緒にレギ大陸に行った事も覚えていますよ」
……………………………………ま。
まさか。
いや。
まさかも糞もない事態が、目の前で起こっている。その事実は、アルドの思い込んでいた成功を真っ向から覆すものであった。自分は確かに、転送笛を使って、彼女を転送した筈だ。『エリとキリーヤを守れ』と、命じた筈だ。失敗する事があると言った覚えはあるが、確実に失敗するとは言っていない。むしろ失敗なんて、今までで一度もした事が無かったから、確実とは言わないまでも、概ね成功するだろうと思っていた。失敗した場合の効果は、チロチン曰く、全く違った場所に飛ばされるとの事なので、つまり…………えー。
驚愕のあまり思考が纏まらない。何の捻りも無い一直線の理屈の筈なのに、やたらと思考が遠回りしていて困る。つまり、こういう事だ。
転送笛を使ってエリとキリーヤの下へと行かせたと思っていたが、実は失敗していて、彼女はジバルに飛ばされていた。世界争奪戦の時に気付けた筈なのに、どうして今まで気が付かなかった。執行者にばかり目を向けて、仲間として加入させた彼女の事を忘れていたなんて。
「…………ワドフ、か?」
「―――覚えていてくれた様で、嬉しいです!」
かつてのアルドを知る人間が現れてしまったと認識した瞬間、精神は強制的にアルドを縛り付けている方へと戻り、程よく上気した顔は、忽ち茹蛸みたいに真っ赤になった。先程の軽いノリは何処へ行ったのかと言われれば、きっと忘却の彼方へと行ったのだろうと答えられる。時間にして僅か二秒程度で、かつてのアルドは深淵の底へと封印されてしまった。
「あ、あ、あ、ああああああああああ済まない! わわわわわわわわ私はなんて事を!」
「それこそ気にしないでください。今の私は遊女ですから。膝枕くらい、何でもありませんよッ。それに、アルドさんもこんな場所に来ているんですから、そんなに慌てなくても……元々、そういう目的で来たんですよね?」
「ち、違うぞ! 私はちょっとした付き合いで…………け、決して私が好きで入った訳じゃないからな!」
その動揺が、かえって真実味を帯びさせている。というか誰も信じやしない。そういう目的も無しに遊郭へ行くとは、一体どんな奴が言えば信じてもらえるのだろうか。アルドで駄目なのであれば、誰が言おうとも信じてはもらえまい。ワドフの妖艶な笑みは、その不信をよく表していた。
「…………し、しかし。お前も随分変わったな。遊女などとは……」
「代わりに住居を提供してくれたので、後悔はしていませんよ? それに、これはこれで中々やりがいがあるんです。女性らしさも身に付くから、このままでもいいかなあとは思っています」
女性らしさ、というのは淫らな方の意味だろうか。妙に落ち着いているのは、冒険者として死線を潜り抜けたから説明がつくとしても、彼女の持つ魅力は、顔を合わせない内にかつての何倍にも跳ね上がっていた。あまりにも変わり過ぎていたからだろう、アルドが初見で気が付かなかったのは。
「と、所で。遊女という事は……床入れなんかも、するのか?」
「ああ、それはしていませんよ。私が拒絶しているので、飽くまで私を指名する場合はお座敷遊びや舞の披露までとさせていただいてます。徳長様が、その様に図ってくれたので」
「アイツが?」
「はい! これでも、結構お客さんは来るんですよ? 純粋に私と遊びたいって人が大勢居てくれて。お蔭で、結構待遇は良いんです」
アルドは、己の不幸を深く恥じた。自分が辛い目に遭っていたなどとは笑わせないでほしい。数多くは語らないまでも、自分なんぞより彼女の方がずっと辛い目に遭っているではないか。しかも、その発端はアルドに因るものである。
両手を前で合わせて笑顔を弾けさせる彼女を見ていると、何だか心の中が凄く締め付けられた。太陽の様に晴れやかな表情を浮かべていても、その奥にはきっと……強い光の後ろには、必ず強い影がある。遊女として経験を積んだか知らないが、自分の様に物事を見透かす様な人間でもないと、彼女の笑顔の裏にあるモノを悟る事は出来ないだろう。
それは偏に苦労。
見ず知らずの土地に飛ばされ、どう生きていくかもままならなかった彼女の苦労。アルドは見知らぬ内に、彼女に想像以上の苦労を与えていたのだ。
「ワドフ」
「はい?」
「…………ごめん」
「いいですって。それより、お座敷遊びでもしましょうか」
彼女はそう言って、部屋の端から小さな机を引っ張ってきた。正座をすると、丁度太腿の高さと同じくらい、或いはそれより少し高いくらいになる。
「金比羅船々ってご存知ですか?」
「まあ、少しは」
「良かった! じゃあこれで勝負しませんかッ? アルドさんが負けたら、そうですね。私のお願いを、叶えてください!」
「……お願い?」
これでもお座敷遊びはそれなりに経験がある。遊郭になど行った事も無いから分からないが、店の売り上げを考えるのなら、酒を一気飲みさせるとか、その辺りだと思われる。望む所だ。彼女への贖罪も込めて、全力で挑ませてもらおう。やる気を全身に滾らせて、アルドは机の前に正座した。ワドフとは、丁度机を挟んで向かい合う形になる。
「もし私が勝ったら、私の初めてを貰って下さいね!」
月並みな意志だが、敢えて言わせて頂きたい。
絶対に負けられない戦いが、ここにある。
直接的な原因は、ダルノアの失踪と、まるで慣れていない遊郭通い。二つの事を同時に考えてはいけないと分かりつつも、どうしても考え込んでしまって、その結果が、これだった。遊郭通いが、せめて道楽の目的であればよかったのに、それすらも道楽ではないのなら、彼の精神が歪んでいくのは至極当然の事だった。
その結果がどうなのかというと、御覧の有様である。
「フハハハハハハ! 良い、良いぞアルド! 貴様も少しは女に慣れて来たらしいな? ん? どうだ、初めての遊郭通いは!」
「ああ良いな、最高だとも! ハハハ、ハハハハハハ!」
「アルドはん、肩凝ってますなあ。こないに凝ったお客はんは初めてどすえ」
彼の名誉の為にも言っておくが、アルドには考える心など無かった。言うなれば、もうどうにでもなれといった状態で、既に精神の疲弊しきった彼には、自分の性格がどうだとか、弟子がどう思うとか、一切考えていない。彼の記憶の中に、今の彼の人格は存在しない。それは本来の性格と言い換えてもいいだろう。
英雄に縛られる事のなかった場合の彼は、程々に女遊びが出来て、程々に笑う人間だったのだ。酒には酔わずとも雰囲気に酔い、共に居るだけで何だか心地よくなる人間だったのだ。しかし、英雄に縛られた彼がこの性格を持っていたのは幼少の頃のみ。それ以降は英雄に憧れ、英雄を望み、やがて英雄に縛られるようになっていった。その過程でアルドは女遊びが出来なくなり、笑う事もなくなり、何に酔う事もなく理想と現実の狭間を直視して、共に居るだけで息苦しくなるような人間になってしまった。仮初の性格だった筈のそれは、長い年月を経て本来の物として認識され、結果今のアルドが出来上がった。ドロシアでさえも、この性格のアルドは知らない。この性格のアルドを知っているのは、生まれたばかりで自我すらまともに芽生えていなかったイティスだけである。
「ふん、肩が凝っているか。そうだな、これでも長い事王をやっているんだ。それくらいはあっても不思議じゃないな」
「まあッ! アルドはん、王様やったんどすか」
「徳長とこうして付き合うくらいだ。一国の王でなければ不可能な事だろう」
「実際は浪人だがな!」
「違いない! ハハハハハハハ!」
これは一種の防衛本能でもあった。英雄として固められてきたアルドの心が完全崩壊する前に、彼の心が強制的に切り替えたのだ。即ち、何にも傷つけられていないもう一つの心の代わり。英雄たる心が壊れる要因がなくなるまで、永遠に。ヒデアキはこの豹変に気付いてはいたものの、自分ではどうしようもないと悟り、ならばせめて、その防衛本能に付き合おうと覚悟を決めた。遊郭に誘った事がまさか原因であるとは知らないまでも、彼をどうにかして癒そうと、友人心にそう思ったのだ。
「うーい、ちょっと飲み過ぎたかなあ? 静雲、お前はこいつの相手をしてやれ。余はちょっと夜風に当たろうと思う」
ヒデアキは立ち上がって、露骨な千鳥足で部屋を出ていった。それ程酔っては居なくとも、席を外さなければ静雲も困ってしまうだろう。ここはジバルであり、五大陸出身者にとっては異邦の国。その主たる自分が居てもやりにくいだけだ。
「さて、後はお二人さん、ご自由に。同じ五大陸とやらの出身同士、仲良くするのだぞ」
今までジバルの言葉を紡いでいた静雲に変化が訪れたのは、ヒデアキが部屋を立ち去ってからだった。いや、正確に言えば、静雲の膝を枕に、アルドが横たわっていた時の事だった。
「……随分、変わりましたね。アルドさん」
「ん? 私は全然何も変わっていないぞッ。私はいつもこれくらいの調子で、日々を過ごしているさ!」
「……嘘を吐かないでください。私の知るアルドさんは、もう少し落ち着いていましたよ?」
語り掛ける口調に、アルドは妙な既視感を覚えた。この様な調子の声を、何処かで聞いた事がある。けれど最近ではない。暫くぶりに聞いた声だ。アルドは上体を起こして、改めて女性と向き合う。美しい女性はそれなりに知っているが、彼女と面識があるかと言われると、無い。私の知るアルドなどと、旧友ぶられても返事に困ってしまう。後頭部を掻きながらバツが悪そうに俯くと、静雲がゆっくりとにじり寄ってきた。
「船で雑巾がけをした時の事、まだ覚えていますよ。氷魔術を使って掃除して、貴方を呆れさせてしまいましたね」
……雑巾がけ?
「貴方と戦った事も、覚えています」
…………戦った?
思いつく様な、思いつかない様な。心の何処かに引っかかりを覚えても、やはり思い出せないアルドニ、静雲は確信的な一言を言った。
「フェリーテさんに頼まれて、アルドさんと一緒にレギ大陸に行った事も覚えていますよ」
……………………………………ま。
まさか。
いや。
まさかも糞もない事態が、目の前で起こっている。その事実は、アルドの思い込んでいた成功を真っ向から覆すものであった。自分は確かに、転送笛を使って、彼女を転送した筈だ。『エリとキリーヤを守れ』と、命じた筈だ。失敗する事があると言った覚えはあるが、確実に失敗するとは言っていない。むしろ失敗なんて、今までで一度もした事が無かったから、確実とは言わないまでも、概ね成功するだろうと思っていた。失敗した場合の効果は、チロチン曰く、全く違った場所に飛ばされるとの事なので、つまり…………えー。
驚愕のあまり思考が纏まらない。何の捻りも無い一直線の理屈の筈なのに、やたらと思考が遠回りしていて困る。つまり、こういう事だ。
転送笛を使ってエリとキリーヤの下へと行かせたと思っていたが、実は失敗していて、彼女はジバルに飛ばされていた。世界争奪戦の時に気付けた筈なのに、どうして今まで気が付かなかった。執行者にばかり目を向けて、仲間として加入させた彼女の事を忘れていたなんて。
「…………ワドフ、か?」
「―――覚えていてくれた様で、嬉しいです!」
かつてのアルドを知る人間が現れてしまったと認識した瞬間、精神は強制的にアルドを縛り付けている方へと戻り、程よく上気した顔は、忽ち茹蛸みたいに真っ赤になった。先程の軽いノリは何処へ行ったのかと言われれば、きっと忘却の彼方へと行ったのだろうと答えられる。時間にして僅か二秒程度で、かつてのアルドは深淵の底へと封印されてしまった。
「あ、あ、あ、ああああああああああ済まない! わわわわわわわわ私はなんて事を!」
「それこそ気にしないでください。今の私は遊女ですから。膝枕くらい、何でもありませんよッ。それに、アルドさんもこんな場所に来ているんですから、そんなに慌てなくても……元々、そういう目的で来たんですよね?」
「ち、違うぞ! 私はちょっとした付き合いで…………け、決して私が好きで入った訳じゃないからな!」
その動揺が、かえって真実味を帯びさせている。というか誰も信じやしない。そういう目的も無しに遊郭へ行くとは、一体どんな奴が言えば信じてもらえるのだろうか。アルドで駄目なのであれば、誰が言おうとも信じてはもらえまい。ワドフの妖艶な笑みは、その不信をよく表していた。
「…………し、しかし。お前も随分変わったな。遊女などとは……」
「代わりに住居を提供してくれたので、後悔はしていませんよ? それに、これはこれで中々やりがいがあるんです。女性らしさも身に付くから、このままでもいいかなあとは思っています」
女性らしさ、というのは淫らな方の意味だろうか。妙に落ち着いているのは、冒険者として死線を潜り抜けたから説明がつくとしても、彼女の持つ魅力は、顔を合わせない内にかつての何倍にも跳ね上がっていた。あまりにも変わり過ぎていたからだろう、アルドが初見で気が付かなかったのは。
「と、所で。遊女という事は……床入れなんかも、するのか?」
「ああ、それはしていませんよ。私が拒絶しているので、飽くまで私を指名する場合はお座敷遊びや舞の披露までとさせていただいてます。徳長様が、その様に図ってくれたので」
「アイツが?」
「はい! これでも、結構お客さんは来るんですよ? 純粋に私と遊びたいって人が大勢居てくれて。お蔭で、結構待遇は良いんです」
アルドは、己の不幸を深く恥じた。自分が辛い目に遭っていたなどとは笑わせないでほしい。数多くは語らないまでも、自分なんぞより彼女の方がずっと辛い目に遭っているではないか。しかも、その発端はアルドに因るものである。
両手を前で合わせて笑顔を弾けさせる彼女を見ていると、何だか心の中が凄く締め付けられた。太陽の様に晴れやかな表情を浮かべていても、その奥にはきっと……強い光の後ろには、必ず強い影がある。遊女として経験を積んだか知らないが、自分の様に物事を見透かす様な人間でもないと、彼女の笑顔の裏にあるモノを悟る事は出来ないだろう。
それは偏に苦労。
見ず知らずの土地に飛ばされ、どう生きていくかもままならなかった彼女の苦労。アルドは見知らぬ内に、彼女に想像以上の苦労を与えていたのだ。
「ワドフ」
「はい?」
「…………ごめん」
「いいですって。それより、お座敷遊びでもしましょうか」
彼女はそう言って、部屋の端から小さな机を引っ張ってきた。正座をすると、丁度太腿の高さと同じくらい、或いはそれより少し高いくらいになる。
「金比羅船々ってご存知ですか?」
「まあ、少しは」
「良かった! じゃあこれで勝負しませんかッ? アルドさんが負けたら、そうですね。私のお願いを、叶えてください!」
「……お願い?」
これでもお座敷遊びはそれなりに経験がある。遊郭になど行った事も無いから分からないが、店の売り上げを考えるのなら、酒を一気飲みさせるとか、その辺りだと思われる。望む所だ。彼女への贖罪も込めて、全力で挑ませてもらおう。やる気を全身に滾らせて、アルドは机の前に正座した。ワドフとは、丁度机を挟んで向かい合う形になる。
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