ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

行方知れずの少女は何処に

 危ない戦いだった。女性のかかった男達の覚醒ぶりには、目を瞠るモノがあったとも言うべきか。アルドの周りには、それぞれの倒れ方で男達が倒れているが、自分でも、良く倒せたなあと思っている。大概自己評価の低いアルドだが、今回くらいは自画自賛しても、誰も文句は言うまい。
 彼等は実に強かった。自分がジバルを離れてどれくらいの頃に入ってきたのかは知らないが、確かにゲンジの手解きは受けている様だ。こちらの放つ全ての技に、彼等は天森白鏡流の技で返してきた、
 先程の戦闘を振り返る。
 跳びかかってきた正面の男に対して、アルドは小手調べに拳打を放った。どれくらいの練度で技を持っているのか気になったのである。手加減をしたつもりはなく、全力で打ったつもりだ。鍛えてもいない素人であれば打たれた事にすら気づかない一撃。それを男は、見事に勢いを折って、背中方向に投げ飛ばした。
 天森白鏡流、夜叉返し。単なる投げ技と言われたらそれまでだが、こちらの力を利用されて投げ飛ばしているので、タネを知らない相手にしてみれば、急に力が抜けた気分になる。剣術しか知らぬ自分が習っているので勘違いされがちだが、天森白鏡流は武術道場だ。ありとあらゆる武術は理に適っている事を求められる。それこそが、命を懸けた勝負において重要だから。
 しかし詰めが甘い。投げ飛ばしたまでは良かったが、投げ飛ばしたままというのは未熟な証拠である。空中で身を捩り、受け身の体勢は整った。勢いに流されて吹き飛んでいると、不意に引き寄せられ、地面に叩きつけられる。受け身の体勢の隙を突いた的確な叩き付けは、アルドにも通用する致命的な一撃だった。
 致命的、というのは効いたというだけであり、それだけで再起不能になるかと言われたらあり得ない。素早く体勢を立て直しつつ後退すると、また別の男性が、今度は前蹴りと共に突っ込んできた。前蹴りは距離と速度の関係上、どうしたって隙は少ない。下手な刃物よりも貫通力のありそうな蹴りに対して、今度はアルドが仕掛けた。
 素早く脇に避けてから、突き出された足を掴み、軸足となる足を払う。そうする事で宙に浮いた身体は重しとなり、振り回して凶器にするには十分すぎる殺傷能力を獲得させる。
 これぞ天森白鏡流、独楽浮かし。男の抵抗も空しく、存分にその身体を利用して、アルドは暴れ回った。大振りで、しかも鞭程の柔軟性は無い為か、誰にも当たらなかったが、武器となっていた男性は目を回して気絶してしまったので、まずは一人脱落。手近な人物に投げて、無理やり受け取らせる。
 瞬間、同じ門下生を受け止めた事で両手の塞がった男を、すかさず右回し蹴りで仕留めた。全力でやったせいか壁の端まで男達は吹っ飛んだが、立ち上がろうとする辺り意識は刈り取れなかった様だ。尤も、三半規管を狙ったので、暫くは立てないだろう。その間に残りを仕留める事は十分に可能である。
 この道場の何が違うかと言われれば、それは武術のくせに、当主たるゲンジがルール無用を推奨している事。技は技としてあるが、このような試合では、原則として一般的な礼儀というモノが存在しない。今のだって、他の道場であれば『そいつを端に置いていけ』というモノだ。決して、確実に攻撃を当てる為の布石ではない。
 さて、わざわざ回し蹴りで仕留めた理由だが、こちらの狙いを悟った一人の男が、行動すると同時に肉迫してきたから、それに対応する為である。勢いを殺さずに一回転。眼前では、既にこちらへ掌底が繰り出されていた。避ける必要はない。むしろ残りの二人は、その隙を見ている。アルドは腕を伸ばして、使われずに納まる指を反対方向に折り込んだ。勢いというものは急に消えたりはしないが、痛みからか、鼻先程度で掌底が止まる。お手本の様な掌底を、無言で喉に叩き付けると、男は一度跳ねて、その場に蹲った。感じる気持ち悪さは一過性なので、追撃し放題である。普通に背中を踏みつけるのも良かったが、それはあまりにも残っている二人に対して油断が過ぎる。
 一先ず、敢えて見逃す事にして、アルドは二人の正面に立った。あまりにも呆気なく終わった三人を見て怯えていた様だが、そこはゲンジが見込んだ男。恐れつつもこちらへと立ち向かってきた。当たり前だが、二人で。
 二人はお互いの攻撃の隙を埋める様な形で、攻撃を繰り出してきた。一方が大振りで空ぶれば、もう一方は牽制する様に素早い攻撃を。それで動きを牽制されたならば、今度は決着を付けうる一撃を。
 驚きなのは、役割を完全にその場その場で作っている事だ。どちらか一方が大振りしかしないのなら、そこから付け込めたのだが、その場の動き、形次第でお互いの役割が変わるのだ。これでは何処から付け込めばいいか分からない。
 死角から放たれる肘打ちを下側から弾き、がら空きになった脇腹へ、しこたま拳を叩き込まんと意気込むも、側面から拳が割り込んできて、軽く顔を殴られる。重さの乗っていない軽い一撃だったが、アルドが動揺するには十分だった。身体が動きを止めた瞬間、割り込んできた拳は徐々に速度を詰めて、ラッシュでこちらを完膚なきまでに叩きのめそうとしてくる。威力はやはり低かったが、鼻先やら人中やら顎やら鳩尾やら。急所に当たってしまえば、威力は低かろうとも十分だ。内臓を抉りとる様な脇腹への攻撃だけが強烈なのは、それで体力を奪って、叩きのめしてしまおうという妙案なのかもしれない。浴びんばかりの応酬を喰らっていた時間は大した時間では無かったが、その間は一切抵抗出来なかった。
 こちらが少しばかり早い攻撃を出した所で、弟弟子の攻撃がそれを埋め尽くすものだから、意味を為さないのだ。貫手ばかりは真の意味での致命傷になるから躱している。目潰しは喰らった所で呪いのお陰で再生してしまうが、それだとあまりにも不公平だから、喰らったら終わりという体で捌いている。それ以外は全て、適当に受け入れている。
 それは決して手加減などでは無く、威力も低くそれ程痛手にはならないのなら、受けた方が効率的だという判断である。敵は彼一人ではない。残り二人だ。こうして無防備に攻撃を浴びていれば、その内仕掛けてくるに違いない。
 果たして、その予想は当たっていた。背後から感じた気配に、ふと繰り出された一撃を後ろへ流してみると、蹲っていた男が、今にも攻撃を繰り出さんとして、驚愕していた。勢いそのままに、背後へ攻撃を流された事で、もう一人の男はたたらを踏む。するとその男によって、どう足掻いたって先程の男は攻撃を繰り出せないし、たたらを踏んだ男も、体勢を立て直すまでは何も出来ない。
 しかしアルドは、二人を諸共吹き飛ばす事が出来る。既に背後、唯一自由の身である男が迫ってきていたが、構いはしない。体勢の整わない内に、男の脇腹へ、右斜め前方へ吹き飛ばす様な膝蹴りを放った。大きく持ち上がった男の身体。視界が遮られ、最早回避は不可能。宙から男が解放されない内に、もう一人の男の足を払い、床に倒れた所で、回転を利用して再び立ち上がり、宙に浮かんだ男の背中を叩き落す。両手を組んで、しっかりと。
 未熟にも転倒した際、どうやら後頭部を打ってしまったみたいなので、妨害の材料にされた男が立ち上がるのはおろか、足払いしか喰らっていない男も、最早立ち上がれなかった。
「天森白鏡流、『双蛇』!」
 背後から叩き込まれた重い拳。明確に、致命傷を喰らったと感じた。今まで喰らったどんな攻撃よりも重い一撃は、誰よりも場数を踏んできたアルドにも通じる、まさしく真の拳だった。とはいえ、それは五人の内四人を犠牲に払った事で打ち込まれた一撃。状況を好転させる一撃とは言い難く、次に打ち込まれんとした拳に対して、転回を合わせて裏拳を叩き込み、アルドの勝利は確定した。
「ハハハ。こりゃすげえな。儂の自慢の弟子がここまでやられちまうとはな! フハハハハ!」
 愉快そうに笑うゲンジの声だけが、道場に響く。いつやられてもおかしい戦いでは無かった。勝利を確定させたのは偏に経験か、それとも彼等の未熟さか。或いはどちらでもないのか。それは分からない。
 しかし今、立っているのはアルド。勝ちは勝ち、どんな理由と可能性があれ勝ったのは自分だ。別に報酬など無いが、ダルノアにくらいは良い姿を見せられたのではないだろうか。
「…………師匠。あの子は?」
「ん? 外を見て回りたいっつうから、行かせたが?」
「護衛などは?」
「そんなのつける儂じゃねえって事は、お前が一番良く分かってる筈だが?」
 師匠ではあるものの、ゲンジのこういった所は尊敬出来ない。治安がどうであれ、彼女はまだ幼いのだ。大人の庇護を受ける年頃の子供を守るのは当然の事。床で伸びている男達を一瞥してから、アルドは道場を出ていった。ここを勧めたのは自分なので、彼女にこの大陸を嫌いになってもらう訳にはいかない。面倒事に巻き込まれなければいいのだが、アルドの願いは叶うのかどうか。
 運よくドロシアと一緒に居れば心配はないのだが、そんな事が狙わずに起きるとは考えにくい。彼女の無事だけをひたすらに願って、駆け出した。 


 






















 その光景を見た時、ダルノアは一瞬、自分は夢を見ているのではないだろうかと思った。あの綺麗な女性から、そんなバカげた腕力が出るとは思わなかった。あからさまな平手打ちだったのに、どうしてそれだけで頭が吹き飛ぶのか。或いは彼女にそんなつもりなど無かったのか。
 胸を触られたくらいで、とは同性である以上死んでも言えないが、それにしてもあんまりな目に遭った男には同情してしまう。着物の構造上、胸は目立つような形に無いので、触った所で、生地の感触しか感じなかった可能性だって十分にある。それなのに、もう原型が無い。
 女性は、蔑むような目線で、既に息のない死体を睨みつけた。
「胸触ってんじゃねえよこのヘンタイが。生憎と、お前なんかに触らせる様な安い胸は持ってねえんだわ」
 また口調が戻っている。男達は全身を戦慄かせて、脱兎の如く走り去っていった。傍観者を気取っていた男は、一瞥ばかりで追おうともしない。
 何もかもが、現実離れしていた。こんな光景、信じろと言う方が難しい。そんな動揺など知る由もなく、女性はパパと呼ばれる男の胸に飛び込んだ。
「怖かったあ…………パパ、抱きしめて?」
「断る。そんな年でもないだろう」
「娘はいつだって娘のままよッ? ね、ね。抱きしめてよ!」
「そんな跳ねたって断るもんは断る。まあ、褒めてやらなくはないが」
「やったッ。じゃあ褒めて!」
「良くやったな―偉いぞー」
「……何それ。子ども扱いしないでよ!」
「……お前はどうされたいんだ」
 何が現実離れしているって、人を一人殺したのに、平然としている女性である。あまつさえ、まるで顔の似ていない男をパパと呼び、そんな男に、まるで女の子の様に甘えているのだ。ここが夢想の世界であると言われたって、何の不思議はない。
 不意に、男がこちらに視線を向けてきた。
「あ、その子ね。見ず知らずの子だけど、その子のお陰で気付けたんだよッ。ね、君。一緒にこの町、回らない?」
「……い、いいんですか?」
「いいよ。さっきのお礼もあるし、変なのが来ても今度はパパが守ってくれるから!」
 パパと呼ばれる男の視線はキツイなんてモノではないが、しかし。確かに感じた。目の前の女性を見つめる時の男は、凄く……優しい表情をしている事に。
 それこそまるで、父親の様に。 
 

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