ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

手痛い歓迎

 ジバルで構築された関係は色々あるが、一番繋がりの深い形は何かと言われれば、この関係だろう。ゲンジとの師弟関係、アルドにとっては初めての、そして二度とない関係。弟子ばかり取って誰かを救ってきたアルドが、初めて誰かの下になったのだ。その理由は決して歓迎されるようなモノではないが、それでも彼は自分を受け入れてくれた。そしてその関係は、今でもこうして続いている。
 ジバルにおいては、彼が一番の恩人と言っても過言ではない。彼が居なければ、自分はこのジバルでまともに生活する事もままならなかった。彼が居てくれたから、自分はフェリーテやディナントを連れていく事が出来たのだ。
 偶然にも合流出来たので、アルド達はゲンジに連れられて、久方ぶりに道場へと向かっている。道場の場所を忘れた事を素直に吐いたら、乾いた笑い声が上がった。恥ずかしい。けれど、この再会をする事が出来た喜びと比べたら、些細な羞恥である。
 エヌメラを殺した事によって、アルドは不老の呪いを授かってしまった。よって、年月のみでアルドが死ぬという事は在り得なくなったのだが、ゲンジは違う。時間と共に加齢し、やがて死に行く人間だ。仮に自分が不老でなくとも、年齢差を考えれば、彼が死んでしまう可能性は十分にあり、こんな風に元気な姿を見せてくれたのは、弟子としてとても嬉しい。
 アイツなんかも、同じ思いだったんだろうか。
 尤も、ゲンジは次期当主が見つかるまで死ぬ気は無いらしく、現在はアルドが去った後に入門してきた者達を鍛えているらしい。去ったというのは随分と紛らわしい言い方だが、破門されたという訳ではない。長い船旅に出る、という名目で、ジバルから出ていっただけである。
「私以外の弟子の筋は、どうなんでしょうか」
「中々いいのが一人来たな。お主なんぞより、よっぽど才能がある」
「……中々、辛辣なお言葉ですね」
「そもそもお主に、武術の才能は無い。誰が来た所でお主を上回るのは当然であろう」
「ははは。やはり、そうですか。私には、その才能がないと」
 何処まで行っても、この体は落ちこぼれだ。他の人間と圧倒的に違うのは経験値だけ。それすらも対等になってしまえば、アルドの地上最強伝説は直ちに幕を下ろされる事になる。
 努力だけでは、届かない壁がある。世の中には、そんな高い壁を軽々と飛び越える天才だって居るのだ。執行者にだって、アルドは自身の実力だけでは到底勝つ事など出来なかった。
「しかし、お主には感謝しているぞ。お主がこの国の戦争を収めてくれたお蔭で、お主の知名度から入門希望者が少しずつではあるが増えてきた。儂の娘も、最近は忙しそうで、嬉しい悲鳴を上げておる」
「……それは、嬉しい悲鳴なのでしょうか」
 彼女の性格を考えると、単純に悲鳴の様な気がしなくもない。何だか突然、道場に行くのが怖くなってしまった。ジバルに滞在していた際は、自分以外に入門者など誰も居なかったからともかく、今はどうなっているのだろうか。
「因みに入門者はどれくらい居るんですか?」
「五名だ。希望者の大半は、お前に近づきたかった者だったからな。武を学ぶ精神こころなし、という事で追い出した」
「またそんな乱暴な……報復には来なかったんですか?」
「来ない筈なかろう。一人の例外もなく、刀で切りかかってきよった。まあ、全員叩きのめしたがな! フハハハハハハ!」
 ふと、妙な緊張が手を通して伝わってきたので振り返ると、ダルノアが露骨に身を縮こまらせて怯えていた。年齢の割に、あまりにもアグレッシブなのは自分も思っている事だ。少女の肩に手を回すと、すんなり応じてくれた。
「それと、残り少数は儂の娘目当てだった」
「応じたんですか? その求婚」
「そんな筈なかろう。何処の馬の骨とも知れぬ男に、儂の可愛い娘をやれるか。それにアイツは―――」
「アイツは?」
「……やめた。これ以上言っちまうと、儂が娘に蹴り殺される。答えを教える時が来るとしたら、次期当主が見つかった時だな」
「は? ……はあ、成程」
 何やら言いかけたが、一体何を言おうとしたのだろう。ジバル内で求婚なんて、早々されるものではなく、多くの女性はその求婚に応じる筈なのだが。
 驚愕にも、実は娘は息子だった、などという展開でも無ければ、断る理由なんて思いつかない。それにそういう展開も、彼女の身体の構造からして、あり得ない事が分かっている。
「……ここだ。お主も、いい加減道場の場所を覚えろ。異国の者とはいえ、お主はこの道場の門下生だからな」
 ここもまた、アルドの居場所。執行者や魔人など、しがらみと呼ぶに足る事情さえなければ、ここで生涯を過ごす事も悪くない。それくらい、自分にとっては居心地の良い場所だ。
 ゲンジが扉を開けると、奥では見た事のない顔ぶれが、一人の少女を取り囲んでいた。会話の内容を聞くに、どうやら口説かれているらしい。俗にデートの誘いとも言われるが、その中心にいる少女は、額に青筋を浮かべて暴れていた。
「良かったら、この後私と……」
「いや、私とだ!」
「……ふん。この俺に決まっていようが。なあ?」
「だーもう! アンタら煩いってば! 私は何処にも行きませんって、何度言ったら分かるんですか!」
 騒動の渦中に居るのは確かなのだが、実際は爪弾きにされているも同然だった。少女がどんなに声を荒げて否定しても、男達の争いは止む事を知らない。女の取り合いが醜いモノであるとは知っていたが、それにしても、想像以上に醜い争いだ。最初から終結しているにも拘らず、悪戯に続く戦争というものは。
「……アルド。お主が出ていけば、治まると思うぞ」
「私が、ですか?」
「鶴の一声という奴だ。このジバルでお主を知らぬ者はおらぬ。娘への挨拶も兼ねて、やってこい」
 ダルノアの事は、代わりに見てくれるらしい。彼だけを傍に置いて、果たして彼女の精神は大丈夫なのか心配してしまうが、五分も掛からない時間だ。幾ら何でも心配するのは、むしろ無礼に当たる。
 手を離して、久方ぶりに道場の床を踏んだ。露骨に音を出してみせたが、男達には聞こえていなかったようなので、致し方なしと、アルドは声を上げた。
「お前達、やめろ。チヒロが迷惑している」
 男達が振り返る。その瞬間にアルドは肉迫して、目の前の鳩尾に軽く拳を当てた。
「ひっ!」
「今、当てようと思えば当てられた。当てなかったのは、お前達が聞き分けの良い人物だと信じての事だ。兄弟子の言う事は聞いておくものだぞ。やめるよな?」
 五人はそれぞれ頷いて、一斉に少女から離れた。苛立って仕方なかった少女は、その流れに……正確には、この事態を収束させた人物を見て、立ち上がった。
「……アルド、でいいのよね?」
「ああ。久しぶりだなチヒ―――」
 感動の再会。そう思った人間は多いだろう。次の瞬間、喜びのあまり彼女に抱擁されると、アルド自身もそう思った事だろう。
 しかし。








「勝手に出ていった癖に、勝手に帰ってきてんじゃないわよ馬鹿ッ!」
 平手打ちをされるとは、誰も予想していなかっただろう。






























 取り敢えず、釈明をさせてほしい。自分が勝手に出ていったとチヒロは言ったが、それは大きな間違いだ。
 まず、アルドはジバルにどうにかして滞在しなければならなかった。そして見つけたのがこの天森白鏡流道場で、滞在している間、自分は一番弟子として過ごしていた。チヒロとはこの際に出会い、そして交流を深めていたのだが、この大陸を出ていく旨を告げた際、偶然にも彼女は水を汲みに行っていた。なので彼女にしてみれば、何の前触れもなく姿を消した事になる。
「ジバルの英雄と呼ばれた霧代殿とこの様に出会える事、誠に嬉しく思います!」
「何であろうと流浪人だ、敬われる様な立場にはない。それと、先程は申し訳なかったな。脅したみたいで」
「ふん、全くだ。この俺を以てしても、思わず漏らしてしまったぞ」
「え?」
 全員の視線が一斉に注がれる。シゲヤマと呼ばれる男が、肩をすくめた。
「怖いモノは仕方ないだろう。俺達はまだまだ未熟なのだからな」
「フハハハ。完全に開き直っているな!」
 チヒロは、強烈な一撃をアルドにお見舞いした後、庭の方へ行ってしまった。まだ彼女に叩かれた部分がヒリヒリしてとても痛い。大した痛みではないだろうと言われればそれまでだが、精神的なそれは腹に風穴を開けられた時に比肩する。ダルノアが頭を撫でているのは善意からだろうが、それが猶更、自分を惨めに感じさせる。
「アルド、お前はアイツの所へ行ってやれ。弟弟子との組手は、それからでも遅くないだろう」
「それを言うならば、チヒロの所に行くのも、わざわざ直ぐに行く必要はないんじゃ……」
「女心が分かってねえなあ、アルド。ともかく、儂はお主の師匠だ。師匠が行けと言ったら行け。良いな?」
「人使いが荒い師匠ですね……分かりましたよ、行ってきます。それじゃ、この子をお願いしますね」
 自分にどうしろと言うのだ。女性がどうすれば喜ぶのか、全く分からないというのに。
―――いや、今回は場合が違うか。
 まずは謝ろう。事情がどうであれ、彼女に何も言わず出ていった事は間違いない。  

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