ワルフラーン ~廃れし神話
恋の刃には敵わない
ジバルの女性が似合うのなら、話は分かる。元々その様に教育されているのだから、和服を着て、可愛かったとしても、当然である。そんな女性は何人も見てきているから、アルドは欠片も自分が動揺するとは思わなかった。
動揺したのは、普段の彼女達を知っているからだと、何度も言い聞かせる。普段の格好を知っているから、急に清楚な雰囲気が出てきた事で、戸惑っているのだと言い聞かせる。大丈夫だ。別にデートをしている訳じゃない。彼女達の裸を見ている訳じゃない。落ち着け。
少し落ち着いたので、改めて二人を見る。そして目を逸らした。
―――か、か、か、か、か、か、可愛い。
性格がおかしくなってしまったらしい。自分がこんな風に戸惑った事なんていつ以来だ。えー……思い出せない。分からない。分かりたくもない。目の前の光景が思考をかき乱してくる。しかし二人を悲しませたくないので、目を逸らすのだけはやめよう。改めて直視し、出来るだけ視界の方に意識を割かないようにする。
「……先生?」
「あ、ああ。うん。似合うよ、似合う似合う。凄く似合う」
「先生、見てないじゃん! もっとちゃんと見てよッ」
「見てるとも。凄く似合ってるさ」
「嘘ッ。先生視界ぼかしてるじゃん」
ドロシアに嘘は吐けない。けれど、その言葉に従う訳にはいかない。理性が強い自信はあったのだが、二人の浴衣姿を見ていると、容易に崩壊しかねない。和服自体はフェリーテで見慣れている筈なのに、普段との差異とはこれ程までに凶悪だったのか。いつまで経っても獲得されない女性への耐性に嫌気が差していると、急に視界が肌色に染まった。思わず視界を正常に機能させると、ドロシアの顔が近づいていた。
「ほーら、ちゃんと見てよ!」
顔を背けようとしたが、無理だった。彼女の両手がアルドの顔を固定して離さない。もう一度視界をぼかそうにも、何らかの力が働いてしまってそれも出来ない。考えるまでもなくドロシアのせいだが、お蔭で彼女の浴衣姿をその眼にしっかりと焼き付ける事になってしまった。花萌葱色の浴衣は、彼女の金髪とよく似合う。普段の彼女はとても活力に満ちた元気な少女だが、ウェーブのかかった髪が珍しくまとめられているのも相まって、今ばかりは妙な落ち着きを感じ、少しだけ大人っぽく見える。
「…………ようやく見た。どう? 似合ってる?」
「あ、うん。凄く似合ってる。可愛い、ぞ」
それしか言えない。アルドは自身の中から語彙力が急速に消滅していくのを感じた。近い。顔が近すぎて、お互いに吐息が掛かるもんだから、凄くドキドキしてしまう。少なからず女性として意識しているからだろうが、その理屈を通すと、ダルノアにも同じ感情を抱いているという事になる。
褒められて嬉しそうにはにかむドロシアを横にずらし、アルドは改めてもう一人の少女を見つめる。
ダルノアは、水色の浴衣を着ていた。水色と言ってもそれ一色という訳では無く、浴衣の至る所には桜が舞い散っている。ジバルの現在の季節に合った、実に風情のある浴衣であり、彼女が着ると、精緻な人形の様である。
「―――似合ってますか?」
「あ、ああ。似合ってるよ。似合ってるですよ」
「……そうですかッ。アルドさんに褒めてもらえるなら、着て良かったです」
どうかやめてほしい。そんな笑顔を浮かべられると、また直視出来なくなってしまう。何だか生き恥を晒している気分になってきたので、いっそここで死んでしまった方が良いのではなかろうか。口調までおかしくなって、もうアルドは、自分の事を守れない。
「お前達、良くそれが着られたな。普通は、着方が分からないと思うんだが」
「キリュウって人に教わったの!」
「教わって、ここで着替えたのか?」
「先生。幾ら私でも、そんな事はしないよ。私の『家』に行って、着替えてきたの」
あの『家』、本当に便利ではないか。外で着替えていたらどうしようかと思っていたが、ドロシアも世界を旅して、多少の倫理観やら道徳観は備わった様だ。いや、最悪ドロシアはどうでもいい。彼女であれば自分を認識させないくらいの技術は持っているだろう。問題があるとすれば、ダルノアの方である。
アジェンタ大陸はエニーアのせいだが、ジバルでは元々成人の年齢が低い。如何に自分達から見て少女と言えど、ダルノアはもう立派な女性である。嘘だと思うのなら、武家屋敷の一つでも尋ねてみれば分かる。下手すれば、彼女よりも幼い女性が妻になっている場合もあるのだ。
そういう訳で、外で裸を見せようものなら、俗なモノに犯されてしまう可能性は十分にあった。今回はドロシアが居るから、仮にそんな奴が居ても何とかなっただろうが(洗脳や催眠の類はドロシアには通じない)、それでもホッとした。見世物になっていたらどうしようかと。
「それでアルドさん。何か言われましたか?」
「え……まあ、言われたが、こちらには関係ない事だ」
幾ら何でも、遊郭に行くとは死んでも言えない。それを言った日には、次の瞬間からどんな目線で見られる事やら分かったモノじゃない。ドロシアに視線を向けると、彼女は首を傾げた。心を読もうとさえしていないのは、奇跡である。
「これからどうするんですか?」
「その事なら、心配はいらない。久々にジバルを訪れたんだから、ニ、三日はゆっくり過ごすつもりだ。その間に知人へ顔を見せに行って、それから徳長の国を外れて、『蛟』、『狐』と移動する。その間に、ナイツとは自ずと合流出来るだろうからな」
ジバルで築いた関係は多岐に渡る。フルシュガイドで築いた関係よりも、もしかしたら多いかもしれない。それら全てを回り切るのには時間がかかるが、それだけを行って、自分に付いてきてくれた彼女達に暇を与えるつもりはない。
せっかく幻の国に来たのだから、思う存分楽しんでいってほしいと思っている。この時期に来たのは偶然だが、何と幸運な事に、今は祭りの時期だ。ジバル内における最大の行事に参加出来るのなら、それまでに気分を高めておかなければ損である。
「せっかくだ。流浪人らしく、旅館を探すとしよう」
「旅館?」
ダルノアが首を傾げると、ドロシアが得意気な表情で、言った。
「旅館ってのは、人を止まらせる場所の事ッ。温泉とかもあって、とっても気持ちいいんだよ!」
「温泉……はあ?」
「あれ、分からないの? まあいっか、見れば分かるし。じゃ、先生。早速行こうよッ。運が良かったら貸し切り出来るかもよ?」
「そんな都合の良い話があるか。幾ら私と言えど、どこぞの旅館と太い関係は持っていないからな」
「まあまあ! 探してみなきゃ分からないでしょッ!」
ダルノアの手を引いて先走る彼女を見て、アルドは心から喜べた。
来て、良かった。
案の定、そんな都合の良い旅館が見つかる筈もなく、三人は手近な旅館に予約をした。夜までには戻ってくると伝えておいたので、暫くは自由時間である。
しかし、ダルノアを一人で出歩かせるのは危険だと思ったので、アルドは彼女を連れて、歩く事にした。
「それじゃあ先生、またね!」
「ああ。お前こそはしゃぎすぎるなよ」
「分かってるってッ。ばいばーい!」
一先ずドロシアを見送ってから、アルド達も遅れて歩き出した。何でも、ジバルの子供達に伝わる遊びをやってみたいらしい。子供達が良く集まっている場所を言ってやると、御覧の通りだ。肉体年齢は自在に変化出来る(元々彼女に寿命なんてない)から意味を為さないとはいえ、その精神はまだまだ子供。あんな風にはしゃいでも、仕方ない面はある。
アルドが助けるまで、子供らしい生活も、子供らしい我儘も、子供らしい言葉も許されなかったのだ。今だけでもはしゃがなければ、損だとでも考えたのだろう。
「何処に行くんですか?」
「お前がここに住んでくれると決意してくれたからな。まずはその候補先である場所に、挨拶に行こうと思っている」
「挨拶……って事は、アルドさんの知り合いですか?」
「知り合い。まあ、そうだな。けど、対等じゃない。この年にもなって、そんな関係が生まれるとは私も予想外だったけどな」
余程の事情が無ければ、きっと受け入れてくれると信じている。暫く歩いていると、見知らぬ家の前に、棍棒を持った大男が立っていた。その棍棒には、大量の小判が入った袋が提げられている。
「ご、ご勘弁を! それを取り上げられてしまったら、ウチの娘が……!」
七尺はあろうかという程の大男に、その男性は必死に縋りついていた。大男の方はというと、鬱陶しそうに足を振り回すだけで留めているが、あの棍棒が振り下ろされる瞬間は、そう遠くない様に思う。
「知った事じゃねえな! 三吉屋の旦那、いいか? 借りたもんは返さなきゃなんねえんだよ。これは、アンタが俺達に借りた金額だ!」
「そんな筈はありません! それ程の金額、このように貧しい家庭が借りる訳が―――」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ! さっさと足元からどかねえと、叩き潰すぞ!」
かなり揉めている様だ。通行人は関わり合いを避けているが、どちらが悪いにせよ、そろそろ助けに入らなければ刃傷沙汰になりかねないので、アルドが止めに入ろうとした瞬間。
宙に響く下駄の音。それと共に、一人の老人がやってきた。鼻下から顎下まで豊かな髭が生えた男は、推定でも齢百二十は超えている。ただでさえ髭のせいで顔が隠れているのに、そのしわのせいで、目も碌に開いていない。
「そろそろやめた方が良かろう。この町を血で穢したいのか、お主は」
「何だてめえ。悪いのはコイツだぞ!」
大男が棍棒を叩きつけて威圧するが、老人が怯む様子は無かった。
「まあ、そうかもしれぬが。だからと言って乱暴に取り立てるのは、ちと違う気がするぞ?」
「……ははあん。つまりご老体。てめえはコイツの肩を持つのか」
「早計な判断だな。儂が言いたいのはつまり―――」
「問答無用!」
最初から話を聞く気は無かったのだろう。したかったのは、乱入してきた男をぶん殴る口実だけ。傍らの少女が緊張から抱き付いてきたが、心配はいらない。
根棒が通り過ぎる頃には、大男は既に叩きつけられていた。
「…………あ?」
今の光景について正確な理解を持てる人物は、自分を置いて他には居ないだろう。老人が一回りも二回りも大きい男の指を掴んで、何度も何度も地面に叩きつけている様は、この世を現実とは感じさせない。
「儂が言いたいのはな、乱暴なやり方をすれば、いつしか乱暴なやり方でお返しをくらうという事なんだよ。理解したか小童。ん?」
返事は聞けなかった。それもその筈、男は既に意識を失っているから。
これ以上の攻撃は、大男の命を悪戯に削るだけなので、今度こそアルドは飛び出して、老人の腕を止めた。
「……それ以上は、そこの男が死んでしまいます。どうか気をお鎮めください。師匠」
「え?」
アルドから発された言葉に、ダルノアは目を丸くして硬直した。
動揺したのは、普段の彼女達を知っているからだと、何度も言い聞かせる。普段の格好を知っているから、急に清楚な雰囲気が出てきた事で、戸惑っているのだと言い聞かせる。大丈夫だ。別にデートをしている訳じゃない。彼女達の裸を見ている訳じゃない。落ち着け。
少し落ち着いたので、改めて二人を見る。そして目を逸らした。
―――か、か、か、か、か、か、可愛い。
性格がおかしくなってしまったらしい。自分がこんな風に戸惑った事なんていつ以来だ。えー……思い出せない。分からない。分かりたくもない。目の前の光景が思考をかき乱してくる。しかし二人を悲しませたくないので、目を逸らすのだけはやめよう。改めて直視し、出来るだけ視界の方に意識を割かないようにする。
「……先生?」
「あ、ああ。うん。似合うよ、似合う似合う。凄く似合う」
「先生、見てないじゃん! もっとちゃんと見てよッ」
「見てるとも。凄く似合ってるさ」
「嘘ッ。先生視界ぼかしてるじゃん」
ドロシアに嘘は吐けない。けれど、その言葉に従う訳にはいかない。理性が強い自信はあったのだが、二人の浴衣姿を見ていると、容易に崩壊しかねない。和服自体はフェリーテで見慣れている筈なのに、普段との差異とはこれ程までに凶悪だったのか。いつまで経っても獲得されない女性への耐性に嫌気が差していると、急に視界が肌色に染まった。思わず視界を正常に機能させると、ドロシアの顔が近づいていた。
「ほーら、ちゃんと見てよ!」
顔を背けようとしたが、無理だった。彼女の両手がアルドの顔を固定して離さない。もう一度視界をぼかそうにも、何らかの力が働いてしまってそれも出来ない。考えるまでもなくドロシアのせいだが、お蔭で彼女の浴衣姿をその眼にしっかりと焼き付ける事になってしまった。花萌葱色の浴衣は、彼女の金髪とよく似合う。普段の彼女はとても活力に満ちた元気な少女だが、ウェーブのかかった髪が珍しくまとめられているのも相まって、今ばかりは妙な落ち着きを感じ、少しだけ大人っぽく見える。
「…………ようやく見た。どう? 似合ってる?」
「あ、うん。凄く似合ってる。可愛い、ぞ」
それしか言えない。アルドは自身の中から語彙力が急速に消滅していくのを感じた。近い。顔が近すぎて、お互いに吐息が掛かるもんだから、凄くドキドキしてしまう。少なからず女性として意識しているからだろうが、その理屈を通すと、ダルノアにも同じ感情を抱いているという事になる。
褒められて嬉しそうにはにかむドロシアを横にずらし、アルドは改めてもう一人の少女を見つめる。
ダルノアは、水色の浴衣を着ていた。水色と言ってもそれ一色という訳では無く、浴衣の至る所には桜が舞い散っている。ジバルの現在の季節に合った、実に風情のある浴衣であり、彼女が着ると、精緻な人形の様である。
「―――似合ってますか?」
「あ、ああ。似合ってるよ。似合ってるですよ」
「……そうですかッ。アルドさんに褒めてもらえるなら、着て良かったです」
どうかやめてほしい。そんな笑顔を浮かべられると、また直視出来なくなってしまう。何だか生き恥を晒している気分になってきたので、いっそここで死んでしまった方が良いのではなかろうか。口調までおかしくなって、もうアルドは、自分の事を守れない。
「お前達、良くそれが着られたな。普通は、着方が分からないと思うんだが」
「キリュウって人に教わったの!」
「教わって、ここで着替えたのか?」
「先生。幾ら私でも、そんな事はしないよ。私の『家』に行って、着替えてきたの」
あの『家』、本当に便利ではないか。外で着替えていたらどうしようかと思っていたが、ドロシアも世界を旅して、多少の倫理観やら道徳観は備わった様だ。いや、最悪ドロシアはどうでもいい。彼女であれば自分を認識させないくらいの技術は持っているだろう。問題があるとすれば、ダルノアの方である。
アジェンタ大陸はエニーアのせいだが、ジバルでは元々成人の年齢が低い。如何に自分達から見て少女と言えど、ダルノアはもう立派な女性である。嘘だと思うのなら、武家屋敷の一つでも尋ねてみれば分かる。下手すれば、彼女よりも幼い女性が妻になっている場合もあるのだ。
そういう訳で、外で裸を見せようものなら、俗なモノに犯されてしまう可能性は十分にあった。今回はドロシアが居るから、仮にそんな奴が居ても何とかなっただろうが(洗脳や催眠の類はドロシアには通じない)、それでもホッとした。見世物になっていたらどうしようかと。
「それでアルドさん。何か言われましたか?」
「え……まあ、言われたが、こちらには関係ない事だ」
幾ら何でも、遊郭に行くとは死んでも言えない。それを言った日には、次の瞬間からどんな目線で見られる事やら分かったモノじゃない。ドロシアに視線を向けると、彼女は首を傾げた。心を読もうとさえしていないのは、奇跡である。
「これからどうするんですか?」
「その事なら、心配はいらない。久々にジバルを訪れたんだから、ニ、三日はゆっくり過ごすつもりだ。その間に知人へ顔を見せに行って、それから徳長の国を外れて、『蛟』、『狐』と移動する。その間に、ナイツとは自ずと合流出来るだろうからな」
ジバルで築いた関係は多岐に渡る。フルシュガイドで築いた関係よりも、もしかしたら多いかもしれない。それら全てを回り切るのには時間がかかるが、それだけを行って、自分に付いてきてくれた彼女達に暇を与えるつもりはない。
せっかく幻の国に来たのだから、思う存分楽しんでいってほしいと思っている。この時期に来たのは偶然だが、何と幸運な事に、今は祭りの時期だ。ジバル内における最大の行事に参加出来るのなら、それまでに気分を高めておかなければ損である。
「せっかくだ。流浪人らしく、旅館を探すとしよう」
「旅館?」
ダルノアが首を傾げると、ドロシアが得意気な表情で、言った。
「旅館ってのは、人を止まらせる場所の事ッ。温泉とかもあって、とっても気持ちいいんだよ!」
「温泉……はあ?」
「あれ、分からないの? まあいっか、見れば分かるし。じゃ、先生。早速行こうよッ。運が良かったら貸し切り出来るかもよ?」
「そんな都合の良い話があるか。幾ら私と言えど、どこぞの旅館と太い関係は持っていないからな」
「まあまあ! 探してみなきゃ分からないでしょッ!」
ダルノアの手を引いて先走る彼女を見て、アルドは心から喜べた。
来て、良かった。
案の定、そんな都合の良い旅館が見つかる筈もなく、三人は手近な旅館に予約をした。夜までには戻ってくると伝えておいたので、暫くは自由時間である。
しかし、ダルノアを一人で出歩かせるのは危険だと思ったので、アルドは彼女を連れて、歩く事にした。
「それじゃあ先生、またね!」
「ああ。お前こそはしゃぎすぎるなよ」
「分かってるってッ。ばいばーい!」
一先ずドロシアを見送ってから、アルド達も遅れて歩き出した。何でも、ジバルの子供達に伝わる遊びをやってみたいらしい。子供達が良く集まっている場所を言ってやると、御覧の通りだ。肉体年齢は自在に変化出来る(元々彼女に寿命なんてない)から意味を為さないとはいえ、その精神はまだまだ子供。あんな風にはしゃいでも、仕方ない面はある。
アルドが助けるまで、子供らしい生活も、子供らしい我儘も、子供らしい言葉も許されなかったのだ。今だけでもはしゃがなければ、損だとでも考えたのだろう。
「何処に行くんですか?」
「お前がここに住んでくれると決意してくれたからな。まずはその候補先である場所に、挨拶に行こうと思っている」
「挨拶……って事は、アルドさんの知り合いですか?」
「知り合い。まあ、そうだな。けど、対等じゃない。この年にもなって、そんな関係が生まれるとは私も予想外だったけどな」
余程の事情が無ければ、きっと受け入れてくれると信じている。暫く歩いていると、見知らぬ家の前に、棍棒を持った大男が立っていた。その棍棒には、大量の小判が入った袋が提げられている。
「ご、ご勘弁を! それを取り上げられてしまったら、ウチの娘が……!」
七尺はあろうかという程の大男に、その男性は必死に縋りついていた。大男の方はというと、鬱陶しそうに足を振り回すだけで留めているが、あの棍棒が振り下ろされる瞬間は、そう遠くない様に思う。
「知った事じゃねえな! 三吉屋の旦那、いいか? 借りたもんは返さなきゃなんねえんだよ。これは、アンタが俺達に借りた金額だ!」
「そんな筈はありません! それ程の金額、このように貧しい家庭が借りる訳が―――」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ! さっさと足元からどかねえと、叩き潰すぞ!」
かなり揉めている様だ。通行人は関わり合いを避けているが、どちらが悪いにせよ、そろそろ助けに入らなければ刃傷沙汰になりかねないので、アルドが止めに入ろうとした瞬間。
宙に響く下駄の音。それと共に、一人の老人がやってきた。鼻下から顎下まで豊かな髭が生えた男は、推定でも齢百二十は超えている。ただでさえ髭のせいで顔が隠れているのに、そのしわのせいで、目も碌に開いていない。
「そろそろやめた方が良かろう。この町を血で穢したいのか、お主は」
「何だてめえ。悪いのはコイツだぞ!」
大男が棍棒を叩きつけて威圧するが、老人が怯む様子は無かった。
「まあ、そうかもしれぬが。だからと言って乱暴に取り立てるのは、ちと違う気がするぞ?」
「……ははあん。つまりご老体。てめえはコイツの肩を持つのか」
「早計な判断だな。儂が言いたいのはつまり―――」
「問答無用!」
最初から話を聞く気は無かったのだろう。したかったのは、乱入してきた男をぶん殴る口実だけ。傍らの少女が緊張から抱き付いてきたが、心配はいらない。
根棒が通り過ぎる頃には、大男は既に叩きつけられていた。
「…………あ?」
今の光景について正確な理解を持てる人物は、自分を置いて他には居ないだろう。老人が一回りも二回りも大きい男の指を掴んで、何度も何度も地面に叩きつけている様は、この世を現実とは感じさせない。
「儂が言いたいのはな、乱暴なやり方をすれば、いつしか乱暴なやり方でお返しをくらうという事なんだよ。理解したか小童。ん?」
返事は聞けなかった。それもその筈、男は既に意識を失っているから。
これ以上の攻撃は、大男の命を悪戯に削るだけなので、今度こそアルドは飛び出して、老人の腕を止めた。
「……それ以上は、そこの男が死んでしまいます。どうか気をお鎮めください。師匠」
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