ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

両国大使

 徳長は自分が出会った長の中で最も話が分かる人物であり、そもそも戦争を平定する事になったのも、きっかけは徳長を説得する所からだった。あの頃は徳長本人というよりも、その右腕であった者が全ての動きを掌握していたが、だからこそ徳長本人は、頭が柔軟だった。こちらの話も頭ごなしに否定するのではなく、間違っている処だけを間違っていると伝えて。問題があるならばそれを伝えてくれて。
 フルシュガイドの王に文句を言うつもりはないが、下に付くのならああいう人間の方がいい。あれくらい柔軟な方が、非常事態が起きたとしても問題なく対応出来るだろう。キリュウに案内されて到着したのは、城の中にしてはやけに殺風景な部屋だった。妖術でもかかっているのか、恐ろしく風情が無い。他の部屋からは下町を見下ろせる程度の風景はあるのに、この部屋から見下ろすと、井戸の底を見ている様な光景が広がっている。嫌味だろうか、そんな事をする性格とは思えないので、恐らく善意だと思われるが。善意でこれをやったのだとしたら幾ら何でもセンスを疑う。
「…………監獄の中にでも居るのか、私は」
 これではドロシア達がどうしているのか全く把握できない。後でどういう訳なのか問い質さなければ。部屋に置いてあった藍色の質素な浴衣に着替えて、アルドは部屋を飛び出し、将軍の下へと歩き出す。こんな姿で彼と会う事自体、この国にしてみれば異常事態であるが、徳長が『お主とは対等な関係にありたい』と言ってくれたものだから、アルドのみこんないい加減な恰好が許されている。五大陸内の服装は、流石に奇妙だという事で、許されていないが。あの服に拘りがある訳でもないので別に構わない。それに、こちらの方が抜刀しやすい。
「失礼します」
 襖を開いて足を踏み入れると、中ではキリュウが先んじて座っていた。その向かい側には、胡坐を掻いた男が、愉快と言わんばかりの表情でアルドの方を見ている。水浴びの直後だったのかは知らないが、髪を縛らずに放っている辺り、そうなのかもしれない。男の長い髪は、脇に至るまで伸びている。
「よく来たな、霧代アルドよ。キリュウ、もう下がって良いぞ」
「ははッ」
 キリュウは恭しく頭を下げて、部屋を出ていった。すれ違いざまに、『無礼の無い様に』と言われたが、言われるまでもない事だ。身分的にも、そして男性としての魅力的にも、徳長ヒデアキと霧代アルドでは、明確な差があった。
 彼が団扇で扇ぎながら涼めば、さぞいい風情のある景色として成り立つだろうが、アルドがそれをやっても滑稽なだけである。同性である自分がそう思うくらい、ヒデアキは男前だった。開けた浴衣から見える胸筋が、また何とも女性を惹き付けて……ん?
「あ、あ? と、徳長。お前、それ……ええ?」
「ん、どうかしたか?」
小直衣このうしはどうしたッ。いつもは着てた筈だろッ?」
「ああ、これか。気にするでない。余のちょっとした衣替えだ。この様な質素な服にでも着替えんと、下町を歩く際に気付かれてしまうものでな。丁度お主と同じだ。フハハハハ!」
 全く面白くない。何が衣替えだ、ふざけてやがる。先程は柔軟性がある王様が良いと言ったが、撤回……一部訂正しよう。あんまり自由でも、こちらは気が気でない。特に今は、流浪人の身分だ。こちらに合わせられると、何だか非常に申し訳ない気分になってしまう。
 こちらの焦りとは反対に、ヒデアキは尚も嬉しそうに笑っている。
「……まあいい。それで、えーと、どうして私を?」
「うむ。お主が来たからと、キリュウから連絡があってな。どうか迎えに行かせてほしいとの申し出があった故、余のめいとして行かせただけよ。本来であれば用など無いのだが、お主は余の国に入った。一応、挨拶は必要よな?」
「まあ、そうだな。どうか暫しの滞在を許していただきたい。お前達の国を乱そうとしている訳ではないんだ」
「構わぬ。しかし無条件で、というのもつまらぬから、ここは一つ条件を付けようか。ふーむ……」
 嫌な予感がしたが、果たしてその思いは見事に的中したと言えるだろう。眼に見えて汗を掻くアルドを嗤う様に、ヒデアキは鷹揚に手を広げた。
「余の遊郭通いに付き合え! それで滞在を許すものとする」
 普通の男性であれば、望む所であると言って、今すぐにでもと息巻くだろう。しかし、普通の男性でないのがアルド、というか、仮にアルドが恋愛経験豊富だったとしても、此度は連れている人物が人物な訳で。何というか、自分が色に狂っている所を弟子に見せるのは、無垢な少女に見せるのは、如何なものかと。
 そこから想定される最悪の未来を想像したら、冷や汗を掻いてしまった。反応の芳しくないアルドに、ヒデアキは不思議そうに眼を細めた。
「うむ? 何やら困らせてしまったらしいな。もしや貴様……男色か?」
「即刻否定する!」
「では問題ないな! フワハハハハハ!」
 極端すぎる。どうして反応が芳しくなければ男色で、それを否定したら大丈夫という結論に至るのか。頭が良いのか馬鹿なのか全く分からない。それが徳長という人間の魅力でもあるのだが、それはそれとして、此度は非常に迷惑な方向で働いている。
 よしんばダルノアは誤魔化せたとしても、ドロシアにはどうやって説明する。彼女に嘘は通用しない。嘘か本当かなんて、彼女が見ようと思えばいつだって確認出来る事だ。最初の騒ぎを除けば、何事もなく平穏に滞在出来ると思っていたのに、まさかこんな問題に直面するとは。
「それでは待ち合わせをしようではないか。そうだな―――」
 どうしよう。流石に大袈裟かもしれないが、安全に事態を打開できる未来が見えない。これは執行者戦とは別の方向でとても難しい問題だ。しかし解決しなければならない問題だ。女性関係は、特にアルドが苦手としている方面だが、それ故に何よりも力を込めて解決しなければならない。そうでないと自分は、またナイツとのデートになった際に、また動揺してしまう。
 一体全体、なんでこの男はこんなにも美しい女性に囲まれて、女性に対する耐性を獲得しないのだろうか。少しくらい余裕を見せたっていいだろう、このアルドとかいう男は、何なのだ。何なんだ。何なんだよ。
 ナイツと出会った瞬間は傷心していたから、というのは理由にならないが、まあ理由っぽくはなっている。しかし、少なからず女性として意識しているドロシアはどうだ? 彼女とは何年過ごした? もう何年の付き合いだ? 考えるまでもない、妹以上の年月を彼女と共に過ごした。不思議なのは、ここまで女性関係において恵まれた環境に居るのに、全く女性の心が分からない男が居るらしい。
 武人であるディナントの方が、全然自分より分かっている。チロチンは……そもそも経験済みとして、ユーヴァンも、ルセルドラグも、アルドよりは耐性を持っている。それなのにアルドは……ああ、なんて情けない!
 色んな女性を知っている。世に蔓延る事のない美人を何人も知っている。けど、それだけ。それだけ。だからいつまでも耐性が出来ないのだと、良く考えれば誰でも行き着くような結論だが、仕方ないだろうと言わせてもらいたい。
 一度女性とまぐわり、色を知ればどうにかなるのかもしれない。けれども、どうすればその女性を喜ばせる事が出来るのか、どうすれば……駄目だ。以前もこんな事を考えた気がする。とにかく、女性については何も分からない。分からないから進みたくない。そんな女性を傷つけたくないから。
 戦いが経験である様に、それもまた経験。それは分かっているのだが、如何せん経験を積めと言われても……心が怯えてしまって、無理だ。
「そういう事だ、遅れてくれるなよ?」
「え―――あ、ああ。分かった」
 恋や行為に対する恐怖から思考の連鎖に陥って、話を聞いていなかった。多分、待ち合わせ場所について言われたのだろうが、どうせ城門前とか、その辺りだろう。もし外していたら……どうしようか。
 その解答は、女性をどのように扱えばいいのかという問いの答えよりも確実に、出てくるだろう。それと比べたら、この程度の解答は何でもない。単純な計算をやるようなものだ。








 










 城を出ると、城門に背中を凭れているキリュウが立っていた。何故か鎧を着ているので思わず『殱獄』に手をかけてしまったが、彼に敵意は無い様だ。口の端で笑って、一連のアルドの行動を嗤っていた。
「監視でもするのか?」
「いいや、少しばかり対処すべき問題が生まれてな。何、こちらだけで解決出来る程度の問題だ。戦争を平定させた貴様に、負わせる程のモノではない」
「……そうか」
 キリュウの前を横切って、アルドは再び下町の土を踏みしめた。待っていろとは言ったが、あの二人が普通に待っているとは思えない。見せ巡りでもしているか、それとも町の人達と交流でも取っているか。どちらかであろう。
「ああ、そうそう」
 随分歩いた所で、思い出した様な口調でキリュウが独り言みたいに呟いた。
「貴様の連れにも服は渡してやった。中々見物だぞ」
 見物。基本的に滑稽な物に対して用いられる言葉だが、キリュウの使っている意味では、何かが違う様な気がした。面倒事に巻き込まれていたら可哀想なので、小走りで元の場所へと向かう。あの二人がフェリーテの様に和服を着たというのだろうか。しかしあれは簡単に着られる様なものでもないので……まさか。
 いい加減な着付けの仕方を教えて、二人を弄んでいるんじゃ―――






























「あ、先生!」
「アルドさん、似合いますか?」
 二人の姿を捉えた瞬間、アルドは言葉を失った。普段着ている服との差異のせいかもしれない。ドロシアはどちらかというと数百年程前の魔女みたいな格好だし、ダルノアは普通の、五大陸で良く見る様な質素な服だし。そうだ、きっとそうに違いない。これはきっと、そのせいだ。






 か。








 か。
















 …………………………可愛い。

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