ワルフラーン ~廃れし神話
大戦への兆し
カシルマが魔力を一切通さない体質でなければ、この時点で五十回は軽く死んでいただろう。そう思わずには居られないくらい、両者の間には実力差があった。彼の『瞳』とこの体質があってようやくトントン、伊達にアルドの後継者を名乗っている訳では無かった。自分がこのような体質でなければ、アルドよりもクリヌスの方が強いと言っていただろう。魔術をこれ程の高水準で取得していてこの剣術は反則だ。きっとほとんどの人物が、アルドよりも彼の方が強いと、そう思う事だろう。
体全体を捻って最高速で大剣を振り払うと、防ぎきれると思っていたクリヌスは真正面から防御。勢いも減殺されぬ内に彼の持つ武器がへし折れて、彼の耳を、鈍痛染みた激痛が劈いた。手応えは十分。三半規管を叩き潰されたクリヌスは吹き飛ばされ、何度も海岸の砂浜を跳ね返って吹き飛んだ。
彼と戦い続けて二時間は経過している。今のが初めての攻撃であり、こちらは傷一つ負っていないとはいえ、ここまでに何度刃を突き立てられたか。
クリヌスは直ぐに立ち上がって、再びこちらへ駆け出してくる。いつの間にか作り出した剣は先程と何の代わりも無い様に見られたが、彼の『瞳』がその剣の真実を見抜いてくれた。あの剣は異名持ち等ではないが、フルシュガイドに生活する至高の職人が鍛えた上位の武器。並の武器では歯が立たず、今の大剣では為す術もなく真っ二つにされてしまうだろう……このままでは。何の為に彼の『瞳』を移植したと思っている。それはこのような事態に陥った時、相手との実力差を極限までひっくり返す為だ。
カシルマは自らの大剣を視界に収め、本来の能力を発動。不可侵の特性を与えると共に、触れた物体の強度に拘らず粉砕する特性を付加し、続いて電撃変換の特性を付加。迫りくる彼の剣戟を受けた瞬間、彼の身体が大きく跳ねた。
―――もらった!
彼が怯んだのは、彼我の剣戟に発生した火花が電撃となって両者に伝播したからだ。こちらは魔力を通さないが、あちらは普通の人間。彼が怯んだその隙に、自分は最大限の攻撃を叩き込める。鎬を盾に彼を突き飛ばして、カシルマは渾身の力で大剣を振り下ろした。大剣の特性である重さを利用する為、敢えて不安定な片腕で。こんなあからさまな隙を突かれた攻撃に、通常であれば為す術もなく叩き切られていただろう。しかしそこは『勝利』の後継者たる男、僅かに残っていた間隙に刃を差し込み、その一撃を防御。今度は武器がへし折れる事は無く、その事実は明らかな隙をクリヌスに与えていた。片手で振り下ろしてしまった以上、彼の懐は無防備。斬り抜けるには、あまりに温すぎる程だった。
頭の上に置いた刃を一瞬だけ持ち上げ、直後。脇に構え直したクリヌスは瞬息の踏み込みでカシルマへと肉迫し、その脇腹を切り裂いた。刃は彼の体質に阻まれる事無く抜けて、深々とした傷跡を残す。手応えは確かで、クリヌスも、最初は残心を入れようかと考えた。しかし、第六感的感覚から振り返り様に真正面を薙ぐと、既に振り下ろされている途中だった剣戟と衝突。魔力の火花が飛び散った。
身代わりの権能だ。手応えがあったのも、彼の『瞳』によって存在を与えられていたからそう感じただけ。クリヌスもそれを見抜けていなかったのだが、ではどうして躱せたのかと言えば、それは超常的な感覚による危機感知のお陰である。深い理由は無い。それさえなければこちらの一撃は通っていた。叩きつけられた大剣を引き戻し、カシルマはもう一本の大剣を手元に作る。今更驚きはしない。アルド・クウィンツの弟子であるのなら、それくらいの技術があっても特に不思議は無い。今まで散々理不尽な目に遭ってきたのだ。この程度の理不尽が訪れても、古い友人を迎える様な気分になってしまう。
とはいえ、理不尽は物理的に起き得なくしなければ決着しない。そして理不尽を潰せるのは同じく理不尽だけである。彼の瞳を利用して、カシルマは彼の背後へ転移。振り返り様に首を薙ぎ、一撃で決着をつけにかかる。対するクリヌスも、それに応じる様に背後の剣閃を螺旋の流れで受け流し、片目へ刺突を放った。
互いに聞こえる息遣い。二人が見て、聞き、感じる事の出来る範囲は、いつしかそこまで狭まっていた。一撃一撃が必殺の威力を名乗るに相応しく、両者はそれをギリギリの所で躱し、切り結ぶ。
見る事も許されない刺突を僅かに躱して、致命傷の現実を拒絶する。体質にも拘らず躱したのは、その一撃は躱さなければならないという、これまた超常的な感覚の下にあった予感が原因だった。その予感が果たして真実のものかどうかを確認する事も兼ねて、敢えてカシルマは完璧に避けなかったのだが、どうやら真実だった様だ。魔力を一切通さない体質から、魔力を纏う攻撃すらも弾く筈の肌が、血液を流してその傷跡を証明している。原理は分からないが、クリヌスは自分への攻撃手段を持ち合わせているらしい。
足元の砂を剣先で弾き飛ばしつつ、後退。持っていた大剣を彼の方向へ投擲すると、砂に視界を奪われていたクリヌスは、突如視界に割り込んできた二つの塊に驚きつつも、冷静に捌いて対処。砂煙が払われて視界が明瞭になった時、カシルマの持つ『瞳』が、見たことも無いような色に変色していた。
直感的に不味いと悟る。だが、あまりにも時間を稼がれ過ぎていた。
「『死眸』」
その刹那。クリヌスは自身の身体が幾つもの破片に分解するのを感じた。彼の眼を潰せば防御は可能だろうが、ここまで距離を離されていてはギリギリ間に合わないといった所。
―――一時撤退ですか。
クリヌスは苦笑した。腹いせに他の騎士達を見殺しにしたというのに、これでは結局、事態は好転していない。彼女が何をされているかも分からないのに、逃げるしかないとは。
「三十六計逃げるに如かずとはこの事ですね……!」
『瞳』の能力が発動されると同時に、クリヌスの姿は虚空へと消え去った。ここで彼を仕留められれば最善だったのだが、自分では実力が足らなかったらしい。ドロシアを連れて来れば良かっただろうか。彼女であれば、何処へ転移しようとも転移先自体を書き換える事が出来る。
「……だが、暫くは来れない筈だ」
認識した限りでは、彼の片腕はしっかりと殺した。あの片腕を治癒しなければ、幾ら彼と言えどアルド一人を相手にする事もままならないだろうから、これで暫くの間は、こちらに船が来る事は無いと思われる。来ても、アルドの部下でどうにかなる程度の筈だ。フルシュガイド最大戦力である『勝利』の片腕が失われた事実は、あちらにとっては決して軽くない。
カシルマは移して間もない瞳を抑えて、体質行使の代償である頭痛に驚愕した。これはもう頭痛で片づけられる痛みじゃない。頭を何度も何度も金打ちの如く叩かれている気分だ。彼はこんな痛みを常に感じながら、日々を過ごしていたのか。
「お前も大変だったんだな…………いや、何でもない。お前の魂があるとすれば、それはここじゃない。こんな所で喋っても、お前には届かないよな?」
水平線の彼方を一瞥してから、カシルマは町へと戻っていった。潮風が目に染みたか、向かい風が滴る涙を運び去る。
彼女の唇から顔を離す頃には、彼女の頬はすっかり上気していた。
「…………下手、だったか?」
「は、はい。下手で……した」
そう貶されてもアルドの調子が戻らなかったのは、彼女の下半身から伸びる尻尾が、これでもかとばかりに振れていたからである。俗に言葉よりも体は正直とも言われるが、ヴァジュラの状態が正にそれだった。ここまで露骨だと、彼女が恥ずかしさを隠すために敢えて貶してきたのだという事がむしろ正直に言われるよりも分かってしまって、辛い。彼女を見ているだけなのに、只々辛い。辛すぎる。今すぐにでも抱き締めて、彼女の全てを喰らいたい気分になる。
しかしその邪は思いの上でしかなく、それをする勇気にしろ度胸にしろ、アルドには無かった。つくづく己の弱い事を恨むと共に、どうして自分はここまで女性の扱い方を知らないのかと嘆いた。自分がもう少し顔が格好良く、そして女性に慣れていればこんな事には……まあ、今更顔をどうこう言おうとは思わない。顔で判断されて相手にされないのはいつもの事だ。時にはこちらからは何もしていないのに、最初から拒絶されているという事すら、騎士時代にはあった。それを思えば今更嘆くのは正直しょうもない。こんな自分でも愛してくれる女性が、少なくとも目の前には居るのだ。彼女達の為にも、自らを卑下するのはやめておこう。
見かけ上は口元を釣り上げて、アルドは立ち上がった。
「……そろそろ戻ろうか。あんまりここに居ても、心配されてしまいそうだし」
「そ、そうですね。ちょっと名残惜しいですけど……戻りましょうか」
「え?」
「何でもないですッ」
聞こえていなかった訳ではない。彼女の言葉はむしろしっかりと聞いていた。あんな反応をしたのは、照れ隠しのつもりである。
……というのは嘘で、彼女が自分と同じ思いだった事に、驚いてしまっただけだ。そも、自分に照れ隠しの様な高度な技術は使用出来ない。勝手に勘違いを起こすくらいが精々だ。
ヴァジュラの手を取って立ち上がらせると、彼女は虚空から『魂魄縛』を取り出して、アルドと繋がれた手に巻き付ける。
「……もう、離しませんから」
「……ああ」
彼女が望むならば、いや、ナイツが望むならば。やはりまだ、死ぬ訳にはいかないらしい。彼女の笑顔を見ていると、何だか今までの出来事が全て報われた様に感じる。執行者戦も無事に終了して、今、ようやく。自分は心の底から、安堵の吐息を吐けるのかもしれな―――
「―――あ」
「……どうかしましたか」
「い、いや。それじゃあ、戻るか」
そう言えば、あの男をヴァジュラに引き渡す事をすっかり忘れていた。リーナは恐らくチロチンがどうにかしたから心配は無いが、あの男に勝手に動かれるのは…………いや、彼の能力はこちらの世界では法則として機能しない。放っておく分には別に良いのか。
そうでなくとも、きっとナイツの誰かしらが位置を把握しているだろう。彼の事を気にするのは帰ってからでいい。これはまた、アルドの我儘だが―――
今だけは。彼女の手の温もりを、純粋に感じていたいのだ。
体全体を捻って最高速で大剣を振り払うと、防ぎきれると思っていたクリヌスは真正面から防御。勢いも減殺されぬ内に彼の持つ武器がへし折れて、彼の耳を、鈍痛染みた激痛が劈いた。手応えは十分。三半規管を叩き潰されたクリヌスは吹き飛ばされ、何度も海岸の砂浜を跳ね返って吹き飛んだ。
彼と戦い続けて二時間は経過している。今のが初めての攻撃であり、こちらは傷一つ負っていないとはいえ、ここまでに何度刃を突き立てられたか。
クリヌスは直ぐに立ち上がって、再びこちらへ駆け出してくる。いつの間にか作り出した剣は先程と何の代わりも無い様に見られたが、彼の『瞳』がその剣の真実を見抜いてくれた。あの剣は異名持ち等ではないが、フルシュガイドに生活する至高の職人が鍛えた上位の武器。並の武器では歯が立たず、今の大剣では為す術もなく真っ二つにされてしまうだろう……このままでは。何の為に彼の『瞳』を移植したと思っている。それはこのような事態に陥った時、相手との実力差を極限までひっくり返す為だ。
カシルマは自らの大剣を視界に収め、本来の能力を発動。不可侵の特性を与えると共に、触れた物体の強度に拘らず粉砕する特性を付加し、続いて電撃変換の特性を付加。迫りくる彼の剣戟を受けた瞬間、彼の身体が大きく跳ねた。
―――もらった!
彼が怯んだのは、彼我の剣戟に発生した火花が電撃となって両者に伝播したからだ。こちらは魔力を通さないが、あちらは普通の人間。彼が怯んだその隙に、自分は最大限の攻撃を叩き込める。鎬を盾に彼を突き飛ばして、カシルマは渾身の力で大剣を振り下ろした。大剣の特性である重さを利用する為、敢えて不安定な片腕で。こんなあからさまな隙を突かれた攻撃に、通常であれば為す術もなく叩き切られていただろう。しかしそこは『勝利』の後継者たる男、僅かに残っていた間隙に刃を差し込み、その一撃を防御。今度は武器がへし折れる事は無く、その事実は明らかな隙をクリヌスに与えていた。片手で振り下ろしてしまった以上、彼の懐は無防備。斬り抜けるには、あまりに温すぎる程だった。
頭の上に置いた刃を一瞬だけ持ち上げ、直後。脇に構え直したクリヌスは瞬息の踏み込みでカシルマへと肉迫し、その脇腹を切り裂いた。刃は彼の体質に阻まれる事無く抜けて、深々とした傷跡を残す。手応えは確かで、クリヌスも、最初は残心を入れようかと考えた。しかし、第六感的感覚から振り返り様に真正面を薙ぐと、既に振り下ろされている途中だった剣戟と衝突。魔力の火花が飛び散った。
身代わりの権能だ。手応えがあったのも、彼の『瞳』によって存在を与えられていたからそう感じただけ。クリヌスもそれを見抜けていなかったのだが、ではどうして躱せたのかと言えば、それは超常的な感覚による危機感知のお陰である。深い理由は無い。それさえなければこちらの一撃は通っていた。叩きつけられた大剣を引き戻し、カシルマはもう一本の大剣を手元に作る。今更驚きはしない。アルド・クウィンツの弟子であるのなら、それくらいの技術があっても特に不思議は無い。今まで散々理不尽な目に遭ってきたのだ。この程度の理不尽が訪れても、古い友人を迎える様な気分になってしまう。
とはいえ、理不尽は物理的に起き得なくしなければ決着しない。そして理不尽を潰せるのは同じく理不尽だけである。彼の瞳を利用して、カシルマは彼の背後へ転移。振り返り様に首を薙ぎ、一撃で決着をつけにかかる。対するクリヌスも、それに応じる様に背後の剣閃を螺旋の流れで受け流し、片目へ刺突を放った。
互いに聞こえる息遣い。二人が見て、聞き、感じる事の出来る範囲は、いつしかそこまで狭まっていた。一撃一撃が必殺の威力を名乗るに相応しく、両者はそれをギリギリの所で躱し、切り結ぶ。
見る事も許されない刺突を僅かに躱して、致命傷の現実を拒絶する。体質にも拘らず躱したのは、その一撃は躱さなければならないという、これまた超常的な感覚の下にあった予感が原因だった。その予感が果たして真実のものかどうかを確認する事も兼ねて、敢えてカシルマは完璧に避けなかったのだが、どうやら真実だった様だ。魔力を一切通さない体質から、魔力を纏う攻撃すらも弾く筈の肌が、血液を流してその傷跡を証明している。原理は分からないが、クリヌスは自分への攻撃手段を持ち合わせているらしい。
足元の砂を剣先で弾き飛ばしつつ、後退。持っていた大剣を彼の方向へ投擲すると、砂に視界を奪われていたクリヌスは、突如視界に割り込んできた二つの塊に驚きつつも、冷静に捌いて対処。砂煙が払われて視界が明瞭になった時、カシルマの持つ『瞳』が、見たことも無いような色に変色していた。
直感的に不味いと悟る。だが、あまりにも時間を稼がれ過ぎていた。
「『死眸』」
その刹那。クリヌスは自身の身体が幾つもの破片に分解するのを感じた。彼の眼を潰せば防御は可能だろうが、ここまで距離を離されていてはギリギリ間に合わないといった所。
―――一時撤退ですか。
クリヌスは苦笑した。腹いせに他の騎士達を見殺しにしたというのに、これでは結局、事態は好転していない。彼女が何をされているかも分からないのに、逃げるしかないとは。
「三十六計逃げるに如かずとはこの事ですね……!」
『瞳』の能力が発動されると同時に、クリヌスの姿は虚空へと消え去った。ここで彼を仕留められれば最善だったのだが、自分では実力が足らなかったらしい。ドロシアを連れて来れば良かっただろうか。彼女であれば、何処へ転移しようとも転移先自体を書き換える事が出来る。
「……だが、暫くは来れない筈だ」
認識した限りでは、彼の片腕はしっかりと殺した。あの片腕を治癒しなければ、幾ら彼と言えどアルド一人を相手にする事もままならないだろうから、これで暫くの間は、こちらに船が来る事は無いと思われる。来ても、アルドの部下でどうにかなる程度の筈だ。フルシュガイド最大戦力である『勝利』の片腕が失われた事実は、あちらにとっては決して軽くない。
カシルマは移して間もない瞳を抑えて、体質行使の代償である頭痛に驚愕した。これはもう頭痛で片づけられる痛みじゃない。頭を何度も何度も金打ちの如く叩かれている気分だ。彼はこんな痛みを常に感じながら、日々を過ごしていたのか。
「お前も大変だったんだな…………いや、何でもない。お前の魂があるとすれば、それはここじゃない。こんな所で喋っても、お前には届かないよな?」
水平線の彼方を一瞥してから、カシルマは町へと戻っていった。潮風が目に染みたか、向かい風が滴る涙を運び去る。
彼女の唇から顔を離す頃には、彼女の頬はすっかり上気していた。
「…………下手、だったか?」
「は、はい。下手で……した」
そう貶されてもアルドの調子が戻らなかったのは、彼女の下半身から伸びる尻尾が、これでもかとばかりに振れていたからである。俗に言葉よりも体は正直とも言われるが、ヴァジュラの状態が正にそれだった。ここまで露骨だと、彼女が恥ずかしさを隠すために敢えて貶してきたのだという事がむしろ正直に言われるよりも分かってしまって、辛い。彼女を見ているだけなのに、只々辛い。辛すぎる。今すぐにでも抱き締めて、彼女の全てを喰らいたい気分になる。
しかしその邪は思いの上でしかなく、それをする勇気にしろ度胸にしろ、アルドには無かった。つくづく己の弱い事を恨むと共に、どうして自分はここまで女性の扱い方を知らないのかと嘆いた。自分がもう少し顔が格好良く、そして女性に慣れていればこんな事には……まあ、今更顔をどうこう言おうとは思わない。顔で判断されて相手にされないのはいつもの事だ。時にはこちらからは何もしていないのに、最初から拒絶されているという事すら、騎士時代にはあった。それを思えば今更嘆くのは正直しょうもない。こんな自分でも愛してくれる女性が、少なくとも目の前には居るのだ。彼女達の為にも、自らを卑下するのはやめておこう。
見かけ上は口元を釣り上げて、アルドは立ち上がった。
「……そろそろ戻ろうか。あんまりここに居ても、心配されてしまいそうだし」
「そ、そうですね。ちょっと名残惜しいですけど……戻りましょうか」
「え?」
「何でもないですッ」
聞こえていなかった訳ではない。彼女の言葉はむしろしっかりと聞いていた。あんな反応をしたのは、照れ隠しのつもりである。
……というのは嘘で、彼女が自分と同じ思いだった事に、驚いてしまっただけだ。そも、自分に照れ隠しの様な高度な技術は使用出来ない。勝手に勘違いを起こすくらいが精々だ。
ヴァジュラの手を取って立ち上がらせると、彼女は虚空から『魂魄縛』を取り出して、アルドと繋がれた手に巻き付ける。
「……もう、離しませんから」
「……ああ」
彼女が望むならば、いや、ナイツが望むならば。やはりまだ、死ぬ訳にはいかないらしい。彼女の笑顔を見ていると、何だか今までの出来事が全て報われた様に感じる。執行者戦も無事に終了して、今、ようやく。自分は心の底から、安堵の吐息を吐けるのかもしれな―――
「―――あ」
「……どうかしましたか」
「い、いや。それじゃあ、戻るか」
そう言えば、あの男をヴァジュラに引き渡す事をすっかり忘れていた。リーナは恐らくチロチンがどうにかしたから心配は無いが、あの男に勝手に動かれるのは…………いや、彼の能力はこちらの世界では法則として機能しない。放っておく分には別に良いのか。
そうでなくとも、きっとナイツの誰かしらが位置を把握しているだろう。彼の事を気にするのは帰ってからでいい。これはまた、アルドの我儘だが―――
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