ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

無敵の弟子と後継者

 リスド大砂漠より遥か東にある海岸、リスド海岸。そこに一人座る男の姿があった。かつて地上最強と呼ばれた男、アルド・クウィンツの弟子である、カシルマ・コーストだ。彼は海岸に座して待ち、来たる敵に備えて、水平線の彼方を見つめ続けていた。一度敗北した自分に、再戦する資格は本来ない。だが、彼の意思を継ぐならば、彼が命を賭して守ったモノは同じく守らなければならない。たとえば師である……アルド・クウィンツ。及びその従者達。クリヌスにどんな事情があってその刃を彼に向けているのか知らないが、彼がアルドを殺そうと言うのなら、自分は彼を守るまで。一度目こそ敗北したが、次は勝つ。だから自分は、彼の瞳を奪い取った。今度こそ確実に、少なくとも彼等の船を退けられるように。
 そうして待つ事一時間。再戦の時が近づいてきた。水平線の彼方より巨大な船が上り、その姿を現す。時間帯が時間帯だから薄暗くて良く見えない。早速カシルマは『瞳』の能力を発動させ、視界を通常通り機能させる。彼自身が何をしようとも、そもそも彼の特異能力は体質だ。体の一部分さえ移植すれば、同じ様に能力が使える。彼の能力は、彼と共に過ごした自分が良く分かっている。どんな出鱈目な能力でも、どんな出鱈目な道具でも、瞬時に作製して見せる。それが彼の持つ体質。それ程の体質を持っていながら彼は死んでしまったが、彼の能力がどれ程に規格外か。目の前の船はそれを示すのに丁度良いので、積極的に使っていくとしよう。
―――砕破。
 その発言と共に、船は鉈で縦に割ったように割けて、海の底へと沈んでいった。甲板からは命乞いをする騎士達の声が聞こえるが、カシルマと言えどそれに手を指し伸ばす気は無かった。勝手に付いてきていた、つまり彼らの責任だったとはいえ、あの騎士達は彼等を殺したのだ。船長としての務めとか、そういう事ではなく、人を殺しておいて、助けを求めるなんてあまりにも都合が良すぎる。助けを求めるとは弱者のすべき行為であり、そして弱者とは人を殺せない存在の事を指す。あの様な騎士達が弱者? 笑わせないで欲しい。彼等は一人前にも剣を取り、戦わんと一度は誓った存在。情けなく助けを乞うた所で、誰かが手を差し伸べてくれる訳もない。只一人、そんな甲板でも一切動じずに、こちらを見つめ返す者が居たが、彼は動こうとしなかった。周りの騎士達が手を出し足を出そうとも、彼は身じろぎ一つせずに、ずっと佇んでいた。
 来る。
 そう思った次の瞬間には、クリヌスの剣が喉元まで届いていた。何処から襲ってくるか分からなかったが、視界に収まってさえ居れば防御は出来る。飽くまで特異能力が宿っているのが『瞳』の為、視界を外れると防御は出来ないが、どちらにしてもカシルマの体質は師という例外を除き無敵。その辺りの欠点に心配は要らない。
 では何故防御したのか? 分からないが、あの瞬間、死ぬと直感したのだ。
「未来を書き換えましたか……カシルマ」
「流石に、先生の後継者と言うだけはあって、観察力はずば抜けているんだな」
 先程の攻撃、実を言えば確実に当たっていた。しかしその直前に自分が未来を書き換えて、防御をしたという方向へ操作した事で、攻撃は当たっていたのに、防がれた結果にすり替わったのだ。これが彼の遺した力、彼が持ち、遂にカシルマが全力を見なかった、八百万の神々を冒涜する力。だからか、口調は自然と、彼の方向に引っ張られていく。
 こちらの変化に目敏く気付いたクリヌスは、それが何なのか理解も及んでいないのに、警戒を強めた。
「その瞳……カシルマ。『勝利』としてではなく、クウィンツさんの弟子として聞きます……死んだんですか?」
「……ああ。勝手に死にやがったんだよアイツは。何もかも丸投げして、クソ野郎だ」
「……そう、ですか。まさか彼が死んでしまうとは。いや、失礼。同じ師を持つ弟子として、花束の一つでも手向けたかったですね。墓は……教えるつもりは無いんでしょうね。彼の体質は、世界の均衡を崩しかねない程の力ですから」
「お前を殺したら、一緒の墓に入れといてやるよ」
「そのつもりはありませんよ。クウィンツさんとの約束を破ってしまうのは、私としても本意ではないので」
 二人の背後で、船は幾人の叫び声と共に深海へと沈んでいった。その中にはここに佇むクリヌスへ向けられた憎悪の声もあったが、彼が気にした様子はない。
「助けないのか?」
 もしもカシルマが同じ立場であれば、きっと助けただろう。仮にも同じ船に乗っている仲間だ、自分で言うのもなんだが、こんな理不尽な攻撃で仲間には死んでほしくない。と、そういう優しさを狙って自分はあんな攻撃を仕掛けたのだが、表情を見る限り……彼は全てをお見通しの様だった。後はもう、自分が直接彼を殺すより手段がない。
 戦いの火蓋は、クリヌスの魔力解放と共に切って落とされた。
































 これがアルドの示せる最大の誠意。虚空から取り出した指輪は、誰にも渡す予定が無かったもの。いつの日か誰かに渡す為に、アルドが自らの手で作り上げた、白銀の指輪である。構造自体に変化は無いが、円環の外側にはフルシュガイドの剣が外側を向いてあしらわれており、それには、どんな敵が来ようとも守って見せるという意味が込められている。
―――もっとも、これはアルドが作った訳では無い。
 突然の矛盾に困惑するだろうが、事実である。これはアルドが作った物だが、アルドが作った物ではない。語弊の無い様に言えば、自分の知らぬアルドが、とある人物の為に作った指輪であり、自分はそれを剣の執行者経由で譲り受けたに過ぎない。
 別のアルドに対してあまりに失礼過ぎる行動だが、彼は…………いや、知らぬ事を語る事は出来ない。が、自由に使って良いとの事だったので、こうして自由に使わせてもらった。
 彼は彼の大切な者に渡し、自分は自分の大切な者にこれを渡す。やっている事は何も変わっていない。
「これを、僕に?」
「お前が頷いてくれたんだ……しかし、それはお前の意思を捻じ曲げてまで、獲得した肯定。これくらいは報いてやらないと、私は男としても、王としても失格だ。本当に……申し…………いいや、もうやめておこう。お前には、行動で示す」
 アルドは目の前の少女と向かい合って、その後頭部を引き寄せた。
「い、今か………………ら。ディ――――――ディープな、き、き、キスを……する、ぞ? い…………いいか、な?」
 自分でも全く分かっていなかったが、改めて自分のやろうとしている事を自覚すると、途端に恥ずかしくなってくる。目の前の存在が泥人形とかであれば、まだアルドは冷静になれただろうが、生憎『狼』の魔人ことヴァジュラである。見ているだけで柔らかさが伝わってきそうな唇が近づくだけで、とてもじゃないが正気を保てない。
「は、はい。どう…………ぞ?」
 どうしてメグナの時は出来て、彼女には出来ないのか。メグナの時は、それ程恥ずかしがらずに出来たと思うのだが、少し状況が違うだけでこうも恥ずかしさが違うのか。
 しかし、本人から許可も得られたので、アルドは必死に抑え込んでいた欲望を……ほんの少しだけ自ら漏出させた。
「んぐッ―――!」
 彼女の身体を壊さない範囲で抱き締めて、アルドは彼女の唇に吸い付いた。

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