ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

僕に出来る事

 ユーヴァンの協力もあって、アルドをデートに誘う場所が決まった。正確に言えば彼だけに頼っていたら、道中で遭遇したファーカとチロチンから色々と教えてもらっただけの話だが、本来、自分が全てやらなければならない事を全て代わりにやってくれた事は有難かった。全く関係ない他人の悩みに、二人は快く協力してくれたのだ。
「あ、有難う。二人共」
「気にする事は無い。私達は同じナイツだろう。それに、アルド様に安らぎを与えたいとは、随分前から私も思っていた事だ。お前がそれをやろうと言うのなら、惜しみなく協力するのは当然の事だ」
「私の時はアルド様が誘ってくれましたが、今のアルド様にその余裕があるとは思えません。貴方達とは別な方法で、私もアルド様に…………ええ、民衆の言う事に耳を貸さないで欲しいと言ってみますが、あの人の性格上、気にしてしまうのは仕方のない事でしょう。微妙に業腹ですが、どうかよろしくお願いします」
 ファーカ自体、中々素直な魔人では無いが、そんな彼女もアルドの事とあれば途端に優しくなる。共通に慕う主の為とあらば、女性は謎の団結力を発揮するモノだ。二人が居てくれて、どんなに助かったか。自分に助言をくれた後、二人は手を繋いで街の何処かへと消え去った。魔人の恩知らずぶりは言葉を失う程に酷かったが、それとは全く別に美味しい店があるとの事で、また行ってくるらしい。『また』とは気になる事を言ったが、今のヴァジュラに問い詰める余裕も、時間も無かった。ユーヴァンと別れた後、ヴァジュラは一人で城へ戻ると、アルドの姿は無かった。彼が玉座に常時座っている事はあり得ないので、恐らく自室に居ると思われる。侍女の姿こそ見えるが、他のナイツの姿は見えなかったので、誘い時があるとすれば今だろう。これなら恥を掻いても、誰かに笑われる事は無い。アルドの部屋の前まで移動すると、大きく深呼吸をした。
 大丈夫、計画は万全だ。
 不安要素はアルドを誘う時だけ。それ以降は大丈夫だ。大丈夫だ、大丈夫だ。全く安心しきれていないが、大丈夫なのだろうか。いや、色々と教えてくれた二人の為にも、こんな所で不安がっていてはいけない。大丈夫だと信じたい…………全然駄目だ。考えこめばそれだけ、大丈夫という言葉が揺れている。もう深く考えるのはやめよう。自分の性格では、思考を進めてはいけないのだろう。
「アルド様、失礼します」
 扉を叩いて、反応を窺う。数分経って、中から「入れ」という声が聞こえてきた。ノブを回して足を踏み入れると、アルドはベッドに腰掛けて、重苦しい雰囲気の中で待っていた。その様子はさながら死刑執行を待つ罪人が如き態度で、間違ってもこれからデートに行く様な雰囲気では無かった。
「アルド様。その……誘いに、来ました」
「…………ああ、知っている」
 言葉的に違和感がなさ過ぎる。やはり死刑執行の直前みたいだ。自分との約束を守ってくれるなら謝罪する事は無いだろうが、こんな状態の彼を連れて行っても自分にまで雰囲気が伝染しかねない。あまりこんな手段は使いたくないのだが、この手段を使えば殆ど確実的に彼の雰囲気は変化するらしいので、やった方が良い。
 ヴァジュラは彼の隣に座って手を取ると、その手を徐に持ち上げて―――彼女自身の豊満な胸に、押し当てた。
「…………えッ!」
 アルドは重苦しい雰囲気も忘れて、すっかり驚いてしまった。急いで手を離そうとしたが、ヴァジュラは鎖と共に手首を掴んでいる。握り拳を作ってしっかりと力を込めれば力量差は言うまでも無いが、胸と密着した状態でそれをやるのはアルドにとって自殺行為に等しい。そんな事をしようものなら、彼女の胸を揉みしだく事となる。その度胸がアルドには無かったので、この状況に持ち込まれた時点で実質的な詰みである。
「ななななな、何してるッ?」
「雰囲気が、暗いです。もう少し明るくなって欲しいな……と」
 未だに抵抗を試みるが、脱力していた所を突かれてはどうしようもない。むしろ力を込めれば込める程ヴァジュラの胸に手が沈んでいく気がして、アルドは遂に抵抗をやめた。その方がまだ負担が少ないと思っての判断だ。実際、間違っていない。自分だってこんな真似をする事になるとは思わなくて、凄く恥ずかしい。だのに行えたのは、それ以上に彼の手が触れている事に嬉しさを感じていたから、躊躇なく実行出来たに過ぎない。
「待て、落ち着け。私を明るくさせる方法がどうしてこれなんだ。もう少し良い方法が……その前にいい加減離してほしいな。そろそろ理性が死にそうだ」
「じゃあ、約束してください。死を目前にしたかのような頽廃的な雰囲気を纏うのは、やめるって」
「魔王の名の下に約束しよう。お前とのデートが終わるまでは、陰鬱な雰囲気にはならない様に努力する」
「努力?」
「する。します! はい、ええしますとも! 是非やらせていただきます!」
 鎖と共に手を離すと、彼は虚空でヴァジュラの胸の掴み心地の様なモノを、手を開閉して確かめていたが、やがて全てを消し去るかのように首を振って、立ち上がった。
 余談だが、これはチロチンの案である。 
『アルド様は自身以上に他人を優先する傾向がある。そしてそれは、恋愛的方面において最も顕著だ』
『どういう、事?』
『お前の胸でも触らせてやれば、あの人はお前に対する気遣い、それと恥ずかしさから、今までの感情よりも優先させて動揺を表すだろう。もしもデートに誘えるような雰囲気じゃ無かったら、やってみるのは一つの案だ。ファーカには、勧められない案だがな』
 彼は未来予知者か何かなのだろうか。しかし助かった。お蔭でアルドの雰囲気は、ヴァジュラの良く知るモノに戻ってくれた。これで安心してデートに誘う事が出来る。
「次に暗くなったら、またやりますから」
「…………大丈夫だ。今暫くの間は何も考えない事を心に誓った。天変地異が起きようともお前に情けない姿は見せないから安心してくれ」
 アルドにしてみれば、まだ平手打ちを喰らった方がマシだった。普通の男性であれば嬉しいし、アルドも彼女の身体に触れる事を、全く嬉しくないのかと言えば嘘になってしまうのだが、これは時と場合が悪すぎる。それなのに当の本人から脅迫気味に告げられて、アルドは精神的な拷問を受けている気分になった。理性と本能の間で精神が悲鳴を上げている。彼女の体を貪り尽くすのは簡単……恐らく自分では一日二日で到底味わえ尽くせないだろうが、そういう事では無くて……だが、それが人間のして良い事だとは思わないので、この拷問には真っ向から立ち向かう所存だ。そうでも思わないと動揺を抑え込めない。
「で、何処に連れて行ってくれるんだ」
 アルドが誘われている側なのに、手を差し伸べているのはアルド。これではまるでヴァジュラが誘われているみたいで、アルドが誘っているみたいだ。今の状況とアルドの精神状態及び性格から言ってそんな事はあり得ないのだが、ヴァジュラ自身の内気な性格のせいで、そう見えても違和感がなかった。
「え、えーとその……付いてきてください」
 今更になって恥ずかしくなってきて、足早にヴァジュラが部屋を出ようとすると、その片腕を引き留める力があった。アルドである。彼が自分から、こちらの腕を取ったのだ。呆然としていると、こちらの様子に気付いたアルドが、格好つけた口調で、
「この腕は、お前達を離さない様にあるモノだ。その…………まあ、そういう事」
 事実は耳まで真っ赤にして格好がついていないが、ヴァジュラはとても嬉しかった。目を逸らすでもなく、互いに見つめ合った状態で、アルドがそんな事を言ってくれたから。今だったらもう少し―――積極的になれるだろうか。
 ヴァジュラは彼との距離を詰めて、手を繋ぐのではなく腕を組んだ。そして若干胸を押し付ける様に、身体を傾けた。
「お、おい。そのやり口は聞いていないんだが」
「……何の事?」
「は?」
 ここに来てすっとぼけてみる。彼の視線が露骨に胸へ下りるが、その後は何処を見ているかも一々理解してられない程、瞳が滅茶苦茶に動き回った。
「いやだから、お前の……………………胸が……………………当たって―――」
「え?」
「う………………な、何でもない」
 可愛い。ヴァジュラがもう少し積極的で、フェリーテの様な大人の余裕を持ち合わせていたら、思わずアルドを子供の様に抱きしめていたかもしれない。成程、アルドを揶揄うのが楽しいとはこういう事か。彼の反応は、まるで初めての感情に戸惑う少年の様に初々しくて、凄く…………見ていて愛らしい。彼の年齢的にそんな事があり得る筈は無いのだが、今のヴァジュラにはそう思えた。
「それじゃ、行こ」
「あ、ああ」
 再び歩き出したアルドは、かなりぎこちなかった。



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