ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

どうして貴方は頑張るの?

 三人で話した結果、どうやってもアルドを休ませる事は出来ないという結論に至った。彼は『皇』に縛られている。彼女の死が、アルドを永久にここへ縛り付けているのだ。彼女の事は今でも友人と思っているが、そんな友人が残してくれた言葉は、最愛の人を何よりも傷つけている。他のナイツも恐らくは同じ事を思っているだろうが、言わないのはオールワークへの配慮か、それとも、アルドをここまで生き永らえさせているのも彼女の存在のお陰である事に気付いているからか。
 彼女さえ、生きていれば。
 彼女が生きていれば、今のアルドを見てどう思うだろうか。もうやめて欲しいと言うのだろうか、それとももっと……続けて欲しいと? きっと前者だと信じたい。民衆達のあの態度を見て、まだ味方をしようと思える方が不思議なのだ。つまりアルドは、大分頭がおかしい。そんな彼だからこそ自分達を助けてくれた事は分かっているが、だからと言って彼の甘さは容認出来る様な程度を遥かに通り過ぎている。どうにかして彼にその事を教えてくれる事が出来れば、彼も戦いを放棄するのだろうが…………その手段について考えた場合、フェリーテと言えど言葉に詰まる結果に終わる。それくらい最愛の主たるアルドの精神は行き過ぎていて、もうとっくに、手遅れだった。彼に全てを救ってもらったから、今度は自分達が彼を……と。そう思っていたのに、彼はどうやらそれを望んでいないらしい。ずっと自分を痛めつけて、抱え込んで。感情は昔と比べると日常的には良く出るようになったが、その本質は欠片も変わっていない。何処までも英雄的で、超常的。特殊な存在には好かれる一方で。普遍的な存在には種族に拘らず嫌われる……いや、利用される存在。
 彼が人間であるのは紛れもない事実だが、魔力を扱えぬ事で非人間とされ。
 他でもない魔人に頼まれて魔王になったのに、人間が上に立つ事を許容出来ぬ魔人達に恨まれ、憎まれ、蔑まれ。
 仮に人間を光、魔人を闇と表現するならば、彼はその中間―――夕闇に立つモノと言えるだろう。彼だって好きでそこに居る訳じゃない。どっちにも居場所が無いから、そこに居るだけ。それなのに都合の良い時にはどっちにも駆り出されて、用が済めば追い出されて。それだけでも罪深いのに、挙句彼はその生き方を後悔していないらしい。
―――アルド様。
 ヴァジュラは己の非力を嘆いていた。どんな生物にだって届くこの鎖も、彼の心には届かない。腕を縛れば腕を落とし、足を縛れば足を落とし、首を縛れば首を落とす。それでも彼は進んでいく。魔王になって欲しいと言われたから。それが今の彼にある唯一の存在意義だから。止められない、助けられない。自分では彼を救えない。
「……はあ」
 柄にもなく、溜息が出る。無理やり彼を襲ってしまえば、彼は元気になるだろうか。自分の身体一つで彼が元気になるのなら、一か月だって一年だって、彼にこの体を捧げ続けるのだが。勿論、そんな事はあり得ないと分かっているからしない。単純に恥ずかしいのもあるが、彼を困らせたくない。この想いが矛盾している事にもヴァジュラは気付いていた。救う側にある筈の彼を救うという事は、必然的に彼を困らせる事になる。その一方で彼を困らせたくないなんて、あまりにも矛盾している。でも、直そうとは思わなかった。困らせたくないのなら只救われていればいい話だが、その状態が続く事を快く思っていなかったから。
 部屋を出ると、丁度フェリーテの部屋からアルドが出てきた。目にはうっすらと悲哀の膜が張っているが、彼がそれに気づいている様子はない。こちらの存在には気付いていると思うが、アルドは一瞥もくれずに自身の部屋へと足を進めた。
 ここで彼を止めなければ、もう本当に、絶対に、彼を救えない。理由もなく直感したヴァジュラは直ちに鎖を伸ばして、彼の身体を拘束した。
「……普通に止めて欲しいんだが」
「…………僕と、今夜。デートしませんか」
「―――え?」
 途端にアルドの顔は、日常的によく見るべき間抜けな顔になった。
「お、お、お、俺と? ち、違う。私とか? 随分……急な話だな」
「嫌、ですか」
 この言い方は随分と卑怯な部類に入る。こんな言い方をされて、アルドが断れる訳が無いのだ。案の定、アルドは勝手に狼狽して、小刻みに頭を振った。
「違う、違う違う。ただ―――場の空気的に、誘ってくれるとは思わなくてな。その―――済まないな。お前達から誘われる分にはこうして何の問題も無いのに、私から誘うとなると勇気が無くて。今だって、私が誘うべきなのにな」
「それ、やめてください」
「え?」
「僕とデートをしている間は……謝らないでください。アルド様は最初からずっと、何も悪くないんですから」
 ここまで来ると一種の癖では無いかと思えてくるが、それでもヴァジュラは彼に何としてでもその言葉を止めさせたかった。悪くもないのに謝るなんて間違っている。彼が魔人に恨まれる理由は分からなくもない。実感は湧かないが、自分だって親族を殺されているのだ。でも、それは昔の話で、今のアルドは味方だ。何も悪いことなどしていない処か、むしろ魔人の為にと尽力しているでは無いか。全体的に見た善悪はさておき、魔人から見て紛れもない善行をしている彼が、どうして謝り続けなければならないのか。過剰なくらい褒め称えろとは言わないが、彼は身も心もボロボロなのだ。そんな彼を労う事くらいはしても良いだろうに。
 誰もしないと言うのなら、自分がする。彼をどうしても救いたい。彼に何と思われようとどうでもいい。彼に救われたこの命、この身体は他でもない自分のモノだが、だからこそ彼の為に使う。自分の意思で、明確に。彼が何と言おうと知った事じゃない。自分の意思で自分の体を使って何が悪いのだ。
「じゃあ……その、いつにするんだ?」
「僕がまた誘いに来るので、その時にお願いします」
 今すぐに連れて行かないのは、どうすれば彼に休息を与えられるのか浮かんでいないからだ。夜になるまでそれなりに時間がある。その間に自分は何をしてやれるのか、じっくり考えを纏めなければ。ぺこりと頭を下げてから、ヴァジュラは城の外へと歩き出した。ナイツの誰よりも魅力は劣ると思っている自分だが、彼を助けたいという思いだけは譲るつもりは無い。
「うおっと、ヴァジュラッ」
 城門の所で丁度ユーヴァンとすれ違った。先程の姿を見せてしまった事を無かった事にすべくユーヴァンは愉快な人格を演じようとしたが、何か思いつめた様子を見せるヴァジュラを見ていたら、彼の雰囲気はかつてのモノに戻っていた。
「……どうかしたか?」
 構わず歩き出すと、逆方向に向かっていた筈のユーヴァンが歩調を合わせて付いてきた。彼とこうして肩を並べて歩くのも、随分久しぶりの事に思える。
「やっぱり、演じてくれてたんだね。僕を楽しませる為?」
「……俺様ではお前を救えなかった。ならばせめて、お前を笑顔にしようと思ってな。他の奴等も道化な俺様の方が見慣れているから、続けていた訳だ。幻滅したか?」
「……ううん。いつも感謝してるよ。ユーヴァン、有難う」
 寂しさの吹っ切れた笑顔で笑いかけると、彼の顔が火でも噴く予兆の様に赤くなった。突き出た尻尾が不規則に揺らめき、地面を不規則に叩きつける。そしてどうやって照れ隠しをしたものかと、鼻の筋を掻いた。他のナイツが居ない今だからこそ、彼とも腹を割って話せる。こうしてわざわざ自分に付いてきたのも、彼の性格を考慮すると、自分の様子が気になって戻ってきたというのが自然である。アルドの事が大好きである事に代わりは無いが、親友としてユーヴァンもまた、自分にはなくてはならない存在だった。
「あ、そうだ。ねえ、一つ相談していいかな」
「俺様で良ければ、質問に乗ろう」
「アルド様に休息をしてもらいたいんだけど、ねえ。どんな事をすれば、アルド様は安らいでくれるのかな?」
 恋愛相談、という訳では無いが、この手の相談は女性よりも男性にした方が良いという話を何処かで聞いた事がある。何でも女性だと、相談された側ですら気づかない内に、失敗する方向へ誘導してしまうとか。勿論彼女達を信じていない訳では無いが、近くに居て、特に気の置けない仲であるユーヴァンに相談した方が、自分としても心の負担が軽い様に思えた。想定外の相談に彼は尻尾で動揺を露わにしたが、直ぐに思考へと移行した。
「…………俺様の思う限りじゃ、まず森林に連れて行った方が良いだろう。『邂逅の森』はやめておいた方がいいだろうが」
「どうして?」
「生命の息吹を感じられるような場所でない限り、アルド様の身体が休まるなんて事は可能性すら生まれない。特にこんな所では、ずっと気を張ったままだろうからな」
 成程、森か。この辺りの森に詳しくは無いのだが、せっかく作った猶予はその調査にでも割り当てた方が良いのだろうか。適当に町を歩いてそんな事を考えていると、またユーヴァンが言った。
「光が差し込む場所が特に良いだろう。あんまり暗すぎては、雰囲気も出ない」
「……一応、夜にするつもりなんだけど」
「月光が極寒の光だと誰が決めたんだ? それと、別に光で温まれと言っているんじゃない。光の差し込む場所で笑顔の一つでも見せてやれば、あの人は安らいでくれるんじゃないかと言いたいんだ」
「何それ」
「アルド様と俺様達が出会ってそれなりの年月が経った。今のお前がどれだけ幸せなのか、あの人の前でハッキリと示してやれば、あの人も自分のした事が報われたと思って、気持ちが楽になるんじゃないかって話だ」
 アルドの話をする度に、民衆達がこちらを向いていた事に二人は気付いていた。その上で敢えて会話を止めなかったのは、彼等に決意を表明する為だ。
 自分達は魔人に仕えているのではなく、アルドに仕えていると。我が主が夕闇を歩き続けるのならば、我らもそれに付き従い、共に朽ちると。
 アルドの優しさの上で今の生活が成り立っている事を民衆は知らない。彼が優しい……甘いからこうなっているだけで、一度彼が命じれば、自分達は皆、この恩知らずな魔人達を皆殺しにするだろう。同族殺しと罵られようと、ナイツ達に―――少なくとも、ヴァジュラに迷いはない。その同族とやらに虐げられていたのは自分だし、それを救ってくれたのは…………
 ヴァジュラは、あの時言ってくれたアルドの言葉を思い出す。あの言葉が、今でも自分の心の支えとなっている事を、彼は知らない。
























 

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