ワルフラーン ~廃れし神話
時代は変わりゆく
時間はそう経っていない筈なのに、どうしてだろう。大聖堂に居た頃が何だかとても懐かしく思えた。大陸の安定化に努めた際、拠点にしたというのにだ。あれを抜けば、確かに大聖堂を拠点にしていたのは…………ああ。それこそ本当に懐かしい。
思えば、本格的に大陸奪還を始めてから三年が経っていた。あの時はまさかこんな事になるなんて思ってもみなかったが、何だかんだでここまでくる事が出来た。執行者との戦いによりレギ大陸の統治者は失踪し、冷却期間は置いているものの、殆ど大陸は奪い返した様なモノだ。仮に反抗されたとしても、まあ問題は無い。あの程度の人間達ならば今のアルド一人でも問題なく対応できる。
―――キリーヤも、成長したな。
今は十八歳くらいだろうか。『狼』の種族を捨てて人間になった彼女は、目に見えて成長していた。数年前に見た時は可愛らしい少女だったのに、今では立派な女性になっていた。あの様子では残りの寿命は八〇年くらいか。彼女には是非とも天寿を全うしてもらいたい。死に際を見失った亡霊は、そのまま永久に死に際を失って、遂に死ぬ事が出来なくなる……自分の事だ。だから死ねるのなら、いっそ死の見える時に死んだ方が良い。
ここまで自覚しても尚、アルドに死ぬ気は無いが、彼女にまで同じ事を押し付けるつもりは無い。英雄が何百何千と居るのだ、不滅の英雄もいれば、最後まで人である事を選び続けた英雄だって居ても不思議じゃない。自分は彼女に、同じ道を歩んで欲しいとはこれっぽっちも思わない。彼女には彼女なりの英雄道がある。もう手を取り合う事は無いが、どうか彼女の突き進む道に、幸福のあらん事を。
「アルドさん、お帰りなさいッ」
真っ先に出てきて応対してくれたのは、アジェンタにて共に無意味な二年間を過ごしてくれた少女、ダルノアだった。彼女が居なければ記憶は取り戻せなかった可能性が非常に高いので、アルドにしてみれば年下の友人でもあり、恩人でもある。そう言えば、彼女も出会った頃はキリーヤと同じくらいの年齢だったかもしれない。非常に微妙な違いだが、少し背が伸びたように思う。
「ああ、ただいま。えーっと……」
「ぼ、僕はヴァジュラ。宜しく」
「……はい。よろしくお願いします」
自分が居ない内にオールワークにでも仕込まれたのだろうか、彼女のお辞儀は一切の無駄がなく、とても美しかった。元々妙な気品というか、言い知れない神々しさを纏う少女だったが、礼儀を学んだ事でその高貴さに一層の磨きがかかった。年齢的にはドロシアの少し下と言った所だから、同等区的な問題も無い。結婚相手には困らなそうである。
「ここにはお前一人だけか?」
「いえ、エルアとトゥイ―二―さんが居ますけど、その……」
「その?」
ダルノアが背後を見せる様に体を脇に逸らすと、程なくしてアルドは彼女の言わんとしている事を理解した。彼女の背後では、エルアが少女の取れる動きとは思えない動きと速度で動き回っており、どうやら何かから逃げ回っているらしかった。ここまで言えばもう分かるだろう。彼女を追い回しているのはトゥイ―二―である。大人げなくも斧を持って、必死の形相で少女を追い回している。
「待てこらあああああああ! まだ調理途中だって言ってんだろうがあああああああ!」
「きゃああああああああッ! ごめんなさいいいいいいいいい!」
鬼ごっこをして遊んでいる訳では無さそうだったが、鬼気迫る表情で追跡されて、流石のエルアも涙目になりながら逃げている。二人のやり取りから、一体何が起きたのかを想像するのは難くなかった。
「……一応聞いておくが、何があった」
「えーと、オールワークさんが戻って、代わりにトゥイ―ニーさんが来たんですけど、あの人を見たエルアが『悪戯したくなった』とか何とか言いだして、それで事あるごとに悪戯してたらあんな風に」
悪戯を持ちかけたのはエルアか悪魔か。どっちにしても彼女は逆鱗に触れてしまった様だ。こうなるともう、彼女を止める手段は一つくらいしか思い当たらない。更に思い当たる手段は、こちらに負担が掛かるからあまり気乗りしないのである。
とは言っても、このまま大聖堂を荒らされ続けると、自分までオールワークに叱られる羽目になる。怒った顔の彼女も可愛いからそれもまた一興……くらい言えれば、自分はもう少しナイツとの親睦を深められているだろう。
アルドは虚空から王剣を取り出し、足元に突き立てた。
「超越せしは我が理。聞くべき、世界の法よ。黄金郷より生まれし我らが剣が、汝に命ず―――」
「アルド様、待って」
またもや王剣の能力をこんな下らない事に使うのかと考えていた矢先、沈黙を保っていたヴァジュラが前に出た。こちらを一瞥した彼女の瞳には、どうか自分に任せて欲しいという願いが込められていた。今まで散々無茶してきたのに、こんな所でまでナイツの想いを踏み躙る事は出来ない。アルドは彼女の隣に並んで、事の成り行きを見守る事にした。
「隷魂『言質』」
虚空から篭手を引き抜いたヴァジュラは、慣れた動作で素早く二人に篭手を向け、鎖を射出。どんなに素早い動きであったとしても、彼女の鎖は生物に反応する。空中機動戦を繰り広げていた二人は、間もなく地面に墜落した。動きの止まった二人は、見事に両手を背中で縛られていた。
「僕に隷属するか、それとも今すぐその争いをやめるか。声に出して選んで」
「ヴぁ、ヴァジュラ様ッ! しかしこいつが……」
「アルド様の御前。下らない争いは、やめて」
普段は気の弱い彼女だが、今はどうしてしまったのだろうか。ナイツの中で一番気が弱い存在とは思えない程発言に凄みがあり、あのトゥイ―二―をそれだけで黙らせてしまった。あの、と言われて実感が湧く人物は少ないだろうが、彼女は反抗心がとても強い。その彼女を一言で黙らせる事が出来るのは、基本的にオールワークしか出来ない事だと思っていたが―――
「貴方も、分かった? アルド様が困ってるの。やめてくれるよね」
敬語を知らぬエルアに至っては、恐怖のあまり言葉が出ていない。口元をパクパクと動かすだけで、彼女の求める返事の一文字も、言葉として成立させていない。
「どうするの? 争いをやめる、やめない? 『時限』の方を使わなかっただけ感謝して欲しいんだけど」
『時限』とはあの篭手から射出される鎖の一種で、万物に影響力を持つ錆を伝染させる鎖だ。その効力は、一定時間を過ぎ去った者……錆に染まり切った存在から生殺与奪の権利を奪い去り、その未来から魂の行き先さえも自在に操ってしまうというモノだ。分かりやすく言えば、一度錆に全身を侵された者は、その後に輪廻転生を経て別の人生を歩もうと、ヴァジュラの影響力から逃れられないという事。
それをわざわざ引き合いに出す辺り、彼女はかなり本気で怒っている。いや怒っていた。どうしてか分からないが、かなり機嫌が悪いようだった。
「…………や、やめます。やめますやめます」
「やめる」
怯え切った二人からようやく返事が聞けて、ヴァジュラは穏やかな笑顔を浮かべた。
「そう。言質はもう取ったから、嘘は吐いちゃ駄目だよ」
今の彼女と相対して嘘を吐ける度胸が二人にあるとは思えない。何せアルドすらも、目の前で繰り広げられたやり取りに、冷や汗を掻かずにはいられなかったのだから。役目を果たした鎖が篭手に戻り、それに応じてヴァジュラもこちらを振り向いた。
「終わりました」
「あ…………ああ。有難う」
二人にこんな恐怖を味わわせるくらいなら、自分が王剣を使ってやった方が良かったかもしれない。ヴァジュラが止めると言い出した瞬間からあれを使う事は分かっていたが、果たしてこんなやり方だっただろうか。もう少し穏やかでお淑やかだと思っていたのは、アルドの勘違いだったのだろうか。あんな事をされた後では、少し話しにくい。二人に近づいたアルドは、どうやって雰囲気を回復させようか思案した挙句……二人に手を差し伸べた。
「エルア、トゥイ―二ー…………ただいま」
可及的速やかに、アルドは脳裏に刻まれた恐怖映像を抹消した。普段は温厚だったり気の弱い人物が怒ると怖いと言うのは、今回の事で紛れもない真実であると思い知った。
怒れば手が付けられないのはファーカだが、怒ると何をするか分からないという意味での怖さは、彼女がダントツかもしれない。
思えば、本格的に大陸奪還を始めてから三年が経っていた。あの時はまさかこんな事になるなんて思ってもみなかったが、何だかんだでここまでくる事が出来た。執行者との戦いによりレギ大陸の統治者は失踪し、冷却期間は置いているものの、殆ど大陸は奪い返した様なモノだ。仮に反抗されたとしても、まあ問題は無い。あの程度の人間達ならば今のアルド一人でも問題なく対応できる。
―――キリーヤも、成長したな。
今は十八歳くらいだろうか。『狼』の種族を捨てて人間になった彼女は、目に見えて成長していた。数年前に見た時は可愛らしい少女だったのに、今では立派な女性になっていた。あの様子では残りの寿命は八〇年くらいか。彼女には是非とも天寿を全うしてもらいたい。死に際を見失った亡霊は、そのまま永久に死に際を失って、遂に死ぬ事が出来なくなる……自分の事だ。だから死ねるのなら、いっそ死の見える時に死んだ方が良い。
ここまで自覚しても尚、アルドに死ぬ気は無いが、彼女にまで同じ事を押し付けるつもりは無い。英雄が何百何千と居るのだ、不滅の英雄もいれば、最後まで人である事を選び続けた英雄だって居ても不思議じゃない。自分は彼女に、同じ道を歩んで欲しいとはこれっぽっちも思わない。彼女には彼女なりの英雄道がある。もう手を取り合う事は無いが、どうか彼女の突き進む道に、幸福のあらん事を。
「アルドさん、お帰りなさいッ」
真っ先に出てきて応対してくれたのは、アジェンタにて共に無意味な二年間を過ごしてくれた少女、ダルノアだった。彼女が居なければ記憶は取り戻せなかった可能性が非常に高いので、アルドにしてみれば年下の友人でもあり、恩人でもある。そう言えば、彼女も出会った頃はキリーヤと同じくらいの年齢だったかもしれない。非常に微妙な違いだが、少し背が伸びたように思う。
「ああ、ただいま。えーっと……」
「ぼ、僕はヴァジュラ。宜しく」
「……はい。よろしくお願いします」
自分が居ない内にオールワークにでも仕込まれたのだろうか、彼女のお辞儀は一切の無駄がなく、とても美しかった。元々妙な気品というか、言い知れない神々しさを纏う少女だったが、礼儀を学んだ事でその高貴さに一層の磨きがかかった。年齢的にはドロシアの少し下と言った所だから、同等区的な問題も無い。結婚相手には困らなそうである。
「ここにはお前一人だけか?」
「いえ、エルアとトゥイ―二―さんが居ますけど、その……」
「その?」
ダルノアが背後を見せる様に体を脇に逸らすと、程なくしてアルドは彼女の言わんとしている事を理解した。彼女の背後では、エルアが少女の取れる動きとは思えない動きと速度で動き回っており、どうやら何かから逃げ回っているらしかった。ここまで言えばもう分かるだろう。彼女を追い回しているのはトゥイ―二―である。大人げなくも斧を持って、必死の形相で少女を追い回している。
「待てこらあああああああ! まだ調理途中だって言ってんだろうがあああああああ!」
「きゃああああああああッ! ごめんなさいいいいいいいいい!」
鬼ごっこをして遊んでいる訳では無さそうだったが、鬼気迫る表情で追跡されて、流石のエルアも涙目になりながら逃げている。二人のやり取りから、一体何が起きたのかを想像するのは難くなかった。
「……一応聞いておくが、何があった」
「えーと、オールワークさんが戻って、代わりにトゥイ―ニーさんが来たんですけど、あの人を見たエルアが『悪戯したくなった』とか何とか言いだして、それで事あるごとに悪戯してたらあんな風に」
悪戯を持ちかけたのはエルアか悪魔か。どっちにしても彼女は逆鱗に触れてしまった様だ。こうなるともう、彼女を止める手段は一つくらいしか思い当たらない。更に思い当たる手段は、こちらに負担が掛かるからあまり気乗りしないのである。
とは言っても、このまま大聖堂を荒らされ続けると、自分までオールワークに叱られる羽目になる。怒った顔の彼女も可愛いからそれもまた一興……くらい言えれば、自分はもう少しナイツとの親睦を深められているだろう。
アルドは虚空から王剣を取り出し、足元に突き立てた。
「超越せしは我が理。聞くべき、世界の法よ。黄金郷より生まれし我らが剣が、汝に命ず―――」
「アルド様、待って」
またもや王剣の能力をこんな下らない事に使うのかと考えていた矢先、沈黙を保っていたヴァジュラが前に出た。こちらを一瞥した彼女の瞳には、どうか自分に任せて欲しいという願いが込められていた。今まで散々無茶してきたのに、こんな所でまでナイツの想いを踏み躙る事は出来ない。アルドは彼女の隣に並んで、事の成り行きを見守る事にした。
「隷魂『言質』」
虚空から篭手を引き抜いたヴァジュラは、慣れた動作で素早く二人に篭手を向け、鎖を射出。どんなに素早い動きであったとしても、彼女の鎖は生物に反応する。空中機動戦を繰り広げていた二人は、間もなく地面に墜落した。動きの止まった二人は、見事に両手を背中で縛られていた。
「僕に隷属するか、それとも今すぐその争いをやめるか。声に出して選んで」
「ヴぁ、ヴァジュラ様ッ! しかしこいつが……」
「アルド様の御前。下らない争いは、やめて」
普段は気の弱い彼女だが、今はどうしてしまったのだろうか。ナイツの中で一番気が弱い存在とは思えない程発言に凄みがあり、あのトゥイ―二―をそれだけで黙らせてしまった。あの、と言われて実感が湧く人物は少ないだろうが、彼女は反抗心がとても強い。その彼女を一言で黙らせる事が出来るのは、基本的にオールワークしか出来ない事だと思っていたが―――
「貴方も、分かった? アルド様が困ってるの。やめてくれるよね」
敬語を知らぬエルアに至っては、恐怖のあまり言葉が出ていない。口元をパクパクと動かすだけで、彼女の求める返事の一文字も、言葉として成立させていない。
「どうするの? 争いをやめる、やめない? 『時限』の方を使わなかっただけ感謝して欲しいんだけど」
『時限』とはあの篭手から射出される鎖の一種で、万物に影響力を持つ錆を伝染させる鎖だ。その効力は、一定時間を過ぎ去った者……錆に染まり切った存在から生殺与奪の権利を奪い去り、その未来から魂の行き先さえも自在に操ってしまうというモノだ。分かりやすく言えば、一度錆に全身を侵された者は、その後に輪廻転生を経て別の人生を歩もうと、ヴァジュラの影響力から逃れられないという事。
それをわざわざ引き合いに出す辺り、彼女はかなり本気で怒っている。いや怒っていた。どうしてか分からないが、かなり機嫌が悪いようだった。
「…………や、やめます。やめますやめます」
「やめる」
怯え切った二人からようやく返事が聞けて、ヴァジュラは穏やかな笑顔を浮かべた。
「そう。言質はもう取ったから、嘘は吐いちゃ駄目だよ」
今の彼女と相対して嘘を吐ける度胸が二人にあるとは思えない。何せアルドすらも、目の前で繰り広げられたやり取りに、冷や汗を掻かずにはいられなかったのだから。役目を果たした鎖が篭手に戻り、それに応じてヴァジュラもこちらを振り向いた。
「終わりました」
「あ…………ああ。有難う」
二人にこんな恐怖を味わわせるくらいなら、自分が王剣を使ってやった方が良かったかもしれない。ヴァジュラが止めると言い出した瞬間からあれを使う事は分かっていたが、果たしてこんなやり方だっただろうか。もう少し穏やかでお淑やかだと思っていたのは、アルドの勘違いだったのだろうか。あんな事をされた後では、少し話しにくい。二人に近づいたアルドは、どうやって雰囲気を回復させようか思案した挙句……二人に手を差し伸べた。
「エルア、トゥイ―二ー…………ただいま」
可及的速やかに、アルドは脳裏に刻まれた恐怖映像を抹消した。普段は温厚だったり気の弱い人物が怒ると怖いと言うのは、今回の事で紛れもない真実であると思い知った。
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