ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

忠義なる愛 守るべき恋

 ドロシアがどんな事情から元の世界に戻ってきたかは本人から全て聞いたが、その間に彼女は数万を超える世界を楽しみ、渡り歩いたという。クズキ・リュウノスケは、そんな世界の一つに居た男らしい。
 彼には発言によって秩序を書き換える能力を有しており、その世界では随分と自分勝手をしていた様だ。女性の常識を書き換えて、自分に性的奉仕をする事が至上の悦びであると思わせたり。その世界で最も優秀な男とは自分の事であり、他の男は道端の石ころ程の存在価値もない屑であると世界に広めたり。そのせいで彼女が街に降りた際、女性恐怖症になり果てた男に群がられて大変だったとか。心底迷惑そうに彼女は話しているが、そんな世界に居たら無理もない。余程の事が無ければ彼女は誰にも危害を加えないし、誰とでも話す。接触スキンシップは……まだアルド以外には出来ない様だが、そんな事は教えない限り誰にも分からない。あらゆる女性にゴミの様な目で見られる事になっている男性からすれば、そんなゴミとでも笑顔で接する彼女に好意を持つのは、仕方ない事である。
 個人的心配として、彼女の服装は男性諸君の目に良くない。下着じみた服は全裸という訳ではないが、へそよりも僅かに下―――脇腹付近の筋まで露出している。際どい。それがより彼女のスタイルの良さを引き立てており、ボロボロのコートに下着じみた服は余程自分の体に自信が無ければ出来ない。ゼノンと同じだ。出る所は出ている分、彼女よりも性質が悪い。戦う時以外はちゃんとコートを全身に着込んでいるから大丈夫とも言っていたが、果たしてそれが何かの解決になっているかと言われれば、なっていない。何をどうしても彼女は美人なのだから。
 しかし、全ての男性が女性恐怖症になっている世界では、強姦という発想が生まれないらしい。あっても彼女には催眠も洗脳も現実改変も、彼女の自由意思を縛り付ける全ての手段が通用しないので被害にならないのは分かっているが、それを聞いて安心した。
 当然、一個人の意思で左右される世界が調和の取れているとは言い難く、直ぐにでも執行者が現れた。彼は同じように能力を行使したが、執行者に抵抗できない力は存在しない。無様に敗北して、世界が壊れるまで意識を失っていたという。その影響か女性は全て死に、ぞんざいに扱われていた筈の男性が生き残る皮肉な結果となってしまったが、壊した人物が人物。女性も居なくなってしまった以上、その世界には男しか存在し得なくなってしまった。今まで特別な能力で女性を侍らせていた男が、そんな世界でまともに生きようと思う筈もなく、彼は残っていた魔導書をかき集めて、別世界へと転移した。また同じような世界を作る為に。彼が最初、『魔法陣を消せ』と命令していたのは能力が行使できると思っていたからだ。あの時ドロシアが首を傾げていたのは、転移したにも拘らず、世界間に定められた原初の秩序を知らない事に驚いていた……語弊の無い様に言えば、知っていると思っていたから意味のない行動をしようとする彼の行動に、理解が及ばなかったらしい。
 その秩序とは、原則として特異能力はその世界でのみ通用するという事。特異能力というのは、本来個人が持たない能力……持つ資格のない、世界の調和を乱し得る能力の事であり、極めて強大な力である。
 全ての『妖』の始祖であるフェリーテが出鱈目な力を持っているのは当然の事だ。今はアルドとの契約により、彼女が孕むまで全力は出せないが。
 アルドは根源に匹敵する魔力を持っているが引き出せない。これこそ本来個人が持てる筈の無い能力だが、デメリットが大きすぎるのは言うに及ばず、極めて強大かと言われて頷けるような能力じゃない。そもそもこれは体質だから、除外される。彼やドロシアも同じように除外だ。彼に関してはその世界に適応さえしてしまえば、同じように権能を行使出来ると思われる。例として最適なのは…………サヤカか。
 彼女の『零れた奇跡』は最適解を出す能力だが、あれはこの世界以外では効力を発揮しない。何故ならば、この世界で会得した能力だから。それと同じで、クズキの能力はあの世界でしか効力を発揮出来ない。それなのに彼は、別の世界も同じように通用すると思って来てしまった。愚かな事だ。仮に通用するのだったとしても、『魔力の根源』に目を付けられて命を落とすだろう。『魔力の根源』は一世界と殆ど同等の権限を持っている。彼の打倒なくして世界の掌握はあり得ない。結局、世界を移動した時点でクズキに未来は無かった。全能の王では無かったのかと、彼は己の立場を嘆いたが、自ら玉座を降りた事にも気づかないからチロチンに道化と言われるのだ。
 つまるところ今のクズキ・リュウノスケは、何の能力も持たない一般人。自らを全能と語る無知な存在の一人でしかない。そんな彼が運命を感じたのも、そこまで説明を貰えば全くの偶然だとアルドは確信した。彼は転移した先で最初にリーナと出会い、能力を行使。しかし原初の秩序を知らなかったが故に、自分の能力が通じないと勘違い。そのせいでリーナは唯一性を獲得してしまい、以降彼の中に姫として、ずっと定められてきたのだ。彼の思う運命とやらは全くの偶然。そこには何ら強い繋がりではない。例えばこれがフェリーテであっても、彼はきっと同じ思いを抱いた。
 全てを滔々と説明されて、クズキは己の無力さを遂に思い知った。
「…………つまり、今の僕には」
「発言を現実に上書きする能力は無いの。仮にあったとしても使えなかったでしょ。だから今まで隠れてた……執行者に、目を付けられたくなかったから」
 だから今まで姿を見せなかったのか。この時機に出てきたから、てっきり好機を窺っていたのかと思っていた。気がつかない内に蚊帳の外へ出ていたチロチンは、そのお蔭で少し落ち着きを取り戻したようだ。彼から足は決して離さないが、膨大な殺気は身を潜めた。
「う、嘘だ。僕は……僕の力が、使えないなんて! 嘘だ!」
「嘘じゃない。貴方が使える能力はたった一つだけ。それも、『烏』さんが殺してくれないから使えない。そうでしょ?」
「うッ……!」
 彼が使える能力とは、ついさっき自分達も目にしただろう。四肢が飛び散るも直ぐに消えて、少し待っていたら五体満足で再出現。その能力を何というか、ナイツは知っている筈だ。
「『輪廻ライフロード』…………」 
 ぼそりとユーヴァンが呟く。彼に悪意は無かったが、クズキは大袈裟に狼狽して、顔から奇妙な汗を流した。
 『輪廻』。何らかの理由で死亡した場合、直前の状態に身体を修復する能力。自動再生能力の亜種だが、自動再生はそれが追いつかない速度で体を壊されたらどうしようもなくなるから、何だか上位互換の様に思える。だが復活までに時間が掛かる上、継戦能力自体は本人依存である事を考慮すれば、一概に上位互換とは言えない。だが便利な能力である事に変わりはなく、たまたまこちらが不死殺しの手段に溢れていなければ、厄介な存在となっていただろう。
 そろそろ頃合いと見た。アルドは壁を支えに立ち上がり、ディナントに支えてもらいながらリーナの下へ。
「済まないな。肩を貸してもらって」
「キに………る、は無イ。お………は、アル、ド様。部下」
 どうにか彼女の下まで近づくと、アルドは魔法陣の中へ手を入れて、尋常じゃない震え方をする彼女を、そっと抱きしめた。落ち着いてほしいと語り掛ける様に、背中を優しく叩きながら。
「リーナ。アイツの言葉、全部聞いたよな。お前は運命を感じるか?」
「……い、いいえッ」
「あの男のしてきた所業を聞いて、隣に居て欲しいと思ったか?」
「……いいえ」
「お前はあの男を、どうしてやりたい」
 やはり部外者が何と言おうと、結論を出すのは他でもない彼女だ。彼女の考える処遇に自分達は従おう。たとえそれが、不服なモノだったとしても。促されたリーナは、震えをどうにか抑え込んで、自らを運命の人と信じてやまない男に、はっきりと告げた。
「……私の近くに―――金輪際、近寄らないで欲しいです!」
「へ―――!」
 激情に身体を突き動かされたのだろうが、チロチンが踏んでいるせいで彼の身体は少しもリーナに届かない。下手に抵抗しようとした分、一層惨めに見えてしまっている。彼女が選んだ処分に異議は無い。それが妥当だと、誰もが考えた。
「それがお前の意思であるならば…………チロチン、もういい。リーナを見てやってくれ」
 この男には死すら生温い。『烏』と入れ違う様に移動して、アルドは彼の腹部を踏みつけた。死の執行者には本当の意味での終焉を与えたが、この男に終焉は似つかわしくない。むしろこの男には、停滞がお似合いだ。
「ま、待て。待ってくれ。そうだ、そこの女! 僕を助けてくれ! お前も僕と同じ存在なんだろう。だったら……そう、お前だって孤独な筈だ! 僕が居ればその孤独を慰める事が出来る! 助けてくれッ」
「……ごめんなさい。私、好きな人が居るの。どんな世界を巡ったって二人としていない、あらゆる次元せかいで只一人愛してるの。だから貴方の想いには応えられない」
 考える仕草も無く断られた事に、クズキは何よりも動揺する。容姿端麗ぶりから自分に自信があったのかもしれない。彼女のせいで、喪失してしまった様だが。その後も彼はファーカや『謠』に助けを求めたが、二人はそれを無視する事で処理。命乞いは全て空振りに終わった。
「もういいか? これ以上の抵抗は見苦しいぞ」
「ま。待ってくれ。何でもする! 何でもするから殺すのだけは! そ、そうだ。忠誠を誓うから。お前に忠誠を誓ってやるから。僕に命令を出してくれても構わないから!」
 それが人にモノを頼む態度とは思えなかったが、その能力により頂点に立ち続けた彼には、たとえそれを説明したとしても理解出来ない。秩序を書き換え、現実を侵食し、世界を破滅に追いやった男には、自分の罪の重さをその身で感じてもらうとしよう。
 彼は秩序を書き換えて、女性を食い物に世界を愉しんだ。ならば同じ事をされても、文句は言えない。起き上がろうとする頭部めがけて、アルドは大きく足を持ち上げた。
































 気絶させた男はディナントに持ち運ばせる事にした。彼はリスドに着き次第ヴァジュラに引き渡して、彼女の第二切り札『心透冠』によって人格を上書きする。ゼノンは記憶を消しただけだが、この男の場合はそもそもの根本から上塗りするので、何らかの衝撃で戻る事はない。言い換えれば、人格の殺害だ。その後はヴァジュラの隷属効果を受けてもらい、アジェンタにでも行かせて働き手としよう。
 執行者と比べると、何だか呆気ない様に思える。しかし彼としても意図してこの状況を作り上げたのではなく、彼もまた執行者の存在に恐れていたから隠れていたのだ。後、と考えるのではなく、また別の事件と考えた方が良い。しかし一歩間違えたらリーナを連れ去られていたと思うと、彼もまた油断ならない相手であった事は確かだ。チロチンの第一切り札を渡した意味が全くないが、元凶を目の前に落ち着いて逃げろというのは酷な話だろう。彼女が精神的に安定するまで、アルドは行動を起こさなかった。自分にも休養は必要であると、理由にならない理由を付けて。
「アルド様ッ!」
 少しでもナイツ達と触れ合っていれば、確かに疲労は緩和される。『謠』や『  』、ドロシアも交えて談笑していると、キリーヤ達が戻ってきた。あの戦闘には全く関与していない彼女達だが、彼女達には戦う事よりも有意義な仕事を与えた。周りを見れば直ぐに分かる。
 つい先程まで荒れていた地面が、元に戻っていた。ここだけではない、レギ大陸全土が戻っている。アルドがキリーヤ達に与えた仕事とは、真の意味で執行者を打倒した事になる行為。言い換えれば、執行者の行った事を消滅させる事。
「魔力を復活させた様だな。地面も回復したみたいだ」
「アルド様の言う通り、エリの槍は霊脈と繋がっていました。エリは覚えがないって言うんですけど、アルド様はどうしてその事を?」
「玉聖槍は生命に干渉する槍だ。霊脈とは魔力の流れであり、魔力とは私を除いた人間にとって命と同じものだ。もしかしたら……と思ってな」
 今回の戦い、何か一つ抜けていても勝つ事は出来なかった。キリーヤ達だって居なければ、大陸は執行者の遺した爪痕によって荒れ果てたままだっただろう。それでは勝負には勝っても、戦いに負けた事になる。彼女達が共存を目指している事は知っているので、ならばと与えた仕事には、きちんとそれなりの意味があった。大陸を回復させた彼女達は、人々に英雄と讃えられる事になるだろう。後はもう流れだ。大陸を回復させたという事はこの大陸の危機を救ったという事。つまり執行者(その存在は知らないだろうが)を倒したのも彼女達に違いないと、人間達は思うようになる。そうなればもう、誰も彼女達の理想を笑えない。この大陸に居る全ての命を救ったのは、他でもない彼女達なのだから。
「魔力も元に戻り、戦いの痕も消え去った事で、この戦いは完全に終了した。まずはその立役者であるエリ。お前に感謝を送ろう。玉聖槍の担い手であるお前が居なければ、この戦いはずっと終わらなかった。有難う」
「い、いえ。私はアルドさんの命令を聞いただけですから」
「まあそう言わずに受け取ってくれ。私が味方である内の……最後の言葉だ」
 そう言われて、キリーヤ達は直ぐに思い出した。アルド達と手を組む期間は執行者を倒すまで。それが完了した瞬間から。両者は敵対関係に戻る事を。
「そして、今の今まで忘れていた救済の選抜の結果発表を……したいんだが、フェリーテを連れてこなかったのは致命的だな。これでは心が分からない」
「……どうするおつもりですか?」
「―――そうだな。今回の戦いは、色々と事が起こりすぎた。少し心の整理をする必要がありそうだから、まだ結果発表はやめておこう。被害は完全に消滅したとはいえ、『住人』に奪われた命は戻らない。大陸全体に落ち着きを取り戻させる為にも、冷却期間は必要だろう」
 思い付きで作戦を展開するモノじゃないと後悔。別に反省する気は無い。どの道、今のアルドにこの選抜を終わらせる気力は無い。失ったモノがあまりにも……大きすぎる。時間を薬に少しでも落ち着かないと、いよいよこの心が持たない。大陸奪還を完了させる為にも、今は自分を大事にしなければ。この心が元に戻るのを待たなければ。
 リスド大陸に戻った所で、歓迎されるとは思わないが。
「そういう事だから、速やかにリスド大陸に帰還するぞ。チロチン、準備しろ」
「仰せのままに」
「『  』。助力に感謝する。お前が居なくても、こんな勝利は掴めなかった。有難う」
「あいやいや。ファーカに会えたのだから褒美は十分だ。それでは、帰るとする。また何かあったら呼ぶが良い」
 『  』はファーカの頭を撫でてから、何処に向かうとも知れぬ足取りで去っていった。誰にも素性を知られる事無く、彼は忘却の彼方へとその身を委ねる。再び呼ばれない限り、誰も彼の消息は知り得ない。最後まで飄々とした雰囲気を崩さなかった男に、ナイツ達が興味深い視線を背中に注ぐ。それを鋭敏に察した『  』は、背後に手を振る様に腕を上げた。どれ程興味があろうとも、彼の物語は既に終了している。少なくとも、ファーカが笑顔で生きている今、彼という存在はこの世界に必要ない。彼女以外のナイツが彼の詳細を知る事も無い。
「ドロシア……は、付いてくるか?」
「うんッ!」
 即答である。今の質問は愚問だったようだ。
「アルド様、準備が整いました」
「そうか。それでは帰るとしよう……どんな言葉が、待ち受けていようとな」
 自身の未来をそれとなく予知しながら、アルドは『隠世の扉』の影響下へ。ドロシアに肩を貸してもらいながら、最後にアルドは彼女達の方を振り向いた。
「お前達と共に戦えて楽しかったぞ。だが魔王と英雄は本来相容れぬ存在だ、もう二度と手を組む事はないだろう…………さようならだ」
 彼女達の隣に居るもう一人の存在を幻視して、アルドは悲しく微笑んだ。 

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