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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

世界放浪者

 『  』の攻撃には強い情報抹消の効果がついて回っている。執行者戦でこそ大した打撃は出せていなかったが、あれは執行者という存在そのものが規格外だっただけであり、それにしても少なからず執行者に頭数として数えられていた時点で、ある程度の強さを持っている事は分かるだろう。事実として、死の執行者が世界の意思に身を委ねた際、彼が防いでくれなければ、剣の執行者が死んでいた。あの彼ですら補足出来なかった攻撃を、『謠』と共に見切ったのだ。活躍できなかったのは単純に決定打が無かっただけというのは、この事実から見ても十分に理解出来る。
 その彼の攻撃を受けて生き残ったというのか。あの男が。暫く様子見に徹していると、四肢が飛び散った筈の男が、何の前触れもなく目の前の空間に出現。閉じ込められた彼女に触ろうとしたが、外法の魔術を解除出来る様な実力は持ち合わせていない様で、リーナの周りに張り巡らされた魔法陣が解ける兆候はいつまで経っても現れない。
 それ処か、いつの間にか男へ接近していたチロチンが、強烈な膝蹴りをお見舞いしていた。これでは解けるモノも解けない。
「お前か……リーナを苦しめているのはッ!」
 本人に確認をしてから攻撃をするのが礼儀だろうに、今の彼にそんな冷静さは無かった。地面に倒れ込んだ男の腹を踏みつけて、おかしな動きをすれば直ぐに殺すと言わんばかりに、顔を近づける。ファーカでさえ感じたことのない殺気には、カテドラル・ナイツもその動向を見守る事しか出来なかった。普段は冷静沈着で、あらゆる事に驚きこそしてもきっちり対応している彼が、冷静さを失い感情をぶつけている様。アルド以外には、きっと新鮮に感じる光景だ。唯一既視感を持つアルドも、これ以外で殺気を感じたのは、彼と全力で殺し合う事になった瞬間くらいなモノ。今の殺気はあの時と同等か……はたまたそれ以上。ともすれば理性を放棄したのか疑ってしまいかねないが、チロチンは至って正常である。
「苦しめている…………? この僕が?」
「違うとは言わせんぞ! リーナの恐怖はお前に傾いている。お前がアイツに両目を潰させたんだ!」
 間違ってもドロシアが犯人ではない。最早嘘など通じる段階はとうに通り過ぎており、迂闊な発言は漏れなくチロチンの殺意が増加する原因となる。有無を言わせぬ物言いに嘘など通じないと悟った男は、一転して表情を歪め、気味の悪い笑みを浮かべた。
「いいや、違うね! リーナは僕だけを見る為に目を潰してくれたんだ! 僕以外の汚らわしい男を想像しない為にわざわざ目を潰してくれたんだ! そうだろうリーナ、そうなんだろうッ?」
 どんな状況に陥っても、男の興味は飽くまで彼女一人だけにあるようだ。笑いの混じった声音で男は問い続けたが、彼女の方から全然反応がない事に違和感を持ち、ようやく気付いた。あの魔法陣の中に居る限り、彼女にはどんな言葉も聞こえない事に。ドロシアがその辺りの事情を知り得る筈は無いのだが、前もって対策しているのは何かの偶然か。
「おい、おい! その魔法陣を消せ、おい!」
 消せと言われて誰が消すのか。しかし男はどうも、アルド達に向けて言っている訳では無さそうだった。怪訝な表情をドロシアに向けてみるが、彼女も首を傾げた様子を返してきた。ナイツも同じ様子で、ユーヴァンに至っては「コイツは馬鹿なのか?」とでも言わんばかりの表情である。実際、自分勝手な理屈で解釈してしまっているのは、擁護できない。
「クソッ、何でだよ! 僕は選ばれた人間じゃなかったのか!」
「…………俺を無視するな。この劣等種がッ!」
 『烏』から出た発言なのは間違いないが、まさか彼の口から明確に人間差別が語られる事になるとは誰もが思わなかっただろう。流石にその巨大な殺気を無視する訳にもいかず、男は再びチロチンへ注意を向ける。
「質問に答えろ。お前はどうしてリーナに付き纏う?」
「誰に向かって口を聞いてるんだ? 僕は全能の王だぞッ!」
「この世に王はアルド様只一人。貴様如きが王を語るなど百年早い」
「僕が一言いうだけで、貴様らは僕に跪く事になるだろう!」
「やってみろ。その時が貴様の死に時だ」
 無駄に迫力を帯びた男の発言に、チロチンは一歩たりとも譲らない。一瞬たりとも怯まない。そもそもリーナを傷つける様な男に負ける気など彼には存在しない。最初から、あの男に勝ち目など存在しなかった。彼の数少ない友人である女性を傷つけた時点で、あの男に未来は無かった。
 自分が手を出す必要は無さそうだ。ここは一つ、彼に全てを任せてみよう。
「ドロシア」
「ん……分かった」
 アルドは再び二人の問答に集中した。
「クソ…………おかしい。僕の力が通じないなんておかしい……僕が、僕が今まで身に付けてきたモノは何だったんだ」
「さっきから話が支離滅裂だぞ。選ばれた人間か否かを自問して、かと思えば全能の王を自称して、今度は力が通じない……命乞いにすらなっていないぞ道化の王よ。発言には統一性を持たせろ。お前はどうしてリーナに付き纏う? 理由だけを簡潔に答えろ」
「…………ふん。貴様らには分からんだろうな。僕と彼女は運命で結ばれているんだよ、世界が滅亡しようとも切れぬ運命にね。そんな僕が彼女を守るのは当たり前じゃないか! 男が最愛の女性を守って何が悪い!」
 男の言っている事はちぐはぐで、事情の知らぬ者が聞けばそれこそ今の様に、何を言っているのかと疑問に思われるのは無理からぬ事だ。少なからずこの男の言葉を理解する為には、この世界以外にも無限の世界がある事を知らなければならない。既に殺してしまったが、かつてサヤカという女性が勇者としてこの世界に舞い降りていた。彼女は全く別世界の人間だ。この男もそれと似たような存在だと思えば、少しは納得がいくだろう。
「ようやく見つけたんだよ……世界を放浪して女を貪り続けた果てに、僕はようやく真実の愛に気付けたんだ。他の女どもは頼めば直ぐに股を開いてくれるような奴ばかりだったけど、彼女だけは違った。僕の肉体目当てじゃなかったんだ! 僕の心は、その時彼女に奪われた。動揺したよ。この、全能たる英雄と謳われた僕が、たった一人の女性に心を揺れ動かされるなんて。でも事実だった。だから僕は守る事に決めたんだ。彼女をあらゆる災厄からね」
「だから、守っていないと言っているんだ。両目は何処に行った? お前と出会うまで、確かに正常だった筈だ」
「それはさっき言っただろう。僕以外の男を想像したくないって意思の表れだよ」
 話が通じない。かつてここまで自分勝手な理屈を振りかざし、自分の事を欠片も悪くないと思える人間が居ただろうか、いや居ない。こんな最悪な英雄が何処に居る? こんなモノが英雄と呼べるのか? だとするならば、アルドの目指した英雄とは何なのか。
「……ちょっと、良いかな」
 口を挟んだのは、この事態と全く関係ない筈のドロシアだった。
「私に事情は分からないけれど、貴方の力がどうして機能しないかは答えられると思う。知りたいかな? クズキ・リュウノスケ君……でいいんだっけ」
「な、どうして僕の名前を……!」
 目を白黒させて驚く男クズキ。アルドはようやく、彼女がどうして話に混じってきたのかを理解した。
「私もね、貴方と同じ様な人間なの。自由に世界を行き来できる存在……いや、貴方よりは上なのかな。貴方はその世界の技術を利用して移動してるだけだもんね。あっちの世界じゃ……本当に、貴方のせいで酷い目に遭った。自由に世界の秩序を書き換えるなんてやり過ぎてる。執行者に壊されるのだって無理ない事だよ」
「…………ドロシア。話が見えないんだが」
 師の疑問に、世界放浪者は彼の代わりに全てを語ってくれた。
 

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