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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

伝説は蘇る

「貴様は……!」
 修復された真理剣が纏っている焔は、全てを喰らう権能の焔。いや、死の執行者の攻撃を受け止めている武器にばかり目がいきがちだが、ナイツからすれば、刃と同じ様な焔が彼の外套にも滾っている事が信じられなかった。権能は、魔術処か魔力すら持たないアルドが行使出来る様な魔術じゃない。そんな彼が今……確かに権能を纏って、自分達を守る様に絶対たる世界の断罪者に立ちはだかっている。
「あ、あ………………アルド様!」
「お前達…………生きていて何よりだ。立てるか?」
 返事は聞くまでも無い様で、執行者の圧倒的実力に膝を屈しかけていたナイツは一転、容易く立ち上がり、再び武器を構える。その音を聞いて心内で微笑んでから、アルドは執行者の視線を真正面から受けて立った。
「何度死んだと思っている。何度殺されたと思っている。それだけの数殺されて尚立ち上がる貴様は…………分かっているのか、アルド・クウィンツ。貴様はもう、生命を逸脱している」
「そうだな、お前に殺された事で、俺の魂はすり切れた。しかし俺は英雄だ。魔王以前に英雄だ。俺が生まれたのも、きっと英雄になる為、全てはお前の様な怪物を討伐する為。その過程で生命を逸脱しようと何だろうと、俺はこの戦いを止める気は無い。この世界の命運よりも何よりも、お前は『私』の最愛の弟子を殺した! いいや、アイツが死なざるを得ない様な状況を作り上げた! ……師匠として、私は必ずお前を滅ぼす。私に託してくれた男の為にも、必ず」
「死の執行者を滅ぼす、だと? 最底辺の人間風情が、良くもそんな大口を叩けたものだ。剣の執行者と一緒に居るのだから、執行者の特別性について理解はしている筈だが」
「俺は生命から逸脱しているんだろう? ならば、お前の権限からも離れている筈だ。それに俺の体は、半分剣の執行者のモノ。魔王となり果てたその時から、俺の身体は半分生きてはいない!」
 極限まで膝を伸ばして剣を弾く。そこから最小限の動きで刃を返して薙ごうとするが、そこからでも覚醒した執行者の方が早い事を直感して、アルドは空いていた手を突き出す。瞬間、触れてもいないのに執行者の身体が吹き飛ばされる。突然の事態に思わずその法則に従ってしまった執行者は、身体に強烈な回転を加えられながら空間に捻じ込まれ、上半身を握り潰された。
「カテドラル・ナイツ。今から俺の出す指示に全て従え。アイツを殺す為にお前達の力が必要だ」
 身体を損壊した程度で執行者は死なない。現在進行形で世界から体を支給される執行者に剣を向けつつ、アルドが背後を振り向いた。その片眼はかつての輝きと生気を失い、紫と黒が交差し入り混じる奇妙な瞳に変貌しているが、こちらへ向けられる感情は、紛れもなく自分達が愛した彼のモノだった。
 返事に選択肢はない。ナイツは姿勢を正し、声を揃えた。


「「「「「仰せのままにッ」」」」」


「うむ。良い返事だ。指示は随時出していくから、今はその状態のまま、いつでも命令を受けられるように待機―――」
「遅い」
 意識を離していた間隙は須臾。だが十分すぎる程執行者の再生は終了し、彼の姿はナイツの背後に出現していた。執行者さえも予知し得ぬ状態になっている男より、最初から実力の知れている者を狙おうという魂胆だろうが、今のアルドにはそれにすら対抗できる力がある。アルドが剣を振り上げると、全てのナイツは上空へとぶっ飛び、執行者の攻撃を回避。その余波はこちらに飛んできたが、異空間より張り巡らされた魔力の糸が壁の役割を担い、その余波を寸断。背後で作られた鏡に跳ね返されて、何十倍もの威力で本人へと返される。またも知れぬ異次元の技術に執行者は最適な対処法を見出せずに権限を行使。衝撃自体を世界から消し去るが、すっかり他の存在から意識を外していた。空間の外から飛来した長杖が喉に突き刺さり、折損。折れた杖が再び執行者の体に突き刺さり、完全に体内へ入り込んだと同時に爆破する。直ぐに身体は提供されたが、目前に姿を留めているのはドロシア。
「ふんッ!」
長杖の先端にある球体を押し付けると、魔力の槍となって拡張。鳩尾を貫いて、執行者の身体を地面へ縫い留める。落下先ではアルドが剣を構えて待っていた。このまま真正面からぶつかり合った所で、アルドの攻撃は防げてもまた彼女から追撃を喰らう事が見えている。空間を入れ替える事で一時的な逃走を図るが、今度は情報を持たぬ男が背後に立っていた。
「既に忘れ去られた存在と言えど、今回ばかりは忘れないでもらいたいな」
 この男の攻撃は別段厄介という程でも無いが、それを男が理解しているからやりにくい。この男は、自分の攻撃が決定打にならないと分かっているからこそ、腕や足など今後の戦闘で間違いなく酷使する場所を切断する事で、アルド達に加勢している。攻撃自体は全く無視しても良いが、その方向性には大いに問題がある。今のアルド・クウィンツがどうして権能を使えるのかは不明だが、五体満足でなければあの男の相手は到底不可能。剣の執行者は分身で時間稼ぎをしているとはいえ、ジリ貧なのは事実。早い所執行者以外の存在を殺さなければ、自分は逃走すらもままならない。死の執行者は一度世界の外に逃走し―――
「させないッ」
 瞬間、座標の存在しない場所にも拘らず、世界の内から伸びてきた魔力の鎖は、迷いなく死の執行者を絡めとった。振りほどこうとするが、魔力による全身殴打を浴びて妨害。再び世界の内へ引っ張り込まれた。
 犯人は、案の定、アルドの弟子ことドロシアだった。そしてその鎖の上を全力疾走しているのは……アルドだった。
「世界の外に逃げたとしても、私からは逃げられない!」
「はあああああああああああ!」
 もう一度『世界』を斬るべきか。いや、斬った所であの少女が居る限り無かった事にされる。遂にこちらまで到達したアルドは、一歩前で真上に跳躍。真理剣によってこちらの身体を貫くつもりなのだろうが、少々勢いが強すぎた。そこまで距離が開いていたら、攻撃でも防御でも何でも出来る。死の執行者が周囲の空間から魔力を弾として合計三六万発を放った瞬間、真横からこちらに接近してくる人物が、執行者の半身を切り裂いた。
「ハハハハハハハ! 俺様コンビ最強ッ!」
「不名誉なコンビだが……文句を言うべきではないな!」
 その正体は、先程真上に打ち上げられたカテドラル・ナイツだった。『竜』と『烏』が肩を並べて飛翔し、その上に他の三人が立っている。体を切り裂いたのはどうやらその三人らしい。全く別の切り口で三分割された。
―――どうなっている。
 アルドは知り得ぬ技術を習得した事から、形勢は逆転の兆候を見せていた。今もアルドは自分の放った魔力を螺旋による受流しで収束。体の中心に魔力を集めて、放たんとしていた。
「怪物は英雄に倒される! お前は私には……勝てない!」
 自分勝手な理論を並び立てた男は、その一言と同時に凝集させた魔力を放出。巨大な大砲として放ってきた。
―――執行者として。
 世界の意思を聞き、正義を執行する罪人として、こんな下らない悪に負ける訳にはいかない。こんな……英雄を拗らせただけの屑に負けてはいけない。非常に不本意な決断だが、あれを使うしか無い様だ。


「意思を…………永久の調和に向かいし絶対なる天の御言葉よ、この体に新たなる力を授けたまえ! 薄汚い罪人を滅ぼす為の、浄化の力を!」
 魔力が目前まで迫り、遂に執行者の身体を呑み込んだ時…………それは魔力の大砲を打ち破り、純白の両翼を広げて顕現した。




































 初め、アルドはそれを天使かと勘違いをした。世界の意思を代行する使い魔なのかと思った。しかし、使い魔とは名ばかりで、実際は世界の意思を受け継いだ『世界』そのものと言っても過言ではない存在だった。死の執行者……とはもう呼べない。あれは最早―――もう一つの世界。人が相手に出来るような低位の存在ではなくなってしまった。
「……世界の意思に、この身体を売る事になるとはな。しかし悪い気分じゃない。こうしてお前達を見下していると、不思議と気分は高揚してくる」
 その両翼の穢れなき具合は、真理剣の内に秘められた真理に類似している……というよりはまんまだ。もう一つの真理と言っても差し支えは無いだろう。しかしその真理を翼として生やしている事で、ある事実がアルドの心を揺さぶる。空中戦が出来るようになったとか、そういう理由じゃない。そもそも執行者は翼なぞ無くとも空中を移動するし、むしろ的を広げる分、翼は不要な物だ。それが真理によって作られていなければ。 
「執行者! ナイツを連れてあっちの世界へ行け! アイツの翼は…………!」
「分かっている! こちらはどうする気だッ」
「俺とドロシアの二人でやる! いいから早く―――」
 刹那、二人の危惧していた通り、『世界』はその羽を弾丸として全方向へ発射。こちらの世界で認識されぬ速度で飛来する羽根は、遠くから見ればまばらに浮かんだ光輝でしかない。彼らの目の前を剣の執行者が切断し、空間的乖離を発生させなければ、ナイツ達は真理に帰属し命を落としていただろう。
「……邪魔だ、『剣』」
 羽根ばかりに気を取られていて、すっかり本体を捕捉していなかった。『世界』はいつの間に移動したのか剣の執行者の背後へ―――彼も捕捉出来なかったらしい―――回り込み、その身体を貫かんと二連の刺突を放っていた。それぞれ『謠』と『  』が防がなければ、剣の執行者という一大勢力を失っていた事になる。しかし防いだとはいえ二人は為す術も無く吹き飛び、その場で膝を突いた。
「……助かった」
 気が付かなかったが、死の執行者が『世界』に変身してから、分身は増えなくなったようだ。最後の一人を倒した後、剣の執行者は二人を連れて転移。カテドラル・ナイツを連れて、別世界へと逃走した。『世界』が追撃を掛けなかったのは、アルドとドロシアを見据えていたからだろう。
「ハハハ、気持ちが良いな。今まで逃げる側だったのに、今度は追い回す側に回るとは。素晴らしい事だ。世界の意思をこの身に受けた事で、私は真理がある限り死ななくなった。そこに私が在る限り、私は死ななくなった。死に拒絶されていた状態から、私は遂に死をも呑み込む大いなる存在へと昇華したんだ! ……この私を見ても、まだ倒せると思っているのか。アルド・クウィンツ」
 倒せるとは、思っていない。これでも現実に生きてきたのだ、今の自分と相手とでどちらが強いかくらい正しく判断出来る。それ故に本来、自分はその問いに否定したのだろうが。不意に近寄ってきたドロシアが、アルドの真横で言った。
「先生、大丈夫。私達がついてる」
 そう言われた瞬間、アルドは傍らに、もう一人の少年を幻視する。誰よりも自分に憧れ、誰よりも自分の願いを叶えようとしてくれた少年。死んだ筈の彼が、そこに立っていた。
「その通りだ先生。貴方は地上最強で、俺達を助けてくれた恩人。勝てない相手なんて居る筈ない」
 彼女に見えている筈のない幻覚に続いて、ドロシアが言った。
「もし、先生が勝てなくても、私達がついてる。私達、先生の弟子だもん。一人で駄目なら二人で、二人で駄目なら三人で。そうでしょ?」






―――ああ、全くその通りだ。






 アルドは空中浮遊を解いて落下。無事に地面へ着地して、低空に浮かぶ『世界』へ剣を突き付けた。 
「…………ああ、思っている。私は一人じゃないんだ。ならば、一人のお前に負ける訳がない」
「数的有利程度でこの実力差が覆るとでも」
「思っていないさ。だが…………一つだけ教えてやるから、忘れておけ。そこに在るのが一人だろうと、その一人の抱く思いは、決して一人だけのモノじゃない。時に二人、時に三人。時に……今まで救ってきた者の思いも存在している」
「何が言いたい?」
「そこに在るモノが全てではないという事だ。真理がそう定めようと、生きる者は誰しも、そこに無いモノを持っている。お前が世界の意思に身を委ねたと言うのなら、私はこの身を究極の孤独へと委ね、真理を否定しよう…………」
 真理剣の担い手が何を言い出すか。そう思った直後、アルドはドロシアを呼びつけて、真理剣を世界の外へ弾き出した。思いがけない行動に、『世界』は少しだけ興味を示す。真理に全てを委ねた彼にすれば、それは武器の放棄以外の行動には見えなかったのである。
「人間であれ、魔人であれ、この世界を愛している心は変わらない。であればその想いを胸に、俺はお前に抗い続ける。最後まで」
「……どうせ理解し合えない。これ以上の言葉は無用の筈だが、まだ続ける気か? そのうすら寒い英雄論は」
「うすら寒い英雄論と馬鹿にしている時点でお前は俺には勝てない。どんな理由であれ、それが理由であるのなら人は本気を出せるモノだ。どんな出鱈目も……どんな空想も……どんな規格外も……人は想像/創造する。自らの歩む未来の為に」
 アルドは自らの胸に手を突っ込み、その内側から一振りの剣を作り出した。赤黒い紫色とでも表現すればいいのか、異様な色合いの剣だが、それを見ても『世界』は何も感じなかった。何も…………分からなかった。
「創造剣『殱獄』。真理に同化したお前を討つ為だけに作り出した…………あらゆる世界に一つとして存在しない武器……『そこに無い』武器だ。真理に頼らず存在を与えたからか、あまり長くは持たない。そういう事だから、これで決着としよう。行くぞ二人共―――『勝利』は目前だ!」
 アルドを纏う焔が、彼の声に呼応するかのように燃え上がった。





















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