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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

決着の時は刻一刻と

 次元を超えて彼等の所へ訪れると、意識を失っていた二人は無事に意識を取り戻しており、まるでアルドが目の前に現れる事を分かっていた様に、まとまって座っていた。何事かと思ったが、傍らでは『謠』が頬杖を突いてニコニコ笑っていた所から、彼/彼女カノジョが事前に教えたのだろう。ドロシアが拠点とする家はあらゆる世界に属さない、強いて言えば無の中にある家なので、幾ら『創』の執行者と言っても感知できる筈は無いのだが、聞いたとしてもどうせ『愛』の力がどうのこうの言って誤魔化してくるに違いない。考えるだけ無駄だ。
「アルド様……ッ! ご無事だったのんですね」
「アル、様?  …………生きテ、いら、……タデスカ」
「問題ない。助けてくれて感謝する。お前達が助けてくれなければ……私はお前達に刃を向ける事になっていた。このお礼は―――何だ。今は思いつかないが、必ずすると約束しよう」
 仲間であっても助けてくれた事への返礼はするべきだとアルドは考えている。いつも無償で動いてくれているが、それを当たり前と考えてはいけない。彼等が今もここに居る事に感謝して、その上で敬意を払わなくてはならない。民あっての王であり、守るべき人がいてこその英雄だ。これを当たり前と考えた瞬間、それがどれ程強大な存在であったとしても遠くない内に身を亡ぼす。予期せずそんな事を言われた二人は暫しそのその内容を思案したが、真っ先にルセルドラグが声を上げた。
「ではアルド様。私にお礼は必要ないので、どうかこの頼みを聞いてはくれませんか」
 頼みという形で聞く事になる依頼の多い事ったらない。無様に捕らわれてすっかり時間が経ったように感じるが、アルドはチロチンのお願いを忘れたつもりは無い。直ぐに戻ってリーナを守りに行くつもりだ。そんな事をするまでもなく、彼女の事は彼が守っているだろうが。
「……言ってみろ。お前達は命の恩人だ、何でも聞いてやる」
「有難うございます! それでは遠慮なく……と言いたい所ですが、申し訳ございません。今はそれ処ではない様な気がしてきたんので、また落ち着いた時にでも」
 仮にもナイツ最強である彼が状況の識別も出来ない訳が無い。原因の一端として『謠』の露骨な足音やドロシアの苛立ちを察した等はあるだろうが、何にしても余裕がない事は確かである。ファーカとユーヴァンは現在意識を喪失中。直に戻るのは確実としても、未だ起き上がれずにいる事もまた事実。目前の二人は『謠』に回復された後とはいえ、万全の状態かと言われると違う筈だ。自分の疲労同様、完全回復したからと言ってその疲労までが綺麗さっぱり無くなる事はない。
 その証明として、今は敵も居ないのだからさっさと第三切り札を解除すれば良いのに、ディナントは全くその気配を見せなかった。少しでも自分の疲労を軽減させようとしている証拠である。または、もう一度発動する事になった際、こちらに代償が飛んでくるのを避ける為。後者であれば可哀想も何もそういう契約なのだから割り切れば良いのにと思えるが、アルドに人の事が言えるのかと言われると……言えないので、本人の勝手としておく。今は元の世界に戻る事が優先だ。
「そうだな。お前の言う通り、一刻の猶予も無い。執行者を仕留めるチャンスは恐らく今回が最後だ。実感は湧かないと思うが、これはそこに居る私の弟子の介入やお前達の尽力等があって初めて作れた隙。二度は作れると思わないし、思えない。だからここで、私は何としてでもあの男を仕留めなくてはならない。それ故に、『俺』は改めてお前達に問う。今回は『英雄』として、お前達を『友人』と見据えて。…………協力してくれるか?」
 ルセルドラグ、ディナント、創の執行者、ドロシア。珍しい組み合わせの四人が声を揃える機会は、今後訪れる事は無いだろう。だがしかし、だからこそその声は―――聞いた事も無いくらいの力強さに満ちていた。
「勿論ッ!」
 その返事が聞ければ余計な言葉は必要ない。三人をドロシアの家に招き入れて、アルド達は再び無の彼方へと消え去った。




























 世界間の移動は正規の方法を通さなければ出来ないのだが、ドロシアの力を以てすればその秩序も容易にすり抜ける事が出来る。彼女の体質は彼女自身のモノだが、彼女がその体質を以てして作り上げた建物が法則の外にあるのならば、そこにさえ居れば自分達も同じ加護を受けられるという事。無視をしているという時点で死の執行者と大差は無いが、彼がリスド大陸に居ると推理するならば一刻も早く戻らなくてはならない。正規の手続きとかそんな細かい事、気にしている余裕はないのだ。ドロシアから世界間移動が終わった事を伝えられて、アルドは再び世界の内へと足を踏み入れる。合流した三人は上で眠る二人の様子をエリと共に見ている。この家自体が絶対安全地帯の様なモノなので、感情もへったくれもない言い方をすれば余計な行動である。しかし執行者の姿も捕捉出来ない内はナイツにも仕事は無いので、彼等がどう動こうと好きにさせるべきだ。「二人を頼む」と言い残すと、上の階からは肯頷の声が聞こえてきた。今の二人は部下ではなく友人。此度の戦いが終わるまではその付き合いであり、敬語はこの時点でやめてもらっている。そして上司の素質が見当たらないアルドに言わせれば、こちらの方が付き合いやすい。ドロシアだけは……友人にしようが無いので相変わらず弟子だが、どんな関係であれ敬語を教えた覚えがない(教えられないの間違い)彼女とは付き合いやすい事に変わりはない。腕を組みながら闘技街へ舞い戻ると、自分が捕らわれる前と比べて異様な雰囲気が広がっている事に気付いた。避難した筈の人々が首を傾げながら辺りを彷徨っているのだ。それも三人や四人ではない。十人、二十人。三十人、四十人。それくらいの人物が、全く同じ挙動で全く事情を理解していない様に見えるのだからこれは異様だ。自分が居ない間、何が起きたらこうなったのだろうか。
「ドロシア、チロチンは何処に居るか分かるか?」
「うん、ちょっと待って」
 アルドから腕を離して、ドロシアは長杖を地面に突き立てた。瞬間、青白い波の様な魔力が床に沿って広がり、数秒程度で闘技街を網羅。直に手応えを得た彼女は、こちらに笑顔を向ける。
「広場近くの家屋の上。他にも数人居るよ」
「有難う」
 今になって思うが、フェリーテを連れて来てさえいればこんな事にはならなかったような気がする。彼女の移動能力があれば自分があれに引っかかる前に来てくれたと思うし、そうなっていればもっと安全に事を運べた筈だ。彼が死ぬ事も無かっただろう。それについて後悔だと言われたらどうしようもない。いや、時間の流れに縛られぬドロシアと、そして半分だけ執行者と同じ体を持つ自分であれば過去改変など容易い事だが、好き放題に時間を弄り回すのは世界の法に反する。これ以上執行者の様に面倒な敵を持ってこない為には、時に妥協も必要だ。それに彼の事だからどうせあらゆる時間軸を確保済み、その全てにおいて自分を殺しているだろうから、世界の法に反した所で何か収穫が得られるとは思えない。ある意味でこれは、妥協というよりは彼を信じているからこそのモノだった。とにかく自分が今出来る事は、彼の師匠として仇を取ってやる事だけ。彼が託してくれた勝利の糸を自分が紡ぐだけだ。
 適当な場所から家屋を上ると、彼女の言った通り数人の集団が向かい合って座っていた。
「チロチン」
 どう声を掛けたらいいかと悩んだ末、普通に声を掛ける。瞬間、『烏』が生物とは思えない速度と角度で首を曲げて、瞬時にこちらへ詰め寄ってきた。声を掛けただけなのだから、何も第二切り札まで使わなくても良いだろうに。彼等からしてみれば突然捕らえられて姿を消した自分が帰ってきたのだから、それくらいはむしろ大袈裟と言うより当然である。
「あ、あああああ、あ、アルド様ッ! アルド様でいらっしゃいますますでしょうか!」
「は? 取り敢えず落ち着け、言葉が良く分からない事になっている」
「わ、わかわかわかりわかわか―――」
「落ち着け!」
 冷静な筈の彼がルセルドラグやディナントよりも動揺しているのはどうなのだろうか。彼の傍らに居たリーナも、はたまた向かい側に居るキリーヤ達も、その豹変ぶりには目を丸くして驚いている。ドロシアに至っては、鬼気迫るモノでも感じたのか、隣で腰を抜かしていた。何やってんだか。アルドは彼に視線を合わせる為に少しだけ体を下げて、その双眸を真正面から見据えた。心配だか動揺だか分からない感情に乱されていたチロチンは、暫くするとようやく落ち着きを取り戻し、同時に本来の性格を取り戻した。
「……有難うございます」
「ようやく戻ってくれたな。ただいま、チロチン。お前達のお蔭で私は助けられた。お礼を言うのはこちらだよ」
 彼の肩を引き寄せて、軽く抱擁する。それから傍らのドロシアに助け起こし、アルドは向こうの彼女達に聞こえるよう、大きな声で言った。
「お前達も、ここを守ってくれて本当に感謝している。リーナ、お前に付き纏っている奴は一度でも来たか?」
「……いえ、不思議な事に、此度の戦いに同行してからは一度も」
 まだ自分達を警戒しているのだろうか。アルドが消えてからはそろそろ出てきてもおかしくないと思ったのだが。彼が追跡しているか否かを見分ける簡単な方法として、リーナを見通しの良い場所で放置するというモノがあるが、目の見えない彼女にそんな仕打ちが出来る程腐ってはいないつもりだ。本当はこの戦いのついでに解決したかったのだが、いつまで経っても姿を現さないという事ならば、彼女の事は今後とも自分が保護しないといけなくなる。その分には別に構わないが、出来れば根本的に解決してやりたいので、あまり良い結末とは言えない。
「そうか。相手も馬鹿ではないという事だな。まあいいさ、お前はこれからもチロチンと共に居ろ。早々に捕まる無様を見せつけた私など、信用出来ないだろうからな」
 その自虐には何を言おうと無駄である。早々に捕まってしまったのは事実で、自分を助ける為にナイツ達が深く傷ついたのも事実。その事を敏感に察したリーナは、何か言いたげに口をもごもごさせつつも、結局「はい」としか言わなかった。
「あの、アルド様。エリはどうしたんでしょうか」
「……ああ、すっかり忘れていたな。ドロシア、『家』からアイツ等を」
「もう連れて来たよ」
「え」
 フェリーテにしてもドロシアにしても、発言の先回りが随分好きらしい。背後を振り向くと、意識の目覚めたらしい二人と共に、全員が立っていた。
「エリ!」
 キリーヤが駆け寄る。エリが両膝を突いて迎え受けると、二人の身体が重なって硬直。二人は互いに力強く抱擁して、笑顔で生存を喜び合った。
「エリったら一人・・で行っちゃって! 私心配したんだからねッ?」
「ごめんなさい。私の力が必要だと言われたから……無視する訳にもいかなかったの。そっちこそ大丈夫? 誰かが来たりしなかった?」
「大丈夫。パランナさんも帰ってきたし、何も無かったよ!」
 そう、何も無かった。彼女は自分を助ける為に一人でナイツへ同行し、重傷を負い、その上で助かった。彼女が居なければ自分は助からなかったし、執行者の計画もどれくらいかは計りかねるが阻害出来なかった。流石は聖槍の選んだ担い手と言う他は無く、本来自分は彼女のお願いを何でも一つ聞く程度の恩を感じなければならない……
 無言で唇を噛み締める。それに気づいたドロシアがアルドの手を取り、そっと体を寄せてくる。彼女の持つ高い体温が肌を通してこちらに伝わり、凝り固まった体を優しく溶かす。心なしか、彼女の居ないもう一方からも、何かが伝わった気がした。
「何も戦いは終わっていないんだから、その辺にしておけ。私達はこれから、最後の戦いを始めるのだからな」
 キリーヤがこちらへ視線を向ける。
「最後の戦い……ですか?」
「この争奪戦の総大将である死の執行者を討伐し、私達の世界を守る。人間が居ようと魔人が居ようと、ここは私達の世界だ。それに奴がこの世界に侵入した原因は私にある……だが、私一人ではあまりにも力不足、情けない話だが、私一人であの男を止める事は出来ない。だからお前達に協力して欲しい。最低限でも、アイツにはこの世界から出て行ってもらいたいんだ。キリーヤ、お前達は協力してくれるか?」
「……はいッ。お役に立てるかどうかは分かりませんが、アルド様のお願いでしたら!」
 さりげなくキリーヤ以外を巻き込んでいるが、総大将がキリーヤである以上、彼等に選択権は無いし、彼女に付いて行くような人間には、ここで逃げるという選択肢は思い浮かばない。指摘されたら改めて尋ねるつもりだったが、無視されたのではこのまま突き通すとしよう。
「感謝する。ナイツとドロシア、それにお前達が居れば、必ずや執行者を打倒する事が出来るだろう―――少し場所を変えようか。チロチン、お前の第一切り札をリーナに。リーナ、もし私達がやられてしまったら、こちらの事なんて気にせず逃げろ。分かったか?」
 彼女の首肯も取れた所で、アルドは闘技街の外へ足を向けた。死の執行者は絶対に許さない。ナイツを傷つけたのは彼の部下だったとしても、あの存在は最愛の弟子が己の生を引き換えるきっかけを作った。それだけだが、それだけで十分だ。あの男を殺す理由なんて、その程度で十分。その行為を切っ掛けに、彼はアルドを本気で怒らせた。エヌメラ以上に、人間以上に。
―――コロシテヤル。
 たとえ神が阻もうが、仏が阻もうが。この刃があの男を切り裂くまで、死ぬ訳にはいかない。復讐の焔をも焦がす黒を以て、自分はこの戦いに終止符を打つ。それが最愛の弟子が自分に託してくれたように、自分もまた自分を信じよう。今だけは、誰に何を言われようと地上最強を譲るつもりは無い。彼が望んだのは、きっとそういう『先生』だから。









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