ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

魔人と人間の進む道

「……何すんだよ」
「……偽者じゃないのか?」
「当たり前だろ! まあ突然出てきたから、それを疑うのも悪い判断じゃないけどな。残念ながら本物だ」
 槌の一撃を諸に受けた筈なのだが、特に痛みを感じない様子でパランナが体勢を立て直す。偽者だと読んで全力で殴ったのだが、いつの間に彼はそんな頑丈さを手に入れたのだろうか。確かに槌自体に特性は無いが、それでも槌である以上、相応の硬度は持ち合わせている訳で。それに全力で殴られたにも拘らず、けろりとしているのはさすがに異常としか言いようがない。果たしてパランナとはここまでの耐久力を持っていたか疑問だったが、そう言えばそれくらいは持っていてもおかしくないかと思い直して、クウェイは槌を下ろした。エリに負けた際も、彼は一応意識だけは残していた。その気になれば槌の一撃くらいはまともに受けても問題ないのだろう。謝罪も程々に手を差し伸べると、彼は何事も無かったようにその手を取ってくれた。
 何だか本人にしてはあまりに優しすぎて、むしろ怪しい。が、これ以上彼を殴りつけると、本人だった場合であろうとなかろうと反撃に遭う可能性が高いので、もうやめておこう。仮に彼が偽者であったとしても、それを暴く時は今じゃない。一応本物と自称しているのだし、暫くは乗っかっておくべきだ。こんな事を考えている時点で分かる通り、自分はまだこのパランナの事を本人とは思っていない。詳しい理由は説明出来ないくらいに曖昧だが、とにかく信用していない。
「で、キリーヤは何処に居るんだ?」
「ああ、そうだったか。アイツは避難所に居るよ。避難所ってのはあれな、俺達が逃がした所な」
「ん。そうか」
 彼女に何かあったら自分がエリやフィージェントに殺されてしまう。パランナが歩き出すと、それを追ってクウェイも歩き出した。彼を信じるのならば先んじて避難所に入り、彼女にパランナの生存を伝えてやるべきなのだが、偽物と思えて仕方がない存在に背中を向ける事は出来ない。先程のお返しとばかりに攻撃されても嫌だし、彼と違って自分には槌の一撃すら耐えうる精神力が無いのだから。
 そんな事を考えながら彼の後ろを歩いていると、視界の端が何かを捉えた。それがあまりに些細であれば見なかったモノとして処理したのだが、仮にも魔人と人間の共存を目指す英雄の下へいる以上、それを無視する事は出来なかった。左端に見えた景色を瞳の中心でしっかりと見据えると、そこにはいつの間に避難所から出てきたのか。数人の人間が集まっていた。只の人間じゃない、齢は二〇から三〇の人間の集まりと不思議は無いが、異常なのはその動きだ。
「死ね、気持ち悪いんだよこの人間もどきが!」
「なーにが共存だよふざけやがって! お前等はッ、精々ッ、人間様の奴隷にしかなれない癖に!」
 彼等が何度も何度も蹴っているそれを、クウェイは見た事があった。知人という訳では無い。ただし、全く無関係という訳でも無い。彼等が虐めているそれは、『烏』の魔人が背負っていたあの少女に他ならないのだから。
「……おいパラ―――」
 意図してかせずか、彼の姿は既に無かった。教えた通りキリーヤの所へ行ったのだろうが、仮に彼が偽物だった場合、キリーヤに何をしようとするのかは想像に難くない。それを考慮したら今すぐにでも避難所へ向かい、彼が本物であるかどうかの判断をするべきだろうが、ここでそれをすれば彼女を見捨てる事になる。今は姿が見えないとはいえ、魔人達と手を組んでいる自分がそれをしてしまって果たして良いものか。
 クウェイは人間にしては珍しく、魔人に特別の嫌悪感は抱いていない。敵か味方かで言われれば基本的に敵だと答えるが、目の前の彼等が如き一方的な蹂躙がしたいかというと、そうは思わない。歴史を見れば魔人が人間よりも優位にあった時期があるので、その時期には人間もさぞ辛酸を舐めさせられた事だろうが、過去は過去で未来は未来。クウェイは魔人から酷い目に遭わされた事が無いので、特に嫌いでも無ければ好きでもない訳だ。この立場は少なくとも、こちらに重い憎悪を背負わせるくらい酷い目に遭わない限り変わらない。
 そしてクウェイ自身が特異な人間でなく、それが中庸の立場にある以上、特に酷い目に遭わされた事が無いのは彼等も同じの筈。大体がしてそれ程酷い目に遭って魔人を憎んでいるのなら、『助けてもらうくらいなら死んだ方がマシ』くらいの発言はするだろう。それを発言する事もせず、魔人の救援に甘んじたという事は、彼等自身は何ら酷い目に遭っていないという事。筈と言うよりは、まず間違いない。それなのに虐めているのは……理解出来ない。理解してはならない。魔人と人間が共存できる筈だと考えている英雄の下に居ながら、そんな人間の想いは理解してはならない。
「うッ……痛い……痛ッ!」
「何が痛いだふざけやがって! お前等みたいな人間の劣化種族が痛みなんて高度な感情を持ち合わせてる訳ねえだろッ!」
「人間のフリすんなッ!」
「さっさと死ねよ、なあッ」
 助けるべきだろうか。自分がここで介入したら、彼等に嫌われてしまうだろう。そうなったら彼等の救済は失敗。アルドとやらが帰ってきた時、彼等は問答無用で殺される事になる。それを防ぐ為に自分達はここに残り、交流を取ってきたと言うのに、『間違っている』という理由だけで、それを自ら阻んでしまって良いのだろうか。蹴られ続ける少女の瞳がこちらへ向いたが、クウェイはどうしても動く事が出来なかった。
 それが最悪の事態を引き起こすと分かっていたら、きっと動いていただろうに。


「お前達…………何してるんだ…………」


 クウェイと同じくそれを目撃した者は、現場を挟んで真反対の方向に立っていた。そいつは殺気だった男達に怯む事無く歩み寄り、容赦なくその頭を蹴りで叩き潰した。あまりに突然の出来事に、残された男達は呆然とその場に立ち尽くす。
 『烏』の魔人、チロチンは、かつてない程の殺意を剥き出しにして、男達を見据えていた。
「……サイアクな一日だな。お互いに」
 そう言って微笑んでみせる『烏』だが、その目は全くと言っていいほど笑っていない。それどころか、冷静そうな彼からは想像もつかない程の激情が垣間見えていた。彼は暫く男達を見据えた後、クウェイの方を一瞥したが、まだ正気はあるのか敵意は見せなかったが、代わりに、失望したように見えた。お互いにさほど関係性はないのに、どうしてだろう。『そんな奴とは思わなかった』と言われたみたいでとても複雑だ。
「ひ、人殺しだ! やっぱり魔人には共存する気なんかないんだ、俺達を殺す気なんだッ!」
「ほう。人間に魔人を殺す気は無いと。じゃあそいつをどうして虐げているんだ」
「そ、それはコイツが俺達を見て笑ったから……」
「残念ながらそいつは目が見えない。お前達の姿を見て笑うなんて事は、万に一つもあり得ないんだよ。……言い訳にもならない理屈をどうも有難う。これだから人間は嫌いなんだ。アルド様の様な人間は……やはり居ないのだな」
 『烏』は嘆く様に、吐き捨てる様にそう言ってから、彼らが虐げていた少女を抱え上げて身を翻した。
「……忘れるな。お前達は絶対に許されない」
 『烏』は何処かへと飛び去っていく。






 

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