ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

 英雄編 現世の変化

『……いや、知らないな。俺は今後どうやって動けば良いのかを考えてただけだから、エリの件に関しては一切関知していない。それはそれとして、話を続けて良いか―――』
 そう言われてから後の事を、キリーヤはどうしても正確に思い出せなかった。彼の能力で蓋でもされたのだろうか。何やら非常に複雑な気分を持ちながら、キリーヤは避難した人々と交流を取っていた。皆話してみると意外と普通の人達で、魔人をどう思っているかを尋ねれば、皆快く思っていると答えた。答えてくれた。フェリーテが居てくれたのならそれが誠か否かを判断できたのだが、アルドが彼女を連れてこなかった以上は信じるしかない。彼等が心の底から魔人を快く思っている事に……大丈夫だ、心配はない。ここの人間は皆魔人に助けてもらったでは無いか。命を救ってもらった恩人を憎む程人間は腐っていない、少なからずキリーヤはそう信じている。
「アイツ等は何処に行ったんだろうな」
 そんな事をポツリと呟いたのは、自分と同じく、しかし気の抜けた様子で人間と交流を取るクウェイ。あの後、エリもフィージェントも何処かに姿を消してしまったので、残る仲間は彼一人だけである。パランナはあの後も、結局見つからなかった。
 ……死んで、ませんよね?
 エリにはフィージェントが居るし、そのフィージェントに至っては死ぬ光景が思い浮かばない。唯一不安なのはパランナだが……確か、実力はエリ曰く『自分よりも上』らしいので、余程の事が無ければ死ぬ事はないか。出来れば同じく姿の見掛けないアルドが、連れ戻してくれると有難いのだが―――そう言えば、自分は何をしているのだろう。
 そこに思考が至ると、ようやく塞がっていた記憶が蘇った。
『―――あー、待って。それを言う前に俺は今日、この戦局に神の一手を打つべく別行動をとらせてもらう。先生と一緒だから心配してくれる必要は無いが、お前達が付いてくると作戦がな。今回の作戦の要であるエリは連れて行かせてもらうが、お前達は待機してくれ。俺からの提案というのはこれの事で、もっと言えば救済の選抜とやらの事だ。真に共存を目指すなら、少なくともお前だけはここに目を向けなきゃいけない。だから少しでも人間と仲良くしとけ。ああ、もしも心を読んでくるような奴が居たら厄介だからこの会話には少々仕掛けを施させてもらうぞ』
 そうだ、そうだった。記憶を読まれて作戦を台無しにされる事を嫌ったフィージェントが仕掛けを施していたのだ。だから今まで思い出せなかったし、思い出せなくても疑問に思わなかった。キリーヤは言いつけ通り交流して、救済の選抜に向けて完全なる勝利への準備を進めていた。気になるのは、どうして今になってそれが解けたのかという事だ。簪の能力を使ってもいない自分に彼の力に抗う術はない。また、彼の力は同時に使う事が出来ないなんて制限も無いので、何処かで戦う為に解除したとは考えにくい。
 まさか本当に死んでしまったのか? …………いいや、思い過ごしか。彼が死ぬ筈ない。そんなに弱い存在ではない。
 記憶の限り、そう思っている。
「なあキリーヤ。俺達、ずっとこのままで良いと思うか?」
「……駄目だと思います。正直、言われた以上は待機してなきゃって思いますけど、何だか妙に遅いというか」
 そんな気がするというだけだ。それに心なしか、数時間程前に外から凄まじい雄叫びが聞こえたような気がする。既に『種族』を捨てた身とはいえ、自分は『狼』の勘を信じたい。思い切って立ち上がり外へ出ようとすると、すかさずクウェイの太い腕がそれを阻止した。
「お前は少女で、表情も豊かだ。俺なんかよりお前の方が一般受けはいいだろう。外で何か異変があったら知らせに来るから、お前は交流に専念しろ」
 最初から最後まで、人間と魔人の共存を目指す希望は彼女しか居ない。ならば成り行きとはいえ彼女との縁を持ってしまった以上、自分は彼女を守るべきである。
 クウェイの本能が、そう囁く。少なくともパランナを見つけるまでは、自分しか居ないのだ。


























 物凄く後悔しているかと尋ねられれば、クウェイは少々悩んでしまうだろう。あれだけの言葉を言っておきながら『何の異常も無かった』は許されない。いや、異常が無いのは良い事なのだが、それでは彼女の心が治まらない。何か少しでも妙なモノを見つけて知らせに戻らねば、今度こそ自分は彼女を野に放ってしまう事になる。
 こう言うと語弊がある。今の所敵らしき敵は見えていないので別に外へ出させる分には構わない。だが、パランナが脈絡なく攫われた所から推察するに、敵は無差別の誘拐を繰り返している可能性が高い。つまり理屈無しでも攫われる可能性は十分にあり得る訳だ。そんな事を言えば自分もそうだが、キリーヤと自分を天秤に掛けて、どちらが残った方が良いかは言うまでもあるまい。こんな冒険者崩れの男よりも、目標の高すぎる少女が残った方が世の為、人の為、魔人の為。とにかく、今は何かしらの異常性を発見して彼女の気を鎮めさせなければ。
 十五分程歩いただろうか。特に目を引くような異常性は……広場で妙な感覚を抱いたが、その異常性を具体的に説明出来なければ彼女の気を鎮める処か昂らせるだけだ。だからあれは気のせいとして処理しておく。その他には…………特に、無い。
 いや、本当に。全員が避難したので何処の家ももぬけの殻だし、かといって避難所はキリーヤが居るから異常性があれば真っ先に気付く。気になるのはやはり広場だが、何故だろう。あの広場に足を踏み入れようとすると気持ちが一気に萎えて、近づきたくなくなる。どんなに意思を固めようとも結果は変わらず、五分程度で諦めた。あそこには何もない、そう思う事にしてクウェイは―――


「何やってんだお前」


 身を翻して彼女の所へ戻ろうとした自分を引き留めたのは、救済の選抜中に姿を消し、以降どんなに探しても姿の見えなかったパランナ―――またはレヴナントだった。大分前に持ち出した緋剣こそ持っていないが、何処からどう見ようと、たとえ魔術を使って本人を識別してみようと、行方不明になっていたパランナだった。
「な……な……」
 それこそ脈絡のない登場に、クウェイの言葉が喉で詰まる。それくらい彼が登場する事は、信じられなかった。それでもどうにか言葉を捻りだすと、
「何やってんだじゃねえよ! お前が居なくなった事でどれだけこっちが心配したと思ってんだ!」
 最初に出てきたのは罵倒混じりの心配だった。手を組む事になった彼等でさえ、ついでとはいえ探してくれるような素振りはあった。にも拘らず見つけられなかったというのはおかしな話だが、更におかしいのは彼が傷一つ負っていない所だ。まさか敵に拉致されておいて好待遇を受けていたとも思えないので、それだけがクウェイの心に引っかかって取れない。だがそれに目を瞑れば……彼が帰ってきた事に他ならない。
「すまん。ちょっと厄介事に巻き込まれてな」
「厄介事?」
 背中に差した槌を撫でながら尋ねると、パランナは「ああ」と頷いた。
「その事についてはキリーヤにも話したい。アイツが何処に居るか分かるか?」
 厄介事とやらの大きさがどれ程の規模かは不明だが、確かにそれはキリーヤにも話しておいた方が良さそうだ。彼女だけが蚊帳の外という訳にもいかないだろうから、少なからずこの戦いに参加する為にも知っておいて損はない。
 だがその前に……
「―――お前、誰だ?」
 一切の躊躇なく槌を抜き払うと、パランナは防御する事も無く力のまま、壁に吹き飛んだ。
 

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