ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

語られしは不敗の神話

 久しく強者と戦える事を、『藏』は喜んでいた。自分以外の全てを瞬殺するその力、その技術。その剣閃には一切の迷いが無く、隙も無く。ひたすらに何処までも澄んでいて、綺麗だった。ありとあらゆる世界を含めても、ここまで綺麗な斬撃を描ける人物は彼ぐらいのモノだ。武人としては二度もない絶好の機会。逃す道理は無かった。『藏』は貫いたままの少女を投げ捨てて、剣を構える。
「命を懸ける……か。面白い言葉よなあ? あしを前にしてそれをほざくとは、正気か」
「英雄が正気で務まるモノか。俺はもう狂っているんだよ。どうしようもなくな。だがそんな俺にも大切なモノがある。俺を好意的に思ってくれる全ての者だ。俺を愛してくれる者、俺を心配してくれる者、俺とまた話したいと望む者、俺を尊敬してくれる者。それらは全て俺の生きる理由であり、俺がお前の前に立つ理由だ」
「ふん。他人依存とは呆れたモノだ。誰も彼も居なくなったら、お主はどうするつもりなのだ」
「知らないのか。誰かあっての英雄だ。そして、英雄となった俺がそれに縛られて生きていくのは当然の事。誰も彼も居ない世界に俺は居ないんだよ」
「ほう……では」
「ああ……」
 次の瞬間、男の放った渾身の一撃が、『藏』の鎧を打ち砕いた。
「それ故に俺は、お前を殺す」
 英雄として、この世界に刻まれた遺物として。魔王となってから忘れていた信念が蘇る。大切なモノがこの手にある。守りたい世界が外にある。脅威がそこにあるならば自分は剣を振るい続けるまで。百万人? 一千万人? 全く下らない。その程度、今の自分には何ら脅威ですらない。何万人でも何億人でも出してみると良い。自分が英雄である限り、この体は倒れない。無限の罪を歩み続けようとも、この体は歩く事を止めない。
 守る為に。生きる為に。
 一部砕かれた事に驚きを隠せないながらも、『藏』は後退しつつ奔流を解放。男の身体を消し飛ばさんと神罰の奔流が男を呑み込んだが、それを男は素手で受け止め、その力を別方向へ逸らした。
「神の裁きが俺を裁く。聖なる光が俺を焼く。それは叶わない。命を懸けて戦っている俺は、たとえ神を冒涜する事になろうとも戦い続ける」
 奔流を逸らされたからと言って、まだ奔流は開放されたままだ。大きく横に振ってやると、鞭の様なしなやかさで白蒼の奔流が男を薙ぎ払う。圧倒的密度の魔力に男の身体は塵すら残る事無く消えるかと思われたが、奔流が通り過ぎた後の身体には、焼け跡処かそれが通過した後すら見当たらない。
「執行者も、神も、お前も、誰にも俺の罪は裁かせない。俺の罪は俺だけのモノだ。それを無理やり裁こうと言うのなら、俺がお前達を裁いてやろう、裁判官。どうだ、今まで裁くだけだった筈の存在が、急に裁かれる側に回った気分は」
 まさか、あの男の身体にはこの剣を上回る程の魔力が秘められているというのか。ならばどうして魔術を使わない。この鎧の特性を見抜いている事があり得ない以上、ここで使わないという事は、使えないという事と同義ではなかろうか。もう少し様子見をしていたかったが、男の攻撃がそこまでの猶予を与えない。野放しになっている奔流を容易く躱しつつ、男がこちらの動きを封殺する形で二連撃を放ってきた。避ける方法は動かない事だが、それをすれば次の一撃が躱せない。それでも避けない訳には行かず、『藏』がその場で硬直すると、大きく腕を引いた男が今にも刺突を放たんとする姿勢で跳躍。兜を気にもせず、額に刺突を打ち込んだ。大きく体が吹っ飛ばされて危うく体勢を崩しかけたが、解放した奔流を収束させた際の衝撃波を利用してどうにか着地。追い打ちをかけてきた男に、『藏』は究極の一撃を以て対応した。
 白蒼の奔流と歪みつつある真理が衝突し反発する。そのまま反発すれば距離を取れて仕切り直せたのだが、それをさせるまいと、男はあろう事かその反発を力でねじ伏せて無理やり切り込んできた。白蒼の奔流をゆっくりと真理が切断。勢いを失った刃が肩に触れるだけで、事なきを得る。それは果たして甘い考えだった。肩口から迸った血液は、その甘さ故に生まれた怪我。肩に触れてさえいればと男が刃を引いて、無理やり攻撃したのだ。そんな技術は『藏』の居た国にもあったと言うのに、どうしてそれを男が知らないと思っていたのか。
 この男の斬撃に決まった形は無い。時に固く、時に激しく。時に柔らかく、時に緩やか。それの意味する所はあらゆる剣術を知っている事の裏返しであり、そこまで思考が廻っていれば今の攻撃は間違いなく躱せた筈である。その動揺からか動きが纏まらず、『藏』はまたも刺突を諸に受けた。心臓付近の鎧が容易く貫かれて、霧散する。
 額への一撃から兜は破壊され、今の『藏』には邪なる存在を拒絶する光輝がある。効果があるか無いかと言われればある筈で、実際つい先程自分と戦った女性は、その光輝に焼かれていた。だがこの男は……一度もその光輝に惑わされる事は無かった。それどころか……まだ瞬きをしていない。
―――何故。
 こちらも負けじと殴り返すと、男の身体は紙でも殴るかのように軽く吹き飛んだ。あまりに手応えを感じなくて拍子抜けしたが、一方で吹き飛んだ男に全く効いている様には見えなかった事から、流されたのだと直感した。そして『藏』はそんな技術を知らない。
 次に先手を取ったのはこちらだ。幾らか砕けているとはいえ重厚な鎧を着装しているとは思えない程の速度で男へと肉迫。『神罰の剣』を振り下ろすと、案の定、男は最小限の動きで回避した―――それが想定されていた動きとも分からずに、瞬間、奔流の固定を解放すると、白蒼の奔流は地面を刎ねてあらゆる方向へ反射。男の足を絡め取り、その身体を城の壁へと叩き付ける。
「ふんッ!」
 効いていないのは知っていたが、今度はどうだ。動きが鈍ればこちらのモノ。転移魔術で素早く目前まで移動すると、『藏』は男の頬を全力でぶん殴って、背後の城壁もろとも男の顔を破壊した。骨を砕いた手応えが確かにある。死にはしないだろうが、少なくとも再起不能にはなっているだろう。
 ぶち抜いた壁の先では、軽く首を鳴らす男が立っていた。手応えは確かにあったのに、どういう事か。それを考える暇もなく、男が肉迫。お互いに得意とする接近戦が始まった。
 男の二連撃を確実に防御しつつ、先端のみ解放。攻撃の軌道を読まれ辛くするが、足元から急に飛び出してきた爪先が『藏』の手首を持ち上げた事でそもそもの軌道が外れる。と同時に男の刺突が首筋へと放たれるが、すんでの所で回避。反撃のつもりで横に薙ぐが、それよりも早く男の振り下ろした一撃が『藏』の身体を切り裂いていた。鎧が鎧の役割をはたしていないのかと錯覚する程深い切り傷。それを負っても怯まず、今度は捨て身覚悟で刺突を放つと、ようやく男に命中したような気がした。
「…………ッ」
 音も無く喘ぎ、男の身体が一瞬硬直。加えて横薙ぎを牽制代わりに三連撃を放つと、動きの縛られた男に本命の二連撃が命中。傾いた十文字が男の身体を切り裂いて、その命を削り取る。ここで攻め手を緩めたら負けると直感した『藏』は更に連撃を放ったが、その途中で男の掌底を顎に叩き込まれた事で昏倒。その瞬間に意識を別世界へ経由させる事で再起動リセット。背後の地面を沈めて坂道を作ってから、そこにわざと倒れ込む。多少意識が揺らいでも構わないから、一旦仕切り直そうという魂胆だ。
 その手段は即興で思いついたにしては凄かったが、何をしようとしているかは相手からしてもバレバレ。『藏』が背中から倒れ込んで転げ落ちるよりも早く、男は山となった足元を平地になるまで切断。地面を沈めた筈なのに、『藏』が無事に倒れ込んだ時には既に平地となっていた。いや、問題はそれじゃない。自分が地面を沈めて相手は地面を切り裂いて高さを調節した。即ち地面のとある地点にぽっかりと大きな窪みが出来たようなモノであり、そこには男と『藏』の二人しかいない。これではまるで闘技場みたいではないか。壁の役割を果たしている地面は、垂直に切り立っていて登れそうにない。正確には、登れる事は登れるのだが、それをしている間に殺されかねない。意図せずして自らを追い込んでしまった事を悟り、『藏』は―――自虐的な笑みを浮かべた。
 追い込まれた時程笑うべき。自分はそういう武人であらねばと心がけてきたがようやく、自然に笑えた。
 お互いに逃げ道が無くなった事には男も満更では無い様で、僅か数秒の休憩も許さぬ勢いで斬りかかってきた。斜め下から入り込んできた斬撃が『藏』に接近。軸足を回転させて背後でそれを防御すると共に、勢いのまま剣を払う。狙うべきは彼の足だ。それさえ奪えれば、後はどうとでもなる。今からでは防御も間に合わない。攻撃とは即ち最大の隙。攻撃と防御を一連の流れとして組み込む事は出来ても、攻撃と防御を同時には出来ない。必ずどちらかに隙が生まれる。
 解答のない問いに対して、男は刃を上から踏みつけて乱雑な蹴りを『藏』へ。男の足首が白蒼の奔流に呑まれるが、その足には僅かの変化も無い。焼ける事も無ければ消し飛ばされる事も無く、只そこにある。
 素人じみた大振りの蹴りを諸に受けた『藏』は地面を転がって勢いを殺しつつ立ち上がるが、その直後に男が剣を振りかざしたのを見て反射的に剣を上へ。しかしそれは男の罠だったようで、直後。大きく左にズレた男が、今度は『藏』の胴体を真一文字に切り裂くと共に右へズレた。
「ぐふうッ……!」
 一撃一撃が神威を貫通し、神の鎧を剥ぎ取っていく。この男に大いなる力は、生物が知覚出来ない様な力は通用しないらしい。どういう理屈かなんてのは戦闘が終わった後にでも考えろ。今考えるべきは、一体どうすればこの男に勝利する事が出来るかだ。体が両断される寸前にまで切り裂かれた『藏』を、男は何の躊躇も無く連撃を叩き込み、その全身をズタズタに切り裂いていく。あの瞬間が契機だったとみるべきか、それからの『藏』の攻撃は、男より明らかに二歩以上遅れ始める。
 奔流を解放した所で振りが遅くなるだけだ。ギリギリの所で纏いし神威が体を一から作り直す事で、自己再生能力の機能停止を克服しているが、それに対して明らかに男の攻撃力と手数が違い過ぎる。手遅れになるのは時間の問題というよりかは、解決方法が見つかるか否かだ。
「『界光闘気』!」
 『藏』の身体が更に一回り大きくなる。それでようやく男の剣戟に追いついたが、男からしてみればこの勝負は、既に決していると言っても過言では無かった。
「必殺技という言葉がどうしてそう呼ばれているか知っているか?」
「…………何?」
「必殺技はな、出せば必ず相手を殺せるんじゃない。必ず相手を殺せる時に出すから必殺技なんだ」
 その言葉を証明するかのように男の姿が視界から外れる。正にその一瞬。『藏』の背後が斜めから切り裂かれる。即座に足を捻って振り返るが、今度は脇腹を貫かれた様な痛み。その痛みに意識を傾ける暇すらないまま顔に斬撃が叩き込まれ、更に片腕が切り落とされる。
 何処だ? 何処に居る?
 滅茶苦茶に剣を振り回しても当たる筈はなく、また胸が切り裂かれ、次に背中を三か所も殆ど同時に刺されて、それでもどうにか振り返ろうとしたが、いよいよ両足がすっぱりと切断されてそれも叶わず。両足を失った『藏』の上半身が宙に舞った瞬間、まるで種が明かされたかのように、はっきりと見えた。
 この体を『喰らい尽くさん』とする無数の斬撃が。


 …………見事!


 心の中で『藏』はそれだけを言い残し、間もなくその意識を『喰らい尽くされた』。


 














「一刀式殺人剣、欠雲かきぐもあま。俺の数少ない技の一つであり、必殺技でもある」
 モノ言わぬ死体となり果てた男を一瞥してから、アルドは剣を納めた。

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