ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

生命の起源、終結の執行 2/1

 執行者の持つ剣に位は付けられそうもない。それはフィージェントの取り出したあらゆる武器が、権能が、たった一撃で破壊される事からもハッキリと分かる。剣の執行者同様、こんな奴を相手にして一人で勝とうと言う方が無理な話だ。かつてはエヌメラも魔術で同じ事を行ったが、あれは世界という媒体に接続していたから容易に対処出来た。フィージェントの能力の範囲は『この世界の中』。たとえ世界を媒体にしたとしても、それは『この世界の中』である事に変わりはない。だから対処できた。だが、何の媒体に接続する事も無くこれ程の力を発揮されたら、フィージェントはどうしようもない。
 『餓燼』に関しても、あれは『神に匹敵する存在』にのみ強力なのであって、『神をも容易く上回る存在』には効果が無い。『機械仕掛けの世界』もあの剣の前では一振りで崩れ去るだろう。
 とにかく、単純な実力差は権能を以てしても埋められない。自分が出来る事は精々仲間のサポートくらいだ。執行者の動きに付いていけないエリの身体能力を極限まで高めて、少しでも戦力として加算させたり、空間に接触している時間を操作して執行者の攻撃を透かしたりと、それが精一杯。一時間以上も戦っているが、フィージェントも含めて全員が突破口を見つけられずにいた。アルドへの負担を考えてナイツは第三切札を使わないが、それでも全力で戦っている事に変わりはない。にも拘らずである。傍から見れば良い勝負に見えるかもしれないが、四人が四人とも本気で戦ってこれは不利な勝負としか言いようがない。そもそも四人が本気で戦ってギリギリ執行者の強さに喰らい付いている事自体、奇跡みたいなモノだった。死の執行者はそれ程までに強力であり、アルドとどちらが強いかは言うまでもない。そしてアルド以上の実力者に良くある事だが、碌に魔術を打つ機会を与えてくれない。自分は権能なのでその気になれば予備動作無しでも打てるが、そのせいでエリ辺りがかなり厳しそうだ。玉聖槍が生命に起源する武器で無ければ碌に攻撃も受けられず死亡していただろう。
 振り下ろされた鎌を半身になって躱し、すかさず放った刺突を横から割り込んできたユーヴァンが受け止めて、そこを神の祝福により限界まで強化されたエリが攻撃する。その状態のエリはアルドを彷彿とさせる程に歪みの無い真っ直ぐな一撃を放つが、執行者は穂先を軽く手で往なして防御。よろめいたエリの顔が吹き飛ばされる寸前、『幻想王弓』による援護射撃で執行者に距離を取らせて、戦いを仕切り直す。権能は軽く吹き飛ばされるものの、まともに直撃すれば執行者と言えど無傷ではない。あらゆる神話から破壊力の高そうな権能を付与して打ち放つ。最低でも牽制にはなるので、他の三人が勝つ為には自分の援護が重要になりそうだ。
 死の執行者は全く息切れの様子を見せない。というか疲労の概念があるのかすら怪しい。仮にその概念を持ち合わせていないのであれば、その概念を持ち合わせているこちらが不利としか言いようがない。これ程の強者を相手に短期決戦が仕掛けられる訳もないので、戦いは必然的に持久戦へ。そしてその場合、疲労しない方が勝つのは当然の事だ。
 普通に疲労してくれるのなら構わない。こちらは権能を最大限に用いて周囲の疲労を回復させるだけだ。それでどうにかこうにか持久戦を戦うだけ。そう考えたらこちらも事実上の無限体力だが、疲れを回復させるタイミングを決めるのは飽くまで自分だ。常に回復させていたら他の力に手が回らないし、何より頭痛が酷くなる。今の時点でもかなり痛いのに、これ以上頭痛が悪化しようものなら全ての権能を停止させてフィージェントは倒れ込むだろう。こちらの体力を数字で表せば残りは十時間。それまでに何としてでもこの戦いを、一旦でもいい。終わらせなければ。
 『鞘』から取り出した武器は虚空を経由して射出。適当に三〇門……これを大砲と同じ数え方で数えるべきかは置いといて、勿論ナイツやエリには当たらない様に配慮している。一応全ての武器へ新たに『必中』を付けているのだが、神の法則を足蹴にする執行者はさも当然の如くそれを回避。隙間なく、当たれば漏れなく全身が串刺しになる様に撃っているのだが、一体どんな滅茶苦茶な動きをすれば避けられるのだろう。かつてこれをアルドにやった際、彼は全てを剣で払うか、飛び込んできた武器を逆に投げ返して反撃してきたが、どちらが凄いのかと言えばやはり執行者だ。明らかに物理法則を超越した動きで……言い換えれば、こちらが三次元的攻撃をしているのに、相手だけが四次元的回避をしている。当たっている筈なのに避けた事になっていると言えば分かりやすいだろうか。単純に攻撃を透過させているだけだとも思ったが、それではエリの玉聖槍やファーカの鎌、ユーヴァンの炎を避けている事に説明がつかない。やはり純粋に躱しているのだ。この時点で何かがおかしいと気付くべきだったが、戦う事に必死だった彼等は誰もその違和感を追及する事は無かった。
 心臓へ放たれた刺突を仰け反って躱すと共に、こちらへ迫ってきた柄を掴んで乱雑に後方へ。槍越しとはいえ容易く投げられた事にエリは驚いたが、今の彼女は限界まで身体能力を高められている状態。具体的にはアルドと同程度まで潜在能力を解放している状態だ。この程度の事で体勢を崩したりはせず、むしろ壁を着地点に、今度はより鋭い一撃を執行者へと放った。それでもやはり躱されるが、牽制には十分。足元に仕掛けていたフィージェントの権能が爆発。彼の足元を支えていた地面が溶解し、執行者の体勢が僅かに揺らぐ。その機を逃さずファーカがすかさず鎌を薙ぐが、物理法則すらも無視する執行者は明らかに無理のある体勢であろうと余裕を持ってその刃を防御。
 直後―――その腕が切り落とされる。ファーカの鎌は便宜上『異名』を持っているとはいえ、その出自はこの世界に属するモノではない。彼はどうやら知らなかったようだ。ファーカの正体、そして彼女の持つ鎌の力を。
 斬り飛ばされた腕を放置して執行者は転移。隙だらけのファーカを背後から薙ぐが、『虚』による補正を完璧に受けている彼女に最早死角は無い。流れる水の様に鎌を背後へ。耳を劈く金属音を代償に防御して、そこをすかさずユーヴァンの爪が薙ぎ払う。空中を掴んでしっかりと射線を外れた執行者は、素早く標的をユーヴァンへと切り替えた。
「お、俺様とやるかッ!」
 彼だけはまだ第二切り札すらも切っていない。執行者からすれば未知数の敵だ。その割には彼の爪がどんな力を持っているか理解しているようで、彼の攻撃を避ける際は完璧にその射線から抜けている。螺旋状にユーヴァンが切り裂けば、即座に死角を割り出して回避。それがこちらの誘導だと言う事に気付いていようとも、避ける様だ。
「地動楽道!」
 歪な軌跡を描くエリの刺突。通常、刺突とは一直線を保たねば満足な威力を持たないが、彼女はそれを重心の移動、槍の持ち方、手首の入れ具合を使って見事にその問題を見事に誤魔化していた。歪な軌跡を描いているように見えるが、あれは彼女の体捌きでそう見せているだけ。実際は一直線を通した突きに過ぎない。今度こそ決まったと思われたが、空間を引き剥がして執行者が隠れたので空振り。しかし、掠った。次は決まりそうだ。
 空間を引き剥がして隠れたのなら今度はフィージェントの出番だ。虚空に『喰殱』を放ってやれば、神の狂犬はその内部にある全てのモノを喰らい尽くす。実際、直ぐに死の執行者は飛び出してきた。
 しかし相手は仮にも執行者。空間から飛び出してきたと言っても上空からで、彼は素早くファーカの首筋へその剣を突き立てた。
「ファーカさんッ!」
 軽く横に移動すると、彼女の首が転げ落ちる。それを見もせずに執行者は剣を血振るいさせて、今度はフィージェントの方へと肉迫した。しようとしたが、そんな執行者の足を止めたのは、ファーカの生首……正確には生首の断面から湧いて出てきた不定形の触手だった。肉迫の勢いを絶妙に落とされた執行者は刺突を後一歩の所で中断。片足を縛り付ける触手を斬り落とそうと視線を下に向けるが、実力差の拮抗する中でその隙は万死を招く。滅多に通らない攻撃が通るかもしれないと言うのに攻撃しない道理は無いだろう。最初に飛びかかったのはユーヴァン。その顔を引き千切らんと掴みかかるが、執行者は屈んでそれを回避。だが、繋げるように放ったエリの攻撃までは対処できず、玉聖槍の穂先は見事に彼の顎を打ち上げた。本来、空中に全身を放り出されれば抗いようも無いが、彼だけは先程から空中を引き剥がした掴んだりとやりたい放題。少しでも隙を見せれば確実に回避行動を取ってくる事は目に見えていたので、フィージェントは彼の周囲にある時空を切断。過去と現在と未来を織り交ぜつつ、距離の概念を消去。僅か一歩で執行者の目前まで移動すると、力強い掌底をその鳩尾へ叩き込んだ。
「『甕槌ミカヅチ』!」
 あらゆる法則を無視する執行者を軽く吹き飛ばす掌底。それもその筈、命中の瞬間にフィージェントは掌から神々の使用した雷剣を射出。当たらぬ権能を当たる状態から上乗せしていたからだ。先程、無傷では済まないと言ったように、彼も無視できる筈の権能ルールを避けるのは、まともにぶつかり合えば無事では無いと分かっていたからだ。しかしこうなってしまえば後は彼女に……任せるのみだ。
 執行者のぶっ飛ぶ先で控えていたのは、首を斬り落とされた筈の……ファーカである。
―――本当に良いのですね。
 彼女の声が聞こえる。この時間においてのみ、フィージェントは彼女と仮契約をしているのだ。具体的にいつやったかというと、彼女が首を落とされた瞬間。彼女の本体とみられる『虚』に接触し、契約した。全ては彼女に……第三切札を使わせる為に!
―――構わずやれ。俺は…………先生の為なら、死んでもいい。
 彼さえ無事ならばそれで良い。彼の弟子として、自分はこれ以上ない人間を救えた事になるから。決意を聞き届けたファーカは、その場で円を形作る様に三回虚空を払い、たった一言詠唱する。
崇心あがめよ篝焉しゅうまつを。『虚蘇ウツロミガエリ』」


 それは須臾にして永久。終焉にして創生。無数の刃が死の執行者を覆い隠すと同時に、その身体が数千の肉切れに破砕。同時にフィージェントの胴体も半分、切り取られた様に消え去った。


「フィージェントさんッ?」
 ギロチンでも落ちたような切断音がエリに異変を気付かせた。振り返ると、半身から大量の血を流しているフィージェントが、動く気力を失ったかのように壁へ凭れ掛かっていた。常人であれば既に致死量を超えているが、彼は権能を使って負傷を誤魔化し、一命を取り留めている。権能の操作に問題は無い様だが、体半分を失った事は大きい。あまりにも大きすぎる。戦力の著しい低下は免れようも無かった。
「大丈夫ですか、一体……どうして突然―――!」
 エリからすれば脈絡なく身体が喪失したように見えているから、困惑するのは当然の事。存外に苦戦する事も無く、フィージェントは彼女の頭を撫でる。
「契約だよ。俺はファーカと契約してたんだ。第三切札をアイツが使ったら……本当は先生が代償を払うんだ。でも先生に負担を掛けたくないみたいだったから、俺が負担した。それだけだよ」
「それだけって……体半分が無くなってるじゃないですか!」
「先生に比べたら大した事ない痛みだ。それにお前……何泣いてんだよ。俺はまだ死なない。死ぬ訳にはいかない。先生をまだ助けてないからな。せめてそこまでは……生きてるさ」
「それって、アルドさんを助けた後は……!」
「……さて、どうやって体を繫ごうかな。ハハハ」
 誰かが体を提供してくれれば良いのだが、半身を提供とは要するに死ねという事だ。一体誰にそんな事が言える。この代償はフィージェント自らが望んだものだ。そして如何なる権能を以てしても復活するモノでは無い。この半身が復活する事は……恐らく無いだろう。
 彼女と付き合ってきて決して短くない月日も流れている。自分の考える事は手に取る様に分かる様子で、エリが肩を揺さぶってきた。
「笑ってる場合ですか! フィージェントさん……死ぬのが怖くないんですか?」
「元々死ぬ予定だったんだ。それを先生が助けてくれたから生きていられた。今も、別に半身が無くても生きていけるが、あー……少しやめようか、この話は」
「え?」
 どうして、とエリの問いに答えるのは、きっと自分ではない。重心の取りにくくなった体でどうにか立ち上がって前方を見据えると、既にナイツの二人はその存在に気が付いていた。
「お前達は……!」
「貴方がたは……」
 見覚えのある顔がちらほらと。数にして五人、その中には白銀の鎧を着込んだあの男も立っていた。
「我らオルト・カローナ。この時を待っていた。薄汚い世界への叛逆者共め。我らが個々に求めし願い……その糧となるが良い!」










































 その瞬間、フィージェントは意識を異空間に転移。只一人、法則の停止した世界を俯瞰して、彼等の素性を識別する。半身が無くなり、戦闘能力が低下した自分には、最早これくらいしか出来る事が無い。
 まずユーヴァンへ殴りかかっていったこの男は……『奮』。どうやら元の世界に残ったチロチンと一戦したのが彼の様で、勝負の結果は言うまでもなく彼の勝利だ。逃げるが勝ちの理屈であれば、チロチンが勝ったようなモノだが。
 その後ろに居る女性は……『誉』は、どちらかと言えば魔人に近い種族だ。額の上から長い角を一本伸ばしているが、臙脂色を基調とした小袖に緋袴、武器としてはぬきのような棒を持っていて、何処とない異文化ジバルを感じる。周囲に冷気を纏っている事から、彼女がユーヴァンを氷漬けにしかけた女性だと見て間違いないだろう。そして一度目の戦闘でそうなったのなら、次もそうなる可能性が高く、非常に分が悪い。
 次にファーカへ斬りかかっていったのは自分が横槍を入れたあの鎧騎士。『藏』と言うらしい。ついさっきは自分の横槍で勝負を仕切り直せたが、今回ばかりはそうもいかない。今度こそは彼を殺さなくてはいけないと考えると、こちらもやはり分が悪い。更にそれを援護するように向かっていった男―――『貴』は弓使いの様で、弓相手に立ち回る方法をエリが知っているとは思えず、尚一層の事分が悪い。というか当たり前だったが、分の良い勝負……相手からすれば分の悪い勝負を仕掛けてくる訳が無かったのだ。
 最後の二人はエリの所へ。一方の男は見覚えがある様なので省くとして、もう一人は…………何だ、それは。顔に太陽の象形を張り付けて、手には球を浮かべている。だが魔術を使っている様子は無く、明らかに異世界の技術である事は分かったが、それだけ。対処のしようも分からない。分が悪いか良いかは……いや、もうやめておこう。頭が狂っているか天邪鬼に出来ていない限りは誰にでも分かる事だ。












 再び意識を戻すが、執行者を相手に戦った後では、勝負は一方的な蹂躙と化していた。





「ワルフラーン ~廃れし神話」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く