ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

己が心に問いかける 

 先生は、自分にとって誰よりもカッコイイ、どんな神話よりも強大な英雄だった。自分にとって最高で最強の人。あの人の生き様こそ自分の生き様。あの人に追い付きたいが為に、自分はあらゆる行為を真似てみた。その信念を真似てみた。その結果が今の自分であり、それに後悔はない。
 一方で、平和に生きてみたいという思いがあるのは事実だった。何の能力も無い、平和な世界で。人並みの才能を持って生きてみる事。それは殆ど全ての所業を可能にするこの体質を以てしても出来ない事。だから、興味がある事は否定しない。虐めも無く、差別も無く、親も自分を見てくれる。友人も自分を、人として見てくれる。失われるものは先生だけ。先生という―――アルド・クウィンツというちっぽけな存在一つだけ。その存在一つが無くなって世界が変わるのなら安いモノなのかもしれない。
 フィージェントは能力を発動。その思考に未来を描き、世界を夢想した―――






『フィージェント!』
『こっちに来て遊ぼうぜ!』






 平和な世界、特異の無い世界。フライダル・フィージェントは何不自由なく育ち、学校に入る。学校の中では男女拘らず多くの友達が居て、自分を歓迎してくれる。ここはそんな幸せな世界。何もかも満ち足りていて、何ら不足の無い世界。仮にそんな世界に不足があったとしても、自分には思い出せない。その才能も無ければ力も無い。だったら気にしなければいい。最初から無いモノと決めつけて忘れてしまえばいい。
―――いや。
 それはあり得ない。あり得てはいけない。自分が今までどんな言葉を胸に生きてきたか忘れたのか?
『フィージェント。お前は怪物じゃない、人間だ。その事をきちんと弁えた上で、今を生きろ。思い出したくもない過去の事なんか思い出さなくていい。今を楽しめ、己の行動すべてに楽しさを見いだせ。そしていつか振り返ってみるといい、なんの面白さもない人生だったとしても、案外楽しくやっていけていたという事に気付く筈だ』
 フライダル・フィージェントはアルド・クウィンツの弟子であるが故に『ここに在る』。アルドと出会わなかったフィージェントは最早フィージェントに非ず。自分には彼の居ない世界など考えられない。いや、そんな世界などあってはならない。そんな世界を求める事自体、アルドが差し伸べてくれた手を突き放すようなモノだったから。
 それ故に自分は―――あの剣を取らない。あの剣の先に望んだ平和と幸福があったとしても、自分は権能使いとしてこれからも生き続ける。世界の異端者として、神々への冒涜者として。そしてこれからもアルドの弟子として生き続ける。彼の居ない世界何て、クソ喰らえだ。
「俺は取らないぞ。俺はこれからも犯罪者として生きる。先生がくれたこの気持ちを、たとえ全てを忘れられるとしても俺は失いたくない」
「たとえその判断をして、死ぬ事になってもか」
「死ぬのはお前だ。少なくとも俺は戦うよ―――あらゆる権能を総動員してでもな」
 ここまで実力差があれば流石に分かる。死の執行者相手に真理を纏った所で勝負にすらならないのは。しかし、それが勝負を仕掛けない理由になるかと言われれば、どんな理由であれそのような理由としては成立しないと答えさせてもらう。戦うも逃げるも全ては自分次第。勝負の結果がどうあれ、それすらも分からなくなってしまう程フィージェントは耄碌した覚えがない。
「―――成程。それでは『雀』と『竜』よ。貴様らはどうだ?」
「あり得ませんね!」
「あり得ないな!」
 即答だった。少なくとも被害の大小だけを考慮したら、人間一人の犠牲で世界が救われるのだから、損得勘定の出来ない者を除けば、この提案が却下される事などあってはならない事。しかしあり得てしまうのが現実でもある。
「爪先から毛先に至るまで、この体は全てアルド様のモノです。あの御方の居ない世界、そこに平和があったとしても、私からすれば道端の石に等しき世界です。そんな世界に居ても、私は何も楽しくない」
「俺様がここまで愉快になれるのは他でもないアルド様のお蔭だ。あの御方が居るからこそ、俺はここまで愉快に振舞える! たとえあの人の存在を忘れて、実際に平和が訪れたとしても……俺様は、ここまで間抜けにはなれないだろう」
 今まで底抜けに明るかったユーヴァンの声音が一転。水底に沈んだような暗い声となった。流石のファーカもそれには驚いていたが、その状態こそ本来の『竜』。アルドが出会った頃のユーヴァン。あらゆる障害をヴァジュラからはねのけ、ずっと彼女を救おうと悩み抜いていた男。その本質にはヴァジュラへの恋心があるものの、彼女の好意を尊重して、今はその想いを隠している。そしてその想いを隠しているが為に彼は、敢えて愉快に振舞う。道化の様に振舞い続ける。自分の心を平常に保つために。ヴァジュラに……笑顔を届ける為に。
 損得勘定の通じない者に溜息を吐きつつ、死の執行者は最後の者へ問いを投げかける。
「それでは亡国の騎士よ。お前だけは正しい判断が出来ると信じて問おう。お前はその剣を取るのか、否かと」
 執行者から言わせれば、誰か一人があの剣を持ってくれさえすればいい。そして今までの人物は、断られる可能性を秘めていた事、そしてその可能性があった事を知っていたのは否めない。しかし彼女はどうだ。今でこそアルドと親交はあるが、結局のところ彼は彼女にとって国の仇でしかない。実力差がある事を理解しているから刃を向けないとも考えられるし、おかしな思想に染まったとも考えられる。
 それに執行者が明かした情報も含めれば、アルドは国ばかりか、彼女の両親を殺した犯人という事にもなる。フィージェントは救われ、カテドラル・ナイツは与えられた。しかし彼女は奪われるばかりだ。あの剣を取る可能性が一番高いのは誰なのか、それは最早言うまでもない。
 この状況で意外な判断だが、フィージェントは一切口出しをしようとしなかった。ナイツも同様に固く口を引き締めて、彼女の決断を待っている。或いは試しているようにも見えた。飽くまで個人の意思を尊重する所は自分と共通しているらしい。口出しをするようならば少し痛めつけてやろうと思ったが、その判断をするのであれば危害は加えない。少なくとも、この問答が終わるまでは。
「………………いいかもしれませんね」
「それは、剣を取って世界を修正する事を言っているのか?」
「ええ。両親が魔人に殺される事もなく、あの国が亡ぶ事も無い。両親が死んでいないのなら私はあの男と結婚する事にもならなかった可能性すらあり得ますから、願ったり叶ったりの世界です。個人的な感情を交えても尚、天秤は世界の修正に傾いているくらいには」
 エリは傍らに玉聖槍を突き立てる。生命の流れを示す紅い線が広がり、執行者を除いた全ての者に線が広がる。
「あの人の事は尊敬していますが。それでも私は両親と国を愛しています。だから……申し訳ない事に、私は彼を材料にこの誘いを否定する事は出来ません」
 槍から手を放した彼女は、そのままゆっくりと屈んで剣を―――取らず、端の壁まで手で払った。
「何?」
「……しかし、それはアルドさんを材料とした場合の話です。貴方程の実力であれば眼中にも無いのでしょうが、私にはキリーヤと呼ばれる未来の英雄が傍に居ます。私は彼女に夢路の果てまで共に居ると約束しました。そして彼女の夢とは、魔人と人間の共存できる世界を作る事。今の状況を見てまだそんな事を言えるのかと言われればそれまでかもしれませんが、それでも五年後、十年後―――もしかしたら、それがあり得るかもしれません」
「……ならば教えよう。この世界の未来にそのような記述はない。そのキリーヤとやらがどんなに頑張った所で、今更魔人と人間が共存する事など無いぞ」
「世界の外に居る貴方が何を言ったって、この世界に影響を与えるのはこの世界の人達の筈です! 私の国はアルドさんに滅ぼされました。そして貴方の言う事を信じるのならば、間接的に両親も殺されました。それは確かに、ええ今でも許せません。しかし、彼が居なければ私がキリーヤと会う事が無かったのも事実! 彼女の夢と共に歩く事を誓った以上、私は騎士として、その事実を無かった事には出来ませんッ!」
 不思議な事に、玉聖槍の能力を使って全員を治癒しても、魔力は切れなかった。フィージェントが肩代わりでもしているのか、それとも彼の権能とやらで消費量がゼロになっているのか。執行者にだけは届いていないが、それでも良い。この紅い線が届くという事は生者の証。そして今回に限り、魔人と人間は同じ世界の出身という共通点で共闘する。その事実はまた、執行者にある事を証明した。
 共通の目的意識を持ちさえすれば、たとえ魔人と人間であろうとも手を取り合えるのだと。真の友好関係で無くても良い、まずはそういう所から始めれば良い。それがいつか……真たる平和につながるから。
 アルドすら関わりの無くなった解答に、執行者は少々意外そうに話を聞いていたが、やがて背凭れの代わりとしていたもう一本の剣を抜いて、ゆっくりと構えた。
「―――残念だ。お前達は世界よりも個人を取るのだな」
「それが私にとっての個人セカイですから」
「俺様にとって大切なモノセカイだから」
「俺にとってセカイだから」
「私の……友人ですから」
 確固たる意志を汲み取ったか、その言葉を聞き届けた直後。死の執行者はその身に纏った余裕を消し去った。
「……そうか。悪かったな。そんなお前達には愚問でしかなかった。わざわざこんな質問をして時間を余計に伸ばした事を詫びよう。そのお詫びと言っては何だが、異端者を守るお前達もまた同罪。本気で葬らせてもらうが、何か言い残す事はあるか? 準備が出来ていないのなら―――まだ待ってやってもいい」
 執行者の見せた最後の慈悲は、フィージェントの放った『喰殱』によって解答された。
「……そうか。ならば教えてやるとしよう。どうしようもない力の差というモノを……な!」
 

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