ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

世界の選択

 権能使いである彼の力が無ければ、自分達はここを突き止める事は出来なかっただろう。執行者の根城らしい古城は、何処か美しい頽廃的な雰囲気を醸しつつも、見るモノの精神を呑み込まんとする程の狂気と瘴気に満ちていた。外壁から立ち上る黒霧は只の自然現象という訳では無さそうだ。形作る魔力は確かに機能しているが、しかし魔力自体は完全に死にきっている。どんな理屈が働けばあんな悍ましい物体が出てくるのか分からないが、近寄らない方が賢明である。そして彼の力が無ければ、ナイツの進撃もここで停止。何かしらの突破手段を思いつくにしても暫くは時間を要したが。
「んじゃ、行くぞ」
 彼の力を以てすれば、多少の面倒は全て素通り出来る。フィージェントが懐に手を潜り込ませると、周りに居た者も含めて転移。城壁の上へ移動した。軽く辺りの様子を窺ってみると、雑兵は招き入れない主義なのか兵士の姿が見えない。城門の方には数百人程度見えるので、正に選ばれた者しか入れない城と言った所である。壁越しに魔力感知を試みるが、石材は執行者権限によりあらゆる情報を遮断。最上位の神格を使った所で上回れるような安い権限でも無いので、素直に諦めた方が時間の無駄にしなくて賢明だ。
 ナイツにしても情報を探れない様で、ユーヴァンは渋面を浮かべてじっと壁を凝視している。エリに至っては、玉聖槍の突き刺さらぬ石材に首を傾げていた。
「只の城じゃないからな。まともな手段で先生を探さない方が良い。ここは一つ原点に立ち返って、肉眼で探した方が良いだろうな」
「それ以外の手段では?」
「全く抜け目のない奴相手に意外性で勝負するのは分が悪い。お前が戦った奴が着てた鎧がそうだったように、その手段が特異になればなる程あっちには効かなくなる。だったらもう特異性なんて捨てて、真っ当な手段で探した方が良いだろう。視界阻害程度の妨害だったら俺の方から解けるしな」
 全くの偶然だが、特異性の過信は時に死を招く場合もある事を二人はつい先程知った。アルドの弟子という肩書が相変わらずの割合を占めているのに変わりは無いにしろ、ファーカは突っかかる事もせずに頷いた。
「そうですね、それでは行きましょうか」
 城壁の上を進んでいけば、内部へと繋がる扉が見えてくる。先行したフィージェントが扉を開け、内部事情を把握。敵が居ない事を確認してから、壁越しに手を出して合図すると、応じるように他の者も中へと足を踏み入れる。この階はどうやら階段の中継場所……踊り場を大きくしたような階らしく、左右に部屋が二つと、中央に階段が一つ。人が居るとは何となく思えなかったが、何となくでしか語れない事を信じられる程余裕は無い。ユーヴァンに目配せをすると、意図に気付いた彼は直ぐに右の部屋へ。理由は単純に近かったからだろう。フィージェントも同じようにもう一方の部屋へ突撃した。
 ユーヴァンの方は、所謂拷問部屋という奴で、中には断頭台や絞殺機の存在が見受けられたが、それに賭けられている死体はどれもアルドとは関係が無い上に見覚えが無い。これを『何かがあった』と言い表すのは果たしてどうなのか。死体の一つや二つに一々色めき立つような余裕が、今の自分達にあるのだろうか。不確かな事すら信じ切れない程余裕が無いのに、その事については言うまでもあるまい。
「こっちの部屋には何も無かったぞ! そっちはどうだッ」
「…………エリ、来い」
「ええッ?」
「良いから来い。何かあったか無かったか、俺には判断が付かない」
 それは有無では無く、大小の問題だ。わざわざそんな言い方をしたのだから、アルドには直接繋がらない事柄だが、全く関係の無い訳では無い。自分が呼ばれた理由に首を傾げながら、言われるがままエリは部屋へと入っていき……言葉を失った。それと同時に、そんな部屋の中でも平然として居られるフィージェントの神経を疑った。
 部屋の中では幾つもの男性が首をねじ切られた状態で死んでいる。ねじ切るだけでは飽き足らなかったのか、時にはその頭部が擦り潰されている死体もあった。その中でフィージェントが指している死体は、数ある死体の中で最も残酷な状態で死んでいる。こんな殺し方があっていいものかどうか、どんな外道でもこんな殺し方はしないと信じたい。
「これが……一体どうしたんですか。確かに残酷だとは思いますが。その、私を呼んだ意味というモノが」
「気づいてないのか。ふむ、じゃあこれを見せてやるよ。その死体のそばで見つけたものだ―――」
 フィージェントがいとも容易く持ち上げたのは、鉄の塊としか許容出来ない大きな剣。持ち主が消え去っても剣は衰える事を知らず。刃毀れの一つも無く、剣は所有者の帰還を静かな輝きを持って待っている。
「それ………………は」
「……どう伝えるかはお前に任せよう。俺だと悪い冗談としか受け取られない。次行くぞ」
 大剣を下ろしたフィージェントに続いてエリも出る。外ではファーカが怪訝な表情を浮かべて待っていた。
「何かあったんですか?」
「……いえ、何も」
 カテドラル・ナイツに関係が無いばかりか、アルドにすら関わっていないのは明白。これはエリとフィージェントに関係があるだけで、彼女達には遠慮を抜きに一切関係ない。事情を察したファーカは、「そうですか」と言って視線を逸らした。
 この階の探索が済んだため、ここからは下りるべきか上がるべきかの選択が生まれるのだが、二人一組になったとしてもお互いに実力者は重傷を負っている。無闇に分かれるべきではないとの判断に異を唱える者は居なかった。であるならばどちらに行っても大して変わらない、強いて言えば、下りた場合は何らかの間違いで外の雑兵に気付かれる恐れがあったので、上に行った方が安全である。
 石段は全部で二三四段から構成されており、普通に歩こうとすればまず大きな音が鳴る。一段ごとの段差もべらぼうに大きくて、上の階に上がろうとする存在を疲労させる目的は目に見えている。フィージェントが違うのは、他の人間と違って、問題を認識できたのならそれを完璧に対応できる力があるという所だ。彼の爪先が一段目に触れると、到達点の見えなかった階段は伸縮性を持っていたかのように縮み、やがて音も無く一段きりの段差へと変化した。これなら音は鳴らないし、疲弊もしない。
 あっさりと上り切ったフィージェント達を待っていたのは、千人程度の人間が容易に収容できそうな程の広大な広場。その奥で彼らを待っていたのは交差するように突き立てられた二本の剣と、それを背凭れに目を閉じていた男一人。


「……待っていたぞ、世界の意思に背きし大罪人共」


 開口一番放たれた侮辱は、詳しく言わずともこちらへの敵対心を如実に表していた。数的有利はこちらが取っているが、それにしてもこの余裕。彼こそが『死』の執行者と言われれば、誰もがその言葉に納得しただろう。
「弁明の余地なく大罪人呼ばわりか。俺からすれば先生を連れ攫ったお前達の方が罪深いと思うけどな。執行者」
 フィージェントから放たれた言葉は、特に何の驚きも無く受け入れられた。やはりそうであったか。そうでなければおかしい。
 目の前に居たくないと思わせるような圧力と、心臓を鷲掴みにされているような緊張感。これが執行者で無ければ一体何者が放つ雰囲気だと言うのか。エリが今まで対峙した中で強いのは勿論アルドだが、そのアルドを優に上回る雰囲気を、執行者は纏っていた。地上最強である筈の彼が全身に傷を持ち、それを上回る男が無傷とは。彼が最強であるとするならば、こちらは無敵とでも言いたいのかもしれない。
「お前達は何も分かっていないな。そもそも、あの男が世界全体に不利益な行動を取らなければこんな事にはならなかったんだ」
「は?」
 死の執行者は指を持ち上げて、フィージェントを指さした。
「例えばお前だ権能使い。己が知識をそのまま力として利用できるその体質、おかしいと思わなかったのか。この世界には魔術がある。戦いに慣れたモノだと詠唱破棄は当たり前だな。この世界には特殊な能力を持つ武器がある。とても強力だ。半端な事では傷つきもしない。この世界には魔人と人間が居るな。どんな理由で対立しているかはさておき、二つの種族は様々な武器を使う……そして本来ならば、正常に世界が動いているのなら、お前の様な存在が生まれる事は無かった。ごく一部の人間のみが特異な武器を使い、その名を世界に轟かせる。二つの種族の対立はお前達の決断だが、本来であればそういう平和な……至って普通の世界になる筈だった」
「…………ほう」
「だが、全てはあの男が生まれた時から狂い始めた。魔術の存在する世界にただ一人、魔力を一切引き出せない体質を持ち合わせたあの男、アルド・クウィンツ。本来、あのような男はこの世界に生まれるべきではない。世界もそう判断し、その抑止力を働かせた。奴を徹底的に不幸にしてやった。だがアイツはその不幸に折れなかった。抗ったんだよ、世界の意思にな。魔力も引き出せない、碌に才能を持ち合わせている訳でも無い。本来生まれるべきでなかったあの世界で、アイツは生き永らえたんだ。だから次は、魔力の根源エヌメラに命令が下された。忌々しき人間を殺せとな」
「……ッ待って下さい! という事は、魔人との全面戦争が起きたのも―――」
 エリの問いかけに、死の執行者は明確に頷いた。
「ああ、全て世界が下した決定であり、アルドが引き起こしたモノでもある。全てはこの世界で生きるに値しないアイツが巻き起こした事―――だが、お前達も知っているように、アイツはそれすらも生き永らえた」
 未だ記憶に新しい。全盛期の魔人を相手にたった一人の人間が立ち向かい、その全てを葬り去った事実。魔人との全面戦争が歴史上戦争として数えられていないのは、彼がたった一人で全てを解決してしまったからである。
「生き永らえたアイツはまたも大罪を犯した。お前の様に生かす訳にはいかない存在を、次々と救ってしまった。お前がその一人だな。お前はアイツに助けられる前、どんな目に遭っていた? 辛い記憶を思い出させるようならば謝罪しておくが、分かっているだろう」
 思い出したくもない記憶だ。あの時期は生きる事を何よりも苦痛としていた。この苦痛から解放される為に死のうと真面目に考えて、それこそを至上の喜びとしていた時期だ。あの時彼が自分に手を差し伸べてくれたから、自分はこの世界の楽しさを知る事が出来た。だから忘れてはいけない記憶でもあるが、その詳細は誰にも話したくないし、二度と思い出したくない。記憶の掃き溜めにでも突っ込んで、忘れ去っていればいい。
「魔力も一切通さぬ男もそう。世界という存在そのものを否定する女もそう。本来は死ぬ筈だった。突然生まれたとしても、何の問題も起こさぬまま死ぬ筈だった。アイツが……アイツが救わなければ」
「こんな戦いは起こらなかったと?」
「それが世界の意思だ。こちらとしても執行者の仕事なのでな。こうなってしまってはアイツ諸共一度世界を焼却する必要がある……と思っていたが、ここまで来た事に敬意を表して、お前達に選択をくれてやろう」
 死の執行者は背凭れにしていた剣を一本引き抜いて、こちら側に投げ渡してきた。黒一色に染められた武骨な剣だが、その刀身だけが眩いばかりに磨き抜かれている。何の変哲も無い様に見えるが、これは一級品……俗に異名持ちと呼ばれる武器に匹敵する武器である事はエリにも理解出来た。
「その剣を持てば世界は修正される。最初から異端分子の無い世界に作り替わる。権能使いよ、お前もその体質が無ければ平穏な生活を送れただろう。亡国の騎士よ、お前はリスド大陸を滅ぼされる事も、あの戦いで両親を失う事も無かっただろう。『雀』と『竜』よ。お前達も、あのような目に遭う事は無かっただろう」
 これを持てば……元通り?
 持ってみればいいと心が囁く。アルドはリスド大帝国を滅ぼした仇人だ。エリにしてみればこの提案に乗らない道理は無い。ナイツにしても、酷い目に遭わなくなるというのなら、乗らない道理は無い。何よりはフィージェントだ。両親からも異物としてぞんざいに扱われていた事、誰も自分を人間と見てくれなくて、無理やりやらされる遊びではいつも怪物役で。向こうはいつも真剣を用いて斬り付けてきて。
 それが全て……無かった事になる。後悔の深い人物であればある程、その提案は願ったり叶ったりのモノだった。
「おかしな罪悪感は要らない。修正された世界にアイツは居ない。そしてアイツの事も忘れる。『邂逅の森』程度の記憶操作では無いぞ、どんな存在であろうともアルドの存在を思い出す事は出来ない。その上で乗るべきか否か、考えてみろ。滅茶苦茶な人生だがアルドがいる今と、平穏で何もかも充足している未来。どちらを取るべきかな」








 

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