ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

最初にして最後

 死ねば楽になると言われてきたが、まさかここまで何の変化もないとは。全身が何かに殴られた様に痺れて、特に下半身は感覚が無くなっている。呼吸しているような気もするが、死んでいるからきっとそれに似た行動を取っているだけだろう。何にしても自分は死んだ。逃げれば良かったものを、どうしてかその場に立ち止まったせいで自ら命を捨てる事になってしまったのだ。
「…………エリ、大丈夫か?」
 そう言えばフィージェントの声が先程から聞こえる。そうか、彼が行方不明になったのは彼が死んでしまったからか。道理でずっと姿が見えなかった訳だ。何処に死体があったのかは知らないが、彼の器具通り自分達は見事に各個撃破を……
「好き勝手な事考えてんじゃねえよこのスカポン!」
 頬を叩かれた。痛い。痛い? 痛いと言う事は……生きている? ゆっくりと瞼に力を込めて開くと、まず視界に入ったのは、上下半身共に裸のフィージェントだった。
「きゃあ、変態!」
 こめかみ、右目、鼻、耳。いずれの個所からも流血しており、その右肩に至っては拳程度の風穴がぽっかりと空いていた。その他にも大きな切り傷や打撲痕等が見受けられるが、そんな事よりも全裸である事が気になったエリは、反射的に彼の胸を思い切り突き飛ばしてしまった。傷から分かる通り、フィージェントもかなり弱っていた様で、いつもなら自分の手を掴んで止めていたのも、減殺する事も無く吹き飛んだ。その際に後頭部を礫にぶつけてしまったようで、動けないエリの横で蛇のようにのたうち回っていた。
「あ、済みません……大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……けど! お前って酷いなあ、こっちは死にかけてんだぞ。全裸なのは仕方ねえだろ」
「仕方なくないですよ! その……心配したんですからね。今まで何処に居たんですかッ?」
「何処にも行ってねえよ。結界に引きずり込まれてたんだ。そんで倒したら倒したで道連れにしようとしてきたから、逃走してきたって訳だ。服はそれのせいで失っただけ。動きやすいから気にしなかったけど、やっぱ着た方が良いか?」
 こちらの返事を先回りするように、淡白な光がフィージェントの身体を覆い隠す。その光は体に合わせるよう収縮した後色付いて、エリがいつも見ていた茶色の安っぽいローブに変化した。どうして傷を治癒しないのかが疑問だが、今はフィージェントと再会出来た事を喜ぼう。後頭部を掻きながら気怠げに立ち上がるフィージェント。追うようにエリも立ち上がろうとするが―――そこで気付いた。自分の足が岩に押し潰されている事に。
「あー痛ぇ。魔力切れ寸前で碌に回復も出来やしねえわ。エリ、悪いけどその岩をどけるのはもう少し待ってくれや」
「え? 別にいいですけど……」
 潰されて大分時間が経った証だろう。両足は痛々しく潰されているものの、不思議と痛みは感じない。このまま無理に抜いて引き千切るのは得策でないので、今はこのまま待った方が良いだろう。半身だけ起こして周囲を見渡すと、部屋の端ではファーカとユーヴァンが体を休ませていた。
「ファーカさん。無事だったんですかッ?」
「これが無事な訳ありますか。アルド様の弟子である彼が来なければ、確実に死んでいたでしょう」
 その傷は深すぎて隠す事等出来やしない。肩から腹にかけて切り開かれた大きな傷跡は、既に中身の方を消し飛ばしてしまったようで、傷を負っているようには見えない。元からそういう身体なのだと説明されれば、エリは多分納得した。
「五分で終わらせるつもりが、とんだ曲者と一戦してしまいましたね。で、そっちはどうだったんですか? アルド様に続く手掛かりは」
 頭を振ると、ファーカはとても残念そうな表情を浮かべた。
「…………そうですか」
「お、落ち込むなよファーカ! 確かに何も見つからなかったが、手先を一人倒したんだッ! そして俺様達はまだ生きてる! だからそう気を落とすなって、な?」
「……励ましてる所悪いが、あの鎧野郎は殺しきれてないと思うぞ。『獅辿』を使って致命傷を与えたとはいえ、あの鎧があるんじゃ特性が発動出来ない。仲間に治癒を主体とする奴が居るんなら直ぐにでも復帰してくるだろうな」
 何やら置き去りにされている気がするので、今までの発言から情報を纏めていく。まず、ファーカは奇妙な帽子で顔を隠した男をどうにかした後、なんやかんやあって鎧を着込んだ人物と対戦。圧倒的な実力に追い詰められるも、助けに入ってきたフィージェントの文字通り横槍によって地面が崩落。その男に致命傷は与えたと確信したものの、殺した手応えでは無いから生きていると予測……そんな所だろうか。ユーヴァンは何も関わっていないし、自分に至っては崩落に巻き込まれただけなので特筆しない。
 この崩落のせいで、性行為に耽っていた男女が死に絶えてしまった様だが……自分にはどうしようもなかった。罪悪感は感じるが、あの状況で全員を守れるという方がおかしな話である。キリーヤがもしもここに居ればどんな手を使ってでも守ろうとしたのだろうが―――いや、言い訳はしない。自分は見捨ててしまったのだ。彼等を。
 自分のせいで彼等は、死んでしまったのだ。
「本当、横槍を入れてきた割には使えませんね」
「辛辣なお言葉どうもありがとう。お前達の知らない所で一人撃破したんだから俺だってギリギリだったんだよ。五時間も殴り合いをするもんじゃないな」
 自分に言わせれば、五時間も泥臭く殴り合っている方がおかしい気がする。するというのは、何度も目を瞬かせて驚いているのが自分だけで、ナイツ陣は大して気にも留めていない。聞き流しているまでありそうだからである。
「他に収穫は?」
「……執行者の根城が分かった」
「本当ッ?」
 あまりの収穫にファーカの言葉から丁寧さが失われたが、一々それを指摘して茶化すような体力を、この場に居る誰もが持ち合わせていなかった。強いて言えばユーヴァンはその限りでは無いモノの、今はどう考えても話の腰を折るような状況では無かった。
「ああ。ぶっ飛ばした野郎から情報を引きずり出した。俺の権能で数秒も掛からずに行けると思うが、ちょっと待て。全然魔力が回復しねえ」
「そんな悠長な事を言っている場合ッ? アルド様が囚われているのよ?」
「俺だって一刻も早く助けに行きたいよ! でもなあ、休む事だって必要だ。あの人を助けた瞬間に死んだら笑えないだろ?」
 一刻も早く助けに行かなければ手遅れになる可能性がある事も正論だが、フィージェントの言葉もまた正論である。無茶をしてどうにか助けたとして、その後死んでしまったら、アルドを想像以上に傷つけてしまうかもしれない。もしかしたら精神が壊れてしまうかもしれない。忠臣であるからこそ主の安否を確かめたいファーカと、弟子であるからこそ彼の精神を気遣うフィージェントでは、求めている者は同じでも、考え方が違っていた。
 『彼なら大丈夫』という信用と、『彼だからこそ駄目だ』という不信。アルドを助ける為には、どちらの理屈に従っていればいいのだろうか。まあこれについてはフィージェントの魔力が回復次第解決するだろう。彼が居なければここから徒歩で行く羽目になるのだ、それを考えれば両方の条件を呑んでいるとも言える。
 それはそうとして……。
「済みません。私の足はいつ治されるんですか?」


 


















 切札が発動すれば、その詳細が何であれ彼等はアルドを取り戻せない。レイナスは己の策士ぶりに心内で自画自賛していた。彼は今、自分の胃空間で徐々に記憶を溶かされながら自分と会話している。彼自身の精神力が強いせいかはたまたその身体が一部執行者の者だからか、それは分からないが、離している内にレイナスはある事に気付いた。記憶を溶かせる速度が少しだけ早くなった期間があったのだ。過去の記憶を辿ってみると、『烏』が第三切札を使った際、そして『鬼』が第三切札を切った際に、それぞれ記憶の溶け方が素早くなっていた。この事から、最強の切札を使用した際の代償は、大体彼が支払っている事が分かった。
 それが分かれば後は簡単。意図的に切札を切らせて、彼に代償を背負わせればいい。その際に全力を注いで記憶を消去すれば一瞬で完了するだろうから、それで全ては終了だ。仮にこの闘いに負けたとしてもどうだっていい。どう足掻いたって自分を殺しきる事は、少なくとも『骸』には不可能。この世界で殺したって、それは自分からすれば世界の外に弾き出された事になるだけ。そうなれば自分は別の世界で彼との性交に励み、子供を産む。一年だって十年だって一秒たりとも休まずまぐわい続けて愛を深め合い、子供を産むのだ。そうして生まれた子供が男性であれば鍛え上げて、女性であれば彼との性交に混ざらせる。そうして適当な数の子供を産んだら、夫婦仲良く手を取って、子供達と一緒にあらゆる世界を破壊する。犯し尽くし、喰らい尽くし、蹂躙する。
 意味なんて無い。愉快な事に意味なんて求めちゃいけない。愉快な事をする理由は愉快だからで事足りるのだ。ああ、良い事を思いついた。最初に壊すのはこの世界にしてやろう。彼の手で彼を誑かした者共を殺させるのだ。そうすればきっと、彼らはどんな憎しみよりも深い絶望を味わう事になるだろう。
 そう考えたら興奮して、興奮して、気を失ってしまいそうだ。彼への誘惑の為に下着を付けなかった事もあって、膣の入口からは粘性の高い液体が滴っている。
「この切札は世界への呪いだ。如何に貴様と言えど生き残れるとは思うなよ!」
 さあ、下準備だ。仲間を簡単に殺されて激昂しているようだが、むしろ都合が良い。胃空間に意識を傾けて、一気にその記憶を―――
「ヤ゛メ゛ロ゛、ル゛セ゛ル゛ド゛ラ゛グ゛!」
 短絡的な『骸』の行動に待ったを掛けたのは、自分の足元から壊れた刀を投擲した『鬼』だった。投擲された刀を回避する為に『骸』は集中を停止。『鬼』へ行動の意味を疑うような表情を浮かべるが……それを見て安心した。仲間が必死の思いで伝えた言葉も理解出来ないとは。
「手を抜いて御免なさいね。今度は完璧に殺してあげる」
 確実な死の宣告を受けても尚、彼が言葉を止めなかった。
「ゼ゛ッ゛タ゛イ゛ニ゛ソ゛レ゛ヲ゛ツ゛カ゛ッ゛テ゛ハ゛イ゛ケ゛ナ゛グ゛゛゛゛ッ―――!」
「ディナントッ!」
 これ以上余計な言葉を伝えられても困るので、今度こそ完璧に殺すとする。レイナスは鞭を『鬼』の首に持ち手が交差するように掛けてから強く引くと、あっさりと彼の胴体から首が引き離された。生首状態で喋られるのも困るので、その生首も踏み潰して、胴体も細切れに。
 ああ安心した。『骸』の方を見ると、殺されかけていたという動揺からあの切札を発動しなかったようで、二億人のレイナスに動きを阻まれていた。その時間はわずか一秒程度だったが、その一秒が『鬼』の生死を分けた。
 もう、今更『連鎖する死』を使ったって遅い。
「貴様……貴様という奴は! アルド様を攫う事に飽き足らず我が同志まで殺めるとはもう許さぬ生かさぬ楽させぬそもそもアルド様を攫う事自体が大罪で万死にも値すると言うのにまるで反省の色すら窺わせぬ貴様には万死すらも生ぬるいらしい! ………………私はもう、貴様を許さない。泣いて許しを乞うたとしても、私は…………私は!」
「はいはい。御託はいいからさっさと出しなさいよ。その切り札とやらを―――」








永劫焼燬タイムウォッチ
 世界をひっくり返す一言が、世界に響き渡った。


























 次に意識が戻った時、『鬼』も『骸』も生きていた。生きたまま二億人のレイナスに囲まれて、『骸』が今、『連鎖する死』を用いて二億人に立ち向かおうとしていた。
―――夢?
 いや、夢などでは無い。先程見た時と何ら変わらぬ光景には、只一つの異端分子が存在しているのだから。
「貴方…………誰?」
 それはレイナスを直視して、無邪気な笑顔で語り掛けた。
「君と同じ人を愛してる女性。『謠』って名前で通ってるけど、君には名前を明かさないといけなさそうだね。それじゃあ話すよ。ボクは―――創の執行者。終末を見届け、創を許さぬ者」

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