ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

愛のままに

 ファーカと別れてから大体二時間程度。扉を抜けた先は物理法則を超越した奇妙な連結構造が広がっていたが、そんなモノに驚いている余裕は無く、ひたすらに探し回った。
 結果から言うと、アルドはおろか、それに通ずるような手掛かりすら見つからなかった。道の構造上、空中になっている場所はユーヴァンに探してもらったが、それでも見つかりやしない。時々こちらにも伝わってくる地響きは、恐らくあそこで戦っているファーカが起こしている。既に五分を過ぎているという突っ込みは無しだ、こちらもアルドを見つけられていないので人の事は言えない。
 とはいえあらゆる手段を尽くした。玉聖槍の能力を使用して彼の生命反応を探知する、怪しいと思われる壁を破壊して隠し部屋の類を疑う(これは最初にやった玉聖槍の能力で無い事を確認していたが念の為)、反響を利用してアルドに存在を知らせる等、とにかく色々やった。色々やって、効果が無かった。残った選択肢と言えば、この奇妙な連結構造を無視して下に飛び降りる事だが、またも底が見えないので今度こそ無事に着地できる保証はない。ユーヴァン曰く、重力が他とは違うとの事で、ある一定の高さまで降りてしまうと自分でも制御が効かなくなってしまうらしい。
―――ファーカが来るのを待つか?
 いや、それでは彼女が一人で戦っている意味が無くなる。最初からこんな事になるのなら加勢しておけば良かったのだ。その選択肢は選ぶまでもなく没。しかしそれくらいしかやる事が無い。
「ユーヴァンさんは他の二人と連絡を取れないんですか?」
「ああ、無理だな! 俺様達でそういう役割を担っているのは二人だけで、チロチンがその一人だッ。そんなアイツが来なかったんなら、もう俺様達にその手段はない!」
「もう一人は……どうしたんですか」
「留守だ!」
 こんな事を言いたくは無いが、アルドの人選を疑う。確かにここまで事態が複雑化して、且つ自分自身が捕まるなんて思ってもみないだろうが、だとしてもちゃんと連れてくるべきだった。そうであったのなら次にどう行動をするべきかの指針が立てやすかったのに。文句ばかり言ってても事態は何も解決しないのでこの辺りでやめておくが―――
 エリは暗黒の広がる下を見て、思考を整理する。無意味な所であれば重力を変える意味がない。変えようが変えまいが結局のところ高所には変わりなく、飛行能力を持たない者が落下する分には何も変わらないからだ。それを裏返せば、つまりこの下には何かがあるという事。
 裏付ける証拠はある。この部屋の奇妙な構造だ。未知の文字が刻まれた六面体が連なる様に浮遊していてとても珍しい。一見して何か仕掛けがあるようにも思えるが、魔力にも反応しなければ槍にも反応しない。仮に仕掛けがあったとしても自分達には起動できなさそうなので関係が無い。この構造の先にある幾つもの扉も意味は無く、何処を入っても空、空、空ばかりで、何か罠が置いてあることも無い正真正銘のハズレ。先程の推測と合わせれば、これは下に視線を逸らす為の構造であると思われる。
 何かしら仕掛けがあると思わせて、何処かにアルドが居ると思わせて。何も無い。何度見ても地味だろうが、これはこれで一番苦痛だ。ユーヴァンのように飛行/浮遊能力が無い限り下の重力の違いに気付く事も無かっただろうから、面子によっては完全に詰んでいたとも言える。
「ユーヴァンさん、私を突き落としてくれませんか?」
「おおう、その程度……んんッ! どうしたんだ急にッ」
 裏付けると先程は言ったものの、これは一種の賭けだ。何も無ければ落下死だが、上手くいけばアルドの所へ行けるかもしれない。エリだって自分の命は大事だが、世界とどちらが大事かと聞かれたら迷わず世界と答えるだろう。だからその世界を何者かに奪われるくらいなら、この命を賭ける事も怖くない。その賭けに負けたとしても後悔はない。
 背中から落ちる様に体勢を整えると、最後の確認とばかりにユーヴァンが尋ねる。
「本当に、良いんだな?」
「ええ。もしかしたらまだ見落としているだけな可能性もあるので、ユーヴァンさんは引き続きここを探してください。もしもアルドさんを見つけたら、何かしらのサインを送りますから」
 彼の手が、エリの胸に押し当てられる。
「お前が死んだらアルド様が悲しむだろう……死ぬなよ?」
 その時の彼の雰囲気を、自分は一体どう受け取ればいいのだろうか。普段こそおちゃらけて、いやナイツのノリを見るにアレが彼の素だと思っていたのだが、垣間見えた彼の表情は寂寥感に満ち溢れていた。
 何か声を掛けるべきか、そう思った瞬間。エリの胸が軽く押され、その身体は闇の底へと沈んでいった。
























 かなり無茶をしてしまったようだ。意識は明瞭だが、身体は動きそうもない。一体自分は、どの程度の高さからこの身を叩きつけられたのだろうか。一応五体満足ではあるから、大した高さでは無かったのだろうが、ならば底が見えなかった理由が分からない。
 玉聖槍の方は無傷なものの、その所有者までもがそうとは限らない。五体満足であっても、痛いモノは痛い。全身を鈍器でぶん殴られた様な痛みだ。指先は辛うじて動かせても、暫くは満足に頭を動かす事も出来やしない。ここは一体何処なのだろうか。灯りが無いせいか、視界は全くと言っていい程機能していない。
「ほう良い女が引っかかったじゃないか」
 視界の端に、突如として松明の灯が出現。男の切り傷だらけの顔をぼうっと照らしあげた。記憶の中を漁って見るが、その顔に見覚えはない。ともすれば、彼は敵である。一刻も早く距離を取ろうと体内に意識を極限まで集中させるが、動けたのはほんの僅か。相手からすれば少し震えた程度の距離である。あまりにも些細な抵抗に男は気にした様子も……そもそも気付いてすらいないまま、乱暴にエリを担ぎ上げて、元来た道を戻り始めた。自分は何処へ連れてかれるのだろうか。アルドと同じ場所であれば幸運だが、執行者の目前まで連れてかれた場合はどうしようもない。その時は舌でも噛み千切って自害するとしよう。
 男は松明で前方を照らしながら、語り掛ける様に呟いた。
「俺の名はレーベンという。お前みたいに重傷で動けなくなった存在はこれで四人目くらいかな」
 反応が出来なくても顔に現れていたのかもしれない。こちらの警戒心を解くような優しい口調で男は語り続ける。敵意の様なモノは微塵も感じられない上に、時々こちらが痛みで喘ぐと立ち止まって心配までしてくれる。ここまで自分語りをしておいて執行者の仲間と発言しないという事は、ひょっとすると全くの無関係なのかもしれない。
 そう考えるとおかしいのが、開口一番に放たれたあの言葉である。あれは一体どういう意味なのだろうか。
「お前達、執行者を追ってきたんだろ? 分かるんだよ俺には。お前以外にもそういう奴はいっぱい居るからな。……何で分かるかって? 今向かってる所にはお前みたいな奴がいっぱいいるからだよ。だからお前も参加してくれると有難いな」
 歩く事一時間。何度も何度も分かれ道を通っている内に、松明の他にもようやく光が見えてきた。二人の身体がそれを通り過ぎると、先程までの暗さは一変、松明など無くとも周囲を見渡せる程の光が視界を機能させた。尤も、その時の光景に至っては見えていない方がエリにとって幸せだったかもしれない。
 数えるのも面倒な数の男性に対して、女性が三人。その全身を犯されていたのだから。
――――――へ。
 思考が停止した。一部の視界が認識できなくなった。滂沱の涙を流しながらも、笑顔で性行為に興じる様子はとてもとても理解出来ない。理解したくない。する訳にはいかない。
 こちらの気持ちを見透かしたようにレーベンは言った。
「言っただろ? お前みたいな奴はいっぱい居るんだ。でも皆、途中で絶望した。だから俺は少しばかり感覚を弄って幸せにしてやったんだ。アイツ等が笑顔の理由が分かるか? アイツ等からすれば、あんな冴えない男達でも自分の想い人に見えるんだよ。だから乱暴に犯されたって何も言わない。まあ、そういう風に弄ったんだけどな。今のアイツ等はまぐわる事しか考えられない。それ以外の事を全部忘れた。まぐわって子を孕む事しか知らない人間苗床になっちまった」
 喘ぎ声が反響する。それは痛みに喘ぐモノでもあれば、快楽に身を委ねた際のモノでもある。周りへの配慮など無しに好き放題上がる声に、エリの耳は段々と遠くなっていった。意図的にやっているモノじゃない。エリの心が聞きたくないと拒絶しているのだ。それでもどうしようもなく喘ぎ声は反響して、脳内だけでも冷静で居ようと努める彼女の思考を一色に染め上げる。
「でもアイツ等はそれでも幸せなんだぜ? どう足掻いても勝てない執行者を相手にしてどうしようもない絶望を味わうくらいなら、何もかも忘れてこの頽廃した世界で楽しんだ方が良いさ、そうだろう? 俺は優しいから、そういう奴等が災難に遭う前に目的を逸らしてやるのさ。これでも穏健派なんでね」
 言いつつレーベンはエリを下ろし、だらしなく開いた口に桃色の液体を流し込む。すると、今まで動かなかった体が、忽ち通常通り動き出すようになった。激痛の杭に止められていた身体も、今は十分な休養を取った後の如く俊敏に動ける。そうと分かって、直ぐにレーベンを押し退けて後退したが、彼は両手を挙げたまま微笑みを崩さなかった。
「まあ待て待て。一つだけ良い事を教えてやるよ」
「……何ですか?」
 槍は向こうに置いてかれた為、今のエリに武器は無い。武器は無いが、先程の押し退けも避けられなかったような男に負ける道理もない。背後の男はまだこちらに気付いていない様子なので、逃げるくらいならば容易に出来るだろう。
「逃げるのは自由だ、強制はしない。けどな、その薬には副作用があるんだ」
「副作用?」
「ああ。それを飲むとな―――ん?」 
 そこまで言ってから、レーベンが天井の騒音に気が付いた。天井―――その外側では何かが崩落しているような騒がしい音が聞こえている。喘ぎ声の反響が大きすぎてそれ程騒がしい音には聞こえなかったが、この騒音の中でも聞こえていると考えれば、上で発生した音が如何に大きいか良く分かる。気付いていないのは性行為に耽る男女だけで、レーベンとエリは、その場に立ち尽くしたまま上を見上げていた……
 この時に逃げていれば良かったモノを、その発想に至る頃には、エリの視界は岩石に埋め尽くされた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
 最後に聞いた声は、とても聞き覚えのある声。







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