ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

冠へ至れ、不毀の誇り

 相手の能力が何であれ、外の存在という事であれば遠慮なく権能を使わせてもらう。その瞳が極彩色に染まるのを見てから、フィージェントは『調査』を発動。相手のが隠し持っている全てを明らかに―――って。何だこれは。
 何も……無い? 使えるのは魔術だけ?
「お主に一つだけ忠告をしてやろう。年寄りだからと言って甘く見るモノでは無いぞ!」
 虚空から弾き出された光弾を素手で防御しつつ、最適な一手の為に思考する。何も無いなんて、そんな筈はない。自分が空間を無理やり塞いだ時点で相手にもこちらの能力はバレている筈。そしてバレているからこそこの老人を自分に当てた筈。ならば何も無いなんてふざけた話があっていい訳無い。
「ほれほれ! その程度で余裕ぶるでないぞ若造がッ」
 一度目は三つ、二度目は六三万七千三百十五。しかし何の変哲も無い光弾如きが傷を与えられるとは思っていない。この程度の防御は片手で事足りる。今はそれよりも相手を探る事が先決だ。意識を全て脳内に回して思考。ありとあらゆる場合を想定して、その可能性を一から突き詰めていく。その全てを同時にやっているからか頭痛が酷い事になっているが、気にしては駄目だ。アルドの方が苦しい目に遭っているかもしれないのに、その弟子である自分が頭痛程度の些細な痛みで膝を屈してはいけない。それがアルド・クウィンツの弟子こと、権能使いフィージェントの覚悟だ。
 相手も光弾だけでは足りない事をようやく理解した様で、今度は手に持った杖を振りかざして出鱈目に襲い掛かってきた。見る限りその体勢は隙だらけ、未だ光弾によって作られた弾幕は止まないが、それでも攻撃を打ち込もうと思えばいつでも打ち込めるくらいは隙がある。
 だが攻撃する気は無かった。過去を遡って見てみれば、どうやらアルドは相手を殺害した事で別世界に引き込まれたみたいじゃないか。ならばこれだって同じだ。相手の小細工諸共吹き飛ばせる策を思いつくまで、自分は奴に攻撃をしない。この程度の攻撃、避ける事など容易い―――
 そう思っていたのはそこまでだった。一歩の間合いまで老人が接近してきた瞬間、その身体に込められた力の具合が変化。どこぞのアルドの如き踏み込みで、老人が杖を振り下ろしてきた。一見して只の木に見えるが、老人の持っている杖は神木を削り出して作られている。それも『死』の無い世界だからか、神木は削り出されても尚生きている。そんな杖の打撃を受ければ、振り下ろす勢い的にも無事では済まなそうだ。
 フィージェントは目の前の空間を固定。鉄の如き硬度を与えて防御すると、既に勢いの付いていた老人は見事に突撃。鼻血を噴き出しながら大きく仰け反った。その好機を捉えたように矢を撃ち放つと、弓矢は老人の喉に命中。
「カッ……」
 矢は精々が極位魔術を貫ける程度の出来損ないだが、相手を殺傷するのには十分すぎる威力だ。地面に背中を擦り付けながら吹き飛ぶ老人は、拍子抜けではあるが老体らしく、静かに息を引き取った。何て都合の良い話があればそれで良かったのだが、自分に当てられた相手がこの程度で死ぬ筈が無い。
「『喰殱』!」
 アルドはギリギリの所で堪えてきたが、これも破壊の権能の一つ。ありとあらゆる相手を『喰らい殱くす』力。まともに食らえばタダでは済まない。止めとばかりに放たれた権能はいつものように対象へと向かっていき、その身体を貪り喰らう。
「ギャアアアアアア! あ、ギャギャギャッギャギャギャ!」
 既にこの世界には適応済みだ。この世界の住人たる老人が死なない道理は無い。いや失礼、喰われない道理は無いだったか。その攻撃に耐えようと思ったら、アルドは意味が分からないとして、本体の代わりを用意するか、はたまた正面から打ち消すか。正面から打ち消すとは言ってもそんな事が出来るのはアルドと執行者くらいなモノなので、尋常な手段しか持たない様ではこれで終わりである。
「ギャギャギャ! ひいいいいいいい!」
 何かがおかしい。数分以上経ったが、どうしてか『喰殱』が消え去らない。普通は対象を喰らい尽くせば必然的に消え去るのだが、もしかして……
 確かめる為に『喰殱』を消し去ると、その場でバタバタと四肢を振り回しながらわざとらしく燃えている老人の姿がそこにあった。
「ギャアアアアアアアアアア! …………む、バレたか?」
 腹が立ったので遥か向こうの壁まで蹴っ飛ばす。人体にしてはやけに軽い手応えと共に老人は吹っ飛んで、壁に叩きつけられたが、堪える様子が見られない。むしろ回復しているような気がしてくるのは気のせいと断じてしまって良いのだろうか。老体に見合わぬ耐久力に呆然としていると、立ち上がった老人のローブが崩れて、その内側に潜んでいた肉体を露わにした―――刹那。老人が二っと微笑み消失。
 次に見える事も無ければその姿を捕捉する事も出来ず、フィージェントは後頭部を打ち抜かれた。その痛みから推測するに、恐らくは後方からの蹴り。喘ぎ声すら出す間もなく吹っ飛び、幾重もの壁をぶち破ってようやく停止。壊れた鼓膜を再生しつつ、何が起こったかを改めて思考? そんな暇は無い。ぶち抜いた壁の先に老人の姿を一瞬視るが、すぐにまたその姿は消失。今度も背後に現れていて、何故か腕を伸ばしていた。何をと思ったが、それと同時に打ち込まれた不可視の拳打を全身にしこたま浴びた事でようやく気が付いた。あれは既に殴り終わった後だったのだ。尤も、そんな事に気付けたからと言ってその攻撃を避ける事は出来ない。再びフィージェントは殴り飛ばされて、また別の方向へと体を吹き飛ばされる。
 ……魔術を使ってるから肉体派ってのは無いと思ったんだがな!
 この攻撃も二度目なので流石に衝撃は殺す。適当な所で全身に掛かっていた力を消して止まるものの、内臓に受けたダメージは深刻を極めていた。
「ぐ……ぐ……ゴハッ!」
 回復、防御系の権能がまるで役に立っていない。傷に応じて即時感知する自動回復も、相手の攻撃を完全相殺する自動防衛も、視ただけで相手を殺す瞳も。機能している権能は恐らく一つだけ。その一つというのも自分に掛けているから機能しているだろうという希望的観測に過ぎず、事実だけを見ればこちらの攻撃は全てあの老人に通じていない。
 一体……どうなってる。
 少し考えれば分かるような気がしていたが、相手がその暇を与えなかった。立ち上がろうとした瞬間に老人の姿は既に懐へ潜り込んでおり、こちらが権能を発動するよりも前に―――いや、発動自体はこちらの方が早かった。にも拘らずこの老人は、優先順位を無視して下から突き上げるように顎へと拳を打ち込んだ。
 大きく浮かび上がる体。
 第二撃を放たんと引かれる老人の肘。
―――ああ、成程な。道理でこいつには俺の権能が効かねえ訳だ。
 世界の光景が遅く見え始めたその瞬間、フィージェントの身体に大きな風穴が空けられた。


























 ずっとその背中に憧れていた。人を助け、獣を助け、時には良く分からない存在まで助けた先生の事を、俺は尊敬してた。もっと言えば大好きだった。家族からも存在を拒絶されていた自分に存在を与えてくれた、名前を与えられなかった自分に名前を与えてくれた彼の事が大好きだった。只一人自分を化け物と言わなかった彼の事が、何よりも大好きだった。だから彼の願いを叶えたくて強くなったのに……どうやら、自分は死んでしまうらしい。仮にここで蘇生した所で、対処法が思いついていない以上は先程を繰り返すだけとなる。ならばいっそこのまま死んでしまった方が、精神的な苦痛も考慮すれば楽なのではないか。
―――フィージェント。一つだけ良い事を教えてやろう。
 目の前には剣があった。アルドがいつも肌身離さず持っていた剣だ。自分が欲しがったら、彼がくれたのだ。『師弟の証』として。
―――諦めない事ばかりが良い結果を生むとは限らない。時には諦める事も必要なんだよ。
 刃は欠けている。鎬はひび割れて、柄はとうの昔に朽ち果てている。それでもその剣は、折れる事無く自分の目の前に佇んでいた。
―――タダな、問題は諦めるという行動についての考え方だ。良いか、諦めるというのは身を翻して戻る事じゃない。その道をやめて、違う道を探すという事だ。
 折れてしまえばいいのに。その剣は折れようとしなかった。誰の手も借りずに、賢明にその道を貫いていた。そこにはきっと意志があった。意志……力があった。
 何かを為そうという意志は力になる。そしてこの剣は、誰の為でも無く自分の為に佇んでいる。己が意志を支えにして、たとえ身体が朽ちようとも佇もうとしている。それはどんな名剣よりも鋭く、どんな鎧よりも硬い意志。どんな人間にもたった一つ宿っている至高にして無二の武器。


 あらゆる道理を切り開き、あらゆる理屈をこじ開ける。それは何処にでもいる人間が持つ誇りを、その魂をも燃やし尽くした先にある力―――決意。






















 これでまずは一人を殺した。少々厄介な存在だったが、先ほどの男の能力は『世界の範疇における自由自在な能力行使』だ。この世界の外の存在であり、執行者権限によりその状態を維持している自分には何をしようとも通じない。空間の穴を塞いだ犯人がコイツなのは能力的にも明らかだったので、これ以降は穴を塞がれる事も無いだろう。
 蘇生したら厄介なので、既に息絶えた男の死体を踏んづけておく。
「……フォフォフォ。儂は終わったぞい、執行者よ。この闘いに勝利した際の約束、忘れるでないぞ」
 心からの忠誠を誓っている訳では無いが、自分の願いを叶えられる存在が執行者しか居ない為、そうせざるを得ない。他の者も同様だろうが、だからこそ自分達に裏切りはあり得ない。
 従っているのは自分の為であり、願いの為だから。うすっぺらい忠義何ぞで動く存在よりもずっと、自分達は優秀だ。何でもあの女が捕まえた男は侵入者の仕え先であるそうだが、まずは一人殺せたので自分の発言が正しい事を証明できたと思う。
「……ん?」
 足裏に感じた鼓動を、『嘆』たる自分が見逃す筈が無かった。足を持ち上げて、今度はその綺麗な顔を潰さんと振り下ろす―――
「幻覚遊びは疲れたよ、クソ爺」
 その言葉が空間に伝わると同時に、世界に張り付けられた皮が剥がれ落ちた。

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