ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

魔王救出の為に

 完璧な作戦のつもりで行ってはみたものの、上手い様にはいかないらしい。中々どうでもいい所で一つの駒を失ってしまったのは想定外だ。それでも作戦を破綻するには至らなかったので、良しとしようか。
「執行者」
 また背後で声が聞こえた。自分が常に『世界』を見ているから仕方のない事とはいえ、後ろを取られるのはあまり気分の良いモノじゃない。
「教えてやった存在は食ったのか」
「いいえ。もう捕らえた事は捕らえたのだけど、少し気が変わったのよ。まさかあそこまで頑張っちゃうとは思わなくて、私、あの人に惚れちゃったかも!」
「……詳細を聞かせてもらいたいな」
「いいわよ! と言っても何も不思議な事はしてないけどね。あの人相手に一千万人をぶつけただけだし。あ、一つ問題を出そっか。あの人、どれくらい耐えられたと思う?」
 前提として、彼女が出した軍勢の強さは全盛期の魔人に一歩劣る程度。あの時は彼が純然たる人間だったとはいえ、それでも彼一人では百万程度の魔人が限界だった。何の疲れも背負っていない、万全の状態であったにも拘らず、だ。今でこそ半分は執行者の身体とはいえ、その体には幾万もの死が積み重なっている。それを考慮に入れるならばたとえ全盛期の魔人に及ばぬと言えど、百万を超える事は無いと思われるから……
「二五万くらいか?」
「残念ッ。答えは三千万人でした!」
 ………………何だと。
「何かの冗談としか思えないな。あの体で三千万等、到底討伐できる訳が無い」
 半分を執行者の身体に取り換えたのなら、食事や睡眠に重要性は無くなるから可能性としてはゼロでは無い(半分は人間だから全くしないのも考えモノだが、彼の実力を過去の戦績に鑑みればその辺りはどうとでもなると思っている)。しかしその体に積もった『死』の数は一人の人間が背負える量をとうの昔に超えており、動けたとしてもかつての四分の一も倒せれば良く足掻いたモノだと評価したのだが、彼女の発言はそんな自分の想像を遥かに超えていた。
「期間はどれくらい掛かったんだ?」
「二年。まさか本当に一千万人を倒しきる何て思ってなかったから、どれくらいまで行けるのかなってもう一回出してみたら、また倒しちゃったから驚いちゃった! ……そんなあの人も三千万人を倒し終えた所で動かなくなったんだけどね」
 どうしてか失望するような調子になった彼女。期待以上の成果を見せつけたのだから褒められるべきだろうに、彼もまさか失望される事になるとは思うまい。つくづく不幸な男だ、その努力が認められないのは、まるで彼の幼き頃を繰り返している様である。
「……その言い方から察するに、死んだ訳じゃ無いんだな」
「そうね、死んだわけじゃない。でもそれって、私の胃空間を執行者の世界に引きずり込んだからであって、こっちの世界だったら死んでたかな~。だから今は私の部屋で拘束してる。あんなに頑張ってくれたんですもの、殺すのは流石に惜しいわ」
 分かり切っていたが色々と矛盾している。頑張ったと言いながらも先程は失望して、惚れたと言いつつも、殺すのは惜しいと上から目線で発言して。こんなクソ売女だが、その体質故に人から嫌われる事が無いのは性質が悪い。
「手駒にするのか?」
「勿論よ! まず記憶を弄って、邪魔な奴らの記憶をぜーんぶ消し去ってから、そこに私と過ごした記憶を埋め込むの。そうすればあの人は私以外を見ないでしょ? 他の者に対する憎悪も入れようかなと思ったけどあの人は優しいから、私を味方と認識すれば、必然的に私を殺そうとする者と敵対する筈。だから今はじ~っくり、じ~っくり。私は彼との愛を深めているの」
 あの男を篭絡するに至るまでの時間がどれくらい掛かるかは知らないが、こちらには無限の時間がある。如何にあの男の精神が強靭であろうとも、こちらの干渉を凌ぎきる事は出来ないだろう。最高の結果を望むのなら、早い内に堕ちてくれればこの闘いも容易に制する事が出来るのだが、流石にそれは無理なので期待しない。
 どうやらあちら側としても彼を取り返したいらしいから。
「『なげき』、『ふるい』、『たっとい』、『ながらい』、『ほまれ』、『かろん』、『むさし』。もうじきこの世界に侵入者が来る。『はじらい』は死んでしまったが、お前達で奴等を葬れ」
 返される返事は無いが、こちらの声は間違いなく届いた筈だ。せっかく生かしてやったのだから、願わくは期待通りの成果を挙げてもらいたい。
 彼等への指示を済ませた所で、『死』の執行者は虚空の扉に足を踏み入れた。只一つの不安要素は『剣』との遭遇だ。奴に居場所がバレない内に何とかしなくては。
「特に仲間でもない私が尋ねるのもあれだけど、執行者はどうするのかしら」
「…………帰る場所があるから人は、生物は強くなる。アイツ等は強くなる。ならば帰る場所を無くしてやれば―――どうなるだろうな」
 最後まで油断はしない。相手はもう捕らえたとはいえ魔力の根源を葬った大罪者と、まず本気で戦えばタダでは済まない『剣』の執行者だ。少しでも気を緩めればやられるのはこちらだが、堅実に追い詰めていけば確実に勝てるのだから、焦らずに行くとしよう。
























 所有している情報に差異がある様なので、アルドには悪いが統一させてもらう。フィージェントは持ちうる限りの情報を全てナイツに明け渡した。彼等はどうやら敵が『執行者』である事を知らなかったようで、その事を知ると露骨に動揺していた。
「執行者……だと?」
「『剣』の知り合いかッ? 知り合いなのか?」
「……」
 知ったような口ぶりと言うより、同類を一人知っているのだろう。約二名は自分達と同じように首を傾げていたが、その他の三名は何やらひそひそと内緒話を始めた。会話の内容は聞くに値しないので、話が終わった頃にフィージェントが手を挙げた。
「『剣』って、『剣』の執行者の事だよな。お前達の所にも来たのか?」
「お前達の所にも……貴様も知っているのか」
 苦い思い出である。あそこまで文字通り手も足も出ない事があり得るなんて思わなかった。貴重な経験なので忘れる訳にはいかないが、あれを思い出す度に自分は気分を落ち込ませなくてはならないので、思い出したくない思い出でもある。
「まあな。まさかこんな所でその名前を聞くとは思わなかったが、もしかして『剣』は俺達の味方なのか?」
「……ユーヴァン」
「おう、おおうおおう? 俺様ァ? ……ディナントッ!」
「………………」
 三人が三人とも、一体どう表現すれば的確なのかという事に頭を悩ませていた。彼らの気持ちを代弁するならば、『全くの敵では無いだろうが、全くの味方かと言うとそういう訳でも無いような気がする』。そんな所だろう。
 あの三人と『剣』に何かがあった事は明白だが、今はアルドの為にも深く聞いている余裕は無い。
「まあいいや。ここに居ない奴の事なんか気にしてちゃ手遅れになる。さっさと始めるか」
 あの彼が人間を利用するとは思っていなかったが、それくらいこの闘いには余裕がないと考えれば納得がいく。人間なんかに気遣っている暇は無いのだ、特に魔人を理由も無く憎んでいるような典型的差別主義者の人間は。かつてのアルドはそれすらも助ける事を常としていたが、そんな彼が信条を曲げなければならない程の相手である事は間違いない。それは容易に彼が連れ攫われた事からも明らかであり、無理やり穴を空けた事からも窺える。
 フィージェントは足だけで人間を転がして、円陣を作成。ナイツに陣から離れるように指示を出しつつ、自分は中心へと移動する。
「呟き一つ 世界が廻る 全ては俺の言葉のままに」
 本来は二つの世界を繋げる際、このようにして繋げなければならないのだが、敵側はどうしてか正規の方法を取らなかった。生贄を用意する手間くらいはあった筈だ、あれだけの『住人』が居たのなら二十人と言わず百人や千人は用意できた。それなのにしなかったというのは―――何かを警戒したのか。
「……『繋がれ』!」
 藍色の魔力線が意識を喪失している生贄に直結。それに伴って彼の足元には真ん中で割れた円が発生した。
「十中八九侵入には気付かれてると思うから、死にたい奴から先に来い。俺は先生の居ない世界に興味は無いから行かせてもらうぞ」
 門を作れた事を確認すると、声を残してフィージェントは姿を消した。後にはエリと、ナイツだけが残されている。ファーカはチロチンの方を一瞥したが、直ぐに後を追うように陣の中心へと足を踏み入れて消える。それからユーヴァン、ディナント、ルセルドラグと続いて、後はチロチンとエリだけである。
 特に迷う理由が無いのでエリも続くと、チロチンは身を翻して、陣を離れようと歩き出した。
「貴方は行かないんですか?」
「―――別世界に行くという事であれば私は残る。アルド様も居ない今、アイツを守れるのは私だけだからな」
「……そうですか。私は行きますが、もしもキリーヤ達と出会ったのならそれを伝えておいてください。よろしくお願いします」
「―――ああ。分かった」
 その背中からは危険な臭いが漂っていたが、アルドが居なくなった事で焦っていたエリには気付く事が出来なかった。陣の中心に足を踏み入れた瞬間……視界を染めていた全ての色が反転した。 







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