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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

切札開帳 

「主がカテドラル・ナイツの『鬼』じゃな? あしは怪物退治を生業とする武者、リョウマと申す」
 チロチンの命令……正確にはアルドの命令のままにディナント達は西へと向かった。相方がルセルドラグである以上、人間の生け捕りは手間が掛かるだろうな、何て思いながら。それと同じくらい抑止力の無いファーカは心配だったが。
「俺……ハ、でぃなんト。貴様のイウとお……り、『鬼』。何、よ、か」
 今現在の状況から察するに、自分達以外のナイツも同じ目に遭遇しているのだろう。前方で蜃気楼のように揺れている男は、その体長こそディナントの胸にも届かない小ささだが、その身に帯びている覇気は紛れも無く歴戦の強者のそれである。その名前から出身がジバルである事は想像に難くないが、心当たりは全くない。有名な剣客は全て把握しているつもりだったのだが、こちらの記憶力不足だろうか。
「……ディ。どうするん」
「……サア」
 リョウマとやらはルセルドラグの存在に気が付いていないようで、その視線が彼に向く事は無かった。戦うという事なら卑怯な事はしたくないが、アルドの命令を優先するのであればそれもやむを得ない。
 いつでも動けるようにルセルドラグへ(居ると思われる)目配せしてから、ディナントは視線を戻した。
「何用かと尋ねられたが、それの分からぬお主ではあるまい! 主は『鬼』、古くから人の敵とされる怪物じゃ、一方のあしは人に仇為すあらゆる怪物を大事する武者。その二つが出会えばする事は一つであろう」
 リョウマは腰に提げられた鞘から抜刀。正眼に構えて、剣先を喉へ向ける。
「抜くが良き、人ならざる怪物よ。さもなければ死だ」


『抜け、ディナント。私にはお前を説得する適当な理屈も、はたまたその手段も思い浮かばない。意見が食い違ったのなら、私は斬るだけだ』


 その瞬間、ふとアルドの言葉を思い出したが、性格が違えば言う事は違うらしい。結局、自分を人間扱いしてくれたのはこれまでもこれからも彼だけか。だからこそ忠義を誓っているのだが、改めてこの事実が分かってしまうと、少しばかり落ち込んでしまう。心の何処かで物悲しさを覚えつつ、ディナントは同じように抜刀。左上段に武器を構えて、彼の構えに真っ向から立ち向かう。
 男の勝負に無粋な援護は必要なし。もしも二足一刀の先に居る彼が外道な戦を好む畜生であったのなら話は別だが、どうやらこの男はそんな浅い男ではない様だ。覇気だけでルセルドラグを制止させてから、ディナントは一歩踏み出した。
「…………」
「言葉は必要なし。只斬り合うのみ……良きかな、その精神こころ
 この闘いに勝つ為の方法は数種。先の先、先、先の後、後の先である。
 先の先とは相手が油断していたり隙を見せている時。
 先とは相手が攻撃を行おうとするが為に防御をおろそかにしている時。攻撃と防御は一般に両立出来ないのは当たり前である。
 先の後とは攻撃行動の途中、防御のしようがない瞬間の事。
 後の先とは攻撃を防御されて、体勢を立て直すまでの隙の事。
 自分より小柄故、速度の観点だけは刃を交えずとも劣っている事が分かる。故に先の先を狙うのは得策ではない。その速度を以てすれば隙の埋める事など容易いだろうから、狙うとすれば最後の、後の先。もしくは先の後。攻撃の正確さは彼に劣るようなモノでは無いので、その二つの内どちらかを取れば勝利は十分に在り得る。
 先には動かない。動けば負けだ。確実に後を取る為には相手の攻撃を見なければならない。その上で気を付けねばならないのは相手に先の先を取られてしまう事。その体長からして明らかにこちらの速度が劣っているのに、それを取られてしまったらいよいよこちらの負けだ。
 リョウマが踏み出す事は無い。既にディナントが踏み出した事で、一足一刀の間合いへと至っているからだ。だから次に踏み込めばそれはもう攻撃に移る時。そしてそれは今ではない。ルセルドラグが見届ける中、二人はいつまでも構え続けた。たとえ外で何かしらの異変があろうとも、どちらかが構えを解いた瞬間に勝負が決する以上、どちらも反応する事は出来ない。
「貴様、何者だ」
 ルセルドラグが声を上げる。だがその声に反応した時こそ命の終わり。首を一太刀の下に断ち切られて終了だ。
 ……否。
 本当にそうだろうか。ルセルドラグがナイツ最強なのは知っているが、一人よりも二人で戦った方が優位になるのは事実。であるならば、自分はこの場を動かずに彼の助けをしなければならない。
「…………ダイサンキリフダ、カイチョウ。魔装『那嗁ナザケ』」
 早速この切り札を使う事になるとは思いもしなかったが、『憑啼ツキナギ』は持ってきていない以上使えず、この手にあるのは『神尽』一つ。ならば今更これを披露した所で大した違いは無いだろう。どの道、首を斬られれば死ぬ運命にある。
 ディナントがそう呟いた瞬間、彼の身体を包み込んでいた鎧が剥離。それはディナントの背後で改めて人型を形成し、やがて彼自身と背中合わせに彼の体長と同じくらいの存在が出来上がった。とは言っても、鎧だけだが。
 第三切り札『那嗁』。自分と寸分の狂いも無い分身を鎧を代償に作り出す力。その代償は鎧の消失に伴う人格の消失だが、契約に基づいてその代償は八割程度アルドが負担してくれているので、自分は最小限の代償で能力を行使出来る。
「面白い妖術を使いよる。その場に居ながらして増援を送るとは」
「……」
 これで何とかなればいいのだが、それよりも心配なのは他の者だ。ファーカはともかくとして、武闘派とは言い難いチロチンは一体―――




「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 大陸全土に響き渡る絶叫。否、それは絶叫と言うよりかは咆哮であった。神獣や邪神、大化生が上げるべき声。只でさえこの状況そのものが只事で無いと言うのに、そこから更に異常事態が重ね掛けされるとは一体誰が予想したのだろうか。その声の主が何者か判別の付かない内に、更に事態は醜くもややこしく重なっていく。
 大陸の東方より広がってきた地割れが、瞬く間に全員の足元へ広がったのだ。直ぐに離れなければならない事態だが、一足一刀の間合いに位置する中、そんな事は出来ない。そんな考えから、ルセルドラグと『那嗁』は直ぐに退避したが、ディナントとリョウマだけは一歩も動く事は出来なかった。
「貴様ら、いい加減に移動しろん! ―――くッ!」
 彼らが何処に退避したのかも分からない。この決着が付かない内はそれを理解する時は訪れない。刻一刻と地割れが広がって、既に広がった場所は罅が大きく深く開いていくが、それでも後を取る為にディナントは動かない―――
「ディナントッ! 貴様いい加減にしろよ!」






 












 腕に五つ。足に三つ。
 一体この切り傷は何なのだろうか。回避と観察に徹してみても、原因が分からない。『星の眸』を使えば分かるのだろうが、あれには失明の代償を伴うので(と言ってもアルドが八割程度負担してくれるが)無闇には使えない。しかし『隠世の扉』を使っても攻撃を躱せないのは一体どういう理屈なのか。
 今のところは防戦一方という言葉が的確な状態が続いている。それも第二切り札である『刻の調』を発動してようやくだ。相手の動きは明らかに時間を超越している。そうでなければこの切り札に対応できる訳が無い。
「避けてばかりじゃ人は死なねえぜッ?」
「貴様は……人では無いだろう!」
 岩塊のような大槌が振り下ろされると、即座に『隠世の扉』を発動。空間の外へ逃げ込んでから己の座標をずらして解除。空間内に再び入場して男の背後を取るが、時間の流れを無視した動きで男は軸足を作って一回転。遠心力に身を任せて背後を大槌で薙ぐ。チロチンが空間に戻ってきた時には既に大槌は脇腹まで迫っており、完全に攻撃を回避したと思い込んでいた彼には避ける事など出来なかった。全身の骨が粉砕されるような音と共に、大きく吹き飛ぶ。
「ガハッ―――」
 比喩表現をする意味は無いだろう。まんま鉄塊で殴られているのだから、そう表現すればいい。落ち葉同然に掃かれたチロチンは何回転もしながら地面を跳ね返り、十メートル以上も離れてようやく停止した。
「ガッ、グフッ……! あ、あ……!」
 あれ程の質量でぶん殴られると、まともな生物は良くて重傷、運が悪ければ即死である。男から余裕が消えない所を見る限りでは、あれは彼からすれば何でもない攻撃だったらしい。いや、当然か。背後を薙ぐだけなら素人でも出来る。それを彼は大槌でやっただけだ。
「おいおい、たった三十分でダウンか? もうちょっと粘れよな?」
「……貴様は、どうしてこのような事を」
「あ? んなの決まってんだろ。お前みたいに戦い甲斐のある奴を心から求めてたんだ! ほら立てよ、まだ立てんだろ? 俺を失望させるな! もしかしたら死なないかもしれないぞッ」
 殺傷能力の高い切り札は持ち合わせていない。ファーカであればどうにかなったのかもしれないが、自分がこの男に一時的にでも勝利する為には最早切り札の応用をするしかない。チロチンは懐から龍笛を取り出し、乱れる鼓動を押さえながら演奏を始めた。
「お、今度は何をする気だよ。見ててやろうか? ん?」
 手加減とは両者の間に圧倒的な実力差がある場合にのみ成立するモノ。そうでないのならそれは手加減と言うより油断。敗北に直結する可能性を孕んだ最悪の存在へと変化する。この男はその事に気が付いていないようで、演奏が終わる三分二五秒程度はその場で腕を組んで聞いていた。因みにこれの曲名は『回帰』。傷を癒す治癒歌である。男が黙って演奏を聞き届けてくれたので、傷はすっかり回復した。
「良い曲じゃねえか」
「ご静聴どうもありがとう。だがそれをしてしまったせいで、お前は俺を殺し損ねる事になる」
 即興ではない。前々からこの戦い方は思いついていた。だが使う度に代償をアルドに押し付けてしまう事に躊躇を感じていたから、実際に使う事になるのはこれが初めての事となる。失敗すれば当然死ぬ。全身を叩き潰されるか、内臓を破壊されるか。死に方はどうでもいい。とにかく死ぬ。確実に。奇跡なく。
 挑発までしたので、少なからずこの男は自分の動きに警戒心を持つ。それによって不意打ちは更に難しいモノとなっているが……相手がどんなに警戒心を持った所で、この世界に居る以上、チロチンの技からは逃れられない。
「世界を見渡す宙の眸よ」
 アルドは今、何処で何をしているのだろう。単独行動をしている彼の消息が気になって仕方ない。あんな性格だから、無茶の一つや二つくらいやっていそうなのがまた怖いが、きっと彼の事だから乗り越えてしまうのだろう。
「歴史を刻みし星の湖よ
 その内に秘めた知識、伝道師たる我に授けたまえよ」
 殺気も無く、敵意も無い。チロチンが出しているのは只の好奇心だ。だから男も油断する。一体どんな攻撃をするのかと期待を持ちながらも、無意識の内に油断する。男の想像力なんてその程度のモノだ。物理攻撃、魔術攻撃、精神攻撃、概念攻撃。きっとこの男はあらゆる攻撃を想定して、その上で効く筈が無いと思っているから油断しているのだろう。実際その通りだ。チロチンの出せる攻撃では何一つ彼に傷を与えられない。
「さすればその知識、広く世界に響き渡り
 より良き世界の養分となろう!」


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 詠唱が終わると同時に、大陸の東方から地割れが光速で接近。流石の男もそれには驚いたようで、ほんの一瞬、視線が逸れる。それと同時にチロチンが走り出した。予期せずして訪れた好機。大陸を割るのは感心しないが、せっかく彼女が作ってくれた唯一の勝機を無駄にする事は出来ない。
 殺す必要は無い。逃げられればいい。今はいち早く戻り、他のナイツの安否を確かめる事が先決だ。
 男の視線がこちらに戻された時、チロチンは既に彼の頭を掴んでいた。
「これがこの世界の創生から発生し続けた情報の全てだ。受け取りやがれ!」
 攻撃に圧倒的耐性を持つ男も、流石に贈り物ギフトへ耐性は無かったようだ。恐ろしい程あっさりと、『世界』を凝縮した情報が体の中へと溶け込んだ。



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