ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

生命帰結

 外に出て気付いたが、闘技街の外はまだまだ『住人』達で溢れ返っていた。それもその筈、フィージェントは飽くまで穴を塞いだに過ぎない。それ以上増える事は無いが、もうこちら側に来てしまった分は減らしようが無い。闘技街の中のみ、ナイツと自分により数万人の住人が葬られて全くその姿は見えなくなったが、外もそうとは限らない。フィージェントの行く場所とやらは全然手が届いていない場所だったようで、こちらが目的地に向かえば向かう程、『住人』の姿は増えていった。時に襲い掛かってくる者も居るが、強さが劇的に変わっている訳では無いので一太刀で死亡。張り合いがない。
「フィージェントさん。私達は一体何処に向かっているんですか?」
「何だエリ。お前キリーヤと散々レギ大陸歩いておいて知らないのか? 俺達が向かっている処はレギュウド遺跡。歴史的にも色々と価値のある場所なんだが、まあ一言で言っちまえば霊脈の中心点だな」
 霊脈とは、大陸全体に流れる魔力の流れの事である。その量はとても膨大で、たった一本でさえも個人が悪戯に繫げば魔力の過剰摂取で即死してしまう程。彼が向かっている場所はそれら全ての霊脈が収束する唯一の場所であり、その魔力の密度は他の場所とは比較にならない。それ故に彼は執行者があそこを拠点にしていると睨み、今日に至って向かおうと決意したのだろう。
「俺はそこで玉聖槍『獅子蹄辿』を利用して、魔力を大陸から根こそぎ消し去ろうと思ってる」
「……え?」
 まるでちょっと稽古にでも行ってくるような軽いノリでされた発言は、あまりにも事の大きさを間違えていた。言い終わってから数秒後、エリがようやくその言葉を正しい規模で拾い上げた。
「え、ちょ……はっ? 聞き間違いですかね、今大陸から魔力を消し去ろうっていう言葉が」
「聞き間違いではないぞ。私も確かに聞いたからな」
「ええええええ! た、た、大陸から魔力を消し去るなんて何考えてるんですかッ? そんな事したらこの大陸中の人々が……」
「先生みたいに魔力の恩恵を受けなくなっちまうだろうな」
 エリの言葉を先回りするようにフィージェントが呟く。作戦の発案者たる彼は勿論、この作戦をする事で起きる影響については当然の様に把握している。考慮しているかどうかは、また別の話だが。同意を求めるかのようにエリがこちらに目配せしてきたが、彼女の言わんとしている事に賛同する事はどうしても出来なかった。伏し目になって目配せを返すと、彼女は失望したように目を見開いた。
「……分からないのか? エリ。どうして私がフィージェントの案に賛成なのかを」
「分かりません! いいえ、分かりたくもありません!」
 彼女から受け取っていた信用はかなりの大きさだったようだ。裏返してみれば強い失望がそこにあったので良く分かる。隙を突いたつもりで襲い掛かってきた『住人』を葬りつつ、アルドは嘆くような調子で言った。
「どうしてそう結論を急ぐかな……フィージェントの作戦は正しいモノだと思うぞ。これ以上大陸に被害を出さない為に最適と言ったって良い。よく思い出してみろ。フルシュガイドとリスド、大陸は違えど教育課程は似ている筈だ。お前は学校で何を学んできた? 魔術はどのようにして発現するか覚えているか?」」
「……戦場に身を置く者としては常識範囲の問題ですね。魔術は魔力を凝集させる事で現象として存在を発生させるんです。それが一体どうしたと言うんですかッ」
「執行者がどんな手段を使って世界に穴を空けて向こう側と繫げたのかは知らん。だが魔力に頼らない普通の手段でそんな事が出来る訳が無い」
「だからそれがどうしたと……!」
 わざわざ答えを与えるまでも無く、彼女は自力で気付いたようだ。フィージェントが一体何を目的としているのかを。彼女の言う通り、それをすれば確かに魔力の恩恵を人々は受けなくなる。しかしそれは自分達も含めて執行者も同じ事。執行者自体に抗えない力は無いが、世界という自分に因らないモノに干渉する以上、その規則には従わないといけない。そしてその規則とは、魔力による存在発生論の事だ。
 王剣が魔術を切れるのは、その現象に内包された魔力を解放する事で存在を不成立にするという理由からだが、フィージェントはこれに類似した事をやろうと思っている。つまり、魔力をこの大陸から消してしまえば、魔術に因っている穴はこの世界で存在を成立させる事が出来ない。他の大陸に穴を空ける事は出来るが、それはレギ大陸を戦場とした世界争奪戦からの退場を意味する。そうなればこちらの不戦勝だ。根本的な解決こそ出来ていないが、それでもこの大陸は救えている。作戦としては何も間違ってはいない。
「そんな事が……可能なんですか?」
「『獅子蹄辿』は生命に干渉する槍だ、出来ないなんて事は無い筈だぜ。まあ、もしも魔力を一切使わない手段で開けてあったとしても、それは別に構わないんだけどな。霊脈に沿うように槍の力を発動すれば大陸全土にお前の力が及ぶようになる。アイツらは死なないのかもしれないが、それでも生命だ。その流れを切ってしまえば、当然アイツ等は消える事になる」
「成程。た、確かに……。でも待ってください。確かフィージェントさんはこうも言っていましたよねッ。遭遇した場合は全力で相手するけど、相手方もこの闘いに勝ちたいならそんな事は無いだろうって。それはどういう事なんですか?」
 彼がエリを指名したのも分かる気がする。実力こそ違うが、彼女はこちらに合わせようとちゃんと話を聞いているのだ。だからこの様に、自分の気になった所をきちんと聞ける。それは誰が何と言おうと素晴らしい事で、彼女にはこれからもその姿勢を持ち続けてもらいたいものだ。
「穴が塞がれた事は流石に知ってる筈だから、アイツ等にしてみりゃ『住人』による物量作戦に価値はもう無いんだよ。それよりも俺達を倒す為に別の事をした方が良いだろうからって事。一方で俺達からしてみりゃ『住人』の存在は邪魔くさいから、後手に回ってるって言われりゃそうなんだけどな……あ、見ろ。あそこだよ遺跡ってのは」
 襲い掛かってくる『住人』がいよいよ数百単位になりだした頃、三人の前方に異様な存在感を漂わせる建物が一つ。あれこそがレギュウド遺跡であり、この大陸における霊脈の中心点だ。曇天模様の空にも拘らず、その遺跡だけはまるで彩り鮮やかな風景の様な雰囲気を醸していた。
「ちょっと他の奴等がウザいな。目視できる範囲に収まったし、飛ぶわ」
 そう言ってフィージェントが指を鳴らすと、何処からともなく流れてきた烈風が三人を囲み、その全身像を霞ませる。それは風が過ぎ去った瞬間、幻であったかのように無くなって、『住人』達の目の前からは確かに三人の姿は消えていた。
























 遺跡の中は所々ひび割れており、改修工事が必要である事をこちらに訴えていた。しかしながら今はそんな事をしている余裕がないのでまたいずれ、レギ大陸に平穏が戻ってからの事になるだろう。
「中心点は奥だから、もうちょい先に進むぞ。何だエリ、どうしたんだその顔は」
「どうしたんだじゃありませんよ! 体が自由に動かなくなって焦ったんですからねッ? 使うなら使うって言ってから使って下さいよ!」
「飛ぶわって言っただろ」
「そんなので心の準備が出来る訳無いでしょうッ! ……はあ、怖かった」
 最後の言葉は聞いて欲しくなさそうだったので流しておこう。アルドだって空気くらいは読む。彼女を横目にフィージェントの後を付いて行くと、ちょっとした階段を上った先にそれはあった。
 四つの柱に囲まれた円形の台。その隣の石碑には古代文字で『こここそ世界の中心なり』と書かれている。文字の下には台の真上で佇む神様のような姿が描写されていて、どうやらここは昔、神様に供物をささげる場所であったらしい事が見て取れる。神様の存在の有無については議論の余地があるとして、ここを神聖な場所とした先代の民は中々鋭い感覚を持っているようだ。こんな文字に慣れ親しんだ覚えは無いので、時代はアルドが生まれるよりも遥か昔、まだ魔術の理論が確立されていなかった頃だろう。それなのにここは霊脈の中心点。何やら考えさせられるモノがある。
「うん、ここだな。執行者は予想通り居ない、と。そんじゃ早速やるとするか。エリッ」
「はいッ」
「今から俺が霊脈と台座を繫ぎ合わせる。お前はそこの台座に槍を突き刺しながら能力を発動してくれ。発動条件は魔力を全て注ぎ込む事だろうが、霊脈に触れてんだったら死ぬ事は無いだろう。いいな」
 さしてやる事もなさそうなので、アルドは部屋の外に出て気配を探知する事にした。この程度で執行者が見つかる訳も無いが、念の為だ。何、背後の儀式が終わればすぐにでもやめる程度の些細な―――
「……ん?」
 何だろう、この反応は。大した魔力量でも無く、生命反応が弱い。まるで一般人の様な気配だが、そんな一般人があの『住人』を潜り抜けられるとは到底思えない。考えるまでも無く、『偽装』しているのだろう。だが一体何の為に?
「構転。我は全てをその身に委ね、そして解放へと赴く。然らば我の担い手、その力を現し、権能へといたれ。顕現せよ―――玉聖槍『獅子蹄辿』!」
 背後で聖槍の封印が解かれ、形態が強化。背後からでもその強大さは十分に伝わってくる。解放直後という事でエリの魔力が弱まったが、直ぐに霊脈から流れ込んできた魔力によって弱まった魔力も回復……と呼ぶには過剰過ぎた。
「ふぃ、フィージェントさん! 何だか全身が熱いんですけど……!」
「黙ってろッ! ああもう、こういう妨害かよッ。全く以て嫌らしい手口だぜ! 先生、外に誰か居るんだろ、相手しといてくれ。俺はこっち側で手一杯だ!」
「分かった」
 魔力に関わる事においてアルド・クウィンツは非常に役立たずだ。どんなに力になりたいと思ったって、無力な力は足手まといに過ぎない。その言葉に従わない道理は無かった。
 アルドは素早く駆け出すと、直ぐに遺跡の外に飛び出して、こちらへ向かわんとしていた侵入者に剣を向ける。
「何者だ」
「何者……ふふ、そんな事言わなくたって分かるでしょ? だって私達―――兄弟なんだか」
 その言葉を聞き終わるよりも先に、真理剣がそれを貫いた。どんな戦いであれアルドはそれなりに真っ当な戦いをしてきたが、今回ばかりは我慢ならなかった。自分の大切な、唯一の肉親である彼女の姿を象るなんて。
 その姿で、自分と対峙するなんて。
「な、何するのお兄ちゃん……。私、だよ? い、てぃ……ス…………」
「それ以上妹の名前を出すな、汚らわしい。その姿になれば『俺』が攻撃出来ないとでも思ったのか? なら教えておこう、もう既に一度殺した。本物と全く変わらない偽者をな。お前の様な低俗な物真似如きで心を乱されるような俺じゃない。死ね」
 素早く刃を引き抜いてから首を一閃。確かな手応えを感じたアルドは死体に注意を払いつつ納刀。二人の所へ戻ろうと身を翻した―――直後。








 目の前に広がる大量のイティスに、言葉を失った。








 

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