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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

信用の裏側

 嘘は言っていない。だが本当の事を言っている訳でも無い。しかしナイツを騙している事に変わりはないので、とても気が引けた。しかしながら、ここまでやらなければフィージェントを騙しつつナイツをこの場限り納得させる事が出来ないので仕方がなかった。この場だけ、この場だけ凌げれば後はチロチンが指揮を執ってくれる。だから……どうかこの場限りの言葉を許してほしい。大言壮語も甚だしい宣言をしたのも、全ては勝利の為なのだから。
「……アルド様を」
「信じろと。俺様達にそう仰っているのですか?」
 今の声はファーカとユーヴァンか。二人は何かを探るような、しかし何とも理解しかねているかのような表情でそう尋ねてきた。最早後には引けぬアルドは、確かな肯定を添えて頷く。
「ああ。そう言った。具体的な理屈は私達が敵と定める存在の説明同様、この場で出来るモノでは無いんだ。とても複雑と言うか……フェリーテが居たのならもしかすれば説明出来たかもしれないが、アイツは置いてきた。私には不可能だ」
 最適な解答策はきっと他にあったのだろう。こんな強引な手段を取らないでも、もっとスマートに解決出来る手段はある筈だ(と言っても思いつかないが)。それでもこんな手段を取らなくてはいけなくなったのは偏にアルドの実力不足であり、自分に軍師としての才能があればこんな事にならずには済んだ。自虐的になってしまうが、良くも悪くも自分は戦う事しか出来ない。本来であれば、誰かを導く事なんて大層な事は出来やしないのだ。所詮自分は……怪物なのだから。
「お言葉ですがんアルド様。どうしてそのような発言を為されたか、その理由についてはんさておいて、先述の発言。魔王の名に賭けた確かなる誓いと受け取っても宜しいのですね」
「無論だ。詳しい事は話せぬが、どれ程私とお前達の接点が薄れようとも私の目的はそこに帰結する。今はどうか私の言葉を信じて納得してもらいたい。どうだ?」
 これはある意味ナイツと己の信頼関係を試しているようなモノだった。もしもここで誰かしらが拒否反応を示したのなら、それは自分が一方的に信頼関係を築けていたと思い込んでいただけで、実際はそんなモノなんて何一つ作れていなかった事になる。あまりにも人を導く才能が無いからそんな事になったとしても文句は何も言えないのだが―――次の瞬間には、アルドはこの想いを恥じる事になった。
「……アルド様。もしも私達が貴方様を疑っていると思っていらっしゃるのなら、それは酷い勘違いです。確かにアルド様がチロチンに任せた言葉に納得は出来ませんでしたが、少なくとも私はアルド様の事を……欠片も疑った事はございません」
 その時のファーカの表情と来たら、言葉では言い尽くせない程の信頼とこちらへの愛に満ち溢れていた。彼女の言葉を皮切りに、他の者達も次々とその胸の内を吐露していく。
「オレ……ある、サまの―――令、聞クのみ」
「俺様も疑った事は欠片もありませんよ! だって俺様は、貴方様と出会った時に何度も裏切った。にも拘らず、貴方様は私を信じ、それでも手を貸してくれた。そこまで信頼してくれた貴方様を、一体どんな俺様が疑うというのでしょうかッ!」
「私は、今までを抜きに、その言葉を信じさせていただきます」
 ……どうやら、誰よりも自分を、そしてナイツを疑っていたのは他でもない自分だったらしい。どうして彼らが少しでも自分を疑うと思っていたのか、そんな言葉を聞いた今はそれが分からなくなってしまった。
 自分は彼等と一度は本気で殺し合い、そして和解した。その時に生まれた絆は何よりも信ずるべき代物だと言うのに、一体何を考えていたのやら。何だか先程までの危機感が馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「……そうか。ならば改めて命令しよう。カテドラル・ナイツ。お前達はここに残り、警備を務めろ!」
























 闘技街の入り口まで移動すると、一足先に仲間を欺いたフィージェントとエリが、壁に凭れ掛かりながら待機していた。 
「遅れて申し訳ない」
「いや、いいよ。しかし先生も滅茶苦茶だよな。その場しのぎの嘘が思いつかなくて困ってたら臣下の一人に助けてもらって、でも納得してもらってない様に見えたからその手助けすらも利用して欺くなんて」
 その言い方から、彼がこちらの動きを全て知っている事は流石のフィージェントも知らない様だ。まさかあの場所で偶然にもチロチンが口を挟んでくれる何て、そんな奇跡が起こる訳無いのに。だがこれでフィージェントを騙しつつ、ナイツとの問答もやり過ごす事が出来た。後は彼の言う通りに動いていくだけだ。そこに一つ問題があるとすれば、それはナイツの前で言い放ったあの宣言のみ。
「こんな言い方はあれだが、さっさと行ってほしい。その場凌ぎとはいえ、私は半ば自主的にとんでもない宣言をしてしまったのだからな」
 一週間以内に決着する戦争などあってたまるか。どんなに早くたって大規模な抗争は三か月、一年くらいは掛かる。言った以上はやらねばならないが、あまりにも無謀すぎる宣言だった。嫌がらせのつもりか動こうとしないフィージェントを引っ張って、アルドは早足で歩き出した。彼らの今後は全てチロチンに任せるモノとして、今はこちらに集中しよう。


























 ご武運を。
 街を出たアルドの背中に向けて、チロチンは心の中で呟いた。自分の介入をも利用していくとは、流石はアルドと言った所だろうか。事情を知っている手前、自分も彼を送り出す事を目的としていた為、その件については怒っていない。彼の為に役立てたのなら何よりだ……が。
 さて、どうやって切り出したモノだろうか。あんなに強い宣言をされてから『実は嘘で、本当の命令は自分に下していた。だから自分に従え』何て言ったら、裏切り者扱いされかねない。幾ら抜け出す為とはいえ、もう少し後続の苦労を考えて欲しかった所だ。他のナイツは彼に言われた通り、街の至る所に散って警備を始めようとしている。今この瞬間に言わなければ全員に伝える事は難しくなってしまう。
「お前達、ちょっと待ってくれ!」
 焦燥感に溢れた言葉に、誰もが即座に耳を傾けた。特にファーカは、落ち着きの無くなった自分が珍しいのか、どことなく心配しているような様子でこちらを振り向いている。
「どうしたのだ、チロチン。貴様はユーヴァンと同じ翼を持ちし者ん、警備という仕事は天職ではないのか」
「その通りだが、ちょっと待て。話しを聞いてくれ。……先程のアルド様の言葉、お前達はどう感じた?」
「どうと……」
「イわ…………て、モ」
「疑う余地のない言葉だったと思うのだけれど、何か思う所でもあったの?」
 そう言ってからファーカも他のナイツに首を向けたが、全員が全員、こちらの発言をいまいち分かりかねた様子だった。ルセルドラグは見えないが、あの彼が分かっていて口を出さないなんて事は無い筈なので、同じ気持ちを抱いているという事だろう。欠片たりとも揺るがない忠誠心に、チロチンは惜しみない拍手を贈りたくなった。
「…………これに関しては言葉より、私の切り札を使って直接見てもらった方が早いだろうな」
 曇天模様に手を翳し、『隠世の扉』を翻す。アルド以外に見せたくはない代物だったが、彼と同様、自分も大胆な手段を使わなくてはいけなくなってしまった様だ。
「世界を見渡すそらの眸よ
 歴史を刻みし星のうみ
 その内に秘めた知識、伝道師カラスたる我に授けたまえよ
 さすればその知識、広く世界に響き渡り
 より良き世界の養分となろう!」
 ありとあらゆる情報を得る事の出来る第三切り札『星の眸』。しかしてその力は、単純に情報収集だけでは無く、このようにこちらの言葉を信用させる為の材料集めにも使う事が出来る。
「昨日のアルド・クウィンツとの会話を再現。この場に居る全ての者の記憶に共有せよ」
 これが『烏』の魔人の持ちうる最大にして最強の切り札。世界に刻まれた歴史を引っ張り出す事の出来る力。まさかこんな些細な事に使う羽目になるとは思わなかったが、これもアルドの為と考えれば、安い代償だ。









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