ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

真なる計画、偽なる狙い

 雨が上がる事は無く数時間。どんよりとした空模様にこちらの気持ちまで曇ってきそうだが、安全な所から文句しか言わない人類が外に出ない事を加味すると、むしろ作戦を進行させやすいのではないだろうか。というのは、雨の中外に出るような奴は基本的にナイツかキリーヤの一味か、そのどちらでもなければ敵か。区別が非常にしやすくなっている。その状態が意図せずして作れた事がどれ程の僥倖かは言葉で言い表せないくらいであり、とにかく天気の事なぞ何一つ考えていなかったアルドは、何処に居るとも知れぬ神に手を合わせた。感情的には今にも作戦が失敗しそうだが、合理的には明らかに作戦の成功しやすい天候となっている。フィージェントからすれば必然の事態だったかもしれないが、一応感謝するに越した事は無い。最終決戦の際にも味方してくれますように、と。
「んじゃまあ、キリーヤ。俺から一つ作戦の提案があるんだけども」
「カテドラル・ナイツよ。早速で申し訳ないが、私から一つ提案するべき事がある」
 ファーカと散歩もして、気分もそれなりにスッキリした気がする。少しばかり上機嫌なファーカに口元を綻ばせつつ、まずはそう切り出した。
 ナイツを説得する役割は自分に任されているので、作戦への協力と並行させるにはこのようにフィージェントと感覚を共有して話すしか方法は無かった。お蔭でフィージェントの言った事にこちらも合わせられるが、彼が日頃味わっている頭痛まで共有しているので、頭が非常に痛い。が、それは生者が少し頑張れば耐えられる程度の痛み。例えるならば、三日三晩デートのプランを考えてしまった時のような―――例えが悪かった。こんな例えに共感できる奴は世界に数人くらいしか居なさそうだし、特殊体質故の痛みと只の恋愛下手を同一視してしまったらフィージェントに悪い。やめておこう。
「え、普段から投げやりな対応ばかりでちっとも今後の方針についての会議とかに参加しない癖に現場ではきっちり活躍するフィージェントさんが……ですか?」
「棘がある言い方だな。そんな性格だったか、お前」
「冗談ですよッ? そんな真面目に受け取らないでくださいって! でもエリが昨日居なくなった時、フィージェントさんも居た記憶が無いんですけど、もしかして一緒に―――」
「……いや、知らないな。俺は今後どうやって動けば良いのかを考えてただけだから、エリの件に関しては一切関知していない。それはそれとして、話を続けて良いか?」
 流石に元々が『人狼』だっただけあって、勘が鋭い。自分であれば動揺を見せてしまっただろうが、流石に全体の作戦考案者がフィージェント自身という事もあって、彼はぴくりとも動じなかった。自分の弟子とは思えない。
 これ以上耳を傾けていると会話の間が不自然になるので、一旦感覚をこちら側に寄せてから、アルドも話を切り出した。
「前もって言っておきたいんだが、まだ私達が敵と定めている存在について説明をしていないのは済まない。言葉だけでは説明出来ないんだ。本人やそれに近い存在に会えば十分に出来ると思うんだが……だからそれまで待って欲しい。その上で言わせてもらいたいが、私は今日、お前達と別行動をとる。お前達は昨日の様にこの闘技街を拠点たらしめるべく警備を務めて欲しい」
「……アル、様? そレ、ドい……う」
「狙いの事を言っているんだろう? それについては―――えー」
 不味い。自分がここまでアドリブに弱いとは思っていなかった。どんな狙いがあるのかなんて、そんな狙いなんて無いのだから理由が無いのは当然の事だ。感覚越しにフィージェントがため息を吐いたが、無いモノを語るなんて無理があるのだ。ディナントはナイツの中でもそれなりに物分かりの良い方だが、その彼すらも納得させられるような理由が思いつかない。真の狙いを話せばナイツだけはやり過ごせても、今度はフィージェント達がやり過ごせない。
 言葉につっかえていると、チロチンがすっと立ち上がり、アルドの前に歩み出た。
「ここはアルド様に代わって私が説明しよう。ディナント、貴様も武人なら拠点の重要性は把握しているよな」
「……ン」
 身振り手振りを大袈裟にやる事で自らを注目させ、露骨に動揺するアルドから視線を逸らすやり方は、この場合において非常に助かる一手だった。そんな意図があるとも知らないナイツ達は、皆食い入るようにチロチンを見据えている。
「『住人』の進撃は一時的に終了したが、またいつ再開するかも分からない。アルド様はそう仰られた。私達でさえ少しはてこずったその物量、果たして私達の介入しなかった村々が抵抗出来たのだろうか。ファーカ、どう思う?」
「無理だと思う……いますよ。私達が不死に対する手段を持ち合わせているから対処出来ただけで、普通の人間にそのような手段はありませんから」
「その通りだ。あの恩知らず共は『住人』への対抗手段を持ち合わせていない。つまり私達が闘技街を制圧していた時点で、このレギ大陸に広がる村は殆ど壊滅してしまったと言っても過言ではないという事だ。私達の村は……無事を確認しているから、この場合はどうでもいい」
 彼とファーカの村が無事というのも中々不思議な話だが、『住人』からしても落としやすい所から落とそうと考えるのは当然だし、そもそも彼等は人里離れた場所で過ごしている為、レギ大陸を落とそうと思うのなら、そこは全く必要のない場所だ。余程の潔癖症でもない限りはそんな所を落とそうとは思わないし、落とした所でメリットが無い。あの村が持ち合わせていた最大のメリットは、全てアルドが握っているのだから。
「何が言いたいのかと言うとだな、動いた所で何らメリットが無い訳だ。アルド様、一つお聞きしますが、我等が敵と定めた存在の心当たりは、あるのでしょうか?」
「無い。あるならば私だってお前達に待機などという言葉は言わなかったさ」
「……動く事に意味が無いのなら、動かなければいい。これは『怠惰』でも無ければ『静止』でも無い。勝利の瞬間を確実に導く為に必要な『潜伏』だ。口には出していないが不満げな顔をしていたディナント含める二名。ルセルドラグは知らん。これで分かったか?」
 心の動揺もすっかり治まった頃、彼の言っている事を理解して冷や汗を掻いてしまった。質問をしてきたのはディナントだが、やはりチロチン以外の全員は疑問に思っていたようだ。どうしてそんな無意味な命令を下したのかと。そしてその心情は、たった少しの曇りすら無く正しい。
 くどいようだが、現在におけるアルドの言葉に意味は無い。何せ全てが嘘だ。フィージェントに協力する為に吐いた嘘、ナイツと共に勝利を掴む為に吐いた嘘だ。嘘はどれだけ言ったって嘘以上の意味を持たない。嘘は嘘だから。
 チロチンに見られてしまった事を昨日は不運と思っていたが、案外そういう訳でも無かったようだ。今回の作戦が上手くいった場合、その功績は全て彼のモノとなるだろう。
 下がった『烏』を一瞥してから、アルドは現在の状況を把握するべく、全員に向けて尋ねた。
「……納得したか?」
 声が上がる事は無かったので『否』という事か。理屈は分かったが心では信じ切れていないとでも言いたいのだろうか、それならば全くその通りで、彼らの判断は正しい。だが正しいからこそ、今だけは問題だ。
 このままどんなに上手く言葉を取り繕ってもナイツ全員を納得させられる自信が無かったので、アルドは自棄になって立ち上がり、ため息交じりに声を上げた。
「…………はあ、もういい。分かった分かったお手上げだ。お前達に真実を話すとしよう。どうやら私は、お前達に嘘を吐く事なんて出来ないらしい」
「え、嘘だったのですか? アルド様は私達を騙そうとしていらしたのですか?」
 咎めるようなファーカの声に、アルドは頷く。それと共に、ナイツ全体から言い知れぬ不穏なオーラが漂ってきたが、もう言い訳するのには疲れたのでどうでも良かった。
「真実はあまりに自信が無かったから言いたくなかったのだよ。しかし私は嘘を考えるのが苦手でな、だからチロチンが代役を引き受けてくれたんだが―――どうやらお前達に納得してもらう為には、恥ずかしながらこの宣言を聞いてもらわなくてはいけないようだ」
 フィージェントが聞いている。カテドラル・ナイツ全員も聞いている。このどちらをも騙し、また信用させるには、最早二極に偏った言葉ではどうしようもない。嘘か真実か。裏切りか協力か。どちらかを選んではいけないのなら、どちらも選ばなければいい。
 何事にも中間は必要だ。そしてこの場合、中間は唯一の正解である。
「時期にして一週間。私はそれまでの間にこの世界争奪戦を終わらせる。言い換えれば―――我等魔王軍は、この一週間の間にどちらが真の下等種族なのかを人類に思い知らせる。多少の疑問点は残るだろうが、全てはその為にのみ組まれた作戦に過ぎない。私を信じろ」


 


 

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