ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

故に私は

 …………ふむ。
 どうにもアルドの動向が気になって『星の眸』を使用してしまったが、まさか彼が自分達を差し置いて動こうとしているとは思わなかった。これをナイツ全員に知らせて彼を問い詰めても良いのだが、それは……果たして良い行動と言えるのだろうか。アルドはどうやら完全なる勝利を目指すが故にそんな事をしているようだし、それを忠臣たる自分の手によって阻むのは、如何なものか。なまじ情報収集能力が高いから得た情報だが、今回ばかりは仇となった気がする。正しい行動とは何なのかがさっぱり分からない。チロチンは粗末なベッドで眠るリーナの頭を撫でながら、主の帰りを待った。数十分程経つと入り口が開き、地上から月光が差し込む。
「寝ていても良かったんだぞ」
「アルド様……いえ、私は彼女を守らなくてはいけないので、そういう訳には」
 彼の教えてくれた秘密の隠れ家を全く信用していない訳じゃ無いが、何だか自分が起きていないと、この暗闇にリーナを連れ去られてしまうような気がして、どうにも眠る気にはならなかった。アルドは入り口を閉じてから、自分に倣うようにベッドへ座り込む。
「―――その顔つきから察するに、お前視たな?」
「…………はい。『星の眸』を使って、その……申し訳ございません」
「気にするな……と言いたいが、他の者には黙っておいてほしい。私の行動とは全く別に、お前達にも動いてもらいたいんだ。今ここで統制を乱されると非常に困る。本命はお前達なのだからな」
 その場しのぎの言い訳にも聞こえるが、『星の眸』は全ての情報を見通す切り札なので、自分の言っている事が分からない彼では無かった。
「承知しております。フェリーテ程ではありませんが、アルド様の考えられる事は、私もそれなりの理解を持ち合わせておりますので」
「……そうか。それだったら、お前に動きを伝えておきたい。この闘い、勝つのは人間でも無ければ向こうの世界の住人でも無く、我々だ。そしてその勝利を導くにおいて、お前の働きは大変重要なモノとなっている。それを心得た上で改めて問うが、やってくれるか」
「何なりと仰せつけください。この命を賭してでも、必ずや成功させて見せましょう」
 胸の前で拳を作り、力強く頷いた。それが彼の明かしたくなかった動きを無断で見てしまった、チロチンなりの誠意である。
「まず、私は明日数人と別の場所に行く。その時、私はお前達にここを残れと言いはするが、そんな命令には構わず、お前達は周辺の村を回って人間を捕縛してこい。死んでさえ居なければ、どんな状態でもいい」
「捕縛した人間は何処に連れて行けばよろしいのでしょうか」
「ここの広場に集めてくれ。正直、『住人』共の攻撃のせいで村人が残っているとは思えないが、二十人も集まれば上出来だ。多ければ多い程後に動きやすくなるから、可能であればそれ以上捕まえてくれても構わない」
 殺さないのはキリーヤ達の存在を考慮しての事ではなく、単純に生贄としての役割を持たせる為だろうか。アルドがこちらに帰ってきた頃には当然『星の眸』は解除してあるので、その真意は計り知れない。
 いや、そもそも彼の真意が表立って見えた事なんて、一度も無い。常に見えているのは彼自身とフェリーテだけだ。自分は只、それに付き従っているだけ。今回もそれは変わらない。
「承知いたしました。それではアルド様が動き次第、こちらもそのようにいたします」
「ああ、そうしてくれ。それでは私達もそろそろ眠るとしようか。これ以上はやる事も無いしな」
 アルドはベッドから腰を離すと階段の方まで移動し、そこに腰掛けた。寝るには全く適さない場所であり、背筋を伸ばしたら腰を痛めてしまいそうだ。
「お前はリーナの隣で寝てやれ。私はここで寝る」
「はあ…………はッ? しょ、正気ですかッ?」
 それはどちらの意味でもありながら、多くは最初の言葉を疑っていた。女性の隣で寝る事は構わないが、そういうのは恋仲の男女がする事ではないのか。そういう思い込みはあったし、アルドも自分と似たような存在である事を理解していたので、だからこそ発言の正気を疑った。ぼんやりと明かりに照らされたアルドの顔は、全く以て悪意が見えない。
「隣で誰かが寝ていると分かるだけで、かなり休めるモノだぞ。たとえ無意識下の知覚だったとしてもな」
「そういうアルド様は、女性の方と一緒に寝た事が?」
「ああ、妹とな。当時の私は睡眠時間が一か月に十時間も無かったから、実体験と言えば実体験だ」
 無理強いはしないが、してやるといいさ。アルドはそう言ってから目を閉じて……静かな寝息を立て始めた。人間にしては異常な睡眠速度だが、彼もそれくらい疲れていたのだろうと考えれば、その就寝の早さも説明がつく。 
―――邪な気持ちなんて無い。そう、無いんだ。
 暗闇が大部分を支配してくれていた事が、これ程嬉しいとは思わなかった。今の自分の顔はきっと赤い。とても他人に見せられるような美しいモノでは無いので、直ぐにランプの灯を消した。すると、直ぐに退けられていた暗闇が視界を覆って、チロチンの意識は混濁。起きているのか寝ているのか自分でも分からないまま、数時間が経過した。
































 時刻は日の昇るより遥か前の事だと思われる。自信なさげなのは、地下室で長い時を過ごすとどうにも時間感覚が狂ってしまうから言い切れないだけだ。アルドは起きていると思われる体を動かして、手探りで導火線を探す。使っている訳でも無いのに、この感覚は空間の外に出た時とよく似ている。相違点があるとすれば約二つの静かな吐息が聞こえる事くらいで、それ以外は本当に何も変わらない。
―――大体このくらいか。
 感覚だけで間合いを取って、導火線を切断。太刀筋が若干歪んでしまったが、導火線は問題なく発火して内部に収縮。ランプが周囲を照らしあげると、真っ先に目に飛び込んだのは二つの人影。チロチンとリーナである。あれから本当に隣で寝る事に決めたらしく、彼は極力リーナに接触しない様に身を捩って、首を寝違えそうな体勢で眠っていた。後で彼が何かしらをぼやいていた場合、その原因はきっとここにある。
「チロチン、起きろ」
 軽く肩を揺らすも、反応は無い。普段から隙を見せぬように気を張っている彼にしては、無防備すぎると言ってもいいくらい深く眠っているようだった。その寝顔も、心なしかいつもより穏やかな気がする。自分はリーナを休ませるつもりで提案したのだが、どうやら隣で眠る事によって安らぎを得たのはリーナでは無く、チロチンだったようだ。自分も直ぐに眠ってしまったので人の事は言えないが、彼の割り当てられた役割は諜報。自分以上に疲れが溜まっていてもおかしくはない。そう考えたら、何だか無理に起こすのも悪いような気がしてきた。
「……仕方ないな」
 入り口を軽く開けると、今日はどうやら雨の様だ。これでは時刻が分からないが、ナイツの一人くらいは起きているだろう。全員が起きなければ計画の動かしようが無い以上、アルドにもやる事は無い。そいつを誘って散歩でもするとしようか。足音で彼を起こさない様に気を付けながら、アルドは地上に飛び出した。
 リスド大陸は気候の問題で、雨になる事が殆どない。雨自体は初めてのモノでは無いが、魔王となってからは久しく浴びた事が無い。それはナイツ達も同じだろうから、こんな気候で外に出ている奴がいるとすれば、それはナイツの内の誰かしらだけだろう。非常に見つけやすい……と思ったが、雨と言っても霧雨だから視界が悪い。良く目を凝らす必要がありそうだ。
「アルド様、随分とお早い起床ですね」
「その声は……ファーカか。何処にいる?」
 周囲に首を巡らせても、それらしき姿は見えない。声のみのナイツに困惑していると、突然両肩に手を置かれた。
「ここに居ますよ」
「む……成程、お前は屋根に居たのだな」
「ご明察です。私は飛ぶ事が出来ませんが、それでも上から見渡せば、仮に侵入者が居たとしても気付けるのではないかと思い立った故。見つけたのは今の所アルド様だけですけど……驚きましたか?」
 ファーカは子供の様に無邪気な笑みを浮かべて、そう尋ねてきた。強がった所で見透かされるオチが見えているので、首肯する。
「ああ。魔術で声の方向まで誤魔化すとは大した手の込みようだ。少しだけ驚いたよ」
「ふふッ、ならば大成功ですね! 昨夜はアルド様の姿が見当たらなかったモノですから、少しだけ心残りではありますが」
 その言い方から察するに、自分は昨日も驚かされる筈だったらしい。彼女が上機嫌なのは結構だが、こう何度も悪戯を仕掛けられると心臓が持つかどうか。彼女の笑顔を想えば、許容できる被害とはいえ。
「それでアルド様は、どうしてこんな朝早く? 他の者は誰も起きていないと思いますが」
「特に理由は無いぞ。単純に早く起きてしまっただけだという事だ。それで、もしよかったら何だが……散歩しないか? 見回りも兼ねて」
 言葉とは何と不思議なモノで、散歩と言えばファーカが動揺するような事は無かった。もしもこれをデートと言っていたのなら、彼女は以前の様に顔を紅潮させて、あたふたしていた事だろう。恐らく自分も。
 彼女は数度目を瞬かせてから、何かを探るような口調で言った。
「チロチンが絡んでいる訳では無いですよね?」
「は……? いや、特に絡んではいない。何か用事でもあったのか」
 もしもそうだとするのなら、彼には悪いが今すぐにでも起こしてやらなければ。直ぐにでも隠れ家に戻ろうとすると、アルドの袖が強い力で引っ張られた。犯人は言うまでも無くファーカだが、行く必要は無いという事だろうか。怪訝な表情で首を傾げると、目の前の少女は半ば強引に歩き出した。
「―――いいえ、用事など何もございません。それでは行きましょうか、散歩ッ!」
「えッ、おっおうちょっと待て体勢が……うおッ!」
 振り返る寸前に見えた彼女の笑顔は、これ以上ないくらい喜色に輝いていた。
  

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