ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

森羅万象の堕ちる時

 世界争奪戦に勝つのは人間では無く、明確に自分達で無ければならない。何故ならばそれこそが、魔人の望む勝利だから。
 キリーヤ達にはチャンスをあげたとはいえ、住民のあの様子ではこの闘いが終わる頃に更生している人物は一人も居ないだろう。そう考えたら、彼女達の行動に付き合っている猶予はない。今の内に裏工作をしておかなければ。
 アルドは宝物庫から『転信石』を取り出して、一つの連絡先へ繫いだ。恐らくはアルドの知る中で剣の執行者に次ぐ……或いは匹敵する強さを持つ人物に。本来は魔力を流し込まねば使えぬ代物だが、これは特別製。魔力では無く、魂を消費する特殊な石なので問題は無い。
「……何だ」
「世界が奪われそうだ。力を貸してほしい」
 言葉は飾らず、端的に。彼の好む頼み方がそういうスタイルである事をアルドは知っている。何でも、変に言葉を飾れば飾る程、彼には薄っぺらい言葉に聞こえるらしい。自分は過去にそう言われたので、普段はあれやこれやと末端の言葉を弄っているが、彼にだけは小手先の装飾では無く、ありのままの想いを語る事にしている。
 連絡先の存在は鼻から大きく息を吸ってから、言葉を返してきた。
「詳しい話を聞かせろ」
「詳しい話と言ってもな、私も介入して一日目だ。そんな大した情報は無いが……そうだな。敵は死の執行者だ」
 転信石越しから息を呑む声が聞こえた。次から発せられる声は、ついさっきまでの気だるげな調子とは、一転している。
「執行者か……何でまた、一体どうしたというんだ」
「私が知るか。おまけに、敵は何もアイツ一人じゃない。死の無くなった世界の住人共……明確に確認できているのはここまでだが、私はもう数人ほどいるんじゃないかと睨んでいる」
「数人? ファーカのような奴らの事か」
「カテドラル・ナイツのような、だ。私の傍に居るのは、彼女だけじゃない」
 その証拠は無く、本当に勘でしかないのだが、何故だかそう思えてならない。死の執行者と言えど、数の暴力には数で対抗しなければならない筈だから。『住人』達は飽くまで人間用、自分達を相手にする際に使う臣下くらいは、絶対に用意している筈だ。そうでないと、剣の執行者と遭遇した際に一対一で戦えなくなってしまって不利になるから。
 勿論、居ないのならそれはそれで構わないのだが、仮に居たとして、問題は構成メンバーの誰一人も判明していない事だ。願わくは気付かれた事を悟られる前に気付き、逆に利用してやる事が好ましいのだが、相手は死の執行者が選んだ自慢の臣下、こちらと言えど容易く気付けるような存在ではない。
「それで、『 』なにものにどうしろと?」
「こっちに来て、力を貸してほしい。こんな事を言うとお前に怒られるだろうが、執行者もお前も似たような存在だろ。剣の執行者は単独行動を取ってるから、一人くらい別次元の存在が欲しかった所なんだ」
「成程。あいや承知した。しかし一つだけ条件がある。『 』なにものと別れてからそこそこの時間が経った筈だ。ファーカに会わせてくれ」
「是非もない。アイツもお前に会えると分かったら喜ぶだろう。ああ、私の弟子の一人に権能使いが居るから、気づかれないようにな」
「何やら複雑な事情がありそうだな。あいや理解した。明日のまた同じ時間、お前の望む場所で会うとしよう」
 転信石を再び宝物庫に投げ入れて、アルドは街の入り口へと足を向けた。やれるだけの事はやった、後は失敗しない様に立ち回るだけだ。






















 満月がいよいよ完全に昇り切ろうかという時に、エリはようやくやってきた。担い手の癖に、聖槍『獅辿』まで置いてきて、全く情けない。こういう待ち合わせは五分前に来るのが常識だと思っていたのだが、それはどうやら自分とアルドだけだったらしい。
「ハアハア…………すみ、済みません。遅れました」
「はーいお疲れお疲れ。まあ一応理由は聞いておこうか。何でそんな疲れてるんだ?」
 進んでエリに胸を貸すアルドを横目に、フィージェントは多少の殺意を込めて尋ねる。裏をかかねばこの戦いに勝利する事は敵わないのに、初っ端の会議からこれでは、事と次第によっては許さない。
「キリーヤ達に事情を隠す事に手間取ったんですよ! 普通の理由じゃ納得してくれなさそうだったので、ディナントさんにも協力してもらってようやく抜け出せたんですから」
 最後の言葉にアルドは思う所があったようだが、特に口出しをするような事は無かった。それなのに弟子である自分がそこを追及するのは野暮というモノだろう。努めて気にしないようにしておく。
「へえ、そうなのか。しかしまあ、勘弁してくれよな。これから先の戦いにキリーヤを含めてアイツ等は付いてこれない。参加したってどうせ無駄死にするだけなんだから、バレないようにしないと」
「……ええ、そこは分かっています」
「実力を弁えているようで何よりだ。なあ先生、もしもここにキリーヤが居たら何て言うと思う?」
 唐突に話を振ると、アルドは一度咳ばらいをしてから、身の毛もよだつような高音で言った。
「『そんなのやってみなきゃ分かんないじゃないですか! フィージェントさんと言えども、勝手にそうやって決めつける事だけは許しませんよッ』」






 その一瞬、世界が止まったような気がした。いや、実際止まっていたのだろう。冷静沈着で真面目と思われた師匠が、突如として全く似てもいない声真似をすれば、誰だって気持ち悪さのあまり停止したくなる。世界が止まったって、不思議では無い筈だ。






「あ……あの、先生? 幾ら俺でも流石にドン引きなんだけど。それってキリーヤのつもりなのか?」
「ああ。凄く似ているだろう?」
 その一言を冗談では無く本気で言える所を、フィージェントは素直に尊敬する。自分も大概同じ事をするが、この破滅的な声真似ばかりはその気にもならない。彼に胸を借りているエリに目配せすると、彼女は既に目を虚ろにして、現実から意識を切り離していた。
「……めっちゃ似てるよ。先生。凄いな」
 似ているか似ていないか。それは権能を使えば簡単に分かる事だが、真正面から言うのも馬鹿らしくなってきたので、そういう事にしてから話を進める。アルドにふざけたつもりは全くないので、話が滞るような事は無かった。
「じゃあ改めて。この会合は戦力に成り得る者達だけで行うモノと改めて設定させてもらう。先生自慢の臣下さんは例外、先生達の事情もあるだろうから除くものとする。その上で話をさせてもらいたいんだけど、いいよな」
「はい」
「ああ」
 一人は才能がない故に弱さを嘆かず、その果てに百万人斬りという神話じみた強さを獲得。
 一人は誰一人として認めなかった『獅辿』に、只一人認められた。
 一人はあらゆる存在に虐められながらも、たった一人の存在の為だけに生き続けて、遂には人を片道外れた存在となった。
 これは異端者の、異常者による、健常者の為の作戦会議。大して敵の情報も掴めていない中、それは始まった。
 

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